表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神禄剣鬼伝  作者: 真赭
16/31

弐ノ巻【水禍】漆

空いてしまいましたが次話となります

 最後まで見送り、装甲車から湖とは正反対の山へと歩き出す。

 少し歩き、道路を越えると鳥居の見えていた方へと伸びる小さな階段を登る。

 参拝客は居らず、暮時の薄暗い森が左右に広がっている。

 最後の段を登り切り、正面を見れば遠くから見えていた鳥居とさらに奥に見える小さな社。

 静かな森の音と遠くから聞こえる車の排気音だけが聞こえてくる。

――腰に佩いた太刀に手を添える。

 一難去ってまた一難、蛟を相手したらお次は正体不明の人物と相手することになるとは……つくづく呪われている。

「――気付いたか」

 声と同時に社の後ろから出てくる――数刻前に会話をした謎の男性。

「いつ気付いた? あの場所からここは見えない筈だ」

「夜の森の中で妖怪から狙われているような、そんな感覚がこっちからした――それだけです」

「そのつもりは無かったんだがな……」

「はい、貴方からは殺気は感じられません。ですが、社の屋根に隠れている方は露骨に見せていますよね」

 男性の灰色の瞳が僅かに開く。

「それも見抜くか。源の剣士は見鬼の才もあるのか?」

「それが何なのかは分かりませんが。妖怪の敵意を見抜く才能は少なくとも普通の人間よりあります」

 自分の言葉に答えるように社の見えていなかった屋根の方から大きな人影が降って来る。

「っ……!」

 男と自分の間、こちらから10メートル程離れた所に着地する――異形の甲冑武者。

 背丈は自分より頭一つ高く、纏った赤黒の胴丸と鍬形立物の兜に、左腰に佩いた黒鞘の大太刀。

 面頬越しに見える顔は――人ではなく鬼の形相。

「――これは『獄兵』と言う妖怪だ。堕ち成りの獣共や十把一絡げの弱い妖怪とは格が違うぞ」

 甲冑武者――獄兵が大太刀を引き抜き、下段に構える。

「一体どういうつもりですか」

「腕試し。死ねばその程度だったということだ」

 男がそう言い、こちらを意にも介さない様子で森の奥へと歩いてゆく。

「待て!」

 身体が男を追おうと動く。

 武者が呼応するように下段に構えた大太刀の切っ先を揺らし、反射的に身構えてしまう。

 取り残された自分と武者。

「厄介な……」

(人の姿をした妖怪(?)と戦うのは初めてだ)

 人に化ける奴は沢山いたが、結局最後は元の姿で襲い掛かってきたのが大半。

 最初から最後まで人の姿をしていた妖怪は一度たりとも見たことがない。

(刃の長さは約三尺……まともに真正面から切り合ったら力の差で叩き斬られるか真っ二つだ)

 下段より僅かに剣先を上げた正眼の構えに正面取る。

 落とし下段に構えた甲冑武者が、貫を鳴らしながら距離をじわじわと詰めてくる。

 兜の下に光る赤い瞳がこちらを凝視する。

(つけ入る隙が無いって訳じゃない)

 妖怪だろうか人間だろうが全てに『拍子』がある。移動の時、攻撃の時、回避の時――全てにおこりは存在する。

 太刀を構えたまま――下半身の力だけで前へ跳ぶ。

 腕力だけで下から飛んでくる下段からの振り上げ。

 タイミングは一瞬、遅れれば即死。

 木の型『猪首』

 極度の集中で緩慢に見える視界が迫る切っ先の動きを捉える。

 中段に構えた太刀を、ほんの僅か撫でるように揺らし――大太刀の切っ先を流し変える。

 お返しと言わんばかりに甲冑に包まれた前蹴りが飛んでき、柄頭で殴って押し止める。

 迫るようにこちらを掴もうと左手が伸ばされ、右に大きく飛んで距離を取る。

 合わせるように武者が大きく踏み込み、当たれば即死の平突きを胴狙い。

 木の型『青眼』

 合わせて中段突き、大太刀の切っ先とこちらの切っ先がぶつかり合い鋭い金属音がこだまする。

(尋常じゃない膂力だ! 制服で刃は通らなくても衝撃で内臓がやられる……!)

