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神禄剣鬼伝  作者: 真赭
21/31

参ノ巻【鳴神撃剣】肆

次話更新となります。是非ともお読みいただければ幸いです。

 生地胴の木の部分に、横一文字の亀裂が入った佐藤門下生が鼻息荒くしてこちらへと駆け寄ってくる。

「だっ、大丈夫ですか……?」

「衝撃でお腹が痛いけどこんなのへっちゃらさ、それより今のが渡辺くんの流派の型かい?」

「えっ、ええまあ……」

 すると、審判役の師範代もこちらにやって来る。

「中々の動きでした渡辺くん。まさか稽古用の木刀か弾け飛ぶとは」

「も、申し訳ありません、弁償させて頂きますので」

「いやいや! これは消耗品だし折れてなんぼ汚れてなんぼだからね」

――ふと、周囲を見れば自分の足音に気取られた他の門下生の方々が、物珍しそうにこちらを見ている。

(凄い目立ってるぞこれは……)

「佐々木師範代。是非とも渡辺くんの入門を許可して頂けませんか、この子は磨けば光る物をお持ちですよ」

「まあまあ佐藤くん、渡辺くんは見学で来ているんだ。無理矢理な勧誘は駄目だよ」

 そういう佐々木氏もウズウズと少し落ち着き無い動き。

(月季は他の流派に関しては何も言ってなかったけど……いや、流石に探し物来たのに別な事にかまけてるのは駄目だろう)

「あのー……一つ確認したい事があるんですけれども……」

「なにかな?」

「その、今こちらに河内蓮心さんは居られますでしょうか」

 2人の表情が少し変わる。

「蓮心師範がどうかしましたか?」

「はい、少し学校の事でお話が……」

 すると、佐藤門下生さんが耳打ちする。

「師範代。渡辺くんと蓮心師範は同じ神那岐学園に通っております、何かの届け物とかではないのですか?」

「ああ、そういえばそうでしたね――渡辺くん、師範にご要件でしたら私が取り次ぎますよ」

「あー……ええとですね……」

 自分の愛刀を持っていったのは貴方ですか? だなんて聞けないし、河内さんが本当に持っていったかも怪しいのだ。

「大丈夫ですよ、キチンとお伝えしますしここで言い難いことでしたら、他の者に聞かれない所へご案内しましょう」

「いえ、そういう訳ではないんですけれども……直接本人にお聞きしたくて。どちらに居られるか教えていただければ自分で向かいますので」

「うーん、それが生憎と師範は外出中でして。行き先も特にお伺いしておりませんゆえ、どちらにいらっしゃるかも分からないのです」

「そうだったんですか……」

「はい、ですので要件でしたらお取次いたしますよ」

 ニコニコと柔和な笑みを浮かべる佐々木師範代。

――ふと、首の後ろに違和感。思わず手をやってしまう。

(こんな所で荒霊……?)

 この慣れた感覚は幾度となく体験している。荒霊に不意打ちを食らう直前によく起きる、前触れのような感覚。

 思わず後ろを振り向き――道場の出入り口に目が止まる。

 いつの間にいたのか、自分と同じ神那岐学園の制服を身につけた一人の男子生徒。

 自分と同じほどの上背に、左腰に帯びた反りの高い朱鞘入りの刀――車太刀。

 そして、同じ左手に握られた一振りの刀。見覚えのある柄巻に黒漆塗の太刀鞘。

 距離があるにも関わらず、男子と目があった――様な気がした。

「おや……? あれは蓮心師範、ちょうどよかったですね渡辺さん」

「え、ええ……」

「少々お待ちくださいね」

 佐々木師範代が足早に去っていってしまう。

(真澄さんは……どうしている……?)

