弐ノ巻【水禍】伍
続きです
――そして、10分程過ぎたくらいか、前方に見慣れた宿泊施設が見えてきた。
「到着したら柊教官に報告してくる。それまでは皆休憩で」
真澄さんの指示に返事を返す面々。
広い駐車場へと車が停まり、エンジンを切ると足早に真澄さんが降りて施設の方へと歩いてゆく。
「くーっ……! ちょいとばかし休憩してえなぁ」
「飲み物でも買ってこようかな、芦屋くんは何飲む?」
「甘い奴なら何でもOKだぜ」
「じゃあ私と葛葉はお茶」
男子2人の会話に横から入る月島さん。
「えー、4人分もあったかなあ……あ、源くんは何か飲む?」
「いいや、俺はいいよ」
「あらら――仕方がない、女性陣の分も買ってくるよ」
棗が小走りに自販機の方へと向かう。
「なら、俺は車ん中で寝てるわ」
再び車内に戻ってゆく祝。
「でしたら私は呪符の補充を取ってきます」
「トイレ」
真面目な土御門さんと自由気ままな月島さんが施設の方へと姿を消す。
取り残された自分1人。
「また妖怪が出てきたらアレだし、被害の少なさそうな所に行くかな……」
この土地は魔除けを施されてはいないだろうし、ここは他の皆が訓練している場所。
下手に妖怪や墜ち成りを呼び寄せたら混乱を招くし、人の居ないところにいるのが正解だろう。
だいぶ具合の慣れてきた足袋の感触を確かめつつ、昨晩の浜辺に向かう。
夜の騒ぎの跡が未だに残っており、荒れた草むらや抉れた地面などが痛々しい。
「ふーっ……」
太刀を鞘ごと腰から抜き、柔軟体操をしておく。
墜ち成りに引っか掻かれた所がかすかに鈍い痛みを放っているが、技や動きに支障が出る程ではない。
「蛟か……」
洞穴の中で追いかけて来たあの巨体。
自分のこの刃では到底小さ過ぎるし、あの大口では往なすのも非常に至難の業。
(前はどうやって倒したかな……)
裏山で祓った大蛇を思い出す。
野生の熊を絞め殺し、雄の猪を丸呑みにした程の巨体。この湖の蛟程ではないが、普通の蛇に比べれば非常に大きかった。
だが、大昔に祓った大蛇は横幅が1メートルほどで、蛟と比べたら可愛らしい大きさだった。
「野太刀か長巻でもあれば斬れそうなんだけどな……」
「――斬るとはあの蛟の事か?」
「っ⁉」
反転して太刀の柄を掴んでしまう。
「実に素早い反応だ、寄られる前に気付かないのはまだまだだが」
目の前には1人の大柄な男性。
背丈は少なくとも自分より頭一つ大きく、かなりの高身長。傍からでも分かる程の筋骨隆々な身体を包み込む革製のジャンパーと青藍色のジーンズに無骨なブーツ。
壮年ながら整った精悍な顔付きと、初めて見る灰色の瞳。
「……どなたですか」
抜刀できるように柄を握りしめる。
「ただのバイク乗りだ」
ただのバイカーなら無音で真後ろに来ないし、妖怪の事を知っているはずが無い。
「一体自分に何の用でしょう」
「困っているんだろう? この湖に出没している蛟をどうすればいいか、とな」
低いこの声がどこか頭の奥に染み込んでくるような、そんな奇妙な感覚。
「祓魔士の任務については守秘義務があります。一般人の方にはお教えできません」
「あの蛟は顎の下、喉に大きな古傷がある。そこが弱点だ……殺すのであればそこを狙って刃を振るうといい」
己の顎の下を指で指す謎の男性。
「……どのような理由でその事を教えるんですか」
「折角のツーリング日和だというのに、湖の周りが堕ちた獣共だらけで辟易しているからだ」
「……」
意図が分からない、なぜこの人は普通の人間は知らない事を知っている……?
