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神禄剣鬼伝  作者: 真赭
8/31

嚆矢の巻 捌

遅れました次話となります

「――第六級妖怪以下の力を持った式神です。合宿の班員で組んで討つもよし、1人で倒すもよし、とにかく制限時間内まで残れるように。それと入学試験と同じくらいの動きをするから、気を抜かないでおくこと!」

 紙束が頂点に達し、くぐもった音を立てて――変身した。

 空中に見覚えのある紙切れの歪な獣が現れる。

「尚、この中に第五級相当の式神を1枚仕込んでます。倒されないよう是非とも頑張って下さいね」

 式神の数は――少なくとも大型が10匹、小型は20匹以上はいる。大型は山で見た奴より一回り大きい四足付いた獣型だ。

 土埃を上げて無作為に突進し始め――訓練場が混乱に見舞われる。

「源くん!」

 犬程の大きさの式神の頭を斬り飛ばした真澄さんが、慌ててやって来る。

「まさかこんな訓練だとはね! 祓魔士じゃあこれが普通なのかい?」

 尻尾を模した部分で殴り掛かって来る式神を大きく跳んで避ける。

「そんな訳ないでしょ! それより教官がさっき仰っていた言葉聞いた!?」

「どこらへん!?」

 追うように飛び掛かって来た式神の口に片手刺突。頭蓋を突き破り、横に振るって顎から上を刎ね飛ばし、喉の文言を切り裂く。

「第五級相当の所! 言葉が本当だったら私達相手じゃあ無理なレベルよ!」

「そうなのかい? 白毛の狒々と第五級じゃあどっちが上なんだ」

「あの狒々と比べて? あいつと同じぐらいよ、新人の私達からしたら骨の折れる位」

 あの白毛と同格……こんな乱戦状態では技をまともに振れそうに無い。

「おーい! お二人さんよ!」

 後ろから聞こえてくる祝の声。振り向くと祝と月島さんが。

「2人共まだやられてなかったか」

「流石にいきなし飛びつかれた時は焦ったけど――なっ」

 祝の左手が目にも止まらぬ早さで閃き――自分の背後から忍び寄って来ていた式神の額に鉄針が突き刺さる。

 すると、突然式神の身体が針を起点に燃え上がり数秒と経たずに灰になって地面に消えてゆく。

「今のは?」

「言っただろ? 自慢の陰陽道をかけ合わせた奴さ。仕込んだのは陰陽道の術の一つを応用した奴でな、針に不動明王の真言の書いた札を張り付けても術を使えるようにした――」

