弐ノ巻【水禍】捌
二章最終話です
――そして夜。日中は同級生で賑わっていた食堂の一角、大変な苦労の末に終わった課題の打ち上げという名目で全員が集まり軽食をつまんでいた。
「――いやはや、結局最後は本隊が持っていったのな。俺達の手柄」
薄暗くなった静かな食堂に自分達の声が消えてゆく。
「まあ、上官命令破った挙句に独断行動と危険な行為しちゃったからね僕達。普通なら懲戒免職か謹慎処分、最悪除隊だね」
「だけれど、説教だけで終わった……誰かが口添えしてくれたんかねえ?」
「どうだろうねえ、流石に柊さんでも学園長主導の作戦の命令違反者を庇い切れないから……上の誰かが進言したとか」
「柊教官より上って言ったら各部隊の隊長とか神籬の部署の責任者とかだよな」
「そうなるね。柊さんは現場組の小隊長と教導隊の副長をやっているから平刀士遣と比べたら権限はあるけど、格段に偉いって訳じゃないから――やっぱり誰かが話したのか」
「でも、命令無視の新人庇うなんて奇特な人はいねえだろ」
2人の会話に耳を傾けながら、棗が持ってきていた袋菓子を一口頂戴する。
(……もしかして五剣の迦楼羅さんがやったのかな)
あの状況で柊教官より階級が高いとなるとあの人しかいない。
――自分の右側、固まった女性陣3人の話し声が聞こえてくる。
「渚ちゃん……その、会った時から少し気になっていたのだけれど……地毛?」
「髪の毛の事?」
「そう、日ノ本だとかなり珍しいから……気分を害してしまったのなら謝るわ」
「まあ灰色というか銀色は珍しいというか、普通はいないから仕方がない」
「それじゃあ生まれた時から?」
「うん――むしろ私は奏の黒髪の方が羨ましい」
後ろで一つにまとめた髪の毛をどこかいやらしい手つきで撫で回す、月島さん。
「そう? 日ノ本じゃあ黒髪なんてどこにでもいると思うけど……」
「そうだけど、奏のは別格。何のシャンプー使ってるの?」
「――それについては私も気になります」
会話に参戦する土御門さん。
「えっ、特別な事は別段していないけれど……」
「出た、参考にならない奴。この艶加減は尋常では無い、秘訣を教えて」
「私も是非とも聞きたいです奏さん」
たしかに真澄さんの髪の毛は他の女性陣と比べると、色は一般的だがコンディションというか艶具合は頭一つ抜きん出ている。
(なんとなくだけど、部屋で何かしらをしているのは分かるんだよな)
同じ部屋に住んでいるので、真澄さんの生態系はやんわりと把握してしまっている。
「えー……特別な事……特別な事……?」
うんうんとうなりながら悩み始める。
「整髪料とか洗髪剤とか色々あるじゃないですか」
「全部備え付けの物だし、特に整髪料は着けてないのよね……」
たしかに寮部屋のシャワールームに真澄さん持ち込みの物は亡いので嘘ではないだろう。
「……智慧、同じ部屋住みなんだし教えて」
こちらへ飛び火する始末。
「ええっ、どうしてこっちに振ってくるんだい」
「多分、奏は自覚が無い。そうなると同じ部屋の人間に他とは違う所を聞くしかない」
「それってプライバシー的な問題で駄目なんじゃあ……」
だが、自分も分からないのでさっぱりである。
「源くん、私別段特殊な事してないわよね?」
「うん」
「でしょ? 言われるまであまり気にしてなかったから何が他とは違うのやら……」
すると、月島さんが何か合点が行ったのか、手をポンと打つ。
「葛葉、私分かったかも」
「え、それは一体」
月島さんか土御門さんに聞こえないように耳打ちし――表情変わらないまま、耳が真っ赤になる土御門さん。