「警戒するのも無理は無いか――だが、君のその刃は誇れる物ではないのか」
「……ご教授ありがたいのですが、素性の知れない貴方の言葉を信じる事はできません」
妖魔の類……に見えないが、同じ人間として……捉えるにはどこか『希薄』な感覚がする。
「そうか、やはり信じるに足るにはまだ尚早だったか」
そう言い残し、踵を返すと歩き始める男性。
「待って下さい。貴方は何者で、どうして自分に話しかけて来たんですか」
「それは自ずと分かる――また、近い内にな」
止めようにも、どうしてか身体と口が動かせない。
ただ、去っていく後ろ姿を見るだけしかなく――やがて男性の姿が完全に消える。
途端、身体の自由が戻ってくる。
「何だったんだ……」
金縛りのようだったが……息苦しさや痛みは無かった。
だが、それよりも身体中を覆う――この怖気は何なのだ。昔、初めて妖怪と対峙した時の様な、今にも喉元を噛み裂かれてしまいそうな恐怖は。
蛟に追われた時よりも身体が震えている。
『智慧、今の男は何者なのですか』
「分からない……けど、間違いなく相手にしてはいけない奴だ」
『気配も何も感じませんでした……アレは一体何なのですか』
初めて見る美夜の表情。
「たださえ蛟を相手しなきゃいけないのに、今度は謎の人物だなんて最悪だ」
『全くです』
「とりあえずさっきの人から敵意は感じられなかった……なら、蛟に集中するのが先決だ」
『危険ではないのですか?』
「ああ、でも明確な敵意を向けている訳じゃない。それなら、先に対処できる方から片づけたほうがマシさ」
『損得勘定にしては損した時が危険過ぎです』
「その通りだけど、それが最善策だよ」
話していると――
「おーい! 智慧よう!」
声に振り向けば、駐車場の方から祝がやって来ている。
「班長殿がお前さんを連れてこいって雷落としてたぜ」
「ごめんごめん」
「なんでまたこんな所に居たんだよ」
「少し気分転換にね……戻ろう」
祝と共に急ぎ足で駐車場へと戻ると、他の面々が待っていた。
「どこに行ってたのよ源くん」
「いやあちょっと息抜きに」
「もう……さあ、柊教官からまた新しい指示が飛んで来たわ。これを見て頂戴」
真澄さんが車のボンネットに一枚の紙を置く。
「これは?」
フルカラー印刷の地図。真ん中の大きな濃い色はなんなのだろうか
「奴鹿湖の湖沼図。神籬が新都の管理部から資料を提供してもらったらしいわ」
「ほー、そうするとこの濃い色は湖の水深かね?」
「そう、少なくとも一番深い所で水深100メートル以上。潜水装備でも無い限り潜ることはできないわ」
「それは承知してるが、なんで教官は俺達にこんな物を?」
「それはね、私達が蛟の出没地点の一つを潰してしまったからよ。次の調査はここから北東の湖の中」
真澄さんが指差す場所は地図上では湖の中の箇所。
図面の数字を見る限り、陸地からはおよそ200メートル程の距離のちょうど湖の真ん中辺りか、水の深さの色合いが周りとは違いまるでそこに穴が空いているかのよう。
「この形は……何かの穴?」
月島さんが首を傾げながら尋ねる。
「その通り。奴鹿湖ってなだらかな傾斜が付いた湖底なのだけれど、ちょうどそこに不自然に出来たような大穴が昔からあるの。奴鹿湖に伝わる昔話だと『蛇の道』って呼ばれていたらしいわ」
穴の名前に顔色を変える面々。
「まさか、蛟がこの穴から出てきている……だなんて事はねえよな?」
「そのまさか。目撃情報の1つに、湖の中から土地神様とは姿の違う大蛇が出てきたって情報があるわ。おそらくこの湖底の穴は蛟の巣穴に繋がっている可能性が高い」
「すると、私達の次の偵察任務はその穴の確認ということですか?」
土御門さんが全員の声を代弁する。
「そう言う事。幸い車もある事だし早速向かいましょうか」
乗る前の嫌々は一体どこへ行ってしまったのだろうか……
「でもよう班長殿、生身で潜るには無理な深さだぜ? 潜水装備でも借りられるのか」
「まさか、とりあえず現地へ急行が先よ。その先は着いてから考えるわ」
「行き当たりばったりだねえ」
