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神禄剣鬼伝  作者: 真赭
9/31

嚆矢の巻 玖

次話、導入章最終回となります。

 あれから個人で別れ、教官が用意した式神と模擬戦闘を行い。その後は班単位での行動訓練を行い――

夕暮れ時。

 一日の訓練が終わり自由時間になると、教室へと荷物を取りに戻り、班の皆に別れを告げ柊教官に色々な説明を受けた。

「ふー……」

 小脇に抱えた座学の資料入りダンボールを持ち直す。

 試験時に行方不明になった荷物は自分の寮部屋に既に届いているらしく、柊教官から渡された部屋番号のタグが着いた鍵を取り出す。

「308号室か」

 相部屋なので同居人に迷惑を掛けないようにと言われたが、見ず知らずの誰かと一緒に住むのはこれが初めてなので少し緊張する。

「しかし、広い敷地だな……」

 鍵をしまい敷地内の地図を取り出す。

 校舎や訓練から寮は少し距離があり、歩いて10分程の距離か。

「買い物は新都まで、購買部はあるけどそこまで種類は無いって言ってたな」

 身支度を揃えるのに何度か新都に行く必要がありそうである。

 しばらく歩き――やがて前方に見えてくる、白を基調とした横に長めな建物が。

 道路を挟んで左右に3棟ずつ、自分の寮はたしか第6号棟だったか。

 合間を進み、目的の6号棟へ。

 正面の自動ドアの玄関を潜り、中へと入る。

 村以外の建物に入るのは初めてで、小綺麗な廊下と清潔そうな床や天井が出迎えてくる。

「どれどれ……?」

 見取り図を拝見。各階の中央には共同スペースがあって、その左右に生徒の部屋が続いている。

 一階は食堂、浴場、洗濯場、寮母さんの部屋などが。

『――ふむ、浴場は別ですか……チッ』

 音も無く美夜が現れ、横から覗き込んでくる。

「寮は見ず知らずの人と住むんだ、頼むから大人しくしてくれよ?」

『大丈夫です、智慧が入浴している時にうっかり男側に入ってしまったと演じますから』

「言ってる時点で駄目だろ……」

『平気です、いざとなれば生やしてでも智慧の背中を洗いに……』

「まてまて何を生やすんだ、怖いぞ」

『えっ、婦女子に何て事を言わそうとしているのです……⁉ もう智慧ったら……』

 何か履き違えている、いや履き違えているというよりちょっと考えている事がおかしい……

「――源くんと……美夜ちゃん?」

 後ろから聞き覚えのある声。

「あれ、真澄さん?」

 振り向けば見慣れた顔。

 制服ではなく、半袖のシャツと膝上のショートパンツと言う屋内で過ごす用の簡素な装い。

「何してるのこんな所で」

 片手には飲み物が入ったボトルが。

「寮部屋を確認しに」

「ああ、そう言えば怪我していなかったものね」

「施設とか見て回ってから部屋に行こうと思ってたんだ」

「その方がいいと思うわ。それじゃあね」

 普段は止めている髪を解き、何とも新鮮味がある。

『……鼻の下伸びてますよ』

「なっ、そんなわけ無いだろ」

『どうでしょうねえ、智慧は意外とムッツリ助平ですし……夜這いでも掛けるつもりですか?』

「そんな事したら斬り殺されるだろ」

『大丈夫ですよ。落魄したとは言え智慧は名だたる源氏の胤裔。鶴声一つでどんな貴族の婦女子だろうと平伏しますし、むしろ喜んで股ぐら開きますって』