「そ、それはいくらなんでも荒唐無稽な話なのでは……」
「でも、住んでた近所の奥さんは見違えるように変わった」
「そういう物なのですか……?」
「そういう物だと思う――多分」
「噂や眉唾ものだと思っていましたが……」
2人が自分と真澄さんを交互に見る。
「ど、どっちから行ったのでしょう」
「智慧の方からじゃない? 奏って意外と押しに弱いし」
「い、意外と肉食系なのですね」
どうしてだろうか、土御門さんが少し引いているような……
「でも、そういう葛葉ちゃんもお洒落じゃない。その簪とかかなり綺麗じゃない」
真澄さんが話の舵を切る。
「こ、これですか?」
「うん、髪留めとかヘアピンとかじゃなくて簪って所が良いわ」
思わず土御門さんの頭の方を見れば、暗めの茶髪をまとめる平打の漆塗りの簪。
面の部分が琥珀色で恐らく本物を嵌め込んでいるのだろうか。
「それも陰陽師的な意味合い?」
月島さんが興味有りげに尋ねる。
「いえ、これは人からの貰い物です。術的な要因は全くないですよ」
「なるほど」
「まあ、子供の頃に貰った物なので贈った方はもう忘れてると思いますが……」
一瞬、どこか悲しそうな、そんな表情を浮かべる土御門さん。
「――さてと、俺ら男子組はそろそろお暇しますかね」
祝がボトル片手に椅子から立ち上がると、合わせるように棗も席から立つ。
「あら、芦屋くんが早寝とは意外ね」
「おたくらみたいに体力ある方じゃないんでね。ほれ、智慧も行くべ」
「へっ?」
「源くんは今日一番大変だった人じゃないか、潔く早寝した方がいいって」
男子2人に両手を取られ、半ば強制的に連行される。
食堂から連れ出され、早歩きの2人に引っ張られる
「ちょっと待ってくれよ2人とも」
「智慧よう、苦情は後ださっさと行くぞ」
「行くってどこに……」
「おいおい忘れたのか? 初日に話しただろ珍しいモン見つけたって」
言っていたような言っていないような……色々とバタバタしていて細かい所記憶が思い出せない。
「芦屋くん、詳しい事は現地で説明したほうがいいんじゃないかな」
「だな、百聞は一見に如かずだ――準備が出来次第出発するぞ」
合宿中に寝泊まりする部屋に到着すると、2人がいそいそと着替え始める。
「なにしてるんだ?」
「着替えだよ。部屋着じゃあ夜は目立つからな」
祝が鞄から取り出したのは暗色迷彩柄のズボンとパーカー。
「……ろくでもない事が始まりそうなのは気のせいじゃないよな」
「おいおい、俺はいつだって真面目だぜ? 何事も真摯に誠実にがモットーだからよ」
棗も似たような格好に着替えている。
「棗が悪乗りするなんて意外だよ」
「そうかな? 僕は面白い事があればなんでも触れていくスタイルだからね」
揃って闇夜に溶け込むような色合いで夜の森なんかに入られたら容易には見つけられないだろう。
「智慧よう、お前さんも着替えるんだよ」
「そんな迷彩色の服なんて持ってないよ」
「ならその格好でいいべ、とにかく動きやすい格好だ」
一体何をするというのか……断れる様子でも無いし大人しく着替えておくのが得策か。
短パンは少し寒いので屋内用の部屋着の下を履き、素で太刀を腰に佩いてしまう。
「おいおい、荒霊斬りに行くんじゃないぜ俺達は」
「習慣づいてるんだ、いまさら直しようがないよ」
「今から行くところはヤッパは無しだ。財布があれば十分だからよ」
「? ああ、分かったよ……」
しかし、この身にある呪いのお陰で刀剣無しで出歩くのは怖い所がある。
なにやら作戦を立て始めた2人に見えない位置で後ろ腰に神籬支給の鎧通しを差しておく。
