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神禄剣鬼伝  作者: 真赭
6/31

嚆矢の巻 陸

次話となります

 

 廊下を進み、ドアの手前で槐教官が突然立ち止まる。

「――ああそうそう、言い忘れていた」

「なんでしょう?」

「君が連れ回している鬼だが……あの子はどうする気だね?」

「どう……とは?」

「伴獣として神籬に申請するか、一人の祓魔士として学園に所属するか――もしくは鬼として君のご実家に帰ってもらうかだ」

 槐教官の言葉に足が止まってしまう。

「『源の呪』を有する君なら分かるだろう? 鬼という存在の脅威を」

「ええ、十二分に承知しています。ですが――」

『――私は智慧の傍にいる。それが叶うのであれば、如何様な扱いでも構いません』

 呼んでいないのに出てくる美夜。

「これはこれは鬼の首魁殿。源の軍門に下ったという噂は本当だったのか」

『ええ、霊獣殿。今の私は源宗家の人間を守護する者、例え仇敵と罵られようとこの身滅ぶまで源家をお守りいたします』

「ふむ……君のお供はやる気満々みたいだが、どうするのかね?」

「美夜……」

 物心ついた時から一緒にいた家族同然の存在。例え妖怪だと指差されても、自分を育ててくれた大切な人達なのだ。

『智慧、私は絶対に貴方の傍におりますよ。例え菓子で吊ろうと、月季の張り手が飛んで来ようと曲げませんから』

「――真面目な空気を返してくれよ……分かった、不甲斐ないけど一緒にいてくれるか」

『勿論です!』

 だが、史上では妖怪しか確認されていない『鬼』の美夜をどうすれば神籬で、神那岐学園で公に認めてもらえるか。

「双方問題ないという事か。それなら首魁殿は今後、祓魔士に従う伴獣として扱わさせてもらう」

「鬼が伴獣って前例はあったんですか?」

「無いに決まっている――だがまあ、源宗家の君が横に居れば大半の祓魔士は納得するからな」

「理には叶っていますが……美夜、人間社会で上手くやっていけそうか?」

『馬鹿にしないで下さい。こう見えても現代文化や知識はそれなりに身に着けているのですよ? むしろ、勉学を教えた人を忘れたのですか智慧は』

「ああ、美夜だもんなそういえば……なら問題ないか」

 古風な外見の美夜だがこう見えて、村の中では一番の現代文化に精通した人物で月季や鶫に色々と教えていた姿を思い出す。

「――さて、私は先に失礼する。この後に面倒な用事があるのでね」

「そうだったんですか。色々とお世話になりました」

「まあ、そう遠くない内に会うだろうさ。それでは」

 昨晩のように身体が掻き消える槐教官。やはりあの人は平霊なのだろうか?

『――源智慧、中へ』

 扉の向こうから男性の声。

「……失礼します」

 ドアを開け、中へと入り――異質な空気を肌が感じ取った。

 人工的な灯りに満たされた広い部屋。自分の寝ていた病室より二回り広く、すぐ正面には一続きになった横長のテーブルと折り畳み式の椅子が連続して並ぶ。

 右を向くと教壇と思しき物が。

 その上に立つのは5人の人物。その横には椅子に腰掛けた人物が1人と、教壇のすぐ下に立つスーツ姿の男性が1人。

(え――)

 教壇の上に立つ5人、その内の1人は――先程別れを告げた槐教官ではないか。

「これより神籬の入隊式を始める。源智慧、前へ」

 5人の内の1人がよく通る声で喋り、言われるがまま前へと歩く。

(どうして槐教官が?)

