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神禄剣鬼伝  作者: 真赭
13/31

弐ノ巻【水禍】肆

続きとなります

「いつから気付いていたんだい?」

「登った直後から。這い寄る邪気の気配にいち早く気付かなくては、陰陽師としてやって行けませんから」

 数は――5匹くらいか。木々や草むらに隠れてこちらの隙を伺っているのだろう。

 太刀を引き抜き刀身を隠す脇構え。

「なら、自分の身は自分で守れるって事でいいのかな?」

「勿論です、祓魔士ですから」

 言い終えるや開扇、二つの桔梗が咲き開く。

 草むらを揺らし、飛び出て来たのは1匹の大きな羆と4匹の山犬。

「羆!? それにあの赤目は『堕ち成り』だ!」

「山犬も同じようですね! これは少々骨が折れそうです……!」

 山犬の一匹が土御門さんに飛び掛かる。

――大股に間へ割り込み、下から斬り上げ一閃、首を刎ね飛ばす。

「土御門さんは山犬を! 羆は俺が相手するよ!」

「いえ、ご心配なさらず――堕ち成りの相手は慣れてますから」

 鉄扇を下げ、緩慢とした緩やかな足取りで無造作に前へと出る。

「ちょっ……」

 真横から割り込むように山犬が爪を振るってくる。

 咄嗟の霞堤、鋭い衝撃が腕に伝わってくる。

「土御門さん! いくらなんでも堕ち成りの羆は危険すぎる!」

 鼓膜を震わす羆の咆哮。本能的に腹底に嫌な感覚が襲ってくる。

 羆が巨体を起き上がらせ、土御門さんに覆いかぶさるように巨腕を振るい――羆の片腕が消えた。

「へっ」

 ボトリと側に落ちてくる――羆の右腕。

 苦痛に満ちた咆哮。

 土御門さんが意にも介さない様子で一歩前へと摺り足で詰め、二振りの鉄扇を素早く閃かせる。

 羆が巨体を一際大きく震わし、くぐもった音を立てて頭が身体から転げ落ちた。

 前のめりに垂れてくる羆の骸を跳んで避け、鉄扇を払って付着した血を飛ばす。

――あまりの突然の事に山犬の存在が頭からすっぽ抜けていた。

 横から振るわれた爪が横っ腹を打ち据える。

「ぐっ……」

 右脚を斬り落とし、顎を物打ちで斬り割る。

 完全に余所見していた……こんな体たらくでは蛟と出会ったら一瞬で殺されてしまう。

 残りは2匹。一撃を食らった自分を噛み殺せると悟ったのか、拍子をずらして飛び掛かって来る。

 火の型『千鳥』

 振りかぶった太刀を空振り、拍子を乱して一匹目の懐へと倒れ込むように潜る。

 その場で横に身体を回しながら胴体を両断し、頭から地面へ。

 太刀を持ったまま諸手を地面に突き、腕の力だけで支えつつ二匹目の鼻頭を蹴りつける。

 聞こえてくる悲痛な悲鳴。

 すぐさま立ち上がり、二匹目の首を斬り落とす。

 血を払って残心、一瞬だけ跳ね上がった呼吸を落ち着かせる。

「――土御門さん!」

 踵を返し、山犬との戦いで見失っていた土御門さんの姿を探してしまう。

「源さん、私は傷一つありあませんよ」

 数メートルほど先にいた土御門さんが涼しい顔でこちらにやってくる。

「よかった……殺されるかと思ったよ」

「ああいった堕ち成りの退治はよく来ていましたから。源さん程ではないですが自信ありますよ」

「なら安心して妖怪に相手できそうだ――そうと決まれば急ごう。堕ち成りが出ているという事は、妖怪の邪気がかなり強いということだ。早く祓わないと周囲への被害が大きくなる」