「――で、ルートはここを経由して国道に出る。単純距離は1キロ弱、俺達の足なら10分ちょいだな」
「でも、合宿施設は夜間の外出は禁止されてるんだよね。教官が見回りで歩き回ってる」
「そこで、俺の陰陽道の出番だ。人間の姿模す程度なら造作もないぜ」
祝がそう言うと、腰のポーチから3枚の紙を取り出すと、自分や棗のベッドに紙を置き、何やら唱える。
すると、音も無くベッドの中に現れる――自分と瓜二つの人。
「うわっ」
「外見だけ式神が真似ているんだ。音も出ねえし応答も出来ねえから人形みたいなもんだぜ、ちなみに人間が触ると元の紙切れに戻るからな」
思わず触ろうとしていた手を引っ込める。
「じゃあ成りすましは完了だね。あとは施設からの脱出か……」
「ああ、一番の難敵は柊教官だな。あの人は冗談通じる人じゃねえだろうし、逃げ切れる自信がねえ」
「ご明察。あの人と移動訓練すると、どんなに速く動いても捕まえてくるからね。すくなくともこの3人で相手できるような生き物じゃないよ」
「どうすっかな……俺の摩利支天は俺自身にしか効かねえし……棗よう、お前さんの伴獣はそういった隠形術は使えるのか?」
「無いね。精々足が速いだけだよ」
「ほほう、どれくらい早いんだ?」
「うーん正確に図ったことが無いからアレだけど、車と同じ速度は出てたかな」
「すげえな」
「でも、この悪乗りでは力を貸してくれそうにないかな」
「まさか雌……というか女なのか」
「まあ雌雄のある類だからそうなるね。ふざけたノリは嫌いなタイプだから」
「了解だ。そうなると俺達の自力で出るしかねえな」
祝がスマホで時間を見る。
「っと、そろそろ見回りの時間だな。一回やり過ごしてから出発だ」
ベッドに飛び込む2人。
「おい智慧、お前もさっさと寝るんだよ!」
「あ、ああ」
既に自分が横たわったベッドへ潜り込むと紙切れがポトリと落ちる。
外から聞こえてくる足音。
狸寝入りで目蓋を閉じ、ドアが僅かに開く音。
「――全員寝ているな」
男性教官の声。
ドアが閉じ、足音が遠ざかっていく。
「見てくるからお前らは騒ぐなよ」
祝がするりとベッドから這い出ると、匍匐状態でドアを僅かに開けて外を確認する。
再びドアが閉められる。
「……よし、出発するぞ」
棗が意気揚々とベッドから出て、遅れて自分も出る。
「俺が先頭、真ん中は智慧で、ケツは棗だ」
「了解」
祝が音も無くドアを開け、猫の様な滑らかさで隙間から出ていく。
棗に押されて部屋から出ると、薄暗い廊下に出迎えられる。
「監視カメラはねえから正面玄関から出ていく。見つかりそうになったら俺が陽動する」
「なあ、一体どこに行くんだ。せめて目的だけでも……」
「それは外に出てからだ」
暗がりに紛れながら廊下を進み、やがて見えてくる正面玄関。
「ちっ……やっぱり見張り付きかよ」
祝がボヤキと共に止まり、続けて後ろの自分と棗も止まる。
「教官が出待ちかい」
「ああ、やっぱり張ってやがった……」
「やっぱり?」
廊下の角から僅かに顔だけ覗かせれば、正面口の目の前に2人の男性教官が。
「――高橋さん、今年もいるんですかね?」
「毎年の恒例行事みたいな物だからな。鈴木の代でもいただろ?」
「はい、教官に見つかって没収と学園の敷地内30周させられてました」
「その周回数も変わってないのか……去年は集団で来たっけな」
「集団っすか」
「ああ、その時は運悪く柊副隊長が門番役だったらしくてな。10人相手を片手だけでのしてたよ」
「噂通りの傑物ですね……さて、今年は何人くるのやら」