しかし、話している間にも蛟が湖周辺の人間を狙って襲い掛かるかもしれない危険性がある。四の五の言っている場合ではないだろう。
再び車へと乗り込み、施設を後にする。
「そうそう、柊教官が仰ってたわ。私達の行動は全て式神で監視している、命令違反は容赦なく営倉で反省だそうよ」
「おっかねえこと言うなあの人は……大昔の軍隊かよ」
「まあ厳しい人ではあるねえ――でも、逆に言えば僕達が目的の妖怪と交戦したら神籬の本隊がすぐさま動くってことだよね」
「言い換えればそうなるわね」
神籬の本隊……学園の訓練で現役の祓魔士の人達から稽古づけて貰ったりとしている。だが彼らが実際に妖怪を祓っている姿を見た事が無いので、いまいちピンとこないのが本音である。
(複数人の集団による祓いか……今まで他の人のを見た事が無かったし、知見を広げるためには一度見てみたいな)
祓魔士見習いにはなったものの、祓魔士の実際の現場を一度も見た事がないので、どんなものか知りたいのが正直な所。
村の近くにこの様な湖は無かったので、初めて見る雄大な湖を眺めながら車に揺られる。
そして10分程経った頃か、真澄さんが祝に停車の指示を出すと、少し先に居を構える大きな物産スポットの駐車場に止まる。
「真澄さん、手段は決まったのかい?」
見れば、道路を挟んで向こう側の山から鳥居が僅かに姿を覗かせている、恐らくこの湖の土地神を祀る社だろうか。
「一応ね。ここは湖を一周する遊覧船の停泊場だから、それの一隻を借りるわ」
「流石に俺は船の運転は無理だぜ?」
祝が車のキーを手の平で弄びながら言葉を返す。
「止む終えない場合は民間人に協力してもらうわ。さあ、行きましょう」
また人目につくのかと思うと億劫だが、有事なので我慢するしかない。
車から降りると、駐車場を抜けて観光客で賑わう物産館の方へ。
『ねえ、あれって……』
『あの格好って祓魔士だよね?』
案の定、自分達を指す話し声が後ろや横から聞こえてくる。
『どうして奴鹿湖に……』
『たしか、湖のどっかに祓魔士の施設があるって聞いたことあるよ私』
すると、ニヤニヤと笑みを浮かべていた祝が口を開く。
「いやあ、人気だねえ祓魔士ってのは。まるでテレビに出てくる芸能人みたいだ」
「こちらとしては目立ちたくないけどな」
「そうかあ? 可愛い女の子とか綺麗なお姉さんに応援されたりなんかしたら、俺ちゃん頑張っちゃうぜ?」
「不純な動機だ」
すると、真澄さんが物産館のテナント内の店員さんに声を掛ける。
「すみません、少しよろしいですか?」
「はい、あらその格好は……祓魔士の方達ですか?」
中年の女性店員さんがこちらをチラチラと見てくる。
「はい、お尋ねしたいのですがこの施設の管理者の方はどちらに居られますか?」
「管理者? ああ、それなら一階の東側に総合案内窓口がありますのでそこで聞いていただければ」
「ご協力感謝します」
頭を下げ、真澄さんが向き直る。
「こっちよ皆」
人で賑わう施設の通路を進み、東側の方へ。
「総合案内窓口……あった、あそこね」
いわゆる施設のインフォメーションみたいな所だろう。
真澄さんがカウンター内の人に声を掛け、先程のように話し始める。
「ねえ、土産屋見てきたい」
「流石にそれは駄目だよ月島さん」
見れば土産コーナーに行こうとしている月島の袖を掴んで引き留めている棗が。
「大丈夫、予算1000円以内に抑えるから」
「そういう問題じゃないと思うな……」
なんとも気の抜けた会話である。
「お、見よろ智慧。地酒コーナーなんてのがあるぜ」
「お前もか祝、大人しくしてないと後で怒られるぞ」
「いやあ、こういう所ってついつい買い物したくならねえ?」
――そして、話しが終わったのか真澄さんが振り向いてくる。
「皆、今からここの責任者の方に説明してくるわ。外で待っててもらえる?」
「大丈夫なのかい」
「ええ」
真澄さんが横のドアから建物の奥へと姿を消す。
「それでは奏さんの仰っていた通り、大人しく外で待っていましょう」
班内で次に真面目な土御門さんが口を開く。