「背中失礼」

 月島さんが祝の背中を蹴り付けて上に跳躍、空から飛び降りてきていた鳥型の式神の胴を槍の鎌穂で斬り付ける。

「いてて……月島さん、俺は踏み台じゃねえぜ」

「ちょうどいい高さだった」

 苦も無く着地した月島さんに苦情を入れる祝。

「全くひでえ人だ――それより、この合戦状態どうするよ」

「とにかく近寄って来た式神を無力化するいかないだろう。まともに孤立したら囲まれて捕まるぞ」

 見れば、式神に倒された生徒は身体が式神の身体でグルグル巻きにされて地面に転がっている。

「多分、やられれば終了って感じね……白藤、雷は使わないから出てこないでよ」

『あいよ』

 真澄さんの雷は確かに有効的だが、この状況で雷なんぞ降らしたら瞬く間に地獄絵図になるだろう。

「そうだ……嘉月や土御門さんは?」

「あっ、同じ班なんだし合流しとかないと」

 あの2人は何処にいる――

 音も無く真後ろを掠める何かに、思わず身が竦んでしまう。

「なっ、なんだ……!?」

 後ろを通り過ぎた『何か』に振り向くと、そこにあったのは身体の破れた一際大きな式神。

 まるで鋭い爪の様なもので力づくにズタズタに引き裂かれたような傷跡。

「――危ない!」

 真澄さんが両手で刀を振るい――こちらに飛来した式神を叩き落す。

「うおあっ!? 襲ってきた動きじゃねえぞ今の!」

「……あそこ」

 月島さんが穂先で指す先を見ると――

「何あれ……」

――視線の先では1人の生徒が飛び掛かる式神を殴り飛ばしていた。

 獣の姿を模した式神が飛び掛かるが、頭を裂かれ、胴を蹴り付けられ、四肢を引き千切られる。

「あれは……嘉月じゃないか」

「おいおい、式神を殴って倒すなんて聞いたことないぜ……」

 再びこちら目掛けて吹き飛んでくる式神。

 胴切十文字、四等分になった式神の身体が後ろに落ちてゆく。

「……あれ、こっちに飛ばしてきていない?」

 月島さんがどこか苛立ち気に言う。

「まさか、状況が状況だし偶然だろう」

 嘉月がその場で跳躍し、大振りの飛び後ろ回し蹴りを式神の頭に叩き込み――こっちに飛んでくる。

「やっぱりわざとじゃない!」

 真澄さんが一瞬だけ雷を帯び、刀を振るうとその延長線に雷が走り――式神を打ち据える。

 勢いのついた灰がこちらまで降りかかり、女子組が髪の毛に付いた灰を鬱陶しそうに手で払う。

「……行ってくる。3人は残りの土御門さんを頼む」

「あっ、源くん⁉」

 太刀を下段に構え、混乱の訓練場の中を走り出す。

「――俺も行くぜ」

 横から祝が並走する。

「女子2人は危なくないか?」

「馬鹿いえ、一番危険な2人だっての」

 自分の刃の届かない方向から素早く式神。

 祝めがけて式神が容赦無く飛び掛かり――素早く閃いた逆手持ちの苦無が式神の前脚を切断、2本目が顎下から頭蓋に掛けて突き上げられる。

 ものの数秒足らずで式神が解体され、札に戻った式神が地面に落ちてゆく。

 反応早く芦屋が札を中で拾い上げ、何食わぬ顔で並走する。

「祝……お前、色々と隠してるだろ」

「おうよ、秘密が多い男ってのは魅力的だろ?」

 歯を見せてニヤリと笑みを浮かべる祝。

 だが、今は祝の正体に気を使っている暇はない。

 そして、数体ほど切った所で嘉月の元へと辿り着く。

 1匹の頭を爪で斬り裂き――こちらに視線が向く。

「えっと……嘉月さん!」

 同じ班員だが話したのは一回だけの数分にも満たない時間。

「やあ源くんと芦屋くん、どうかしたの?」

 両腕を覆うように嵌められた白地の籠手のまま手をふってくる嘉月。

「嘉月さんが殴り飛ばした式神で二次被害が出そうなんだ、少し調整は出来ないのか?」

「おや、そっちに飛ばしちゃってたかい?」

「ああ、お陰で怪我しかけた」

「あちゃー……ごめんごめん、人の居ない方に殴り飛ばしておくね」

 嘉月の死角から音も無く飛び掛かった犬型の式神が、噛み付く寸前に頭から股に掛けて縦に引き裂かれる。 

「そうしてくれ、飛ばすなら上とかで頼むよ」

「あはは、面白いこと言うねえ源くん」

 周囲を見渡し、あら方の式神は無力化されており残っているのは十把一絡げな物だけ。

(なんとか訓練には生き残れそうだ)