 全員の顔が見える距離まで近くなり。改めて1人が本当に槐教官だと確認する。

「――これより神籬入隊式を始める。五剣、名乗りを」

 祓魔士の制服を身に着け、教壇に並んでいた5人が一歩前に出る。

「炎剣・迦楼羅」

 顔に鳥のような奇妙な形の面を付けた1人が名乗る。

「水剣・水宇部多根平」

 古風な着物を身に着け、腰に細身の刀を吊るした老爺が名乗る。

「地剣・卜部重信」

 高価そうな小洒落た三つ揃いに、整えた顎髭を蓄えた壮年の男性が名乗る。

「木剣・槐」

 そして、見慣れた顔だが格好は祓魔士の制服の槐教官が名乗る。

「金剣・矢坂明日奈」

 最後、野暮ったいパーカーにショートパンツというこの場には到底似つかない格好の女性が面倒くさそうに名乗る。

「以上、神籬が抱する五宝剣。全ての祓魔士の指標であり、最も有力な祓魔士である。たゆまぬよう日々の鍛錬を行うように」

 教壇の下、スーツ姿の男性が淡々と言葉を続ける。

「――続いて神籬頭領兼ね神那岐学園学園長、坂上高雄学園長よりお言葉」

 一瞬、男性の告げた言葉に思考が止まる。

(今……今、何て行ったんだ……?)