物産館の外へと出て、ひとまず湖の方へと歩き出す。
先程真澄さんが言っていた通り停泊場があり、遊覧船や手漕ぎボートなどが複数停まっている。
「さて、どうなることやら」
「もし手で漕ぐ事になったら、棗にお願いする」
「うーん、肉体労働はあまり好きじゃないんだよね」
湖面を眺めながら2人が冗談を叩きあう。
「なら、私は扶桑で周囲を見ておきましょう」
烏の扶桑が飛び立ち、湖の方へと飛んでゆく。
「……智慧よう、ちょっと話してもいいか?」
「え? ああ、問題ないけど……」
「まあ、落ち着いた所で話そうや――棗よう、ちょいとばかし離れるから待っててくれ」
「りょーかい」
祝に連れられ、停泊場から少し離れた湖岸沿いの遊歩道へ。
「話って?」
「さっきのアレだよ」
欄干に寄りかかる祝。
「あれ?」
「出発前にお前さんが出くわした奴だ、ありゃ何モンだ?」
「……見てたのか」
「正確にはタイミングよく見えちまった、が正解だな。妖怪でも人間でもどっちでもねえ気配……お前さんの知り合いか」
「まさか、突然話しかけられたんだ――でも明確な敵意があるって感じではなかったよ」
「お人好しにも過ぎるぜ智慧。得体の知れない奴なんだよな?」
「名前も知らないしね。あと、どういう訳か蛟の事とか弱い箇所とかを知っていた」
「弱い箇所?」
「うん、あの蛟は顎の下、喉の部分が弱いらしいんだ」
「ますます胡散臭えな」
「まあ普通はそうなるよね」
だが、あの男性の言った言葉がどうも嘘に聞こえない。
「なんて言うのかな……どうも、あの男の見覚えというか聞き覚えがあるというか……初めて会った感じがしないんだ」
「なんじゃそりゃ、まさか神籬へ来る前に会ってたとかか」
「いいや、あんな人は見たこと無いよ……でも、何処かで会ったか話したような気がするんだ……何だったかな」
喉元まで出かかっているが、そのもう少しが出てこなくもどかしい。
「余計に怪しくなってきたな……後ろからチラッと見えただけだらツラとか特徴を見てねえんだがどんな感じだったよ」
「背丈は少なくとも祝以上、体格もガッシリしていた。多分格闘技とかそう言った武術を収めているのは間違いない」
「ふむふむ」
「あとは……そうだな、顔付きは俳優顔負けで瞳の色が珍しい暗い灰色だったかな」
「ほー、確かに見ねえな……顔付きって誰かに似てるとかあったか」
「いや、似た人は多分いないな」
こっちに来てからテレビや雑誌などを読み始めたが、見た限りで近い人物はいなかった。
「てなると、表には出てこない類の奴か……ますます分からねえな」
「表に出てこない?」
「ああ、要するに犯罪者って事だ。神籬よりかは警察とか公安の領分だな」
「そうなのか」
「ああ、世の中には妖怪と手を組んで犯罪行為を働く輩もいるもんだぜ? メディアは表に出さないけどよ」
「それも眉唾な話か?」
「いいや、本当の話さ。単に神籬が公表していないだけで、妖怪と手を組んで犯罪を行う輩や力の弱い妖怪を売り物にしたりする輩もいる」
「そんな話聞いたことも無いぞ」
「知っているのは一部の祓魔士だけで、大半の隊員は暴れ狂う妖怪を祓うだけってのが表向きの仕事だからな」
初めて聞く話に唖然としてしまう。
「ま、大昔から源宗家はそう言った裏方じゃない任務が主だったらしいぜ。お前さんが知らねえのも無理はねえよ」
「……ならどうして、祝はその事を知っているんだ?」
「陰陽師ってのは色々な業界の人間とお付き合いがあるもんでね。ウチの一族は特に顔が広いんだよ――まあ、土御門ほど綺麗なお付き合いじゃないが」
どこか自嘲するような、そんな表情の祝。
「その事は深く聞かないでおく――そうすると、祝の推測が正しければさっきの人は犯罪者の可能性もあるってことなんだな?」
「ほぼそうだろうな。しかし、お前さんの察知能力を上回るって余程じゃねえのか。多分、普通の人間じゃないぜ」
「それは祝と同じ意見だ。気配も音も無く、突然後ろから声が聞こえてきたんだ、まるで美夜が出てくるみたいに」
「伴獣と同じレベルか……霊的な存在じゃなかったらそいつは一体『なに』なんだろうな」