 ただ、多くのクラスメイト達が式神にぐるぐる巻にされており、大分がやられている。

「あれ? そう言えば他の班の皆はどこへ?」

「別で土御門さんと合流しに行っている。流石にこの混戦で孤立するのは危険だからな」

「そうかい? 五級なら来る前から払っていたけど」

「えっ、祓魔士になる前からか?」

「うん、姉さんの手伝いで新都でよくね」

 祓魔士になる前から妖怪を祓っていたとは驚きである。

「んん……? 嘉月……? あれっ、人違いだったらアレだけどよ。嘉月ってもしかして祓魔士の嘉月由比さんの弟なんか?」

「うん、姉だねえ」

 祝の花の咲いたような笑顔。

「うおおお! マジかよマジかよ!」

「うわっ、突然叫ぶなって」

「そりゃ叫ぶぜ、まさか智慧は嘉月由比さんを知らねえのか?」

「カルチャー系統はさっぱりだ。それより訓練に集中しないと危険だぞ――あれを見ろ」

「あん?」

 指差す方向を見て、一瞬だけ身体がビクリと震える祝。

「なっ、なんじゃありゃ」

「大きいねえ、上背ざっくり5メートル以上はあるんじゃないかな。まるで大太郎坊みたいだね?」

 訓練場の端に立つ、人の形を模した巨大な体躯の式神。

 首を傾けて見上げてしまう程大きく、山で対峙した白毛より高さがある。

「流石にあれを相手するのは酷過ぎじゃねえか? 俺の術なんて爪楊枝で突かれるレベルだろ」

「……いや、山でアレと同じ大きさの鬼熊と殺し合った事がある」

「げっ……鬼熊とも戦ったことあるのかよお前……」

「源の呪いの組み合わせで村に降りてきてね。祝の胴位ある太さの木を片手で引き裂いてた」

 己の腹を抱えるようにしながら顔をしかめる祝。

「その昔話は是非とも後で聞きたいね! それじゃあ、あの式神を殺りに行こうか」

 嘉月が籠手を打ち鳴らしながら、大股に前進する。

「おいおい! 流石にあの大きさ相手じゃタッパの差があり過ぎるって!」

「大丈夫さ! いざとなれば奥の手もあるからね!」

 式神はと言えば、近くの残っていたクラスメイト達を手から生やした帯の様な部分で瞬く間に包めてゆく。

(……捕まってもほんの僅かだけ身体を動かせそうだ)

