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神禄剣鬼伝  作者: 真赭
4/31

嚆矢の巻 肆

新年一発目の投稿です。

 崖をやっと登り切り。崖の途中から鼻を突いて来ていた獣の臭いが一層濃くなる。

「これは……狒々の巣か」

 数メートル先、山の一部分に大きな洞穴があり、奥からすえた臭いと血肉の臭いが漂ってくる。

 この山を縄張りとしている狒々の群れの巣穴だろうか。

 見れば、巣穴のすぐ横に大きな窪みがある。

 何かと試しに近寄ってみれば、それは食べた餌の残りカスを捨てるゴミ捨て場のような物で――底には大量の骨が詰まっていた。

「う……」

 食い方が下手なのか穴の中に放り込まれた骨の数個には肉が付着しており、それが腐敗して吐き気を催してくるほどの強烈な臭いを放っている。

 実家の裏山は狒々は住み着いていなかったので詳しくは知らないが、狒々のような妖怪でも『食いカスを捨てる場所』という概念はあるらしい。

(そうなると知恵を付けた老齢の狒々がいる可能性が高いな)

――背後から大気を震わす大きな音。

「なっ、なんだ……!?」

 まるで雷が落ちたような……まさか白藤が落としたのだろうか。

 音の方向は崖の下からだった。

 様子を見に行こうと踵を返し――巣穴から動風が漂ってくる。

 奥から聞こえてくる唸り声と重たい足音。

(臭いが近づいて来る……まさか……)

 穴から出てくる――大きな体躯の狒々。

 先程の狒々より大きく、少なくとも3メートル……いや5メートル近くはあるか。

 高齢の個体なのか身体は全部が白毛で、赤い顔と口からはみ出た鋭い牙。

 そして、片手に握られた大きなボロボロの野太刀。

 白毛の狒々と目が合う。すると、にやりと歯を見せて狒々が笑い――

『……かおりがする。かぐわしきか、香り。みなもとの血肉の香り』

――掠れた低い声がこちらにまで聞こえてくる。

 白毛の後ろからゾロゾロと湧くように出てくる狒々の群れ。

(おいおい、一体何匹いるんだ……)

 少なくとも20匹はいる。しかも全員が熟年の、恐らく群れの中でも上の位置にいる。

「……人の言葉を話せると言うことは、人間を食らったのか」

 老齢の妖怪や力を持った妖怪はどういう原理か、人間の言葉を喋る事が出来る。

 経験上、人語を話した妖怪のほとんどは手強くそして狡猾な奴が多かった。

『ひひひ……たくさん、山へ来たひとを、何人か食らってやった。お前も食らってやる』

 この狒々は必ず祓う――いや殺さなければならない。

 他の狒々がこちらを囲むように散開し始める。

「……俺の血肉を喰らいたいか」

『ああ! ああ! 骨まで食ろうてやる!』

 刃毀れした錆びだらけの野太刀を興奮気味に振るう白毛。

 不運にも近くにいた数体の狒々が巻き込まれ、力任せに頭や腕が挽き斬られる。

 獣の悲鳴が鼓膜を震わす。

(当たれば即死か)

 視界の外から地面を蹴る音。

 その場で反転、飛び掛かってきていた狒々の頭を斬り落としながら潜り抜ける。

 降りかかる狒々の生臭い血。左右から合わせるように2匹の狒々。

 まるで指示を受けているかのように、連携して襲いかかってくる。

「舐めるな……よっ!」

 土の型『踏車』

 右の狒々の手が触れる寸前、顎を斬り上げながら測宙。上辺の半円を切っ先が描き、反対側の狒々の頭蓋を砕き割る。

 一瞬で事切れた狒々の身体を踏みつけながら着地、前から突進してきた狒々の眼球を横一文字に斬り払いながら後ろに跳ぶ。

(数が多いな……!)

 斬っても億せずに突っ込んでくる……恐らく狒々のリーダーが何かしらの指示を出してるのか。

 地面が揺れているのかと勘違いしてしまいそうな足音。

 山を震わさんばかりに白毛が咆え、野太刀を大振りに構えて突っ込んでくる。

 自分との間に仲間の狒々がいるにも関わらず、野太刀で斬り飛ばしながら猛猪の如く突進してくる。

(跳んでも逃げれない……!)