「そうですね。下手すればこの湖周辺が堕ち成りだらけになるかもしれません」

 蛟の這いずり跡は、湖とは反対側の山の奥へと続いている。他の面子が今どこにいるか分からないが、この痕跡を逃したら蛟の手掛かりは無くなったも同然だろう。

 再び歩き出し、さらに森の奥へと進む――


 そして10分ほど歩いた頃か、木々の隙間から何やら灰色の大きな岩壁が見えてくる。

「これは……随分と大きな洞穴ですね」

 山の一面に広がる岩壁。その一か所、車一台は余裕で入りそうな程の大きな穴が空いている。

「這いずり跡は……ここで途切れてるな」

 鱗の一枚や二枚でも落ちていれば決定的だが、確認できるのは何か大きな物に擦れて小石が落ちている程度。

「どうします? 洞穴を2人だけで進むのは無謀だと思いますが……」

「他の皆と合流しよう。流石に装備無しで洞窟を歩くのは避けたい」

「では、連絡してみますね」

 土御門さんが現代人らしく制服からスマホを取り出す。

「……やはり圏外ですか」

「まあ山の中だし電波が届かないか」

「なら、扶桑を伝書烏として使わせます――扶桑」

『相分かった、学友殿の気は覚えている』

 扶桑が翼を打ち、木々の上へと器用に飛んでゆく。

「では、皆さんが来るまで待機していましょう」

「そうだね」

 太刀は抜いたまま、切っ先を下ろして下段に構えつつ洞穴を視界に入れる。

 そして数分程が過ぎた頃か――ぽつりと土御門さんが口を開いた。

「――源さん、少しお尋ねしたい事があるのですが……よろしいですか?」

「答えれる範囲でなら」

「その……芦屋さんについてです」

「祝? あいつが何か変な事言ってたのかい」

「いえ、そうではないのです……ただ、芦屋さんはどうなのかと」

「どう?」

「ええと、その……なんと言えばいいんでしょう、芦屋さんは元気ですか?」

 同じ班だというのに変な事を聞いてくる。

「まあ、冗談言うほどには元気だよアイツは――そういうのは本人に聞くべきじゃ?」

 すると、小さなため息をつく土御門さん。

「ですよね……同じ学友なのですし、面と向かって話さないと」

「もしかして祝に取っ付きにくいとか」

「ええ……まあ仰る通りです。距離を取っている――もしかしたら私の思い過ごしかもしれませんが」

「どうしてまた?」

「まあ色々とありまして……そのおこがましい事をではありますが、芦屋さんは私の事で何か仰ってはいませんでしたか?」

「いや、本人の口から何も……」

 ふと今までの会話を思い出すと、土御門さんの事に関して何か喋った記憶が一切無い。

「そうでしたか……変な事を聞いて失礼しました。身勝手ではありますが、この話は忘れてくれませんか?」

「ああ、誰だって秘密の一つや二つはあるからね。源の名に誓って黙っておくよ」

「ありがとうございます」

 どうやら祝と土御門さんとの間で何やらあるらしい……他所様の問題に首を突っ込むのはよろしくないので、この事は忘れておこう。

――そして、会話が途絶てから数分が経った頃か。森の奥に人影が見え、やって来たのは少し前に別れた4人。

「やっと着いた……」

「なんで山歩きしなくちゃいけねえんだよ……冷たい水が飲みてえ」

 棗と祝が斜面を登って来ると、木にもたれ掛って情けない声をあげる。

「ふう……随分と歩いたのね2人共」

「猟師?」

 遅れてやってきた真澄さんと月島さん。

 月島さんの肩には慣れた様子で扶桑が乗っかっており、どうやらキチンと合流できたらしい。

「お疲れ様です皆さん。そちらの収穫はありましたか?」

「目ぼしい物は無し。精々あるとすれば、堕ち成りが出没していたってことね」

 真澄さんの言葉に思わず土御門さんと顔を合わせてしまう。

「どこら辺で堕ち成りを?」

「2人と別れてからハイキングコースを辿っていたら、森の方から猿と猪の堕ち成りが数匹」

