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神禄剣鬼伝  作者: 真赭
31/31

参ノ巻【鳴神撃剣】拾肆

お待たせしました第二部最終決戦です

 合図が響き渡り――静寂が訪れる。

 今までの試合とは違う、静かな試合。

 隣接した試合場から鈍い金属音と床を踏む音が聞こえてくる。

 対してこちらはお互いに間合いを計り合い――真正面から見つめ合っている。

(目で追えない程の神速の突き……仮にそれを捌けたとしても白藤の雷撃が真澄さんにはある)

 相手の真澄さんは独特な八相の構え――雷の構えに刀を構え、こちらを瞬きせずに見据えてくる。

 先ほどの慌てふためいてた人物とは思えない、鋭く抜き身の刃のような瞳。

 対してこちらは構えもせず、柄に手をやることも無く――ただ自然体に立つ。

 ジッと青色の瞳が見つめてくる。まるで何か答えを求めるような、そんな眼差しがこちらを見つめてくる。

 無銘に構えは無い、自然体が無名の基本型であり、全ての構えが全ての型である。

 こうも見られては無拍子や白拍子も意味が無い、一つの動きによって決着が決まる。

(なら、こちらから動こう)

 ここで負ける訳にはいかないのだ、真澄さんにも体面やプライドなどはあるだろうが、こちらは約束したのである。

 瞳を合わせたまま、おもむろに踏み出す。

 息つく間も無い瞬く合間、雷の如く峻烈な横薙ぎが胴へと飛んでくる。

 躱すには間に合わない速度――なら打ち落とすまで。

 土の型――参式『瀞波』

 最速の居合、攻めの秋水を守りの型としてアレンジした無銘には無い自分独自の技。

 鞘走りさせず、全身のしなりと捻りを使い刃の軌道上に物打ちを振るう。

 澄んだ金属同士のぶつかり合う音。

 だが、この型は守りだけの技ではない。

 打ち落とした勢いを使い、一歩斬り込む。

 手の中で柄を滑らせる無手業『滑柄』

 数センチ伸びた切っ先が真澄さんの首元へと迫り――本能的に腕が止まる。

 瞬間、パチリと真澄さんの肩から小さな光が走る。

 全身を駆け巡る鋭く鈍い衝撃。

「っ……!」

 奥歯を無理やりと噛み締め意識が飛ぶのを防ぐ。

 よろけつつ後ろへと逃げるが、容赦無く追ってくる。

(これじゃあ攻められない)

 踏み込みと共に鋭い小手打ち。

 咄嗟に利き手を離してスレスレを躱すが再び細雷が容赦無く身体を駆け巡る。

(コレは目が覚めるな……!)

 見れば真澄さんの髪が灰金色に変わっている、人には放たないと前は言っていたが……解禁したということは本気のようである。

 体を寄せつつ押し切る様に肉薄してくる。

 霞堤で弾けば雷撃が身体を襲う、そもそも二発も食らっている、次の一発を形代が耐えきれるどうかすら怪しい。

 残る手段は雷撃が来る前に無力化する、それくらいしか思いつかない。鬼の力はまだ使う場面ではない、もし今使えば次の試合での勝つ確率はゼロに等しくなる。

 相手は山や森に住む雷獣ではなく意思があり思考をする人間が相手……困難極まりない。

(考えろ……何かある、絶対に何か対処方法がある)