2人の会話が聞こえてくる。
「どうする? 完全にマークされてるよ」
「……別ルートから行くしかねえな。2階に回ろう」
祝が元来た道を歩き出し、階段へと急ぐ。
遠くから聞こえてくる足音に耳を傾けながら2階へと登る。
「……そういえば2階って女子部屋が割り振りなんだよね」
「どうして俺に言うんだ」
「いやあ、真澄さんと仲良いじゃないか源くん。合宿の夜に女子部屋にお邪魔するって結構鉄板じゃないかな?」
「そうなのか? 学校は行ってたけど、生徒は自分以外誰もいなかったからそう言った行事は無かったんだ」
「おおう……こりゃ絶対に智慧を連れて行かないと駄目だぜ棗」
「だね――でも、実際の所真澄さんと仲良いけど……付き合っているのかい?」
「まさか、俺なんかは不釣り合いだよ。単なる同じ寮部屋なだけさ」
「そうかな? 他の同期の大半は真澄さんと源くんは付き合ってるって認識だけど……」
「誰がそんな情報を流したんだよ」
「さあ、いつの間にか1学年全体に広まってたし。誰かが流布したんじゃないかな」
「当人の耳に入ったら怒りそうだ」
「そうかな? 多分、あっちはまんざらじゃあ」
「――静かに」
祝の声に口を閉ざす棗。
「……足音が下から聞こえてくるな。2人共、高い所は大丈夫か」
「問題無しだよ」
「同じく」
「なら窓から排水管伝って地上に降りるぞ」
そう言うと、祝がそばの窓を開けて躊躇い無く乗り越える。
「急ごう源くん」
棗に押され、窓を乗り越えて外へ。
すぐ横の壁を伝って地面へ伸びる排水管があり、下を見れば祝が慣れた様子で降りている。
(一体何者なんだアイツは……)
耐久性が少し怖いが続けてパイプを伝って下へと降りる。
小さな音を立てて地面に着地する祝。
「大丈夫そうだ、降りてきていいぞ」
続けて飛び降り、着地。棗も遅れるように降りてくる。
「ここはどこらへんだろう」
「合宿施設の裏側。湖側の方だな、目的地は駐車場の方向だから真逆だ」
「でも、外まで出ればあとはこっちの物だね」
草むらに身を隠しつつ湖沿いを進んで駐車場へと出ると、止められた車を遮蔽物にして敷地の外へと出る。
「……うし、ここまで来ればあとは向かうだけだ」
「まさか2階から出ていくとは思わないだろうね」
「だな、教官方には悪いが今年は俺達の勝ちって訳だ」
街頭に照らされた夜道を3人で歩く。
虫の泣き声や夜の森の揺れる音が静かな湖畔にしみ消えていく。
「……しかし、改めて思うんだが昼間の蛟は一体どこから出て来たんだろうな。班長の言っていた事が本当だったらとんでもない事だぜ」
「普通、荒霊は致命的な傷を負えば活動を停止する――ようするに死ぬことだよね」
「ああ、常世の住人だろうが現世の住人だろうが関係なく死に至る起因が発生すれば死ぬ」
「でも、蘇るなんて例外中の例外だぜ。そうポンポン起こられちゃあ、常世との境が曖昧になる」
「そこなんだ、どうやって蛟は生き返ったのか……何かしらの外的要因がないと死んだ存在が復活するなんてありえない」
術的な知識が全く無いので、どういった方法で蛟が蘇ったのか――調べようにも蛟の亡骸は湖の底なので確認のしようが無いが。
「芦屋くん、陰陽道でそういった術はあるよね。その筋の専門家的にどう予想する?」
「そうだなあ、たしかに陰陽道の秘術では蘇りの術はある。だが、あれを執り行えるのは術者が存在するかどうかのレベルだし、他の方法もあるが数時間程度で終わるものじゃねえ」
「陰陽道に蘇りの術があるのか⁉」
自分の反応に呆れ顔の祝。
「おいおい、その術はメチャクチャ有名だぜ」