 逃げれないなら捌くまで。

 遅くなった視界の中、斜めから振り下ろされる野太刀の刃。両腕に全力を込め、角度を決めて――振り往なす。

 土の型『霞堤』

 鉄と鉄のぶつかる音がこれでもかと言わんばかりに耳を打ち据え。受け流した野太刀が地面に突き刺さり土塊が頬を打つ。

 痺れる腕に鞭打ち野太刀の刀身めがけ振り――意識が飛んでしまう程の衝撃。

 大きな何かに吹き飛ばされたような感覚と身体が宙を浮く嫌な浮遊感。

 視界が回り、一瞬だけ目の前が暗くなる。

 頬を地面の石が切り付け、口の中が鉄と土の味で満たされる。

「クソったれ……」

 一撃を貰ってしまった。視界が衝撃で定まらない。

――ほぼ反射的に身体が動き、横に飛び込むや今しがた立っていた地面に野太刀が振り下ろされる。

『食わせろ! 食わせろ……!』

 無我夢中に霞堤で野太刀の剣撃を弾き、大きく距離を取る。

 追撃するように白毛より早く3匹の狒々が囲むように前方から飛び掛かって来る。

(囲む気か!)

 前へと前進。太刀を地面に突き刺しながら飛び――腕の力で上へと身体を押し上げる。

 木の型『空蝉』

 すぐ真下を狒々達の爪が通り過ぎる。

 地面から跳び上がった状態。予想外の自分の動きに空振りした狒々達がこちらを見上げる――

 金の型『飛鷲ひじゅう

 1匹目の頭を斬り落とし、骸を足場にさらに跳んで2匹目の頭蓋をかち割りながら、さらに空中で前宙返り。

 最後の1匹が突き上げるように爪を突き出し危うく腹部を掠める。

 着地と同時に腕を斬り落とし、返しの刃で袈裟切り一閃。 

 息つく間もなく、前方から白毛が骸を蹴り飛ばしながら突進してくる。

「ぐっ……!」

 反射の霞堤。衝撃が腕を伝わり、両の手が痺れかける。

(不味い……このままだと斬り殺される!)

 力任せの斬りつけを何とか弾き、後ろ後ろへと追いやられ――左の踵が地面の終わりを踏み抜き掛ける。

 他の狒々達が崖を背にした自分を囲むように広がり、正面には白毛という最悪な状況。

 切れた額から血が止まらない。腕が痺れて柄を上手く握れない。

「絶体絶命だな……」

 ふと、崖下を見れば下では狒々の群れに囲まれる――1人の女の子。

(あれは……)

「真澄さん⁉」

 非常に不味い状況だ、なぜ下には真澄さんしかいないのか。美夜や芦屋達はどこへ?