 時間は有限、このまま時間が過ぎれば蓮心との試合が無くなり約束が果たせなくなってしまう。

 今までになかった状況に思考が追いつかない……まるで始めて荒霊と対峙した時のような、切迫感が全身を強張らせていく。

 緊張で周りの音が消えてゆく、自分の鼓動の音だけが耳の中を駆けまわる。

――歓声と剣戟の中に混じる、一つの異音。

 気づけたのは勘か、それとも虫の知らせという物か、頭上から降ってきた異物の重さを肌で感じ取った瞬間――身体が動いていた。

 雷撃など気にもせず、対面した真澄さんを抱えて大きく飛び込む。

 瞬間、先ほどまで自分がいた場所へと何か大きな物が落下してくる。

 建物が揺れたような、そんな感覚を覚えてしまうほどに大きな揺れ。

 見れば試合場の床がへこみ砕け、大きな鉄骨やコンクリ片が床に穴を開けている。

 もうもうと立ち込める土煙で試合場が見えない。

「と、智慧くん⁉」

 抱えた至近距離の真澄さんが驚きの声を上げる。

「まずい……ヤバそうなのが降ってきた」

 座り込んだ真澄さんを守るように太刀を構える。

 土煙の中心、大きな『何か』がずしりと動く。

「おいおい……」

 降ってきた何か――歪な姿の異形と目が合った。

 濁った茶黄色の瞳に縦状の虹彩、それは人と例えるべきか獣と例えるべきか……名状し難き姿の――異形。

 上背は少なく見積もっても3メートル以上。見上げてしまうほどに大きく、薄桃色の肉の塊と言ってもおかしくない醜悪な身体と、生物としてはあり得ない奇数の手と足。

 あろうことか頭が三つあり、一つは苦悩に満ちた男の顔、一つは泣き叫ぶ女の顔、一つは恍惚とした表情の男。

 視界に入れているだけで発狂してしまいそうな容姿と三つ頭の歪んだ口からこぼれる呻き声とすすり泣く声。

 そして巨体の下から僅かに見える――黒色の和服と白い細腕。

 怒りが一瞬で極致を超える、あの異形は祓う――いや、殺さなければならない。

 型も歩法も何もない全力の踏み込み。

 巨体の胴体の一部を切り裂き、腕の一つを切り飛ばす。

 五つの口から発せられる金切り声。

 昔食らった天狗の羽団扇の突風の如く、咆哮の声圧で身体が吹き飛ばされる。

 馬鹿になった耳のまま空中で身を翻し壁に着地、重力に従って地面へと降り立つ。

 突然の事に麻痺していた体育館の中が――動き出す。

 堰を切った川のように混乱が辺りを包み込む。

 悲鳴を上げて逃げ出す一般客、必死にテレビカメラを構える放送局の人、突然の事に反応が遅れている同級生たち。

 異形が湿った不快な音を立てて動く。

 体躯の一部からあふれ出る濁った黒茶の体液。床に触れるや、音を立てて床がぐずぐずに溶けていく。

「瘴気……まさか荒霊なのか⁉」

 そして――再び異変が起きる。

 緩慢とした異形が突如震え出し、宙に持ち上げられた。

「へっ」

 持ち上げられた異形の下には――片手を掲げた美夜がいた。

 普段の表情とは一変した、怒りに満ちた表情。

 見れば着物はボロボロになっており、腕の一部や頬が抉れて痛々しい姿。

 しかしこめかみには青筋が通り、離れていても分かるほどの怒気が肌を刺してくる。

『この……肉塊がぁっ!』

 慟哭一声、和服が乱れることなど意にも介さず――異形をその場で蹴り上げる。

 一瞬でこちらへと跳んでくる美夜。

 3メートルの巨体が宙を浮き、再び地面へと音を立てて落下。揺れる体育館。

「……美夜?」

 ボロボロになった美夜が荒く息を吐く。

『しくじりました……』