「そうだったのか……」
「ああ、陰陽師なら誰でも知ってるぞ。まあ、その術を調べたり執り行おうとした時点で陰陽庁の役人が出張ってくるから普通は無理だけどな」
「ああ、太山府君祭だね?」
棗の言葉に苦虫を潰したような顔の祝。
「それは禁句なんだから言うなっての。マジで陰陽庁の役人に捕縛されて尋問されるからな」
「まあ、平成時代に大惨事が起きたからね――それで、蘇った原因がその禁術の線は濃そう?」
「それはねえな。術の残滓も無かったし黄泉帰り特有の不自然な動きも無かった、ありゃ別な原因だ」
「でも別な方法ってあるのか?」
「死んだ生き物を蘇らせる方法なんてこの世にごまんとあるぜ。術に薬に他にも色々ある――だが、一番重要なのは蘇った方法じゃない」
「どういうこと?」
「一番なのは『どんな理由で荒霊を蘇らせたか』だよ。人に害を成す存在で得をするのは誰だ?」
「あー……たしかに言われてみればそうか」
「だろ? それこそ荒霊で人的被害が出て喜ぶ奴はテロリストとかそれに属する奴しかいねえ」
「でも、数百年前に死んだ蛟をピンポイントで蘇らせるなんて変じゃない?」
「そうなんだよ。そんなまどろっこしい事をするなんてコストもかかるし、蘇らせた荒霊に襲われるっていうデカいリスクがある、もっと他の何かがあるんじゃねえかな」
祝の言葉を区切りに沈黙。
「……ま、小難しい話は俺達一兵卒が話し合っても分かるわけがねえ――今は目の前の事を精一杯楽しもうじゃねえか」
立ち止まり、目と鼻の先の空き地にポツンと鎮座するのは、トタンの壁で出来た小さな小屋。
「あれが目的の?」
少し離れた路肩には一台のワンボックスカーが停まっており、遠くからで搭乗者などは見えない。
「そうだ、まさか神禄の時代にお目にかかるなんてな……」
不謹慎にも二礼二拍手する祝。
「だね、僕も実物を見るのは初めてだよ」
「ネットでいつでも見れる時代……利便性や手軽さも大切だけど、風情とかシチュエーションってのも大切だよな?」
いつにもなく力説する祝。
「なあ、随分と貫禄の入った建物だけど何があるんだ?」
「そりゃ中に入ってからのお楽しみよ」
祝の腕が首に回され、半ば無理矢理と歩かされる。
「源くん、この夜の事は男同士の約束だよ。決して美夜ちゃんや真澄さんに喋っちゃ駄目だからね」
「え? あ、ああ……」
錆びだらけのトタン壁にボロボロの看板が掛けられているが、殆ど読めない状態。
「大昔の探検家ってのはこんな心境だったんだろうな」
小屋の出入口と思わしき場所から中へと入る。
小屋の中は灯りは無く、あるのは小屋の中に置かれた二台の自販機の様な物だけ。
「こ、これは……」
自販機を囲む鉄柵。そして柵の向こうに鎮座する自販機のラインナップは――なんと成人向け雑誌だった。
あられもない姿の女性が映った表紙や、成人してない自分が見て大丈夫なのかと思ってしまいそうな過激なポージングをとった女性の表紙と、色々と……凄い。
「うおおー……すげえぞ、全部古典レベルの代物じゃねえか」
「わお、この雑誌の刊行日って平成……いや、その前の昭和後期時代だよ。古本屋に持っていったらとんでもない価格になるんじゃない?」
「分かってねえな棗、こういうお宝ってのは静かにひっそりと楽しむ物なんだよ。たしかにプレミア性はあるがな」
祝がポケットから財布を取り出し、自販機の灯りを頼りに紙幣を数え始める。
「……まさか、エロ本を買いにここまで来たのか」
「あたりめえだろ。それ以外に何があるってんだ?」
「はあ……」
どうしてこう熱意を向ける方向性が違うのか。