「まあ棗の奴が1分と経たずに片付けちまったけどな。まさに鬼神の如きって感じだったぜ」

「それは言い過ぎだよ芦屋くん。手際の早さで言ったら君の方が上手じゃないか」

「そうかあ?」

 なんとも緊張感の無い2人。だが、実力は伴っているので問題は無いか。

「それで、堕ち成りが出ているってことは妖怪の力が強まっている証拠よね」

「ああ、こっちも道中で堕ち成りに出くわしたよ――流石に神籬へ報告した方がいいんじゃないかな。流石に観光客が襲われたら合宿や妖怪を祓うどころの話じゃなくなる」

 自分達はまだいい、だが普通の戦う術もない一般人が堕ち成りや妖怪にでも襲われたりしたら……考えただけでも寒気がする。

「それもそうね、でも奴鹿湖は圏外の場所が多いのよ。連絡するにも葛葉さんみたいに使いを出すしかないわ」

「扶桑、もう一度飛べますか?」

『問題は無いが……その間の葛葉を守る伴獣がいなくなるし私の力を貸せなくなるぞ』

 祓魔士は伴獣の力を借りて、妖怪と相対する。もし伴獣の力がないと武装したただの人間なので、生半可な者ではたちまち殺される。

 ましてや墜ち成りがいつ出てきてもおかしくない森の中では危険である。

「――なら俺が伝令役としてひとっ走り行ってきてやるよ」

 祝が話に混ざって来る。

「祝も土御門さんみたいに式神で行けるのか?」

「いいや、それよりもうちょい単純なやり方さ。なに、10分くらいで戻ってくるからよ」

「何か方法があるって訳ね芦屋くん?」

「そう言う事。企業秘密だから教えられねえけどな――そんじゃま帰って来るまでティータイムでも楽しんでてくれや」

 そう言い、祝が――その場から音も無く姿を消す。

「えっ!?」

 突然の事に素っ頓狂な声をあげる真澄さん。

「消えた……」

 動じる姿を見た事が無かった月島も珍しく驚いた顔。

「わお、芦屋くんてもしかして天狗とかそう言った類?」

「まさか、その手の気配は一切しなかったぞ」

 だが、あの不自然な消え方は平霊や妖怪に通じるものがある。

「……」

 動揺することなく押し黙っている土御門さん。

「とにかく祝が戻って来るまで待機しよう。もしかしたら源くんの呪いに反応して洞穴から蛟が出てくるかもしれないけど」

「そうしたら絶対絶命ね」

「せめて一矢報いてから逃げようかな、僕は」

 そう言うと、そばに鎮座していた岩に棗が腰掛ける。

「ちょっと緊張感無さすぎじゃない?」

「大丈夫、大丈夫。息抜きも必要さ」

 ころころと笑う棗が制服のポケットから固形の栄養食の箱を取り出す。

「定期的にカロリーを取らないと身体の調子が狂っちゃうんだ。申し訳ないんだけど許してくれるかな班長」

「もう……分かったわ。芦屋くんが戻っくるまでに食べ終わってよ?」

「はーい」

 そういい、固形食を食べ始める棗。

「それなら私は扶桑を使って周囲を監視しておきます――扶桑、お願いしますね」

『全く鳥使いの荒い人だ』

 土御門さんが扶桑と共に森へと入ってゆく。

「なら私は葛葉の護衛してくる」

 続くように月島さんが森へ。

「それじゃあ洞穴の中を軽く見てくるよ」

「それは危険よ、せめて芦屋くんが戻って来てからじゃないと」

「そんなに奥まで行かないよ、少し見てすぐに戻って来るだけさ」

「僕の分まで残しておいてよ?」

 棗の気の抜けた言葉。

 太刀の位置を直しつつ、洞穴へと近付く。

「ちょっと源くん!」

「大丈夫さ」

 微かに冷たい空気が奥から流れてくる。どこかと繋がっているのだろうか?

 最後に真澄さんに手を振り、片目を閉じつつ大きな洞穴へと入る。

 すぐさま視界が一気に暗くなり、足元に意識を向ける。

(妖怪の気配はしない……血の匂いもしないし巣穴じゃない? だとしたら一体なぜ蛟はこの洞窟に入っていった……)