 混乱に満たされた体育館。観客席の方ではやっと動き出した他の刀士遺達が一般客を誘導し始めている。

 遅れて武器を片手に試合場へと降りてくる他の刀士遺たち。

「それより身体は大丈夫なのか」

『甘い蜜菓子と生き血滴る生肉が食べたいです』

 腕の一部は黒く焦げ、着物の腹部の辺りに大きな引っ掻き痕が残っている。

「冗談を言えるなら十分だ」

 真澄さんの姿見えないが大丈夫なのだろうか……避難している事を願うしかない。

――視界の端で何かが光る。

 空気を震わす音と共に稲光が瞬き、異形の身体の一部が黒く焦げる。

「嘘ぉ! 効いてない⁉」

 見れば少し離れた所に立つ真澄さんが。

 異形の注意が真澄さんの方へと向く。

「こっちが相手だ――」

 颯歩で詰め寄り、脚を切り落とす。

 大きく傾く異形。

 滑る異形の身体を踏み出しに駆け上がり、空中の頂点で技を撃つ。

 金の型『飛燕』

 頭の一つを刎ね飛ばし、もう一つの頭の顎を一振りで切り砕く。

 着地と同時に後ろへと飛び、切り口から零れ落ちた体液が床を溶かす。

「迂闊に近づいたら溶かされるな」

 まるで硫酸のように強力な瘴気だ、もし多量に吸い込んだりでもしたら分と経たずに悶え死ぬだろう。

 痛みに金切り声をあげる異形。

 今しがたの光景に圧倒されたのか、囲むように展開した他の刀士遺たちがたじろぐ。

「智慧くん!」

 瓦礫の中を駆け足でやってくる真澄さん。

「駄目だ真澄さん! 他の皆と一緒に避難してくれ!」

「何馬鹿なこと言ってるのよ! ここで逃げたら刀士遺失格よ!」

 キレ気味に容赦なく脚を蹴ってくる。

「イテッ」

「それよりアレよ、一体何なの⁉」

「こっちが聞きたいよ――美夜?」

『注意が他に向いていますし手短に説明します。アレは私と鞍馬がこの建物の周りを警戒している時に突然現れました、予兆も無く忽然と湧いて現れたようにビルの隙間から飛び出してきたのです』

「警戒? なによそ――」

 開かれた真澄さんの口を強引に美夜が手でふさぐ。

『応戦したのですが私が戦っている内に鞍馬が突如失踪、異形も千切っても千切っても傷が治るためジリ貧に……』

「傷が治る?」

『ええ、あれを』

 異形を改めて見ると、先程斬った筈の頭が生えており、腕や脚も元通りになっている。

「どういうことなんだ」

『分かりません……ですが、これだけは言えます。あの肉塊の中に複数の人間の気配を感じます、数人ではなく十数人……まるで複数の人間を一つの肉の塊に押し込めたような――』

 耳を貫く咆哮。

 異形が斬りかかった隊員の数名に手を伸ばす。

「不味い」

 全力の駆け足。跳躍と同時に技を撃つ。

 火の型『火滝』

 一本目の腕を切り落とし、着地から間髪入れずに二本目の腕を掌から縦に切り開く。

 叫ぶ異形。

 丹田に力を入れながら、女性隊員に伸ばされていた三本目を小手返しで三等分に切り分ける。

 降り注ぐ体液が制服に飛び、白い煙が立ち込める。

「ぐっ……」

 女性隊員を引きずり寄せ、半ば無理矢理と異形から離す。

「気を付けてください! コイツの体液に絶対に触れては駄目です!」

 溶けた床を見た面々の表情が怖強ばる。

 相手は一匹でこちらは複数人だが決定打を叩き込むのが困難。

(迦楼羅さんみたいに重い一撃があれば……)

 異形の瞳に見つめられながら、視界の中に見える観客席に人が残っていないか見渡す。

 幸いにも残っているのは神籬の刀士遣だけ、せいぜい気になるとすればカメラマン数人だろうか。

(なんでこんな時まで撮影してるんだ!)