 道場内を見渡すが――変装した真澄さんの姿が見えない。

「渡辺くん、是非とも始流剣術を習ってはみないかな。君の腕は磨けばさらに光る物を備えているよ」

 佐藤門下生が少し興奮した様子で勧誘してくる。

「い、いえ自分は学業の方もありますので……」

「始流剣術を納めた刀士遺は非常に多くてね。君の剣術も中々の物だが、さらに始流の技も合わされば刀士遺として非常に有利な物になると思うけれども」

「ご好意は大変ありがたいのですが、自分二つの事を並行して鍛錬するほど器用ではないので……」

 話していると、佐々木師範代と共に河内蓮心がこちらへとやって来る。

――反応できたのは幸運か、それとも河内蓮心が道場内に入って来てから感じていた得も言えぬ空気のせいか。

 河内蓮心が横を歩いていた佐々木師範代の木刀を無造作に取り上げるや――破砕音を響かせながら一足跳びに飛び込んできた。

 無意識の霞堤。

 逸らした木刀が目にも止まらぬ速さで二太刀目を振るい、顎をかち割らんばかりに迫る。

 半歩後ろへ体をズラし、引き寄せた木刀の刀身を掠めて切っ先が上へと飛んで行く。

 片手だけだというのに、大太刀による渾身の一撃のような衝撃。

 無手『爪搦』

 相手の得物を奪う緊急時の無手技。空いた左手を木刀を持つ蓮心の右手に伸ばし――体当たりで体が押し込まれ、なすすべなく後ろに跳ぶ。

「……中々良い反応だ」

 新都で聞いた最期の声と同じ声。

「蓮心師範!?」

 佐々木師範代の叫び声。

 投げられた木刀を撃ち落とし――河内蓮心がすぐ目の前まで詰める。

(速い……!)

 蓮心の左手に握られた自分の太刀に手が伸びる。

 ここで真剣を抜くとは一体どういう了見なのか――そもそも何故自分はこの男に襲いかからなければならないのか。

 腹の底、下腹部辺りに重たい『何か』がゴトリと横たわる、不条理な出来事に苛立ちが加速する。

 蓮心の容赦の無い抜刀。刀身の軌道は自分の首狙い、当たれば自分の頭は刎ね飛ぶ。

 まともに剣で受ければ木刀ごと叩き斬られる、逃げるには遅い。

 ならば――全力で捌くしか方法は無い。

 研ぎ澄ました感覚が、迫る切っ先の動きを捉える。

 木刀を引き寄せ、筋肉を絞り上げ、木刀の刀身を刃が当たる。

 全身を使った渾身の受け。木刀の表面を刃が削り――途中で木刀が切り飛ばされる。

 頬の側を切っ先が掠め、髪の毛の一部を斬り飛ばし、自分の愛刀が上へと抜ける。

 逸した勢いを乗せ短くなった木刀を突き込む――

『そこまでだ』

 意識するより速く、自分と蓮心の間に割って入るように現れる謎の女性。

 斜に切り落とされた木刀が女性の左腕に突き刺さり、女性の右手は――蓮心の喉元を掴んでいた。

「なっ……」

『血気盛んなのは構わんが、道場内での流血沙汰は控えて貰いたい』

 腕の筋肉だけで無理矢理と木刀が取り上げられる。

『それと蓮心。その傲岸で不遜な態度は結構だが、他人の得物を勝手に拝借するのは是としない』

「ぐっ……」

 女性が木刀の貫通した左腕で太刀を引き剥がす。

『これはお前が持つべき一振りでは無い』

 片手だけで蓮心が吊るし上げられ、取り上げられた太刀が――こちらに向けられる。

『少年、これはお前の物だ。この刀は然るべき者が持たなければならない』

 返す言葉もないまま受け取る。

『さて蓮心、私はお前に使える身でもあるが同時に剣の師でもある――先程の腑抜けた技は看過できんな』

 蓮心の喉を掴んでいた手が解かれ、床に音を立てて落下する。

 酷く咳き込む蓮心、それを庇うかのように他の門下生の人達が駆け寄ってくる。

『立ち去れ鬼の剣士よ。これより後はこちらの領分、大人しく去ることだ』

 鞘を拾い、納刀し――周囲の視線に気付く。

 怒りと不信、無数の負の感情が向けられ、肌が刃物を突き付けられた時のように嫌にざわめく。

「……失礼しました」

 頭を下げ、出ていこうと踵を返し――正面に人が立ち塞がる。

「恐縮ですが君には色々と聞きたい事があります渡辺くん」

 木刀を腰に帯びた佐々木師範代の露骨な威圧。

「……自分はただ正当防衛をした、それだけです」

 踏み出すと同時に佐々木師範代の手が腰の木刀に伸び、こちらも反射的に身構えてしまう。

 分と経たない内に、自分の周りを他の門下生の方々が囲み始める。

「佐々木師範代、流石に未成年を囲んで威圧するのはあまりよろしくないと思います」

「それほどに君が脅威だと見なされているからです渡辺くん――いや、本当に君は渡辺くんなんですか?」

 荒霊に囲まれた時よりは大分緊張はしていないが、相手が普通の人間だとまた異なる緊張感を感じる。

(あまりよろしくない空気だな……)