「思考が鬼畜過ぎる」

『そりゃ鬼ですからね』

 これ以上はろくでもない話に発展しそうなので、施設周りを確認しに歩き出す。

『ああ! 待ってくださいよ智慧ってば』

 ペタペタと足音響かせて美夜が追ってくる。

 1階を見て回り、初めて使うエレベーターに乗って3階へ。

「308号室……ここか」

 既に同居人はいるのだろうしノックくらいはしておいた方がいいか。

 荷物片手にはドアをノックすると部屋の奥から軽い足音。

「はい、どちら様で――」

 ドアが開かれ同居人が顔を覗かせる――

「――えっ」

「へ」

 なんと部屋から出てきたのは先程話した真澄さん。

「源くん?」

「あれ……ここって308号室?」

「ええそうだけど……何か用?」

「いや、用というか……自分の寮部屋がここなんだけれど」

「えっ」

 鳩が豆鉄砲食らったような顔。

「何かの見間違いじゃない?」

 言われて手元の鍵の番号を見るが、扉に設えられた番号と同じ。

「いや、ここみたいだ……中に荷物とかないかな?」

「荷物……もしかして黒色のボストンバッグ?」

「うん、赤と金の竜甲打の太刀緒を巻いてたんだけど」

「……付いてたわ」

「うーん……流石に女の子の部屋に邪魔するのも難だし荷物だけ回収してもいいかな?」

「えっ? ああ、そうね……もしかしたら部屋割りが間違ってたかもしれないし。どうぞ上がって」

 ドアを開け、部屋へ入るよう促してくる真澄さん。

『逢瀬を邪魔するのも悪いですし、私は外で待っていますね』

 美夜に授業道具を取られ、背中を押されて寮部屋に入る。

「失礼しまーす……」

「荷物はリビングの所、何も触ってないから」

「ああ」

 村の屋敷とはまた違った間取り。

 細い廊下を進み、突き当りのドアを開けて中へと入る。

 学生の寮にしては豪華な内装で、置かれたソファやテレビ、テーブルに空の棚と色々な物が。

 そして部屋の端、見慣れたバッグがちょこんと置かれている。

「ああ、やっぱり俺のだ」

 ジッパーを開け、中身を確認する。

 村を出る前に詰め込んだ物はそのままで、特に変わりは無い。

「それじゃあお邪魔しました。多分、教官が渡す鍵を間違えたのかな」

「でしょうね――そうだ、寮母さんの管理室に電話してみる? この部屋って外線と内線が繋がる電話も通ってるの」

「それじゃあお言葉に甘えて」

「管理室の番号は電話機に貼られてる奴ね」

 テレビ横の白い電話機を手に取り、シールに書かれた番号に掛ける。

 呼出音が鳴り――音が途切れる。

『もしもし、こちら第6号生徒寮管理室です〜』

 間延びした女性の声。どうやらここの管理人は女性のよう。

「もしもし、308号室の源智慧です」

『あら、噂の新人さんね……あれ、男の子の声?』

「ええと確認したい事がありまして……」

 異性の真澄さんと同じ部屋割な事を説明する。

『あらー……ごめんなさい源くん。貴方の部屋割、完全にこちらのミスみたい』

 カタカタとキーボードを叩く音。おそらくパソコンで確認しているのか。

「それは一体どういう……」

『本人にはまだ聞いていないから憶測なのだけれど。振り分け担当の子が源くんの名前を女の子の物と間違えたかもしれないの』