 異形が自分に怯えたのか、それともこちらより弱い『獲物』に気付いたのか、巨体が揺れるや――不快な音を立ててカメラマン達の方へと突進する。

「逃げろ!」

 誰かが叫ぶが、カメラマン達は腰が抜けてしまったのかその場から動けないでいる。

 想像より速い異形がカメラマン達のいる観客席の下まで近付いている。

 颯歩で駆けるが間に合うか――

 異形の歪な腕が何本も体から生えだすと、重たい巨体を揺らして観客席へと登ろうとしている。

――カメラマン達の後ろに小柄な人影。

 異形の手がカメラマンの手を掴もうとした瞬間、腕がひしゃげ砕けた。

 間髪入れずにカメラマンの後方にあった扉が勢い良く開かれ、数人が飛び出してくる。

「――サラバビギナン ウンタラタ カン……マン!」

 聞き慣れない言葉と共に異形の体に一枚の紙切れが飛ぶ。

 瞬間、紙切れを起点に眩い程の大炎が吹き出て異形を焼き焦がす。

「クソヤベーなおい! キモさで言ったら今年一番だぞ!」

 叫ぶのは術を放った本人――祝。

「これはちょっと僕でも来るものがあるねっ……!」

 席を踏み台に跳び、異形の体の上へと躊躇いなく乗り上がると、瓦割りの如く――異形の頭を棗が拳でかち割る。

「棗! そいつに格闘戦は悪手だ! 今すぐ離れろ!」

 こちらの言葉と籠手に起きた異変に察したのか、伸びる手から逃げるように跳躍するとこちらへ降りる。

「わお、あのまま居たら籠手が傷んでたかも」

 白磁の籠手は汚れ、赤黒い血と体液、そして肉片がこびり付いている。

「絶対に素肌で触るなよ、荒霊と同じ瘴気を帯びている」

「アレが荒霊? あんなの見たことないよ」

 燃える異形が試合場へと落ち、その隙に月島さんと土御門さんの二人がカメラマン達を無理矢理と扉の外に追い出している。

 さらに放たれる炎に絶叫する異形。

「そういえば嘉月さんや柊教官はどうしたんだ」

「民間人の避難誘導と見に来てた要人の警護。最後に見たのは天陽女学園の女の子達と視察しに来てた新都の議員の人達を避難させてたよ」

「なら、しばらくは現状で対処するしかないか……」

 肉の焦げた嫌な匂いが鼻を突く。

「だね。でも、何だろうこの人数で囲んでるってのにどうも不安しか感じないよ」

 棗の言葉には同感である。例えようの無い違和感というか不安感を先ほどから覚えている……あの荒霊とも堕ち成りとも言えない歪な異形が原因なのは間違い無いだろうが。

 再び他の隊員達が囲み、今度は刀や太刀ではなく槍や薙刀、長巻と言ったナガモノで囲んでいる。

「君達! 学園の生徒は避難するんだ、いくら刀士遺とは言えまだ見習いだ危険すぎる!」

 近くにいた一人の刀士遺の男性隊員が叫ぶ。

「ですが……」

「君達の実力がどれほどの物かは理解している! だが、ここは本職の出る所。早く外へと避難しなさい!」

 伸ばされる手を刃で切り落とし、逃げようとすれば槍で突き刺し動きを抑制している。

「上三位の刀士遺が来るまで絶対に逃がすな! ここで逃がしたら柊さんに殴り倒されるぞ!」

 発破を掛け合い、連携の取れた動きで異形を止める。

「――智慧くん」

 遅れてやってくる真澄さん、若干口元が赤いのは美夜に押さえられていたせいか。

「どうする? このまま本部の人達に任せるかい」

「それがいいと思うわ。他の皆は外へ避難してるし、学園の生徒で残ってるのは私達くらいよ」

 異形の動きに警戒しながら祝も合流する。

「どうするよ、このまま俺達がいても祓えの邪魔になるだけだぜ――アレが荒霊とは思えんがね」

 皆の言っている事は分かる、刀士遺とはいえ自分たちは未成年でまだ見習いなのである、本職に後を任せて避難するのが道理である。

「……気に食わないな」

「へっ」

「どうして大事な時に限ってこういう面倒が起きるんだ……ムカつくな」

 真澄さんとの約束は無くなってしまった、蓮心との大事な決着は水に流れ、大切な家族は見るも無残に傷ついた……ここまで来て怒らないのは菩薩か狂人かのどちらかだ。

 溜まりに溜まっていた感情が溢れ出る。

 今日くらいは鬱憤とストレスを解消せざるおえない、それ程に苛立っている。

「と、智慧くん……?」

「皆は避難してくれ、あの化け物を――斬ってくる」

 駆け出し、瓦礫を踏み台に大きく跳ぶ。

山で嫌というほどに鍛えられ、踏み台があれば大人の身長程度なら容易に飛び越えられる。

 あの異形は斬っても傷や斬り落とした腕や頭が生えてくる。生えてこなくなるまで切り刻むか、何らかの限定的な行動によって活動を停止する、治癒量を超えた一撃を叩き込む……考えれば考えるほど対処法が浮かび上がる。