「ああ、妖怪でも平霊でも絶対に現れる時は空気というか気配が変わるんだ。でも、その人は一切変化が無かった」
この変化は月季曰く『常世の気を纏っているから』と説明された。
大なり小なり問わず常世の住人は現世――つまりこの世――の存在と違う所が存在する。
尋常ならざる大きさであったり、普通ではありえない物が付いていたり、この世の理に反した事を出来たり――例は枚挙にいとまがない程。
分かりやすく言うなら『額から角が生えていたり』『獣が人語を喋ったり』『三本の足が生えた烏』と……言えば分かりやすいか。
しかし、先程の男性は現世では単に珍しいだけで『存在するのがありえない』という程ではなかったので、辻褄が合わないのだ。
(こういう時だと長生きしている鶫とかなら分かるんだろうな……)
美夜はあまり語りたがらないし、月季は全く興味が無かったみたいで、この手の事は全て鶫に教えてもらった。
「あー……とりあえずヤバそうなのが控えてはいないが、絡んでくる可能性があるってことは理解したぜ」
「うん、頭の隅に留めておく程度には気をつけるよ」
「いや、せめて蛟の次に警戒するだろ……」
――話していると、祝の後方から棗がやって来る。
「おーいお二人さん、真澄さんが戻ってきたよ」
「おう分かったすぐ戻るわ――てな訳だ、いつも以上に背後気にしてた方がいいぜ」
「そうする」
停泊場へと戻り、合流する。
「皆集まったわね?」
「それで、結局どうなるのですか?」
「結論から言うと足は借りられたわ」
真澄さんがそう言い制服のポケットから一つの鍵を取り出す。
「それは?」
「あの一番端に泊まってる遊覧船のエンジンキーよ」
見れば明るい色合いの船が一隻。
「操舵手は?」
「責任者の方が船は貸せるが人は危険なので貸せないってことで断られたわ。まあ、下手したら蛟に引っくり返されるかもしれないし妥当な判断ね」
「うーん、でも僕達の中で船を運転できる人なんているのかい?」
棗の素直な言葉。
「――私ができる」
そう言い、手を挙げたのは――月島さん。
「えっ、渚ちゃん本当なの?」
「漁で船を使ってたから操作と機器の見方は分かる」
「でも、船舶免許を所有できる年齢ではないですよね……?」
「そこは不思議な力でどうにかしてた」
ものは言いようである。
「まあ、動かせるなら万々歳じゃねえか。そうと決まれば行こうぜ」
「船かあ、乗ったことなかったんだよね。ちょっと楽しみかも」
「船酔いで吐くなら外に吐いて」
「あはは、気をつけるよ」
もう3人は船に乗る気でいる。
「どうしますか奏さん……?」
「うーん……でもこれしか方法がないのよね……どうしよう」
チラリとこちらの顔色を伺ってくる真澄さん。
「皆に合わせるよ」
「そう……なら腹括って乗り込むしかないわ」
どうやら真澄さんは折れてしまったようである。
「本当に大丈夫なのでしょうか……? かなり不安で仕方がないのですが」
「渚ちゃんに賭けるしかないわ」
「はあ……最終手段を使わない事を祈ります」
土御門さんの言葉を区切りに、一抹の不安を感じながら船へと乗り込む。
「それじゃあ私が操舵役。皆は周囲を警戒してて、流石に蛟に体当たりされたら転覆するから」
「なら、各自四方を警戒。源くんは……悪いけれど船首側にいてくれるかしら?」
「了解、見つけたら叫んで知らせるよ」
真澄さんの指示に従い船体の四方に別れる面々。
操舵室に残った真澄さん、月島さん、自分の3人。
「奏、さっきの湖沼図貸してくれる?」
「ええ」
月島さんが図面を受け取ると、操舵室の中から周りを見渡す。
「……大体の位置は把握した」
「本当に?」
「うん、とりあえず発進するから船首で智慧と見張っていて」
月島さんに背を押されて操舵室から出される。
「さてと……それじゃあ到着するまで、前方の警戒ね――波一つ無いけど」
「まあ、湖の中から出てくるかもしれないんだし見ておくに越したことはないよ」
だが、先程の月島さんが言っていた『体当たりされたら転覆する』が、現実に起きそうで怖いのが正直な所である。