 あらかじめ閉じていた片目を開け、慣らした視界のまま壁に手を付きつつ洞窟を進む。

 形状が綺麗な円を描いており、大きな岩が無いのは、蛟が頻繁に通って磨り潰しているからだろうか。

 そして数分程経った頃か――洞窟の中を満たしていた空気に『重み』というか、空気の質が変わったような気がした。

本能的に太刀へと手が伸びる。

「……」

 前にもこんな事があった。あれはいつだったか……? たしか裏山で妖怪の大蛇を相手した時だったか、山の中で大蛇を探し回り――そうだ、大蛇の巨体に囲まれていた時だ。

 思い出すと同時に足が止まる。傾斜のついた洞窟の奥から流れてくる空気に混じり、微かに空気の擦れるような奇妙な音が聞こえてくる。

「……ヤバい」

 反射的に踵を返し、全力で走り出す。

 後ろから聞こえてくる岩の落ちる音。思わず振り向けば――蛟の大口が数メートル先まで迫っていた。

「うわあああ!!」

 全力で走る。このままでは蛟に頭から丸呑みされる。

 曲がり道の壁を走るように駆け、足元を邪魔してくる岩を跳んで越える。

 見えてくる洞穴の外。見れば洞穴を覗き込んでいる人影が見える。

「今すぐ逃げろ! 蛟がすぐそこまで来てる!」

 人影が動き――あろうことか、こちらへとやって来る。

「源くん!」

 人影――真澄さんの声が洞穴の中に響き渡る。

――反応できたのは偶然か、それとも鍛錬からなせる技だったのか。

 無我夢中で前方へと飛び込み――洞穴の中に稲妻と同時に大音声が響き渡った。

 自分の真横を雷が飛び、真後ろの蛟の口腔に雷撃が打ち込まれる――が、一瞬だけ動きが止まり、すぐさま蛟が身体をくねらせて進んでくる。

「嘘ぉ!? 雷が効かない!?」

「真澄さん逃げないとヤバい!」

 緊急事態なのでどうか許して欲しい所だが――真正面から真澄さんを担ぎ上げて、全力で走る。

「ちょっと源くん!?」

「苦情は後で聞くから! それよりもう一度雷を打てる!?」

「蛟に効いて無いわよ!」

「そっちじゃない、出た瞬間に洞穴の天井に打ってくれ!」

 言い終えると同時に洞穴から飛び出て――真後ろで雷の音が響き、岩の砕ける大きな音が聞こえてくる。

 体勢を立て直し、太刀を片手で構えつつ後ろを見ると――

「間一髪だった……」

――洞穴の入口が崩落で塞がっていた。

 瓦礫の向こうで鈍い音がする。おそらく蛟が這い出ようとしているのか。

 そして、分と経たない内に鈍い音が止み、どうやら蛟が諦めたようだった。

「――はあーっ……」

 思わず大きなため息が出てしまう。

 ふと、左腕で抱き寄せた物――正しくは真澄さんに視線が行ってしまう。

「うわっ! と……ごめん」

 慌てて腕を離し、反射的に謝ってしまう。

「へ、平気よ緊急時だったもの……」

 どこか恥ずかしそうな真澄さんが刀を鞘に仕舞う。

「……いい雰囲気のところ失礼、2人共大丈夫かい?」

 棗がどこか笑いをこらえたような声音で聞いてくる。

「だ、大丈夫だって……それより蛟だ」

「だね、この洞窟が巣ってことで間違いなさそう」

「おそらく――まあ、入口が崩落したから入れなくなったけど」

「あの状況は仕方がなかったよ」

 話していると離れていた土御門さんと月島さんが駆け足でやって来る。

「凄い物音がした」

「何があっ――って、洞窟が崩落しているじゃないですか!?」

 先程の出来事を説明する。

「――この洞窟が巣穴だったのですか……源さん、流石に無謀すぎます」

「すみませんでした……」

「これだと中に入って捜索が出来ない」

 月島さんが臆せず崩落した岩を足で小突く。