「ああ……トモエっていう名前の女性の方は多々いますからね」

『ひとまず私の方から神籬の管理部に確認するわ。だから今日だけ308号室で過ごしてもらえるかしら』

「えっ……いや、同室の方は女子生徒なんですけれども……」

『大丈夫! 神籬に来る女の子って大半は腕っぷし強いから、それに同室は真澄さんよね?』

「そうですが……」

『なら心配ご無用ね! それじゃあ明日の日中の間に確認するから、返答は夕方頃になると思うわ』

 勢いよく言い切られ、終話の音が聞こえてくる。

「……どうだった?」

 ソファに浅く腰掛けた真澄さんが真剣な面持ちで尋ねてくる。

「今日の夜だけ耐えてくれって」

「ええ……一体どういう管理しているのよ神籬は……」

「まあ、1階のロビーにあるソファでも寝れるから問題ないよ」

 太刀と小刀だけ渡されて山に放り出された事もあるし、街中のそれも暖かな気温のここなら外で寝ても問題ない。

 せめて風呂と夕飯にありつければ問題はない。

「ロビーで源くんが寝ているのを見られたら変な噂が立つからやめて」

「うーん、それじゃあ土間かベランダにしておく?」

「そういう意味じゃないです、もう……」

 小さなため息を吐く真澄さん。

「今晩だけ特別に泊めてあげる」

「えっ……その、男子だけども?」

「小さい頃から兄弟弟子に混じって刀振ってたのよ? 男の裸で動じる程箱入り娘じゃないわ」

 随分と肝っ玉の座っている人である。

「……でも、流石に源くんだと警戒するかもね」

「酷いなあ」

「そりゃ私より腕が立つ男の人ですもの、剣士とはいえ警戒するわ」

「分かったよ。そんなに気になるなら剣を預ける」

「そこまではしないけど枕元に愛刀は置いておくから」

 まあ、この反応が世間一般な反応だろう。年頃の男女が一晩同じ屋根の下で過ごすなど、もってのほかである。

「分かった色々気を付けるよ。とりあえず一晩お世話になります」

「どうも――他流派の剣士と話すのはいい機会だし色々と剣術についてお話もしたいわ」

「自分でよろしければ――と、その前に美夜を呼んでこないと」

 廊下へと出て、外に繋がるドアを開けるとすぐ横に寄りかかって美夜がいた。

『どうでした? 今日は野宿ですか』

「いいや、一晩だけ泊めてもらることになった」

『ぅえ゛っ!?』

 鳥を縊り殺したような声。

『みこっ……未婚の女人の寝屋に一夜ぁっ!?』

 廊下に美夜の叫び声が響き渡る。

「声が大きいから!」

 たちまち向かいのドアや斜向かいのドアの向こう側から足音が聞こえてくる。

 美夜の口を手で覆い、無理矢理と部屋に引きずり込んで鍵を閉める。

「頼むから静かにしてくれって!」

『んー!』

 口を塞いだ美夜が小さく頷く。

 手を下ろし、これから先の寮生活に一抹の不安を抱いてしまう。

(本当に他の人と生活できるかのな……新都に部屋借りた方がいいのか……?)

『智慧』

 なぜか優し気な声音の美夜が肩にそっと手を乗せてくる。

「なんだよその顔は」

『私はとても……とても嬉しいですよ、まさか手塩に掛けた大切な人が1人の男になる夜に同じ寝屋の下にいられるなんて……ううっ感無量です──相手が私じゃないのが憤懣やるかた無いですが」