 逸れた大太刀の刃が脇腹を掠り、制服から嫌な音。

 一瞬見れば、堅固な筈の制服がザックリと開いており、下のワイシャツが見えてしまっている。

 薙ぎ払いながら後ろに半歩下がる。

「最悪だ……」

 こちらは当たれば即死だというのに武者は甲冑を着込んでいるので斬るに斬れない。

 加えて相手は妖怪で怪力、もしかしたら身体を斬っても頑丈な身体で刃が通らないかもしれない。

 大上段に構え直した武者が動きを止める。

 次の一振りこちらを殺してやらん、とばかりの正視。

(妖怪……いや、もはや1人の剣士だ。今までの奴らとは毛並みが違う)

 直感的ではなく論理的、非常に狡賢い獣より厄介な動きをしてくる。

 恐らく次で決めなければ自分は真っ二つになって死ぬ。

 武者との距離は5メートルあるか無いか、あの大柄なら二足飛びに距離を詰めるなど造作も無いだろう。

「ふーっ……」

 太刀を八相構え、呼吸を整え思考だらけの頭を整頓する。

 風に揺られた木々の揺れる音、降りてくる夜が徐々に森を包み込み始める。

 武者の身体が暗闇に紛れ、輪郭が捉えにくくなって来る。

――瞬き。こちらの隙を狙った武者が地踏みしながら跳ぶ。

 逃げれば死ぬ、往なせば剣が圧し折られる――ならば、こちらも攻めるまで。

 即座に持ち手を変え、右手を逆手に左手を順手に握る、一介の剣士が見れば首を傾げそうな変則的な持ち方。

 この技を実戦で使うのは初、そもそもこの技を撃つ妖怪に出くわさなかったから。

 妖怪への技ではなく――人の姿をした相手に対して撃つ技。

 月季は言っていた『この技は人に撃てば非道だが妖怪に撃てば効果的』と。

 水の型口伝『止水』

 大太刀が躊躇い無く頭目がけて振り下ろされる。

 腕と肩に峰を乗せ渾身の力で振り下ろされた大太刀を後ろへと受け流す。

 流された大太刀の切っ先が石畳を軽々と破砕。飛び散った石片が身体を打ち据えるが、痛みに構っている余裕などない。

 懐へと飛び込み、逆手に構えた太刀で武者の身体を――斬り掻き回す。

 草摺の隙間から大腿を切り裂き、反撃される前に脇下を撫で斬りながら背後へと回る。

 脚の腱を横一閃。返し刃に脇の下から切っ先を突き込み――骨に刃を引っ掛けて左腕を斬り落とす。

 木々を震わすほどの咆哮。反射的に頭を下げ、残っていた相手の右手を勢いを使って太刀で斬り飛ばす。

 大太刀が髪の毛を掠り、明後日の方向にすっ飛んで行き甲高い音を立てて地面に落ちる。

 左腕と右手首を失った武者が痛みを気にもせず掴みかかって来る。

(やはり痛みがないのか)

 合わせるように逆手に構えた太刀を首に突き込み、横に引き斬る。

 赤い血――ではなく、どす黒い濁った液体が傷口から溢れ出し、本能的に後ろへと全力で跳んで距離を取る。

 千切れかけて傾いた首の傷口から零れ出た黒い液体が石畳に降り注ぐ。

 耳障りな音を立てて石畳が――煙を上げて溶け、鋭い刺激臭が鼻を突く。

「うっ……」

 今までの妖怪が流した血とは比べ物にならない程の常世の瘴気。もし生身で触れてしまったら間違いなく悶え苦しむほど。

 武者がふらふらと足取り覚束ない様子でこちらへと近付いてくる。

(やはり火廣金で首を斬らないと祓えないのか……!)