 しかし、こちらから行っては追々面倒な事になるかもしれない。

「……どうしたものやら」

 視界の奥、道場の開けられた玄関の外で一瞬だけ何かが――閃く。

 外から響き渡る――鋭い雷鳴。途端、道場内が暗くなり視界が一瞬で真っ暗になる。

 颯歩で走りだしつつ、閃挫の要領で這うように佐々木師範代の足元を滑り抜ける。

 後ろは向かないまま、正面から扉を閉めつつ飛び出る。

「逃げないと……!」

 河内道場の敷地を囲む土塀なら道具がなくとも乗り越えられる高さ。

『――こっちだ小僧!』

 足元からの声に思わず見下ろせば白藤が。

「白藤!? どうしてここに」

『説明は後だ、外で奏が待ってるから北の方から逃げるぞ!』

 肩に飛び乗る白藤。太刀を落とさないよう気を付けつつ走り出し、少し後ろから扉が勢いよく開かれる大きな音。

「あそこだ!」

 背後から投げられる叫び声。

『走れ!』

「分かってるよ!」

 無駄に広い敷地内を走り、北側の外壁へ。

『こっちだ小僧!』 

 肩から跳んだ白藤が壁を伝って登ってゆき、壁の上で来るよう前脚を懸命に振る。

「簡単に言ってくれるよ……!」

 助走を付け走り出し、壁の手前で跳ぶと外壁を二歩蹴り、一瞬だけ宙に浮く。

 端を掴みながら腕の力で登り、転がり落ちるように壁を乗り越える。

 外の道路に着地。視線を上げ、見慣れた人――真澄さんが。

「さあ逃げるわよ!」

 手を取られ、道場の裏手にあったビルの隙間に入る。

 さらに奥へと走り、右と左と何回か細路地を曲がり――数分程走ってたどり着いたのは、中央区の商業街エリア。

「ここまで来れば安心ね」

「はあ……一体、どうしてこうなったのやら」

「全くね――あっ、ご、ごめんなさいね」

 握っていた手が離され、真澄さんがどこか慌てた様子で変装を解いてゆき、分も経たない内にいつもの活動的な印象の格好に戻る。

「智慧くん、頬大丈夫?」

「え?」

「浅いけど切れてるわ。絆創膏貼ってあげるから」

 真澄さんがそう言い、制服のポケットから薄手の小さなポーチを取り出すと中から絆創膏を取り出す。

「いや、いいってこれくらいなら放っておけば止まるから」

「駄目よ。街中で顔から血を流してる学生がいたらかなり目立つわ」

 ぐいと肩を掴まれ、無理矢理と顔面に絆創膏が張り付けられる。

「大丈夫なんだけどな……」

「こちらとしては落ち着かないの――で、途中で脱出してたから最期まで見ていなかったのだけど、中で何があったの?」

「ちょっと話が長くなりそうかな……」

「なら、どこか座れる場所で話しましょうか」

「そうだね」

 商業街へと入り、グローバル展開されている某ハンバーガーショップに入ると、適当に注文して二階の席へ。

 とりあえず奥のボックス席へと座り、注文品の乗ったトレーを置く。

「ふぅ、少し走っただけなのにかなりお腹が空いちゃったわ」

 そう言いながらハンバーガーを三つも注文した真澄さんが正面に座る。

「……真澄さん、前々から思ってたんだけど、女の子にしては結構食べるよね」

「そう?」

「うん、夕飯も基本白米二杯食べるし、主食も大盛だし……意外と健啖家?」

「意識したことないわね」

『まあ、喰い過ぎてるせいで体重が数キロ増えたけどな。そろそろスカートが閉じれなくなるんじゃねえか?』

 机の下から聞こえてくる白藤の声。

「うるさい」

 足元から何を踏みつける鈍い音とうめき声。

「もう……どうしてこう、デリカシーが無いのかしら」

「まあでも、食べなさ過ぎよりかはいいと思うよ。健康的だと思う」

「そ、そうかしら……?」

 少し笑みを浮かべながら早速一つ目を食べ終わってしまう真澄さん。

「それで智慧くん、一体道場内で何があったの? 太刀も返って来たみたいだし、説明してもらえないかしら」

「うん。ええとだね――」