 やはり村に置いてきた方がよかったか……いや、無理にでもついて来たんだし月季を呼んで回収してもらった方がいいかもしれない。

「ちょっと2人共、隣にも他の子がいるんだし静かにしてよ」

 居間のドアを開けながら真澄さんの渋い顔。

「す、すみません……ほら、美夜が叫ぶから怒られただろ。お願いだから静かにしてくれ」

『……申し訳ありませんでした』

 ぶすっとした顔を浮かべ不服そうに頭を下げる美夜。

「ほら、美夜ちゃんも上がってちょうだい――あ、上がる前に足は拭いてね?」

『それについては問題ありません。鬼の肌は丈夫で小石程度では傷一つ付きませんから』

「論点少しズレてない?」

『信じられませんか? ほら、この通り足裏は新雪の様に綺麗ですよ』

 着物にも関わらず大胆に美夜が足裏を真澄さんに向ける。

「えっ……」

 突然、絶句して言葉を失う真澄さん。

『なんですか雷娘、私の艶麗な脚に言葉を失いましたか? 』

「いや……その、美夜ちゃん……あなた、し……下着は?」

『下着? ああ、下に履く肌付きの事ですか? 動きの邪魔だから着ていませんよ』

 美夜の爆弾発言に思わず反応してしまう。

「ちょっ、美夜お前まさか穿いてこなかったのか!?」

『ええ、足蹴の邪魔になりますから屋敷を出る前に山へ捨ててきました。多分、風に吹かれて何処かに行ってるのではないですかね』

「それじゃあ今まで下は……」

『はい、何も身に着けていませんよ?』

 短い着物の裾を上げようとした美夜の手を、素早い身のこなしで止める真澄さん。

「ストップストップ! それ以上は見えちゃうでしょ!」

『小うるさい娘ですね。昔は今の下着みたいな上等な物は無かったのですよ、小袖一衣が肌着だったのですから』

「昔話は大いに分かったからその上げようとする手を下ろしてちょうだい!」

「み、美夜! 流石に他所様の前で局部全開は止めてくれ!」

 しかし相手は鬼の怪力。鍛えているとは言えひ弱な人間2人の腕力ではびくともしない。

『なにがおかしいのですか? 月季や鶫の奴も肌付きなど身に着けていませんでしたよ』

「だぁー! その話は今聞きたくなかった……!」

 だから長生きしている面子は価値観が大きくズレて大変なのだ。

「頼むよ美夜! お願いだから捲ろうとする手を下げてくれ! 社会的に俺が死ぬから!」

「そうよ美夜ちゃん!」

『全く変な2人ですね……』

 美夜が無造作に手を下ろし――爪が真澄さんのショートパンツに引っ掛かる。

「あっ」

 布の破ける音。目に飛び込んでくる、黒色の大人びた色合いの――ショーツ。

 破れたたパンツを押さえながら真澄さんがその場にしゃがみ込んでしまう。

「ちょっと見ないでよ! あっち向いてってば!」

「すみません!」

 慌てて回れ右、足音がしてドアの開閉音。

「いい? 今さっき見た事は全て忘れること! 分かった!?」

 背後から鋭い声が飛んでくる。

「了解しました!」

「私は着替えてくるから美夜ちゃんとリビングにいてちょうだい! 覗いたら叩き斬るから!」

 どうやら真澄さんは自室に戻ったようである。

『ふむ? 全く変な娘ですね、小袖が肌付きじゃないですか。むしろ昨今のあの小さな穿き物の方が余計に着るものが増えて大変ではないのですか』

「美夜……今は神禄だよ、大昔の平安時代じゃない」

 リビングに繋がるドアを開けて中へと入る。

『――よう源の。こっちまでやり取りが聞こえて来たぜ』

 ポップコーンの入った袋片手にソファの上で人間のように寝そべるハクビシンこと、白藤が尻尾を振って挨拶してくる。

「白藤」

『色々と話は聞いてるぜ。随分と大変な目に会ってたんだな?』

 ポリポリとポップコーンを食べる白藤。

「色々あったよ本当」

『ははは! 苦労人の相がハッキリと出ているな!』

 白藤の横に座り、美夜は行儀がいいのか悪いのか、床の上に膝を揃えて正座する。

『そうそう、奏の肩の上から聞いていたがお前さんこの部屋に泊まるんだって?』

「まあね、言っても一晩だけだよ」