 自分の耳がおかしくなければ神籬とこの学園長を兼任する人物と言っていた……

 5人が下がり、横の椅子に腰かけていた男性が立ち上がると前へと出てくる。

 歳は若く、少なくとも30代辺りだろうか。細身の体格には重しとなりそうな3本の刀が左右の腰に吊るされ、柔和な顔立ちと合わさってなんともミスマッチな印象を与える。

「――初めに入学試験での怪我の完治。心よりお祝い申し上げる」

 作法に習い、こちらも頭を下げる。

「……さて、本題に映ろうか源くん。まずは入学試験合格おめでとう、君の働きは今年の受験者で最も優秀な物だった」

「お、お褒めのお言葉光栄です」

「式神を経由して君の剣の腕と活躍、十分に視させてもらった。その歳でその域に至るのは非常に困難だっただろう」

「いえ、未だ精進の身です。誇れるような物ではありません」

 教壇に立つ数人が表情を僅かに動かす。

「だが、それでも君の腕は目を見張るものがある。今後一層努力して、剣の腕を磨いてほしい」

「……尽力いたします」

「次にだけれども……君の連れる鬼の女の子についてだ。姿を消しているが、この部屋にいるんだろう?」

 学園長が言うや、腰の刀の柄に手を掛ける数人。

「……はい、仰る通りです」

「その子についてだけど。神籬ふくめ神那岐学園は門戸を叩くことを許可しよう、例え妖怪であっても神籬は来るものは拒まないからね」

「有難うございます」

「鬼を従えた祓魔士は史上一度も聞いたことが無いからね。今後の働き楽しみにしているよ」

 姿を消しているが美夜の気配が背中から伝わってくる。

「……学園長、お時間が押しております」

 側の男性の容赦ない催促。

「酷いなあ鬼島教官。折角の新入生とお話が出来るんだ、もう少し時間をくれても……」

「なりません」

 大丈夫だろうか……学園長。

「全く職務に忠実すぎるな鬼島教官は……さて、これより神籬の徽章の授与を行おう。さあ、壇上へ」

 出来れば上がりたくない……目の前の4人から発せられる重たい空気が滅茶苦茶怖い。

 だが、ここで断ったら一刀のもと斬られそうな気がするので大人しく壇上へと上がる。

「さあこちらへ」

 左右からジッと見られながら学園長の元へ。自分寄り数センチ高い学園長と正面向き合う。

「――源宗家として恥の無い立ち振舞いをね。ようこそ、神籬へ」

 左襟へ学園長が手にした徽章を付けられる。

「……以上をもって入隊式および入学式を終了する」

 男性が言い終えるや、前の学園長の表情が和らぐ。

「それじゃあ源くん。式も終わったことだし、ご実家の事や君の剣術の話をしようじゃないか。いやあ宗家の人と話すのは何年振りだろう」

 まるで同年代の男子のように砕けた調子。

「えっとあの……」

 日ノ本に存在する祓魔士のトップを目の前にしたら、どもってしまうのは当たり前だろう。

「――学園長。この後は陰陽庁副長官の安倍清友氏と会合です」

「ええ、折角生徒と交流を図ろうとしているんだよ鬼島教官」

「駄目です。前回の会合も遅刻したではありませんか」

 半ば無理矢理と引きずるように部屋から連れ出される学園長。

 壇上に残された自分と五剣と呼ばれた5人の祓魔士の人達。

「……私は用があるので失礼する」

 面を付けた――たしかカルラだったか――1人が足早に部屋から出ていく。

「ありゃ、迦楼羅の奴は素っ気ないこと」

 老爺が眉を上げて残念そうに言う。

「……私も帰る」

 女性――たしかこの人は矢坂という苗字だったか――も躊躇い無く出てゆき、残ったのは3人と自分。

「全く、ウチの女性陣は人見知りが激しいものだね槐殿?」

「あの2人は別格さ卜部くん」

「がははは! 本人に聞かれたら剣の錆にされちまうんじゃねえのか」

「おっと、口は慎んだほうがよさそうだ――時に源くん」

 槐教官がこちらに向き直る。

「君の従える鬼についてだが話がある」

「な、なんでしょうか」

「祓魔士にとって『鬼は絶対に相容れぬ妖怪』という認識が根付いている。それこそ、祓魔士という存在が生まれた千年前以上からだ」

 部屋の外で会話をした人物と同一人物の筈なのに、この雰囲気の違いは一体何なのだろうか。

「だから、一部の祓魔士は鬼を見るなり刀を抜く可能性がある。その事を絶対に頭から忘れないよう覚えていてくれ」

「承知しました」

「まあ、宗家の伴獣と言えば大半の奴は納得するから揉め事は起きないとは思うが……それでも気をつけてくれよ」

 すると、他の2人がこちらへと向いてくる。

「槐殿、こちらが今年一番の大立ち回りをしたって新人の子かい?」

「そうだ。源宗家の人間にして鬼を従える初の祓魔士だぞ」

「宗家? それじゃあ頼禊さんの……年齢的に息子さんなのか」

 意外な名前に思わず反応してしまう。

「父をご存じなのですか!?」

「おお、頼禊さんの仰っていた息子さんなのかい。改めまして私は卜部重信、君のお父さんとは同じ職場で働いていたんだ」

「その……差し出がましい質問ではありますが、父の行方を何かご存知でしょうか」

「いいや、他の人と同じ情報しか知らないんだ私は。すまないね」

「いえ、父の事を知っている人と会えただけでも幸いです」

 物心つく前に行方不明になった親父の記憶は全く無い。朧気に残っているのは、鉄の様な物寂しい目の色だけで、家族らしい思い出なんて一つもない。