「流石に出入りする所は1つじゃ無いはずだ。他にもあるんじゃない?」

「それは可能性は大いにありそうだ」

 かすかに水の匂いが奥からしてきたし、蛟の身体が濡れていた。そうなると、湖のどこかと繋がっている可能性があるという事。

――森の方から物音。

 柄に手をやりつつ思わず振り向くと、ちょうど祝が斜面を登ってきていた所だった。

「なんだよ雁首揃えて強張った顔して……ありゃ、洞穴が崩落してるじゃねえかどう言う事だ?」

 祝が不在の間に起きた出来事を話す。

「間一髪だったな」

「ああ、真澄さんの雷撃が無かったら丸呑みだった……」

「様々だな――それで班長殿よう、この後はどうしますかね?」

「えっ? ああ、そうね……一旦施設に戻るか山を降りましょう。流石に私達だけでこの瓦礫を退かすのは無理だわ」

「だろうな――そうそう、帰りのアシを用意しといたからよ。帰りは少し楽できるぜ」

 首を傾げる自分を含む面々。

 祝の言葉を区切りに、警戒しつつ山を降りることになった。

 元来た方向へと山を降り、やがて見覚えのある小川にたどり着く。

 ハイキングコースへと合流し、社に伸びる石段へと戻ってくる。

「ここまで来るとなんだか一安心だね」

「それは同感」

 棗と月島さんが他愛のない話をしている。

「しかしよう智慧、なんでまた蛟が新都近くの湖に現れたんかねえ。蛟って言いやあかなりの凶暴な奴だよな? 流石に神籬の近くに出たら早急に祓われるよな」

「確かに……何か原因があるとか」

 だが、数百年前に死んだ妖怪が現代に甦るなど普通ではありえない。

「だよな。妖怪が出るって言ったら地脈が不安定か、常世の毒気が湖のどこかで溢れたとか」

「大体はそれが原因かな――もしかしてアレじゃないかな、初日の昼に柊教官が言っていた鬼門の凶星に関わる何かとか」

 その時同席していた祝と棗が顔色を変える。

「そういや言ってたな……ああ、確かにそれだと蛟が出没したのも納得行くぜ」

 妖怪は時間の経過と怨念により成るモノと、常世側――つまり自分のいる世界とは異なる世界――から来るモノ、の2種類に分かれる。

 鬼門とは常世と現世の境。その鬼門の方角に凶相が出ていたということは、何か大きな異変の前触れ。

 甦った蛟と何か関係がありそうなのだが、いかんせん情報が不明瞭なので何とも断言が出来ない。

「……芦屋さん、その凶星の話とは一体何なのですか?」

「ん? ああ、柊教官殿が教えてくれたんだよ。五剣の卜部家当主様が六壬で見たんだろうな――先日、鬼門の方角で凶星が見えたんだとさ。お陰で神籬の上級祓魔士は緊急出動、陰陽庁も大忙し」

「そんな事が……」

「まあ卜部氏の占術なら余程の大番狂わせが起きなければ外れない――それに、星読みについては土御門家様の方が詳しいだろ? 俺なんかに聞くより、自分で見た方が早いと思うぜ」

 心なしか投げやり気味に聞こえなくもない祝の言葉。

――そして、石段の最下段を降りるとよく見慣れたアスファルトの道路と一台の車が停まっていた。

「こちらが学園から借りて来たアシだ。運転は俺がするから皆乗ってくれや」

 山育ちなため写真でしか見た事が無く、実物の自動車を見たのは新都に来てからが初めて。

(詳しくは分からないけど……目の前の車は間違いなく頑丈な奴なんだろう。無知でも分かるほどの厳つさと物々しだ)

「わあ! これはランクル200の……防弾仕様かな?」

「お、分かってるじゃねえかよ棗。その通りの防弾防爆仕様のSUVだぜ、柊教官に言ったら何も言わずにキー渡されてよ。まさか要人警護用の車両が貸し出されるとは思ってなかったぜ」