――だが、考えている暇は無い。

 こちらの狒々の数より下の真澄さんの狒々の数の方が多い。

「……南無三!」

 崖から身を放る。地面までの距離はおよそ20メートルはあるか、あっという間に地面が迫ってくる。

 下では真澄さんが刀を振るい、その周りを雷が迸る。

 その周囲には無数の狒々がおり、一人で相手するには到底難しい数。

 怪我なく地面に着地できたのは奇跡か、訓練の賜物か。

 無我夢中で1匹の背中に飛び降りるようにぶつかり、頚を斬りながら地面に着地する。

「源くん⁉」

 驚く真澄さん。髪の毛の一部が白くなっているのはどうしてだろうか。

「怪我は無いか!」

 牙を向く狒々の口腔に刃を突き込み、捻って顎を横に切り裂く。

「問題無いから! それより早くここから逃げて!」

「はぁ⁉」

 前方から2体同時。片方を顎から額まで斬り砕き、間近まで迫っていたもう1匹は真澄さんの放った雷により撃ち落される。

「今さっきとびきり大きな雷を呼んだの! だから源くんまで雷撃に打たれるわ!」

 見れば頭上には局地的な暗雲が立ち込めており、震動する大気が身体を震わしてくる。

「大丈夫だ、雷はなんとか出来るから!」

 真澄さんが3匹の狒々をまとめて雷で打ち払う。

 燃え上がった狒々が他の仲間を巻き込み、同士討ちしてゆく。

「流石の貴方でも雷をどうにか出来るわけ無い! いいから早く逃げて!」

 暗雲の中で重苦しい空気の振動する音。

――本当は何とか出来るなんて思っていなかった。迷いは剣筋を鈍らし、切れ味を落とす。そう教えられた、だから腹を括ったのだ。

 首筋の毛が逆立つほどの怖気が身体中を伝わる。狒々の死体を踏み台に飛び上がり――太刀を振り抜く。

 一瞬、脳裏を過る昔の記憶。

 あれは物心付いた歳の頃か、剣術の師匠である月季が自分に見せた『人ならざる技』

 月季はその技を使った後、真剣な表情で言っていた。

『この技は人間には無理だと』

 だが、可能性はゼロでは無い。人を辞め、人の理の外に外れた者なら……出来るかもしれないと。

 天から雷が降り注ぐ。地から遠く、天から近い自分に目掛けて雷が走る。

 握った太刀が避雷針となり雷を浴びる。

 白む視界。無我夢中に身体を動かし――刃を振りきる。

 雷鳴が響き渡り、刃に斬り流された雷が下へと降り注ぐ。

 無作為に狙いも無く落ちた雷が地面にいた狒々達を打ち据え――背中から地面に落ちてしまう。

 呼吸が一瞬だけ止まり、視界が明滅する。

「がはっ……!」

 雷に打たれ、燃え上がった狒々達が悲痛な悲鳴を上げて逃げてゆく。

 身体を起こしたくても四肢に力が入らない。呼吸がままならない。

「源くん!」

 水中で聞こえるようなぼやけた真澄さんの声。

 抱き起こされる感覚、ぼやける視界の中、顔が間近まで迫ってくる。

「に、逃げろ……」

「置いて逃げれる訳無いでしょう!」

「む、群れのリーダーが……く、る……」

 上を向いた視界の先――崖上から大きな『何か』が降ってくる。

 咄嗟に真澄さんを強く押し退け、刃を寝かせて構える。

 身体が二つに折れてしまいそうな程の衝撃と信じられない程の重さ。

 衝撃で支えにした左腕が内側に――ひしゃげる。

『香しき血肉! 食わせろ! 食わせろ!』

 野太刀を乱暴に振り下ろしてくる白毛。

「がああああぁぁぁぁっ!!」

 一太刀でも当たれば死ぬ、こんな所で死んでたまるものか。

 白毛の脚を切り裂き、股の下を這いずるようにくぐり抜け立ち上がる。

 興奮した獣の咆哮。

 ただの受け流しでは腕か太刀が折れる。ならば全ての剣撃を霞堤で受け流すしか方法はない。

 飛んでくる薙ぎを僅かに逸らして往なし、大上段の振り下ろしを太刀の刀身を使って受け流す。

 歪に曲がった左腕がまともに動いてくれない、任せっきりの右腕が痺れる、流した血が目に入って来て視界が段々悪くなってきている。

 耳を打つ狒々の大笑い。まるで死にかけの自分を見て面白がっているような、怖気が体の芯を震えさせる。

「死んでたまるか……」

 これで祓い切れなければ自分はこの大猿に食い殺される。だが、そんな恐怖心なんぞ抱いている場合ではない――自分が死ねば真澄さんも死ぬのだ。

 普通の呼吸と同じ位に身体に染み込んだ四拍休思で呼吸と思考を即座に落ち着かせる。

 鞘に納刀。左腰に鞘ごと太刀をやり、両手を脱力する。

 意識は宙に、呼吸を止め――狒々が野太刀を力任せに振り下ろす。

 火の型『秋水・二色』

 全身と体の捻りを使ったしなり撃つ立合。

 基礎の刀技にして最速の技を放ち――振り下ろされた野太刀の刃を両断し、肘から先の両腕を刀ごと斬り飛ばす。

 山に響き渡る咆哮。

 すれ違いざまに胴を斬り裂き、臓腑がこぼれ落ちる。

 地面に膝つく白毛。

 火の型『炎月・弓張』

 頸を一閃に始点、右肩から右大腿へ弧を描くように撫で斬り、左大腿から左肩を斬り上げ、終点で頭を胴体から分断――最後に身体を円一文字に振り抜く。 

 ビクリと一際大きく痙攣し、数個の肉塊になった白毛の身体が地面へと落下する。

 おびただしい量の血が辺りにぶちまけられ、今まで一度も嗅いだことの無い程の悪臭が鼻を突いてくる。

「も……う、むり……」

 白毛の血だまりに顔面から突っ込む。悪臭による吐き気なんかより、技の反動で全身が動かないほうがヤバい。

 頭の奥で鈍い痛みが転がり回る。

(皆は逃げきれただろうか……? 祝たちは美夜がいるから若い狒々程度問題ないだろうけど……)

 震える指先が太刀の柄に触れる。最後の最後に傍に居るのが進級祝いの太刀とはつくづく自分は呪われていると思う。

 狒々達の叫び声や白毛の咆哮で耳が馬鹿になっている。ろくに周りの音も聞こえやしない。

(ああ……真澄さんの無事だけでも知りたかった。逃げ出せたんだろうか……)