「そうなると宗家の今代って事になるのか。道理で見覚えのある剣技だと思った」

 さらにもう一人、水宇部と名乗った老人が話に混ざってくる。

「坊主、お前さんに剣を教えたのは誰だ? 頼禊の奴じゃないとなると『あの剣技』を知っているのは他に誰がいるんだ」

 畳んだ扇子をパシリと手の中で鳴らす水宇部さん。

「ええとそれは……」

 はたして誰が信じるだろうか、言ったとして本当だと理解してくれるか――

『――その根掘り葉掘り聞いてくる癖は爺になっても治っていませんね水芸小僧』

 音もなく現れた美夜が不満げに言葉を遮ってくる。

「おっとこれは大将殿。鬼門の大祓以来か」

『かれこれ十数年ですか。それと、智慧に剣を教えたのは私の部下である茨木ですよ』

「おや、あの隻腕もまだ存命なのかい」

『ええ、しぶとさと生命力だけは私より上ですから』

 まるで知り合いの様な口振りの美夜。

「するてえと、小僧の剣は宗家代々伝わる【無銘】の剣技で間違いないって事か」

『その通りです。派生した【始流】などという手弱な流派は全て人の身により伝わった物ですが、智慧が身に着けた物は開祖の技、分家とは比べ物になりませんので』

「ほほー、そりゃ興味深いな」

 卜部さんが興味津々な表情でこちらを見てくる。

『それとも茨木をここに呼んであげましょうか? 老齢の鬼が2匹も同じ場所に出たら大騒ぎになると思いますが』

「いやいやそれは勘弁だ。焚きつけた俺が処罰されちまうよ」

 初めて見る、美夜の冷たい表情。

「――さて、そろそろ源くんを担当の教室まで連れて行っても問題ないかね?」

 それまで黙っていた槐教官が口を開く。

「おっと大人の無駄話に巻き込んでしまってましたね。源くん、祓魔士としての訓練はキツイものばかりだから頑張ってね」

「そりゃ要らぬ世話だろう卜部よ。無銘を会得する剣士は皆総じて人並外れた力を有していた、近年の祓魔士の鍛錬なんか屁の河童さ」

 雪駄を鳴らし、部屋から出ていく水宇部さん。

「それじゃあね源くん。訓練中に見かけたら声を掛けるかもしれないから」

 突然、奇妙なステップを踏み――音も無く忽然と姿を消す卜部さん。

「えっ」

「今のは陰陽道の『兎歩』という呪術の応用した物だね。君や真澄くんを山へ飛ばした転移術の類似術と言ったら分かりやすいか」

 槐教官がご丁寧に説明してくれる。

「あの……」

「なんだね?」

「どうして槐教官は黙っていたんですか」

「何がだ」

「祓魔士の、それも偉い人達だってことを」

「源くん、私は偉くも無ければ剣の腕が立つ訳でもない。ただ祓魔士として剣を振っていたら五剣とかいう役職に充てられただけなんだ」

「その五剣というのは一体何なのですか?」

「ふむ……それは君の教室に向かいながら説明しよう」

 部屋から出ると先程歩いてきた廊下を進み始める。

「最初にだが君の教室はこの校舎の西側に隣接した第一号館の三階にある。明日以降は生徒寮から所属する教室に1人で行ってくれよ」

「分かりました――あれ、試験の際に持って来ていた荷物とかって何処にあるんでしょうか?」

「試験の山へ送る際に神籬に転送済み。今は君の寮部屋に置いてあるよ」

「そうですか、流石に荷物放置されてたら大変だったので……」

「部屋は相部屋の308号室。同じ部屋の面子は会ってからのお楽しみだ」

「308ですね何から何まで有難うございます」

 階段を下りながら、色々と面倒を掛けてしまっている槐教官に謝る。

「そんなことはないさ――さて、先歩の五剣についてたが説明してあげよう」

「お願いします」

「五剣というのは神籬に属する祓魔士の中でも特に優秀な腕を持つ者に与えられる呼び名だ。今どきのゲームや漫画で言えば四天王とかそう言った物に近いな」

「ああー……なんとなく理解できました」

「それで、どうして五剣と呼ばれるかというと単純に今代の神籬は5人しか優秀な祓魔士がいないからだ。この呼び名は数が増えれば呼び方も変わってね、7人なら七宝剣、十二人なら十二剣将、それ以上なら数に準じた名前が贈られるんだ」

 現代で優秀な祓魔士が五人……それを多いと見るか少ないと見るか。

「まあ、私はいてもいなくても変わらないから実質4人だけになっているのが現状さ。源くんも剣士の端くれ、あの4人を見て相当な物だと分かっただろう?」

「……はい、特に水宇部さんともう一人の面を被った人は特に」

「ほほう、あの2人を一発で見抜くとは中々だ」

「あの仮面を被った人はいつもああいう恰好なんですか?」

「いいや、表に出る時と式典に出る時だけあの面を被る。平時は素顔で過ごしているよ――まあ、本人から他人に教えるなと念を押されているから公言はしないけどね」

「訳アリって事ですね?」

 ほぼ無言だったが、武芸者特有の身体の芯の立たせ方や仮面越しでも分かる程の研ぎ澄まされた刃の様な気配は否が応でも分かった。

「そういう事にしてやってくれ」

「少し話は変わるんですけども、五剣は5人以上に増えたりはしないんですか」

「その事だが現代の祓魔士の実力が不相応なのが原因だ。大昔は10人以下の少数もしくは個人による妖怪の祓いが普通だった、それが時が経つに連れて大人数や複数人による祓いが主流となり、一個人の圧倒的な力ではなく集団による総数の力量に重きを置かれるようになったんだ。ようするに数で囲んで叩けという事だ」