 事の顛末や謎の乱入者を漏れなく説明する。

「なるほど……多分、その割って入った人は河内くんの伴獣ね」

「ああ、確かに使える身だか何だかって」

「伴獣の名前は『鞍馬天狗』、聞いたことはない?」

「あれ、たしか河内家のご先祖様に剣術を教えた……」

「そう、現代まで残る剣術の基礎を編み出したいわば剣術の開祖ね。その人物が鬼一法眼こと、荒霊『鞍馬天狗』よ」

「ああ、名付きだから今もいるのか」

「ちなみに普通のというか他の天狗を見た事は?」

「何度か祓ったことがあるかな。力を蓄えるために俺の血肉目的に来たっけ」

 オレンジジュースを口に含み、濃厚な甘味とほのかな苦みが口の中に広がる。

「でも良かったわ智慧くんの刀が戻ってきて。結局、河内くんが持っていたの?」

「詳しい話を聞く前にあちらが斬りつけてきてね。聞く間もなくあの騒ぎからの逃走さ」

「斬りつけてきた? 真剣で?」

「うん、何とか防げたけど」

 すると、真澄さんの怒りに満ちた表情。

「信じられない! 人の物を盗んだ挙げ句に、真剣で斬りかかってきたの⁉」

「まあまあ……別に大きな怪我をした訳じゃないし、太刀が戻って来てくれただけで十分だから」

「そういう問題じゃないの智慧くん。刀士遣同士の切り合いはご法度だし、そもそも人の物を勝手に持っていくのは窃盗よ」

「いや、もしかしたら他の誰かに持っていかれないように止む終えなく回収したとか……」

「あの男にそんな思いやりがあるわけ無いでしょ!」

 乱暴に最後の一つを食べ終える真澄さん。

「まあまあ落ち着いて」

「大丈夫よかなり私は落ち着いてるわ」

 ここまで真澄さんが荒れるということは、余程の事があるのだろう……聞かないのがベストだとは思うが。

「ふーっ……これじゃあ駄目ね、もう少し冷静にならないと」

「あまり聞くような事では無いけど、本当に河内家と何か因縁があるんだね……俺でよければ相談とか乗るよ?」

「流石に智慧くんを巻き込むわけにはいかないわ」

「いやいや、真澄さんには倒れていた俺を助けてくれた貸しがあるんだ。何でも聞くよ」

 もし真澄さんが急行しなければ自分は今頃どうなっていたのやら、考えただけでもゾットする。

「――いや、もしかしたら智慧くんがいればご破綻に……? でも、そんな事したらお祖父様に迷惑かかるし……うーん……」

 何やらある様子。

『奏よう、折角坊主が悩みの相談聞いてくれるんだ、話すだけでもバチは当たらねえぜ?』

「アレを同級生に話す普通?」

『時には普通じゃない事をするのも必要って訳だ。それに、コイツに協力してもらえればあの話の風向きがちょいと変わるかもしれねえだろ?』

「それは分かってるわ。でも、どう智慧くんを話に取り込むのよ」

『そりゃあ自分の本意はコイツだって一芝居打つんだよ。お前なんかよりこっちの方が魅力的だってな』

「それじゃあ智慧くんが巻き込まれ損じゃない」

『まあ、その話抜きにしてもお前さん的には満更じゃねえだろ?』

「うるさいわね!」

 ガシガシとテーブルの下で白藤が蹴られる音。

「本当によければ相談に乗るけど……」

「いや、いいのよ智慧くん。私の意志の弱さが原因だから……はぁ、一体何がいけなかったのかしら」

 後ろのシートに体を預けるように体を傾ける真澄さん。

『まあ、でも坊主の大切な刀が帰ってきたし河内家に喧嘩ふっかけられたし万々歳じゃねえか』

「よくないでしょう、河内くんは同じ神那岐学園の生徒なのよ?」

「あー……すれ違ったらちょっと気まずいかも」

「でも、解せないわね。どうして智慧くんに襲いかかったのかしら」

「特に何もしていなかったんだけどな……その、河内さんは唐突に斬りかかってくるなんて事は普段からないよね?」

「傲岸不遜な男だけど、そんな殺人鬼みたいな事はしないわ」

「なるほど……一体何が彼の琴線に触れたのやら」

 空になったトレーに残る紙屑を見つめる。