「……面倒だ」

 要はあの異形が動きを止めるまで斬り続ければいい、それが一番だろう。

 宙返り落下の勢いと体重を乗せた上空からの縦一閃を醜悪な胴体に叩き込む。

 生木を斬ったような感触。

 腕が伸びるより速く後ろへと飛び、近くにいた刀士遺の一人に駆け寄る。

「お借りします!」

「ちょっ――」

 四尺ほどの笹穂槍を拝借、観客席側の壁を駆け上り、体重を乗せた一擲を叩き込む。

 異形の頭の一つを口から貫き、穂先が床を抜けて身体を縫い留める。

 たちまち沸いて出る十数本の大小の腕。

 まるで無数の人に縋りつかれたような、震えてしまいそうな怖気が身体を襲う。

(防ぐのは絶対に危険だ)

 腕を数本まとめて斬り飛ばし、手首を切り裂き、肘まで二枚の開きにする。

 痛みに逃げようにも槍に縫い留められた異形が揺れ動くだけ。

 下腹部から生えた頭を斬る、胴体から生えた右脚二本を強引に両断、叫ぶ口に切っ先を突き込みそのまま横に薙ぎ割く。

 しかし異形はいっこうに弱まる気配が無い、美夜に投げられ、祝に焼かれたのにも関わらず、傷つくどころか異形から生え出る四肢や頭の数が多くなって来ている。

――とうとう縫い留めていた槍が異形の手によって手折られ、異形の巨体が自由になる。

 どう言う理屈か、最初より一回り大きくなった異形の全長はゆうに5メートルはある。

 最初の姿より醜悪な物と変わり果て、もはや荒霊ではなく違う『何か』である。

――見上げた視界の上、大穴の空いた体育館の天井から空が見える。

 その大穴の上、体育館の天井部分に見える――人の影。

(あんな所に人……?)