「戦闘の合理化ですね。一個人の戦力より数の戦力を持って戦う」

「それが現代の祓魔士の間で根付いてしまっていてね。合戦時代や発足当時のような一騎当千の強者は極僅かなんだ、だから優秀な祓魔士が排出されないでいる」

「そうだったんですか……」

「お陰で祓魔士は集団行動が基本。最低でも2人以上で行動するよう新しい規則が設けられるほどさ」

「1より2の方が有利なのはいい事ではないのですか?」

「確かにその通りだ。だが、五剣の見解はそうではないんだが――それはまた時間がある時に茶でも飲みながら議論しようじゃないか」

 槐教官が立ち止まり、つられてこちらも足を止める。

「ここが君の教室だよ源くん。神籬であり学園でもあるここは、祓魔士として一人の学生として在籍する事になる。実りある学生生活を送れるよう祈っているよ」

 そう言い、ドアをノックもせずに開け放つ教官。

「失礼する」

「槐教官?」

 ドアの向こうから大人の女性の声。

「柊教官、貴殿のクラスの最後の生徒を連れて来ました」

「例の生徒ですか?」

「ええ」

 教室の外にやって来る、柊と呼ばれた教官。

 背丈は女性にしては高めで自分より僅かに高いか。祓魔士の制服ではなくスーツ姿でブラウスとスラックスだけという、ビジネスライクな格好。

(この人も祓魔士……だろうな)

 体の置き方が完全に武芸を収めている人間である。

「君が源智慧くんか」

 ドアを閉めながら尋ねてくる柊教官。

「はい。試験の折、大怪我を負いまして今まで療養しておりました」

「酷い大怪我だと聞いたが……もう完治したのか」

「槐教官の秘薬で無理矢理と……」

 あらかじめ口裏合わせしていた言葉で誤魔化しておく。

「それなら納得だ――ああ、名乗り遅れた私は柊由香。階級は丙、一応祓魔士だが主には教師がメインだ、よろしく」

 握手を交わし、印象の良いスタートを切る。

「それでは柊教官。私は用があるのでこれにて失礼する、必要最低限の事は説明しているが細かいとこはまだ教えていない。申し訳ないが頼んでもよろしいかね?」

「承知いたしました。源くん、君は3日遅れでスタートしているから他の生徒より色々と少し出遅れている。放課後に説明の時間を頂いても問題ないかな?」

「はい、よろしくお願いします」

「話も済んだようだし、これにて失敬する」

 足早に去って行ってしまう槐教官。

「……さて、教室へ入ろうか。君の座席は一か所だけ空いている所だからすぐに分かる」

 音を立ててドアを開け、中へと入っていく教官。

「――話が中断して申し訳なかった。このクラスの最後の1人が今しがた来た所だ、さあどうぞ中へ」

 言われるがまま教室へと入り――一斉に視線が突き刺さる。

(学校か……よく考えると初めて通うんだよな)

 今までは村で社会常識や一般教養、義務教育などを村の皆から学んできたのでマトモな学校に行けた試しが無かった。

 目だけで教室の中を見渡し、見慣れた顔ぶれが居ることに内心安堵してしまう。

「ふむ……折角だし自己紹介してもらおうか」

「ええと、源智慧です。入学試験の際に怪我を負い、今まで療養していました……よろしくお願いします」

 帰ってくるのは沈黙と好奇の眼差し。

「それじゃあ源くん、君の席はあそこの空いている所だ。道具一式は追々用意するので、とりあえず座ってくれ」

 鞘が当たらないように進み――空いていた廊下寄りの最後列の座席へ。

『ここが現代の寺子屋ですか。随分と小奇麗になったものですねえ』

 美夜の声だけが聞こえてくる。

「――さて、話の続きだが。源くんも来たところだし、改めて復習がてら最初から説明しておこうか。隣の――真澄くん、源くんに資料を見せてやってもらってもいいか」

「はい」

 隣の席のクラスメイト――真澄さんが机を寄せてくる。

「はいこれ。今週末から始まる新入生合宿の資料ね」

「ど、どうも……」

 教壇の上に立っていた柊教官が資料片手に読み上げ始める。

 どうやら、新しく神那岐学園に入学した生徒は入学してから翌週の頭の3泊4日、神籬が有する訓練場で泊まり込みの合宿を行うらしい。

 場所は新都からそう遠くない湖沿いの場所で、表上の名義は神那岐学園の所有地。

 祓魔士を育てる機関でもあるこの学園は、祓魔士の他にも普通高校としての顔もあるので訓練以外は普通学校の授業や行事を行うとか。

(なるほどな……表向きは学園と企業のお隣さん同士だが。蓋を開けてみれば同じグループ系列ってことか)