「分からないわ。あの男は昔から掴み所が無いの、多分門下生や兄弟弟子でも把握していないでしょうね」

「うーん……なんだか複雑だし、あまり考えない方がいいかもしれない」

「その方がいいわ、あの男に関わるとろくなこと無いし」

 ボロクソにこき下ろす真澄さん。

「……さて、片付けるべき問題も全て片付いたし寮に帰りましょうか。美夜ちゃんがそろそろ寂しがっているんじゃないの?」

「うーん、今日はネット配信の動画を見るとか何とかっていってたし全く気にしてないと思うよ」

「えぇ……」

――こうして、慌ただしい平日の最後が幕を閉じるのだった。


 何事も無く無事に寮へと帰り、届けられた荷物を整理したりし――夜の11時過ぎ。

「ふう……やっと終わった」

 部屋の衣類を買ってきたケースに閉まったり、放置していた部屋の整理整頓がやっとの事で終わった。

 ベッドの上を占領する美夜を他所に部屋の外へと出て――バッタリと廊下で真澄さんと出くわす。

「あの、智慧くん少し話があるの……いいかしら?」

「うん? 別に構わないけれど」

「ごめんなさいね、私の部屋でいいかしら」

「うん」

 真澄さんに案内され、私室へ通され――最後に鍵が掛けられる。

「……?」

「適当な所に掛けて頂戴」

 勝手に椅子やベッドに座るわけにもいかないので、床に胡座をかいて座る。

「それで……話ってのは?」

 ベッドに腰掛けた真澄さんに尋ねる。

「……その、河内家の事についてよ。今日の夕方辺りに言ってたでしょ? 家同士の付き合いがあるって」

「ああ、その話かい? もしかしてまだ何かあるとか」

「そうなの」

 どこか躊躇っているような、そんな瞳の真澄さんが脚を抱えて睫毛を伏せる。

「……ねえ智慧くん、変な事を聞くけれどもいいかしら」

「何かな」

「もしの話よ、もし智慧くんが顔も性格も見知らぬ人と縁談を組まれてある日『この人が未来のお前の妻だ』って言われたら……どうする?」

「うーん……それは腹割って話した方がいいかな」

「ええ、可能であれば」

「そうだね……自分なら相手の意思を尊重するよ。嫌なら話は無かった事にするし、自分でいいのなら喜んで受けるかな」

「なるほどね……正直に言うと、私と河内蓮心はそういう関係なの」

 数拍、真澄さんの言った言葉に理解が遅れてしまう。

「ええと……」

「私と河内蓮心は結婚可能な年齢になった日に結婚する約束になってるのよ。当人同士ではなく家の当主同士――まあ、半ば河内家が取り決めているけどね」

「……どうしてまた?」

「昔からの家柄同士の付き合いでね。大昔で言う良家の武将に嫁ぎに行くようなものよ」

「その嫁ぎ先が河内蓮心だと?」

「そう。幸か不幸か今代の河内家は一人っ子だったみたいでね、自動的に彼になったの」

「ちなみにあちらの意志は?」

「問題無しの万々歳。合う度見る度、甘い言葉で絡んでくるわ」

 実に嫌そうな真澄さん。

「……でも真澄さんは嫌だと?」

「ええ、良家の長男坊で剣の腕が立って二枚目な顔立ちでも、性格がああな男と結婚するなんて嫌よ。断れるなら今すぐ断ってるわ」

「それでも出来ないと」

「ええ、家柄が私の立場がそうはさせてくれない。神那岐学園を卒業と同時に私は河内家の人間になるわ」

「ご両親はどうなんだい、流石に重要な事だし話に加わってくるんじゃあ」

「どういう訳か両親は私が子供の頃に海外移住してね。もう、真澄家の人間じゃないほぼ無関係の人達よ」

 どこか据わった眼差しの真澄さんがポツリと呟く。

「ちょっと話を整理させてくれるかな……」

「ええ、正直に言うと話した事は全部忘れてほしいくらい――まあ、そう出来ないのが現実なのだけれど」

 下ろした髪先を指で玩び始める真澄さんの掠れた声。

(まさか河内蓮心とそんな関係だったなんて……だから、顔がバレたくなくて変装したのか)