 押し潰すように倒れてきた異形から全力で跳躍。

 転がり起きつつ太刀を構える。

「くそったれ……」

 他の刀士遣の隊員も異形の異常性を警戒してか、先程よりも引き気味になってしまっている。

 決定打だ、何か大きな決定打がいる。

 空気が震える大きな音。

 異形の身体を弧状の雷撃が打ち据える。

 肉を焼き焦がす音と、異形が衝撃に倒れる鈍い音。

「智慧くん!」

 駆け付ける真澄さん。

「まだ避難してなかったのか!?」

「当たり前でしょ!」

 横に並び太刀を構える。

 立ち上がる異形の近く、観客席の方から走ってくる人影。

「――木行根縛、急急如律令!」

 聞き慣れない言葉と共に、異形の身体を太い蔦のような物が這い始める。

 合わせたかのように試合場の端から飛んでくる――天井のコンクリ片。

 異形の頭の一つを潰し、腕を千切り、脚を砕く。

 思わず見れば振りかぶる棗の姿。 

「もう民間人は全員避難したぜ! 後は好きに暴れて問題ないぞ!」

 手すりを乗り越え、下へと降りてきた祝が札を手に取る。

「お前もか」

「あたりめえよ、俺たちゃ刀士遣だぜ?」

 再びコンクリ片が投擲、異形の身体にめり込み――音も無く沈み込む。

「ありゃ、もう効かないみたいだね」

 少し距離を取り、棗も合流する。

「他二名はレディだし避難したのは正解だな」

「あら、私もか弱い女の子よ芦屋くん?」

「おっと、班長を忘れてた」

 美夜はおそらく戦えない、あそこまで大怪我をしたのは数年振りか。

「で、どうするよ智慧よう? あんなグロ映画にしか出てこなさそうな奴は初めて見るぜ」

「どうするもアレはここで祓う。外に逃したりでもしたら新都は大変な事になる」

「なら、いつもの祓いだな?」

「アレを荒霊と呼べるかは怪しいけどな」

 締め上げる木の根が次第に悲鳴を上げ始める。

「マジかよ、普通の荒霊でも逃げれない筈だぜ」

「もう持ちこたえられそうにないな……次で決着をつけないとジリ貧になる」

「どうするの智慧くん?」

 警戒した真澄さんが異形を見据える。

「どうやら俺の剣じゃアイツは殺しきれない。斬り殺す前に再生される……そうなると残る手段はアイツが再生出来ないほどの大きな一撃をお見舞いする、それくらいしかない」

 手はある……だが、美夜はあの怪我。その状態で力を使ったりでもしたら……考えただけで怖くなってくる。

「大きな一撃……」

「班長の雷をアイツに落としてもらうってのは出来るんかね? ほら、天井も空いてるしよ」

 祝の意見。

「全開出力は出せるけど、降らす雷は調節が出来ないの。多分、ここにいる全員が感電死するわ」

「ありゃ、さっきのアレとは違うのかい」

「ええ、落雷を操れるほど白藤は力が無いの。精々、任意で呼べるくらい」

――そして、縛り上げられていた異形が木の根を引きちぎり自由になってしまう。

「……祝、馬鹿な質問で恐縮なんだけど陰陽道で結界というか、中から外に荒霊とかを出さないようにする術はあるかな。箱状じゃなくて筒状なイメージの」

「出来るっちゃあ出来るが強度は保証できないぜ」

「どれくらい耐えれる」

「そうだな……若い荒霊ならある程度は持つが老齢の奴は分と持たない」

「……それで十分だ」

「何する気だ?」

 異形の無数の瞳がこちらを向く。

「とびきり大きなのをお見舞いするのさ――棗、合図を送るまで異形を真ん中に押し止められるか!」

「やってみるよ!」

 棗がそばに落ちていた天井の骨組みを捩じ切る。

 作られる何本かの鉄の棒。

 おもむろに一本を手に取り、振りかぶって投擲。

 音を立てて飛んだ鉄の棒が異形の胴体に突き刺さる。

 上がる悲鳴と共に巨体を揺らし、棗目掛けて動き始める。

「祝、術が出来るまでどれくらい掛かる?」

「拙速は巧遅に勝ると言うがね」

「半々だ」

「なら3分だ。それ以上縮めたら一発どころか掠っただけでも壊れる」

「頼んだ。合図と同時に術を撃ってくれ」

「任せとけ、駄賃はエロ本一冊で十分だ。それと試合場に残ってる隊員も外に出しといた方がいいだろ?」

「ああ、頼む」

 足音無く祝が試合場へと走り出す。

「さてと……」

 内心落ち着かせつつ、真澄さんの方へと向き直る。返ってくるのはどこか疑うような、そんな表情。

「智慧くん……貴方、一体何を企んでいるつもり?」

「何でもないよ。ただ力を貸してほしい、それだけだ」

「……内容によるわ」

「あそこの天井、あの大穴から俺目掛けて雷を落としてほしいんだ。とびきり大きいのをね」

 信じられないといった表情。

「これくらいしか方法が無いんだ。他の刀士遣の人達は萎縮してしまって思うように動けていない。それに、柊教官や嘉月さんを悠長に待っていたらあの荒霊が新都へ逃げ出す可能性だってある」

「だからって、私の雷を貴方に落とす理由が分からないわ。ただの自殺行為よ」

「大丈夫、入学試験の時に見せたアレを覚えてるだろ?」

「雷を切る? そうしたら貴方はまた大怪我を負うじゃない――また腕が動かなくなったらどうするの!」

 自分と槐教官しか知り得ない秘密を真澄さんが叫ぶ。

「……知ってたのかい」

「当たり前じゃない。私の雷のせいで智慧くんは危うく刀士遣としての道を諦めるかもしれなかった……そんなの絶対にだめよ。一縷の可能性に賭けては駄目」

「いいや出来る。もう感覚は掴んでいるからね」

 本当は何も準備なんて出来てないし、本当に成功するかも分からない……けどここでやらねば誰がやるというのか。

「本当に?」

「勿論、ただ反動で直後が動けなくなると思う。その時は奴鹿湖の時みたいにお願いできるかな」

「はぁ……回収したらそのまま投げ捨てるから」

「信じて」

「信頼されたなかったらそんな突拍子な事頼まないでしょ。智慧くんを信じるわ」

 真澄さんの呆れたような顔。

(成功回数は二回……それも子供の頃とこの間の土壇場だけで練習も糞もない。外したら間抜けに死んで、荒霊に呆気なく食べられる)