「おいおい、智慧ようお前さんだっていっぱしの男子高校生だ。エロ本の一つや二つくらいは持ってるだろ?」
「まさか、色事に構ってる暇なんて無かったからこの手の事はさっぱりだよ」
「あー……お前さん、始終美夜ちゃんがべったりだしそう言ったことは厳しそうだもんな」
どこか同情するような表情を浮かべ、肩に手を置いてくる祝。
「一冊奢ってやるよ、好きなジャンルの奴を買いな――大丈夫だ、俺は人の性癖にケチ付けるほど狭い心は持ってねえからよ。お前が半端ねえ程のジャンルが好きだからって仲間外れにはしないぜ」
「いらないよ……持って帰っても荷物の邪魔になる」
「おいおい人の厚意を無下にするたあひでえ野郎だ」
「源くん、時には息抜きも必要だよ。さあさあ何を買うんだい?」
悪乗りした棗がぐいぐいと押してくる。
「もう……真澄さんに見つかったら雷で焼き殺されるだろ」
「馬鹿おめえ、女子にエロ本見つかるのもまた風情があるだろうよ」
「どういう風情だよ……」
思わず柵向こうの色鮮やかな雑誌に目が行ってしまう。
そりゃあ自分だって年頃の男子だし、興味がない訳じゃない。
(大人しく帰してくれそうにないし……ここは祝に奢ってもらうしかないのか)
だが、未成年の自分が成人向け雑誌を買っていいのだろうか……
「つうか、滅茶苦茶高いなオイ!」
「服とか靴が普通に買えちゃうね……本当に奢りなのかい?」
「あったりめえよ、ダチのためにエロ本買えねえなんて末代の恥よ」
「ご先祖様がこの光景を見たら号泣するだろうね……」
「――決まったぞ」
このまま帰ったら2人から除け者にされそうなノリである。
「お、どうやら釣銭出ねえらしいから欲しい奴の金額分入れるからよ、どれが欲しいんだ?」
「えー……見るのか?」
「なんだよ、俺達に見られるのが恥ずかしいのか? 大丈夫だって、この世にはごまんと特殊な嗜好の持ち主がいるんだからよ」
「そういう問題かな……はぁ、これにしてくれ」
二台ある自販機の右側一番上の雑誌を指差す。
「ほほう……お前さんも随分とムッツリ助平さんなのな」
「――本人に聞かれたら斬り殺されそうだけど、どことなくウチの班長に似てない?」
棗の言葉に思わず吹き出してしまう。
「あー、言われてみりゃあ似てるな。顔つきはちげえけど髪型とか体型はそっくりだ」
「源くんも素直じゃないねえ」
「そ、そんな訳ないだろ!」
カラカラと笑いながら祝が取り出した数枚の紙幣を自販機の挿入口に入れ――沈黙。
「あれ? ランプが光らねえな」
「足りなかったんじゃないのかい?」
「まさか、ドンピシャの代金入れたぜ――あっ」
祝の突然の声。
「やべえ……完全に失念してた……この自販機はこの金が使えねえ」
「あっ」
棗も何か理解したのか声を上げる。
「そうだった……令和時代末期で平成まで流通していた紙幣が全部変わっちまったんだよ……そりゃ金入れても反応しねえ訳だ……」
柵に手を掛け、その場に崩れ落ちる祝。
「くそおぉ……目の前にお宝があるって言うのに生殺しかよぉ……しかも金が吸い込まれるし」
「――自業自得だ馬鹿ども」
不意打ちの声に少し身体が跳び上がってしまう。
声のした方を慌てて見れば――
「ひっ、柊教官……!?」
――小屋の壁に寄りかかった柊教官が立っていた。
黒いタンクトップとカーゴパンツといった軽装な格好だが、一つにまとめられていた茶髪が解かれ少し違う雰囲気。
「毎年毎年、考えも無しに脱走して……今年の脱走者はお前達だったか」
「こ、これはですね柊教官深い訳がありまして――」