 どうやら車に詳しいのか男子2人が瞳を輝かせて話し始める。

「芦屋くん、あなた免許持ってたの?」

「いいや? 祓魔士の職務特権だぜ――ああ、運転か? それならガキの頃から転がしてたから慣れてるぜ」

「いや、運転免許は18から――」

「さあさあ乗った乗った!」

 ドアを開けて入れと促してくる祝。どうやらかなりグレーゾーンな行為を今から行うみたいである……

「本当に大丈夫なんでしょうね?」

「おいおい、それとも真澄さんはこっから施設まで徒歩で帰るつもりかい? 俺は別に止めねえけど……」

 棗が喜々して運転席の反対側に乗り、月島さんと土御門さんが車の後部の席に座る。

 残ったのは自分と真澄さん。

「それじゃあ、頑張って歩いて帰って来てね真澄さん」

 車体真ん中部分のシートに座り、革張りの高価そうな感触に内心驚いてしまう。

「ちょっと! 皆して共犯者なの!?」

「違法じゃないぜ? 神籬に所属する祓魔士および職員は非常時の場合に限り、軽度の法外行為が免責される――座学で嫌というほど習っただろ?」

「くっ……もう、バレても知らないから……!」

 やけくそ気味に飛び乗ってくる真澄さん。

「まあまあ班長殿、時には柔軟な対応も必要って事よ」

 祝が運転席に乗り込んでくると、慣れた手つきでシートベルトを締める。

「ついでだし道中でコンビニでも寄ってくか?」

「駄目に決まっているでしょう! 報告に直行よ直行!」

 祝が笑いながら車のエンジンを点火する。

 滑らかに車が動き始め、すぐさま湖沿いを走る道路を進み始める。

「いやあ、流石は高級車だね。シートの感触まで全然違うよ」

「そんなに違うのか?」

 あまり知らない事なので思わず尋ねてしまう。

「そうだねえ、端的に言っちゃうと一般市民が乗っている乗用車の倍以上の価格かな。詳しいカスタムは分からないけど、少なくとも数千万円くらいじゃないかな?」

「えっ」

 思わず触っていたシートから手が離れてしまう。

「防弾仕様ならそれくらいはするだろうな。しかし、柊教官も太っ腹だぜ――いや、神籬が金持ちなだけか?」

 呑気にハンドルを指で叩きながら運転する祝。

「そ、そんなにするのか……」

 まさか、世の中にはこんな高価な物があったとは……ちょっと怖くなってきた。

 助けを求めしまいそうになり思わず横の真澄さんを見てしまう。

 真澄さんといえば、慣れた様子でシートに腰掛け腕組みをして前方を見ていた。

「なにかしら?」

「いや、こんな高価な物に乗ってるのに平然としているんだなって……」

「高いも安いも同じ車なんだから違いは無いわ。乗れて素早くい移動できればそれで十分」

「おうおう、車の良さが分からねえとは俺は悲しいぜ班長殿」

「新都だと公共機関が優秀だから自家用車要らずなのよ。だから、バイクとか自転車が主流なの」

「ああ、それもそうだね。それじゃあ真澄さんはバイク派?」

「うーん……バイクで後ろに乗った時とかの方が楽しかった記憶があるし、多分バイク派ね」

「バイク……ライダー……つまり奏のライダースーツ姿?」

 月島さんの声が耳元で聞こえてきて思わず身体が前のめりになってしまう。

「近い近い」

「ちなみにライダースーツはこんな感じ」

 月島さんがスマホの画面を向け、何やら写真を見せてくる。

「ちょっ……」

 画面に映っていたのは、かなり身体にフィットした黒革製のつなぎの様な物を着た女性。

「これはとても淫猥。奏が着ているのを想像してみて欲しい」

「ちょっと何て物見せてるのよ!?」

 真澄さんが月島さんのスマホ画面を手で遮る。

「参考程度にと……駄目?」

「駄目というかそれは奴は明らかに違うのでしょ! 源くんもこっちをジロジロ見ないでよ!」

 容赦なく虎口拳を放ってくる真澄さん。

「す、すみませんでした!」

 なんとか避け、自分の目を守る。

「智慧」

「た、助けて月島さん……」

「奏は着痩せするタイプだった。昨日のお風呂で確認済み、多分日頃はスポブラで凶悪な物を封印している」

「ちょっとぉ!?」

 月島さんは自信満々に言うが……正直に言うと、合宿が始まる前から同じ部屋で過ごしているので、否が応でも視界に入って来ていたお陰で知ってしまっている。

 真澄さんは部屋の外だとそう言った『抜けた所』を見せないのだが、どうも人目の無い部屋の中だとかなり緩くなってしまうらしく。

 寮備え付けのシャワーを使った後に下着とタオル一丁で出て来たり、胸元の開けた部屋着の状態で寝転がったり、ほぼ大腿丸見えのショートパンツと――正直言って……こちらとしては色々と厳しい。

 そのせいで制服着用時と薄着時の2種類を1週間ほど見て来たので、色々な箇所がなんとなーく違うのが分かってしまった。

「――さ、左様ですか……」

 しかし、その事を知っているなんて言ったら雷で黒焦げにされるか部屋を追い出される――下手すれば絶交されるだろう。

「薄い反応……もしかして同じ部屋だから知ってたり?」

 予想以上に鋭い月島さん。

「ないない! そんな事したら叩き斬られるから……!」

 ギッとこちらを鋭い眼光で睨め付ける真澄さん。

「もう! この話は終わりよ渚ちゃん! これ以上は班長命令違反よ!」

「……分かった」

 どこか不服そうな月島さんが後ろの席に戻ってゆく。

 見れば前の祝と棗の2人が笑っている。

「他人事みたいに笑って……」

「いやあ、イイもん見させてもらったぜ本当」

 頬杖ついて、気分転換に外を眺める。窓から見える奴鹿湖の湖面と自然風景。

次回更新も同じペースで出せそうです

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