 河内的には大変美味しい話だろうが真澄さん本人的には最悪な話のよう。

 普通なら他所様の縁談話に首を突っ込むなんて不躾極まりないが――自分にその事を話したと言うことは、真澄さんは余程切羽詰まっているということ……

(真澄さんには入学当初から色々とお世話になっているし、奴鹿湖の時は命を助けてもらっている……)

 だが、この次元の話となると何の縁も無い無関係の自分が割って入るなど無理な話。

 どうすれば自分は真澄さんの助けになれるか、どうしたら真澄さんの願いを聞き届けられるだろうか――

「……真澄さん」

「何かしら?」

「真澄さんは……どうしたい? 本意を、包み隠さないで教えてほしい」

「私? 私の本当の気持ちってこと?」

「うん、本当はどうしたいのか――いや、本当は『どうして欲しい』のか。真澄さんの真意を聞きたいんだ」

 聞いたところで自分が何も出来ないのは分かっている。どんなに剣の腕が立とうと、どんなに偉い家柄に生まれようと自分はただの子供。

「私は……私は――あの男と結婚するなんて嫌」

「本当に?」

「ええ、誓うわ。あんなクソ野郎と結婚するなら自刃してやるくらい」

 語気を強めた真澄さんが真正面からこちらを見つめてくる。

「その言葉は変わらない?」

「結婚が決まった日から、私は一度たりとも肯定的な感情は抱いていないわ。家柄なんて知らない、家名なんて知らない、私の人生は私が決めるもの」

「……真澄さんの気持ちは十二分に分かったよ――全部ぶちまけて清々したんじゃない?」

「少しくらいはね。まあ、前に比べれば大分マシになったわ」

「それは良かった」

 立ち上がり、部屋を後にするべく踵を返す――

「待って」

 部屋着の裾が握りしめられる。

「大丈夫、この事は誰にも言わないよ」

「違うの、智慧くんに謝りたいのよ……こんな事を聞かせてしまって本当にごめんなさい」

「気にしていないさ。それに同じ部屋の人の悩みを聞くのも同居人の役目だろ?」

――腹は括った。河内蓮心とは遭って間もないが、あの瞳……あの、他人を人間として見ていないような、あの眼差しはどうも心の底から受け付けない。

(多分、これが他人に対する嫌悪感て奴なんだな)

 今まで自分は命を狙う荒霊共から敵意を向けられて育ってきた。だが、新都に来てから初めて向けられた新たな敵意は――これは『命』を狙う物ではない『心』に対して向けられた敵意である。

 彼が自分に対してどのような感情を抱いているかなんて分からない。

 真澄さんの問題に首を突っ込むのは問題だだが、少なくとも自分に向けられた刃に対しての行動は起こしても咎められる道理は無いだろう。

「さあさあ、やっと過ごせる休日なんだから早く寝て身体を休めよう。明日はのんびり部屋で過ごすんだろ?」

「そうね、のんびり過ごすのもいいし――智慧くんと稽古するのもいいかもしれないわね」

「そっちが問題なら好きなだけ付き合うよ。今日の一件で鍛錬不足を痛感したからね」

「じゃあ、明日の正午から開始で問題ないかしら」

「了解――それじゃあおやすみ」

 真澄さんの私室から出ると、そのまま自分の部屋へと戻る。

 今後の方針と決意は固まった、後は然るべき行動を取る……それだけだ。

――こうして、平日最後の夜が静かに過ぎていった。


さて、事態は急展開。ライバル的立ち位置な存在、河内蓮心の登場です。

彼は新都を始め、日ノ本の剣術業界の中では重鎮とも言える流派『始流』の使い手です。

学園入学の前、齢12歳にて始流の切紙を拝領、その翌年に免許皆伝まで上り詰めるというまさに『神童』と呼ばれる剣士。

血塗られた努力と狂えるほどの研鑽をかけた智慧とは違い、天性の技量と恵まれた環境により上り詰めた――いわば対照的な二人です。

今後の物語に大きく関わるキーパーソンとなりますので、こちらの動きもご期待ください。


次の更新は23日の夜分、稚拙な文ではありますが是非ともお読みいただければ幸いです。


※今回の後書きのような各人掘り下げを今後行うか行わないかは閲覧推移を見て決定したいと思います。

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