目を離した一瞬、祝へと肉薄した柊教官が鳩尾に鋭い掌底を打ち込む。
苦悶の声を上げて崩れ落ちる祝。
「お前らは一晩かけてみっちりと稽古付けてやる」
「柊さん、若人の夢をぶち壊すのは教職者としてどうかと思うよ?」
「未成年の段階で駄目に決まっているだろ馬鹿者」
「いやいや、昨今の未成年なんてスマホとパソコンで好き放題見てるものだよ?」
棗が『起こり』の無い踏み込み――無拍子で教官へと一足に跳び、鋭い拳を放つ。
「それは屁理屈だ」
棗の拳を僅かに身体を傾けて避け、伸びきった右腕を取ると一瞬で関節を極めて地面に組み伏せてしまう。
「いたたたたっ!」
「誰がお前に格闘術を教えたと思ってるんだ愚か者め」
どこから取り出したのか、拘束バンドの様な物で棗の両手を縛り上げる柊教官。
「と、智慧……お前だけでも逃げるんだ……」
「いや、バレてるし逃げても意味ないんじゃあ……」
「全くその通りだ――だからと言って、優しく連れていく訳じゃないがな」
「えっ」
反応する間も無く目の前に柊教官。反射的に拳が出てしまうが――煙のように音も無く躱され、背後に気配。
動く間もなく首が絞められ、膝を後ろから押されて体勢を崩される。
「ぐっ……!」
なんとか手を入れられたがこれでは絞め落とされる。
(それより背中に当たる感触が……!)
弾力のある柊教官のアレが当たって、色々とヤバい。
「抵抗しないほうがいいぞ源。一瞬で絞め落としてやる」
「流石にそれは勘弁したいです……」
「聞き分けの無い奴だ」
呆気なく手が引き剥がされ、それが記憶している最後の言葉となった――
翌日
「――なあ、智慧よう」
「なんだよ」
「俺達、何か間違った事したのか?」
「ああ、大いに間違ってたよ……」
「そうなのかなあ、俺は俺が信じた事をしただけだったんだが……」
足先の感覚が無い、普通に歩けるようになるのは時間がいるだろう。
「普通の人からしたら間違っていたかもしれないけど、僕達の中ではアレは正しい行動だったよ祝くん。何も間違っちゃいない」
隣の棗が言葉を返す。
「だよな? 棗もそう思うよな?」
前を通り過ぎた同級生の女子達がクスクスと笑いながら通り過ぎてゆく。
「なあ、智慧もなにか言ってくれよ」
「俺からは何もいう事は無いよ……今はとにかく楽になりたい」
「脚の感覚無くなってきたからしばらく立てそうにねえや」
「流石に一晩中固い床の上で正座すると来るね……」
合宿施設のロビー前。冷たい廊下に男3人で正座し、手足は紐で縛られて3人揃って腰には頑丈な縄が巻かれた――いわゆる公開処刑が行われていた。
「くっそー……柊教官、こんなん下手したら教育委員会から罰則もんだぜ」
自分達の後ろの壁には『私達は成人雑誌を買おうと施設から脱走しました』とドストレートな張り紙が。
「いや、普通に考えて咎められるのはこっちだろ」
男子は憐憫と賞賛の目、女子からは嘲笑の目が向けられる。
「――だが、場所が分かったから次回はきっと買ってやるぜ」
「まだ懲りてないのか」
「あたりめえよ、平成時代の紙幣をかき集めて買ってくる。そうしたら智慧の欲しかったあの本を持って来てやるからよ」
「勘弁してくれ」
ふと、右を振り向き――最も会いたくなかった人物が視界に入る。
「あっ」
次第にこちらへと近付いてくる問題の3人。
すると、そのうちの1人が歩みを早めて近付いてくる。
「やべえ班長と女子組だ。ゼッテーぶち殺される」
「さすがに今から陰陽道で逃げ切れるなんて……無理だよねえ」
やがて、張り紙が見えてくる距離まで女子組が近付き――張り紙を見ると揃って眉をひそめる。