(水中での剣技は……一応あるけど、あの大きさに対して有効か自信が無いな)
奥の手で蛟と正面からやり合えない事はないが――多分、班の皆が『それ』を見たらいい顔はしないだろう。
「……時に真澄さん、一つ確認したい事があるんだけどいいかな?」
僅かに声量を落とし、左右と後ろの皆に聞こえないように尋ねる。
「なにかしら?」
柄頭に手を軽く乗せ、周囲を見渡していた真澄さんが声だけで答える。
「言いたくなかったら結構なんだけれども……入学試験の時、真澄さんのその……雷について少し聞きたい事があるんだ」
一瞬だけ、本人すら自覚できない瞬く間――真澄さんの目元が僅かに歪む。
「……答えれる内容なら構わないわ」
「気分を害するならいいんだ」
「聞いて来たのは源くんよね? 私は構わないから聞いてちょうだい」
「申し訳ない……それで真澄さんの雷なんだけど……あの姿と雷は関係があるんだよね?」
今でも鮮明に覚えている。普段は墨の様に真っ黒な黒髪が、あの時だけは毛先が灰色と白色の混じった奇妙な色合いをしていた。
そして、普段は青色の目が、伴獣である白藤の目のような――黄金色。近似色である琥珀色ではなく、秋の稲穂の様に眩い黄金色の瞳になっていた。
「あんな状況下だったのに覚えていたの?」
「うん、どうも印象強くて……」
すると、小さなため息を吐く真澄さん。
「まあ、いつかは人の前で使う時が来るかもって思ってたけど……仕方がないか」
「訳があるってことかい」
「そう――源くんは『物憑き』て聞いたことあるかしら?」
「妖怪に取り憑かれた人の事だよね? 大半は災いをもたらすけど極稀に幸を招いたりする」
「そう、私はその『物憑き』なの。憑いているのはこのハクビシンモドキの白藤こと雷獣がね」
言うと髪の中から白藤が現れる。
『元妖怪相手によく言うぜ』
「話をかなり端折ると、あの姿は白藤が私の身体に憑依した状態。目と髪の色が変わるのは憑依の影響なの」
「そうだったんだ……」
『そういうことさ。奏に叩き斬られ後、祟り殺してやろうと取り憑いてやったらコイツの我が強すぎて主導権を奪われちまってな……気付けばペット同然まで成り下がりだよ。出会った当時は反抗してたけど、奏の奴があまりにも強情だから根負けして――今に至るってことさ』
妖怪の憑依に勝つとは余程精神が強かったか白藤がかなり弱っていたかのどっちかである……真澄さんの場合だと前者の様な気がするが。
「それで、白藤が憑依しているときは私も雷をある程度は操れるの。細かい調整は白藤に任せてるけど」
「だけどその雷を使わないのはどうして? 鍛錬で一度も使ったことがないよね」
すると、どこか複雑そうな表情を浮かべる真澄さん。
「この雷は人に放っていい物じゃないわ。どんなに加減しても大怪我を負わせてしまうもの、せいぜい出来ても式神や妖怪くらいよ」
「まあそうだけれども……」
「私の事なんかよりむしろ源くんが試験の時にやったアレの方が気になるわ」
「アレ?」
試験の時に真澄さんの前で……何をしたかサッパリ覚えていない。
「私の雷を斬ったことよ! 一体何をしたらあんな事が出来るの!? 雷を斬ったなんて話は大昔の伝説にしかないのよ」
「あれは咄嗟に身体が動いちゃってそのまま流れで……」
現にそうだったのだから否定が出来ないし、誤魔化すこともできない。ただ無我夢中に剣を振るっただけだ。
すると呆れたような表情を浮かべて大きなため息を吐かれる。
「何も考えずに斬ったってこと? 源くん、失礼承知で聞くけど君……人間よね?」
「当り前じゃないか。多分斬れたのは火廣金だったからじゃないかな」
「あー、それなら納得というかあり得る話ね」
「次が無い事を祈るよ」
「そうね、今後は離れていてね? また落ちちゃったら大変だから」
「気をつけるよ」
二度目は無いと願いたいが……そう言う時に限って起きたりするのだから厄介なものである。
次回更新は数日内だと思います。
もしかすると少しボリュームアップで遅れるかもしれません