 段々と視界が暗くなってくる。もし、狒々の残りがいたら自分は食い殺されるだろう。

「皆に怒られるな――」


同時刻 同山『神那岐学園入学試験管制室』


「――第四級妖怪消失。どうやら狒々のリーダーが祓われたようです」

「開始2時間以内でか。去年に比べたら大幅躍進だな、被害は?」

 天幕に囲まれた空間の中には数人の人と大きな機材。

 機械の前に座り、置かれた複数の画面を見ていた女性隊員が答える。

「負傷者26名、途中脱落者は74名です。負傷者は転移術により神籬の医療施設にて治療中、槐殿の報告では後遺症の心配は無いとの事です」

「ふむ、そうなると残りは生き残ってるという事か。年々頑丈な奴が増えていくな」

 その横、短い顎髭をたくわえ、片手に缶コーヒーを携えた中年の男性が小さく笑う。

「全くですね。式神が収集した映像記録はいかがしますか?」

「五剣殿達と頭領に送信しておいてくれ。それと受験者の回収を開始、日暮れまでには神籬に帰投するぞ」

「了解しました――それでは受験者の回収をこれより行います。式神の行動再設定を」

 椅子に座った女性が頭に付けた無線機のマイク越しに指示を出す。

「いやはや、式神の映像を見ていたが今年の新人は面白い奴が多くて暇し無さそうだ。こうも集中していると何か星に動きでもあるのか?」

「そんな陰陽師みたいな事を言わないで下さいよ」

「はっはっはっ! それじゃあ私も受験者の回収を手伝いに行ってくるかね」

「かしこまりました」

 天幕から出ていく男性隊員を目で追いかけ、小さく鼻息吐くと画面に向き直る女性隊員だった――


――呼吸が戻る。身体が何か柔らかい物の上に横たわっている。

 見知らぬ白い天井。瞳に光が刺さる、ここはどこだ。

 自分の手足を見て、五体満足な事に安堵のため息が出てしまう。

 頭を僅かに上げて辺りを見渡す。

 周りはベージュ色のカーテンに覆われ、自分が横たわっているのは大きな清潔なベッド。

 着ているものは制服ではなく、簡素な短い丈のもの。

「う……」

 喉が酷く乾いて声が出ない。

 すると、カーテンの向こうからドアが開くような音。

『――それじゃあね、ちょっと様子見てから帰るわ』

 どこかで聞いた覚えのある声。

 足音が近づいて来て、カーテンが開かれる。

「え」

 カーテンを開いた――真澄さんがその場に固まる。

「あ、あ……」

 痛む身体を起こそうとするが手に力が入らない。

「み……源くん!」

 駆け寄ってくる真澄さん。

「いつ目が覚めたの⁉ 心配したのよ……!」

 少し潤んだ瞳が間近に迫る。

「う……」

 傷だらけの右手で自分の喉を指差す。

「……もしかして乾いて喋れないの?」

 肯定の頷きを返すと、真澄さんが枕元の横に置かれてた台から水差しを手に取り差し出してくる。

 何とか水を流し込み、冷たい感触が喉を通り過ぎる。

「う、んん……はあ」

「大丈夫?」

「……なんとか」

 声が少しかれ気味だが普通に喋れる。

「起きたのは今さっきだ」

「よかった……本当によかった……」

 そばに置かれていた丸椅子に腰掛けると、安堵した声音で何度もつぶやく。

「き……きみが、ひ、狒々に食い殺されてなくてよかっ、良かった」

 喉がささくれて喋りづらい。

「水飲む?」

「出来れば」

 もう一度、水を飲ませてもらい喉の調子が戻ってくる。

「ふーっ……色々と聞きたい事が多すぎる」

「そうね、試験の事と他の皆、後は源くんの鬼の女の子とか。順繰りに説明するから」

「ああ」

 初対面で合って間もないと言うのに、どうして真澄さんはこんなにも親切にしてくれているのだろうか?