『ありゃそうなのか。奏の奴、相部屋の人来ないなって嘆いてたぜ』

「それでも流石に同じ部屋で生活する訳にはいかないよ。優秀な剣士って言われてたって真澄さんは女の子なんだし」

『そうか? アイツ、男勝りだからそういうの全く気にしないぞ。むしろ、イロより剣の話に飛びつくからお前さんと一緒に住んだ方が喜ぶと思うぜ――剣術を学ぶ意味でな』

「剣士としての立ち振る舞いなら真澄さんの方が上だと思うけどね……」

『源の人間に褒められるたあアイツも剣士冥利に尽きるな――っと、奏が戻ってくるな。俺がこれを食べていたのは秘密な!』

 白藤が袋を咥えてキッチンの方へと小走りに逃げてゆき――それと同時に真澄さんが戻って来る。

「……」

 無言のまま自分とは正反対のソファの端に腰掛ける真澄さん。

「この度はご迷惑をおかけしました……」

「いいわ、あれは事故だったから」

「破れた服は弁償するよ」

「それはいいわ、そろそろ変えようと思っていたから。それより、2つお願いがあるの聞いてもらえる?」

「可能な限りであれば」

 服代と下着を見てしまった事の2つ分だろう。

「1つは源くんの剣術を1つ教えて、もう1つは――美夜ちゃんに下着を穿くよう説得して」

「2つ目がかなり難易度高いんだけれども」

「そんなに?」

「ああ、美夜は何故か下着を着るのを嫌がるんだ。聞くに聞けない内容だしね」

「たしかにね……」

 当の本人と言えば、口をへの字にして真澄さんを睨んでいる。

「この様子だと本当に嫌なのね……分かったわ、源くんが剣技の1つでも教えてくれたら私の下着を見た事と部屋着代はチャラにするから」

「本当なんか……すみません」

「気にしてないわ。昔は兄弟弟子が勝手に着替えてる所に入って来てたり、入浴中に入られかけた事もあったし」

「そりゃまた……で、真澄さんは自分のどんな技を知りたいんだい」

 そろそろ話を切り替えたほうが良さそうである。

「そうね……狒々と戦ってた源くんの体捌きを見るからに、あの時は数個くらい使ってたよね?」

「ああ。でも、教えられるほどこっちは器用じゃないし身体の動きを真似てもらうしかないよ」

「見稽古ね? 師範やお祖父様からそれで学んだから平気よ」

「ええと……真澄さんは天國流の剣を使うんだっけか」

「ええ、源くんならご存知でしょ?」

「いいや、それが叩き込まれた剣術以外は全く知らないんだ。失礼かもしれないけれど天國流もここに来てから初めて聞いたんだ」

 驚きの表情を見せる真澄さん。

「本当に?」

「ああ、他の技にうつつ抜かすなら一つの技を極めろって」

「理には叶ってるわね……源くんの師匠って身内の方?」

「いいや、遠い昔から家に食客として住んでいる妖怪だよ。真剣で挑んで箸だけで負かされるんだ」

「なるほど、それなら納得が行くわね……源に縁のある妖怪だと大物しかいないわ」

「そうなのかい? そこら辺も全く知らないんだ」

 すると、美夜の方を見る真澄さん。

「美夜ちゃん、源くんに一体どういう教育を施してきたの? 宗家の人間がここまで知らないのは少し特殊よね」

『他所の教育に口出すとは高尚な身分ですね雷娘。まあ、これは教育係の根負けが原因です』

「そうなの?」

『はい、智慧は筆を握るより刀を握る方が落ち着きまして……筆を握らせるには縄を繋いで柱に縛り付けるか、側で刀を構えないといけないほどでしたから』

「ちょっと人の過去をバラさないでくれよ!」

『お陰で剣以外は並程度、この無知さも教育担当の一人である私が原因でもあります』

 少し面白がった表情の真澄さん。

「源くん、その話って本当?」

「ぐっ……本当だよ、読み書きより刀振ってる方が落ち着くんだ。お陰でこんな世間知らずになったけど……」

 どうして同級生に自分の恥ずかしい所を知られなければいけないのか。

「ふふっ」

「笑わないでくれよ」

「いや、源くんでも欠点はあるんだなって――それじゃあ源宗家の逸話や伝説は全くって事ね?」

「ああ、ご先祖様達が大昔に強力な妖怪を祓った事くらいかな」