 学園に隣接した企業はよく見かける大手企業。だが、実際は神籬の隠れ蓑ということか。

(こんな山奥だし、近場に普通の会社があるのは別段おかしくないしな……巧妙だ)

 話を聞いていると、手元を指で突かれる。

「なにか……?」

 思わず横を振り向くと真澄さんの顔。

「源くん同じクラスなのね、今後ともよろしく」

「どうも」

「まさか同じクラスだなんて奇遇ね。芦屋くんや月島さんも同じ教室だし……何か仕組まれてるのかしら?」

「どうだろう。入試の点数が近かった生徒順に組まれているとか?」

「ああ、それはありえそう――そうそう、合宿の際に生徒同士で班を組んで訓練を行うそうだから考えた方がよさそうよ」

「そうなんだ、他の班に空きがあるかな……」

 これも集団戦が主な祓魔士の意向だろうか。

「その……もし、源くんが……よかったら、私の班に来ない?」

「へ」

「源くん、今日来たばかりでしょ? 色々と準備で大変だろうし、決めれる時に決めておかないと追々大変よ?」

「まあそうだけど……」

 お言葉に甘えるか、それとも他のクラスメイトに尋ねてみるか……

――ふと、一つの答えが頭を過る。

「……真澄さん、もしかして俺の技を見ようとしてる?」

「まっ、まさか! そんなこと無いわ、入試で共闘したよしみよ」

 動揺しているのが露骨過ぎる……やはり自分の剣技が目的か。

(でも、折角誘ってくれたしな……断るのか流石に酷いか)

「……まあいいか。それじゃあお言葉に甘えてお邪魔するかな」

「やった」

 小さくガッツポーズをする真澄さん。

「ちなみに他は誰がいるんだい?」

「ええと、芦屋くんと月島さん。あと土御門さんと嘉月くんの合計4人かな」

「それじゃあ総勢6人か」

「そう言う事。祓魔士で言ったら1個小隊相当ね」

 最後の2人は初めて聞く名前だが最初の2人は顔見知りなので安心感がある。

「――最後、合宿中の課題についてだ」

 教壇の柊教官の声が耳に入ってくる。

「合宿期間中。前もって決めていた班ごとに神籬から課題を出させてもらう、内容は簡単な物ばかりだから気負いしなくていい」

 神籬からの課題……何かの訓練だろうか。

「以上が合宿の説明となる。合宿という名だが中身は祓魔士としての訓練を行うので気を緩めないように――それでは説明の時間を終了する。次の講義に遅れないよう気をつけるように」

 柊教官が用具を小脇に抱え、教室から出ていく。

 緊張した空気が解け、座席についていたクラスメイトの何人かが立ち上がる。

「――言い忘れていた。源、君への説明は最後の講義が終わってから行う。忘れて寮へ帰らないようにしてくれ」

 首だけ覗かせた柊教官が最後に言い残し、つかの間の休憩時間がやって来た。

「真澄さん、この後の講義て何があるんだ?」

「ええと、初週の講義日程は特殊だから……次は祓魔士の基礎訓練ね。普通校で言う移動教室かな」

「もう祓魔士の訓練が始まっているのか」

「そうよ、初日から祓魔士の先輩方と打ち込み稽古と基礎訓練だったわ」

「初っ端からハードだね」

「まあ、合宿が終わったら当分の間は訓練詰め。今年の秋口に正式な祓魔士になるための試験があって、それが合格したら神籬の任務に駆り出されるんだし……そう言う物じゃない?」

 随分と詰め込んでいるが……まあ、毎日のように妖怪関連の事件が起きているのだし現場の数が増えるのはいいことか。

次の投稿は5日か6日の夜辺りに出したいです


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