「まず最初だけと試験は終わったわ。今年の受験者254名中180名が通過、残りは試験辞退」

「半分以上は残ったのか」

「ええ、今年は骨のある奴が多いって教官の刀士遣の先輩が仰ってた」

「……失礼な事を聞くけど真澄さんや祝、月島さんは合格できたのか?」

「ええ、評価までは教えてもらえなかったけど。あの時にいた私達4人全員合格したわ」

「……4人?」

「源くんも無事に合格してるわ。体調が戻り次第訓練に復帰だそうよ」

 真澄さんの言葉に思わず脱力してしまう。

「そうか……合格したんだ……」

「当たり前じゃない。アレで不合格なんて結果だったら苦情出していたわ。あ、何か食べる?」

「なんでも」

「じゃあ定番のリンゴでも剥くわ」

 真っ赤に熟れたリンゴと鞘入りの小さな果物ナイフを手に取る真澄さん。

「それで話の続きだけど」

「試験の事は分かったよ。祝と月島さんは大事なかったかい?」

「ええ、源くんの伴獣の子が2人を試験官の野営地まで運んでくれていたから無傷」

「野営地?」

「芦屋くんが式神で見つけたって言ってた場所があったでしょ? そこが試験官のキャンプ地だったらしいの」

「それじゃあもう少しだった訳か」

「そういう事。でも、鬼が人間担いで野営地に来たものだから最初はかなり大騒ぎになったらしいわ」

「まあ、刀士遣なら普通の反応だ」

「ああ、そうそう最後に源くんの鬼の女の子……ええと、美夜ちゃんだったかしら」

「……もしかして何かやらかした?」

「うーん……まあ、ええと、そうね……盛大に」

 やはり家に置いてきた方がよかったのかもしれない……

「食べたら見に行きましょうか」

 六等分されたリンゴの一欠片を差し出してくる真澄さん。

「食べろと……?」

「そう、女の子に食べさせてもらうなんてそうそうに無いでしょ?」

「祝が見たら血涙出しそうだ」

 空きっ腹は流石に堪えるのでリンゴを一口。

 痛む口の中に甘さが広がる。

「……つかぬ事を聞くけど、どうして真澄さんが俺の看病を? こういうのは専門の人がいるだろうし、それに合格したなら訓練があるんじゃないのか」

「それは――」

「可愛い女の子に甲斐甲斐しく看病された方が男子ってのは嬉しいだろう? それとも今代の源は衆道に傾倒しているのか?」

 どこからかともなく声が聞こえてくる。

「この声は……」

「やあやあ若人のお二方。逢瀬を邪魔して悪いね」

 音もなくカーテンの後ろから現れる、白衣姿の女性。

「槐教官」

「源くんの目が覚めたと、使いから報告があって来たが……お邪魔したかな?」

「いえそんな事は」

 真澄さんが僅かに眉をひそめる。

「さて真澄くん。異性とイチャイチャしたいのは分かるが、三日間意識不明の重篤の患者が目を覚ましたばかりだ。すまないがご退室願えるかな?」

「は、はい」

 リンゴの入った皿を置き、刀を片手に病室から出ていく真澄さん。

「さて……何から話したらいいものか」

 白衣の下は女性物のブラウスに黒いタイトなパンツ。

「俗に言う良い話と悪い話ですか?」

「なんだ、源の人間の事だから世俗には疎いと思っていたが……意外とその手のジョークもイケるのか」

「まあ、身内にそういったのが好きな者が居りまして……」

「ああ、世俗好きの大将の趣味か――では話だがどちらから話そうかね?」

 長い脚を組み、見下ろしてくる槐教官。

「悪い話のみでお願いします。どうせ良い話は悪い話に比べたら可愛いものですよね?」

「全くその通りだ。悪い話なんだが……君の刀士遣としての人生は非常に過ごし難くくなってしまった」

「左腕ですか?」

「分かるのか」

「ええ、肩先から感覚がありませんし目もよく見えてません。肩は狒々の一撃で、目はたぶん雷を切ったからだと思います」

「式神でそれは見させてもらったよ。もし火廣金の太刀でなければウェルダンになっていた」

「やはりですか」

「……それで君はどうするんだね? 刀士遣は現場でなくても後方支援や現場組の指導役や色々な仕事もある、剣を振るだけが仕事じゃないと言うことだ」

「勝手ながら刀士遣は退任します。片手で振れなくもないですが、自分の力不足で他の仲間に迷惑をかけるのは頂けない」

「そうか……まあ、起きて間もないし明確な返答は精神が落ち着いたら確認させてもらおう。それまでは安静にしていてくれ」

「分かりました――あ、勝手ながら一つお願いをしてもいいですか」

「なんだね?」

「自分の目の事です。どうか真澄さんには言わないでください、雷が原因と知ったら真澄さんの性格だと抱え込む可能性があるので」

「分かった、その件はしらばっくれているよ――さあ、私はここいらで失礼する」

 身体が煙のように揺れ、病室から音も無く掻き消える槐教官。

次話もこのペースで出していこうと思います。


誤字脱字、他作品と類似アリ、他作品と設定丸被り、矛盾、等々お気付きになりましたらメッセージボックスまでご一報お願いいたします。

※万が一、他の先駆者様方の作品と酷似していた場合は早急に消させていただきます。

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