 最悪、縄抜けの技を応用すれば抜け出せるかもしれない――式神の目の前で出来ればの話だが。

 1人逃げる訳にもいかないので、下段に構えて嘉月の後に続く。

「智慧もかよ!?」

「祝! 補助頼んだ!」

「口で簡単に言いやがるなお前はよ!」

 後ろから祝の走り出す足音が聞こえてくる。

 前方、一番槍の嘉月が巨人の四肢の届く範囲に到達。呼応するように巨人が体躯に似合わない速度で左手を伸ばす。

 嘉月が歩幅を調節しつつ右腕を振りかぶり――鏡合わせの様な姿で、お互いの拳がぶつかり合う。

 紙の身体にも関わらず、離れたこちらまで聞こえてくる殴打の鈍い音。

「源くん! コイツの樹木並に固いよ!」

 途端、巨人と正面切って殴り合いを始める嘉月。

「分かった!」

 あの大物の身体を斬るには刃の威力が一番乗る物打ちの長さが足りない。

 仮に刀身全体で斬ろうとしたら渾身の腕力と全体重を乗せてやっと斬れるかもしれない。

 だが、ないものねだりしている場合などではない――横から割り込むように飛び掛かって来る3匹の式神。

 合わせたような横槍はおそらく教官側だろうか。

 諸手で太刀を大きく構え、左胴をがら空きにさせる。

 訓練された獣のように手前の1匹が正面から飛び掛かり、その背後左右から拍子を一拍遅らせて2匹が牙を光らせる。

 水の型『誘水』

 一歩地を踏み、足を踏みしめ――身体を大きく前に揺らして拍子を乱す。

 前傾気味に構えた太刀の刃を1匹めの式神の胴を横から叩き込む。

 刃が勢い振り切り大きな隙が生まれてしまう。左右2匹が噛み付こうと口をかっ開き、寸前に迫る。

 ――頬を掠る細長い物体。

 開かれた式神達の口腔に突き刺さった物体――鉄針が発火する。

「助かる!」

 式神の燃滓を振り払い、後ろの祝に声を掛けながら式神と相対する嘉月の元に急ぐ。

「お前さんみたいな無茶ぶり野郎は初めて見るよ!」

 後ろから祝がキレ気味に叫んでくる。

 前方、殴り合う嘉月の死角から、巨人の腹から生え出た無数の白い細帯が伸びる。

「やらせるか!」

 霞堤で帯を打って往なし、一束にまとめて地面に突き刺す。

「サンキュー援護!」

 嘉月が籠手を振るい、巨人の土手っ腹を抉り抜く。

 張り詰めていた帯が一瞬で脱力し、音も無く地面に落ちてゆく。

 巨人が応戦するように右足を大きく振るう。

 双方の間に無理矢理と割り込み、八相から全力で脛目がけて振り抜く。

 右足とこちらの刃が正面からぶつかり合う。腕全体に伝わる衝撃、僅かに地面を抉りながら後退してしまう。

「シィッ!」

 鋭い息と共に嘉月の鋭い拳が巨人の左足を打つ。

「嘉月! 式神は文言の部分を潰さないと倒れない!」

「文言!? 一体どこにあるんだい!」

「個体によってまばらだ! 心臓とか頭とか……とにかく色々ある!」

 巨人がこちらを捉えようと手を伸ばす。

 後ろに逃げながら物打ちで指を斬り飛ばし、掌に突きを放つが効いている様子がない。

「それじゃあ助けてくれた俺に一つ見せちゃおうか……なっ!」

 嘉月が後ろに大きく跳び距離を離し、右前半身に両拳を胸の高さに構えなおす。

 右膝を上げ、僅かに爪先立った左足が地面を叩き前へと踏み跳ぶ。

 右足の着地と同時に右の拳を式神の脚に打ち込む。

 鋭く重い殴打音が鳴り響き、巨人が一拍だけ動きが止まる。

 続けて左半身で二発目を放ち、その場で右回りに転身し――回転の勢いを乗せた肘打ちを右足の踏み込みと共に放つ。

 巨人が放たれた拳撃に――後退し。そのまま勢い付いて後ろに倒れ込む。

 地面を揺らし、土埃が舞い上がる。

「あたたた……腕が痺れちゃったよ」

 右肘をさすりながら嘉月が顔をしかめる。おそらくこれ以上の戦いは無理なようだ。

 起き上がろうとする巨人。

「祝、嘉月を見ててくれ!」

 構え、巨人へと肉薄し――視界の端を『何か』が横切る。

(なんだ)

 目にも止まらぬ早さで『何か』が巨人の身体に触れ――瞬く間も無く、巨人の身体が裁断された。

「な――」

 鍛えた動体視力でも追いきれなかった、一体何が起きた?

 紙吹雪が辺り一面に舞い、巨人のいた場所には――金色の髪を蓄えた細身の少年が。

 手には二尺にも満たない鈍色の蛇行剣が握られている。

(あの剣であの巨体を? 信じられない)

 少年がつまらなさそうに、こちらを一瞥し――その場から音も無く姿が掻き消える。

「源くん!」

 後ろから嘉月がやって来る。

「今のはなんだい? 子供が一瞬で式神を斬ってたけど……」

「見えたのか」

「うん、僕の後ろからいきなり来たから僕達以外の誰かの伴獣じゃないのかな」

「とんでもないな……」

 刃に付いた汚れを拭い取り、鞘に収める。

「おーい!」

 祝が遅れて合流する。

「祝、さっきの子供はお前のか?」

「いいや、あれは俺の伴獣じゃねえぜ」

「それじゃあ一体誰が――」

 伴獣が人の理を越えた力を持っているのは理解している、だが先程のはそれ以上にもっと異質な何かの域だった。

「――源くん! 2人共!」

 聞き覚えのある声と足音。思わず振り向くと、真澄さんと月島さん――そして土御門さんが。

「そっちは合流できてたのか」

「ええ、それより皆怪我はない?」

「ああ、2人のお陰で無事だよ」

 もし1人で相手していたら、また大変な目にあっていただろう。

「嘉月の一撃が勝利打だったな」

「芦屋くんに褒めてもらえるとは嬉しいね」

 これで班員が全員揃った、本来なら6人総出で相手するべきだったが、状況が状況だった。

 ふと、周りを見ると式神に捉えられていた他のクラスメイト達が復帰してきている。

「――注目!」

 訓練所内の中央辺りにいつの間にか来ていた、教官の一声に全員が視線を向ける。

「実戦訓練ご苦労様でした。今回の勝ち星を上げたのは――土御門葛葉さんです。良い伴獣の追撃の判断でした」

 思わず同じ班の土御門さんを見てしまう。

 本人は何食わぬ顔で、教官の方を見ている。

「他の皆さんも善戦していましたが、あと一歩及ばずと言った所でした。酷な事を言いますが、もしこれが実戦だったら式神に囚われていた人は皆死んでいます。実戦に次はありませんので今一度自分の技量と腕を確かめてみましょう――それでは訓練の小休憩を挟みます。時間は20分間、休憩が終わったら低級と同等の式神を使って訓練を行いますので火廣金の調子を確かめておくように!」

 言い淀むことなく教官が言い切ると、他の祓魔士達を連れて訓練場から出ていった。


 

次回で導入章は最終回となります

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