 山を根城に都を荒らし回った鬼の一団と、大昔の首都を滅ぼしかけた獣の妖怪、後はご先祖の部下が祓った数匹か。

「ふむふむ……ま、その話はまた今度ね。今は源くんの剣の方が気になるかな」

「えっ、まさか今から見稽古だなんて言わないよね?」

 時刻はまだ夜の9時前だが外で振るには遅すぎるし、流石に部屋の中で抜くわけにもいかない。

「まさか、歩法とか体捌きよ――それとも室内での小太刀術もあるの?」

「あるっちゃあるけど……」

 小太刀や小刀、刀の鞘に差す小柄、煙管を使った即応術も叩き込まれた。

「物凄く気になるけど……1つだけだし我慢しておく。それで教えてほしい剣術なのだけれども……」

――生まれて初めて他流派の剣士と剣の話が出来た嬉しさか、床に就いたのは日付を回ったころだった。


 神那岐学園・執務室


「――坂上様、この度の近況ご報告させて頂きます」

「聞こう」

 神那岐学園の敷地内のとある一室。置かれた重厚な木製のテーブルと革張りの椅子の揃いに、壁を覆いつくす無数の書物とそれらを収める巨大な本棚。

 椅子に掛け、テーブルの上に積み重なった書類に目を通していた神那岐学園学園長――坂上高雄が表を上げる。

「はっ……新都にて偶発的に出没する妖怪の数が今月に入って8件目。前年と比べ、出現頻度が上がっております」

「……やはり例の組織かい?」

「はい、裏座の報告では現場にて『儀式』の跡と思われる祭壇とその贄の亡骸が数体。裏座の陰陽師により祓を執り行い、その後検死を行います」

「また犠牲者か――いや狂信者達の間では『御贄』か……一体、あの狂信者共は現世に『何』を呼び出す気なのやら」

「私めには到底理解が出来ません」

「それが正常な思考だよ――それでは引き続き確認と動向を追ってくれ、取り逃したらまた労力を割いて見つけ出さなければならない」

「はっ!」

 テーブルの前で報告をした男性の祓魔士が礼をすると執務室を出ていく。

「全く……次から次へと厄介ごとがやって来る」

 聞く者の居ない執務室に愚痴が消えてゆく。

 扉を叩く音。

「どうぞ卜部殿」

 扉が開かれ、執務室へと入って来たのは三つ揃いに身を包んだ男性――卜部重信。

「夜分遅くに失礼いたします坂上さん」

「……その顔だと星読みで何かあったのかい?」

「ご名答でございます。先程、六壬にて星読みを行ったのですが……丑寅の方にて虚亡の色が出ております」

「鬼門に大凶とは実に嫌な組み合わせだね……詳しい読星はどうだったんだい?」

「同じ内容でして、これはと思いご報告を」

「卜部殿の六壬はよく当たるからね……まさか『鬼門の大祓』がまた起きるだなんて事はないよね?」

「そうなればまた日ノ本が悪鬼羅刹に蹂躙されますかと……警戒は如何されますか?」

「そうだな……新都と宮城《みやしろ》に祓魔隊の甲位編成の隊を二つ。残りの甲位祓魔士は即応体勢でお願いできるかな」

「早急に取り掛かりましょう――あともう一つよろしいでしょうか?」

「また悪い話かい?」

 苦々し気な坂上の顔に苦笑する卜部。

「その通りです。先程、私の元に漉の蛟様から使いの者がこられました」

「漉の蛟……新入生くん達の合宿先の主様かい」

「はい、坂上殿にこの文を渡せとの事です」

 卜部がそう言い、ジャケットの内側から折り畳まれた紙を取り出し、テーブルの上に静かに置く。

 無言のまま坂上が手に取り、文を開いて読み始める。

「ふむ……」

 思案するような面持ちのまま瞳が記された文を読みなぞる。

「――なるほど」

 数分ほどで読み終えた坂上が文を折り畳み、机の中に仕舞い込む。

「どのような内容だったのですか?」

「君だけに説明できる内容ではなさそうだ、夜分だが五剣全員を招集する」

「余程の内容だったのですか」

「ああ、どうやら今年は厄年どころか大厄災の年になりそうだ」

 口から発せられた坂上の声は僅か震える、緊張に満ちた声音だった――


次回である第一章は1月中には出したいです。

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