「三馬鹿トリオ」
月島さんが少し笑いながらスマホで写真を撮り始める。
「皆さん……」
土御門さんは憐れみながらも、どこか冷めた眼差しでこちらを見下ろしてくる。
「ま、真澄さんこれには色々とありまして」
思わず弁明しようと口が開いてしまう。
「……源くんのエッチ」
容赦の無い一言を残し、去ってゆく3人。
「あーあ、ありゃ当分口聞いてもらえねえな」
「だね」
男2人の呑気な会話。
「完全に巻き込まれたよな俺!?」
「こうなる運命だったんだよ。潔く腹括ろうぜ」
「ゲームで言ったら好感度が最低値まで戻っちゃったようなものだね」
もはや反省する気無しの2人がケラケラと笑らう。
「はぁ……本当、どうしてこうなるんだよ……」
自分のぼやきは朝の冷めた静かな空気へと消えていった――
同時刻・神籬本部
神籬施設内のとある一角。木張りの床を鳴らし、一振りの刃を振る一人の男性。
藍鼠色の太刀を乱れなく振るい、切っ先が空気を切る音が断続的に鳴る。
「――坂上様、ご報告がございます」
空気の切れる音が止み、太刀を構えた男性――坂上高雄が声の主へ向く。
「合宿の監督ご苦労様、柊教官。今年の一年生達はどうだったかい?」
「腕は及第点、鍛えれば光る者はおりますが即応戦力に値する者は――」
「例の班だけかな?」
「――その通りでございます」
「蛟の件は既に式神からの報告で聞いているよ。あの班は君から見てどう思う?」
「個々の力は優秀ですが群体としての動きは未熟かと」
「だけれど君は集団戦主義ではなく個人戦主義の刀士遣だ。君の部下達とあの子達、どちらが強いと思うかな」
「その質問は少々意地悪かと」
「あはは、すまなかったよ――それで、もう一つの案件はどうなったかな?」
「例の悪鬼の姿は確認できず。ですが、その兵とは一戦交えました」
「澱の泥か。アレが単独で彷徨くのはありえないし、巡回要員を増やすにもあの領域の荒霊を相手では中隊規模でも危ういしなあ。五剣の皆も別件で動いてもらっているし……困った困った」
「警邏隊の増員、もしくは神那岐学園の生徒を動員するしか手が無いのでは」
「子供達か……」
少しの沈黙が続く。
「――ああそうだ! 柊教官、来月以降の学園日程は覚えていますか?」
「え、ええ」
「少々無茶ぶりですが、5月一杯は訓練期間、6月は神籬の業務体験と言うことで新都の警邏業務を体験してもらうのはどうでしょうか」
「えっ……」
「無茶なのは承知の上です。どうでしょう、日程を設けられそうですか?」
思案するような表情。
「……そうなると各担当の教官達と話し合いをおこなわなければなりません」
「では、その方向で行けるということですね?」
「確約は出来ません」
「いえ、やれそうではなくやるしかないのです。我々に時間は残されていない、一刻も早く戦力を増強し来たるべき時に備えなければならない」
無茶振りに辟易する柊。
「……分かりました。本日中に会議を行います」
「お願いしますね。権限は柊教官に委任しますので、反発があれば私の名前を出してください」
「はい、それでは失礼いたします」
出ていくと、残された坂上が鞘に納めた太刀を片手にその場に座る。
「――さて、星の巡りはこちらに味方してきた。この期を逃せば神籬に後は無い……大生部、今度こそお前達を滅ぼす」
怨嗟の込められた呪詛は静かに部屋の中へと消えていった――
やはりというか、ありきたりな設定なのか、なろう読者層に受けないのかうんともすんとも反応がありません
今後も続けていきますのでよろしければご覧ください