 太刀を構え、徐々に近付いてくる武者を見据える。

 手の無い右腕が振るわれ、武者の血が降り注ぐ。

 大きく身を投げ出して何とか避けて頭を上げ――すぐ目の前に武者が立っていた。

「え――」

 間に合わない、自分の瞳に黒い血球が迫る。

 秒にも満たない僅かな合間。視界の端で何かが輝き――目の前に炎が現れた。

 黒血が音も無く消え、真昼間の様な陽光の輝きが辺りを照らし出す。

 突然、身体に衝撃と柔らかな感触。

 視界が回り何が起きているか分からない。

「――起きろ」

 頭上から低い聞き覚えのある声。

 思わず見上げれば、自分を担いでいたのは――鳥の面を被った一人の人物。

「か、か……」

 気が動転して名前が思い出せない。

「――迦楼羅だ」

 そう言うと自分を抱えていた手を離し、地面に放り出される。

 なんとか着地するが、突然の事で頭が追いつかない。

「源、状況を説明しろ。なぜここにコイツがいる?」

 仮面越しに聞こえてくる低い声。

「えっ、ええと……」

 間近で眩しいもの見たせいか網膜に焼き付いて視界が定まらない。

「判断が遅い、詳細は後で聞く。その場で見ていろ」

 鳥面の人物、迦楼羅さんが手にした刀を無造作に携えつつ、歩き出す。

 迫って来る武者。千切れかけていた首は完全に逆さになっており、傷口からはこんこんと黒血が溢れ出て地面を溶かしている。

「ふん……また性懲りもなく薄暗い地の底から出て来たか、死者は常世に帰れ」

 どこか怒りを含んだような、迦楼羅さんの呟きと共に、姿が消える。

「なっ……」

 違う、消えたのでは無く目で追えない速度で踏み込んだのだ。

 瞬く間に武者の眼前に迫る迦楼羅さん。

 あの距離では常世の瘴気に中てられてしまう。

 武者が覚束ない足取りで倒れるように覆いかぶさる。

 一瞬、片腕が矢継ぎ早に動き――武者の身体が甲冑ごとバラバラになった。

 どうしたことか身体から黒血が溢れ出ず、鈍い音を立てて武者の躯が地面に転がる。

(一体何をした……? 何も見えなかった)

 途端、武者の亡骸が土塊のようにひび割れ、音も無く崩れ落ちてゆく。

 無言の残心。武者の亡骸を無造作に蹴飛ばしながらこちらへと近付いてくる。

「獄兵のせいで常世の気が濃くなっている、後は処理班に任せてお前は大人しく仲間の所へ戻れ」

 半ば無理やりと引き立たされ、何も言わずに階段を降りてゆく。

「ちょっ……待ってくださ――」

 慌てて振り返るが、先程までいた迦楼羅さんの姿は無く、夜の降りた森がただ広がっているだけだった。

「一体なんだってんだ……」

 思わず呟いてしまった愚痴は夜の森の音に掻き消されていった――


 あの後、無事に戻ってきた柊教官から宿泊施設の教職員室へと呼び出され、1時間ほど全員で説教を食らう羽目になった。

 謎の妖怪に関しては迦楼羅さんが他の刀士遣の人達に口止めしたのか、何も詰問される事はなく、事の顛末はさっぱり分からず終い。

 教官の1人が『残りの時間は各自の部屋で休むなり他の刀士遣達と訓練するなり自由にしろ』と言い残し、慌ただしかった合宿の課題が呆気なく終幕となった。


次回更新は7/2を予定してます。

次章に関しては制作済みですのでコンスタントに出していきたいです。


誤字脱字、他作品と類似アリ、他作品と設定丸被り、矛盾、等々お気付きになりましたらメッセージボックスまでご一報お願いいたします。

※万が一、他の先駆者様方の作品と酷似していた場合は早急に消させていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