 だが、自分は決めたのだ。自らの命を賭してでも荒霊を祓うと。

 太刀を振るうのは一瞬、遅くても早くても駄目。降ってきた落雷を刃に集め、それを異形へと叩き込む。

「真澄さんは念の為観客席にいてほしい。合図を出したら俺目掛けて遠慮なく落としてくれ、棗と祝が離れたタイミングで出す」

「分かったわ……今から集中するから。雷は空が光ったら一瞬で落ちるわよ」

「了解だ」

 真澄さんに見送られるように前へと進む

 手貫緒に通し、締めて柄を握り込む。

 試合場では棗が異形を中央部分へと誘導している。

 祝は試合場の四方へと近付いては立ち止まり、何やら呪文のような物を唱える。

 チャンスは一度くらいだろう、こちらが疲弊する前に叩かなくてはならない。

「美夜」

『本当にやる気なのですか?』

「もちろんだ、荒霊を祓う……それが俺の責務だよ。逃げたらご先祖様に祟り殺される」

『死ぬくらいなら逃げて期を窺えと頼光の奴はよく言ってしましたがね……分かりました。万が一があれば骨は拾いますから』

「出来れば五体満足で帰りたい所だ」

 四拍呼吸で躍動する動悸を落ち着かせる。ただ一点、その一点さえ越えればいいのだ。

 異形が棗へと近付いては重たい一撃を貰い、掠れた悲鳴と共に体液を撒き散らす。

 試合場の中はまるで地獄のようで、異形の体液を浴びた床は白い煙を立てて溶け落ち、巨体が動くたびに身体から聞こえてくる呻き声と骨肉がすり潰される音と共に床を這う。

 一体この怪物は何なのか。今までに見た事の無い荒霊か堕ち成り……いや、そもそもそれ以前の話『これはどうやって現れたのか?』

 子供が適当に粘土で造ったような規則性も倫理観も無い歪な存在。

 まるでこの世の存在とは思えないような――

「……考えるだけ無駄か」

 棗の投擲が頭を刺し貫き、音を立てて床へと倒れ込む。

 場所は天井の大穴の真下。試合場には自分、棗、祝、そして真澄さんの四人だけ。

 機会は一瞬、少しのズレも許されない。

「棗! 祝を抱えて全力で外まで逃げろ! 祝は出た瞬間に術を放ってくれ!」

 棗が起き上がろうとした異形の頭を殴り潰し、試合場の端にいた祝を抱え上げると二足飛びに観客席へと転がり込む。

 それとほぼ同時。全身を奇妙な感覚が襲い、薄透明のガラスの様な物が試合場の四方を囲う。

「美夜!」

『はい!』

――重く深く淀んだ『何か』が身体の奥底で小さく音を立てる。

 燦然と輝く陽光さえ飲み込んでしまいそうな、重く重く深い淀みに揺蕩う『何か』。

 その正体ははたして美夜の鬼の力か、それとも人成らざる荒霊の力か……それを知るすべなんて何処にもない。

 口内の犬歯がみしりと音を立てて牙に成る。憤怒が身体を突き動かす、力を込めた太刀の柄が微かな音を立てて軋む。

 床をめくり上げながら一足に異形へと突っ込む。

 型も技術も無い腕力だけで異形の手足を散り散りに切り刻む。

 肉片と共に降りかかる体液。

 制服を翻し、回転をつけて脚を五本切り離す。

 再び動きを止める異形。

 聞けば頭上から空気の震動する音――雷の鳴り響く音が聞こえてくる。

 2メートル以上はある、ひときわ大きな鉄骨を無理矢理と持ち上げ――異形の身体へと叩き込む。

 異形の身体を足場に駆け上がり、避雷針代わりにした鉄骨を脚力だけで登り切る。

 大きく空へと飛び上がり、頂点へと辿り着く。

「奏!」

 叫び声に反応するかのように――頭上が閃いた。


 鬼剣『崩雷』


 掲げた太刀へと眩い雷鳴が降り注ぐ。

 雷を受け流すように刃を振るい抜き、真下の異形へと、雷を受けた白刃を必死の一刀に振り下ろす。

 避雷針の鉄骨を両断し、異形の頭頂から――斬り込む。

 感触も無く痛みも無く、ただ刃を振り下ろす。

 肉が爆ぜ、体液は気化し、火廣金によって変質した雷が異形の血肉を焼き焦がす。

 異形を貫通した雷が床を破砕し、試合場にあった近くの金属へと吸い寄せられ、雷の通過により白く発光すると同時に火花が散り乱れる。

 異形の悲鳴や反応は無く、静かに眠るように燃え上がっているだけ。

 倒れた痛みさえ体中を走り回る激痛でかき消されてしまう。

 意識はあるが身体が動かないし、全身が焼けるように痛い。

「これは……効いたな……」

 入学試験の時より強烈な一発だった。

 痛む眼球をなんとか動かし自分の身体を見る。

 制服は黒く焼け焦げ、手足の部分は先の方だけ破れ落ち、下から見える肌は赤い枝の様な紋様が出来ている。

(落雷の衝撃より鬼の力の反動の方が大きいな……)

 意識は何とか保っている、が泣きたくなる程の痛みよりも焼け死んだ異形の炎が近くまで迫って来ている事が問題である。

 消火設備は……もしかしたら天井が壊れたときに使えなくなったのか。

「ぐ……」

 他の皆は大丈夫なのだろうか、祝の結界は雷を防げたのだろうか。

 自分なんかより皆が心配だ。

 ぼやける耳が何か音を拾う。

(なんだ)

 握り込まれたような痛みに耐えながら音のした方を何とか向く――

「な……」

――音の主、燃え盛る炎の間を歩く一人の少女。

 何故彼女が、どうしてここに。

「――智慧さん」

 何故かすぐ側で囁かれたような、間近に聞こえる葛木さんの艷やかな声。

「やはり……やはり、貴方は私を殺してくれるかもしれないお方です。嗚呼、狂えるほどに儚く愛おしい……何故、貴方はそんなにも美しいのですか」

 葛木さんの周りを炎が踊る。

 まるで夢の様な、現実味を感じられない幻の様な光景。

「智慧さん、貴方は然るべき責務と運命にある。ここで死ぬ定めではない、私は貴方に殺されるために蘇らされたのかもしれません」

 すぐ側に葛木さんが立ち止まる。

 蘇芳色の瞳がこちらを見下ろしてくる。まるで、我が子を見守る母親の様な、慈愛に満ちた物。

(不味いぞ……非常に不味い)

 必死に動かそうにも身体が言うと事を聞いてくれない。このままでは葛木さんに――食べられる。

――自分の視界の先。空いた天井から鉄骨が滑り落ちる。

「ぁ……」

 葛木さんへと音も無く迫る鉄骨――が、落下してきた鉄骨は空中で不自然に静止する。

 燃え盛る炎に視界がぼやける。

「智慧さん。また近い未来、貴方の元へと参ります。その時は貴方の刃が私の心の臓を貫いてくれる事を――願っていますから」

 葛木さんが燃え盛る炎へと手をかざすと、不自然な挙動と共に炎が割って広がる。

「智慧くん!」

――瞬間、まるで打ち合わせたかのように真澄さんが炎の中へと飛び込んでくる。

 目の前にいた筈の葛木さんの姿はかき消え、残ったのは一枚の葉。

「また無茶してこの馬鹿! 落ちないように掴まってて!」

 太刀を取り上げられ、引き上げられる寸前、かろうじて動いた指が青々とした葉を掴む。

 肩に担ぎ上げられ――意識がそこで途絶えた。


次回は数日以内となります


前話の後書きで出していたファンタジー物ですが、気晴らしに投稿してみようと思います

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