弐ノ巻【水禍】弐
続きとなります。
それから、正午が過ぎるまで班単位の集団戦の訓練や基礎訓練が行われた。
軽口を叩く祝や冗談交じりにキツイ事を言う棗は相も変わらずだったが、真澄さんはどこか普段とは違う面持ちで訓練をこなしていた。
――休息と昼食を兼ねたつかの間の自由時間。宿泊施設の一階部にある大きな食堂は生徒で溢れ返っていた。
女子組は逃げるようにシャワー室へと走ってゆき、男子組である3人で大自然の見える窓際のボックス席を取った。
「かーっ! 四月だってのに汗かきまくったぜ」
食欲をそそる匂いを放つカレーライスを手にした祝が正面に座る。
「全くだよ」
斜め前の席に座った棗が三杯目のどんぶりを空にする。
「おいおいメッチャ食うな」
「ちょっと燃費が悪くてね。もう少し食べておかないと午後が大変かも」
お代わりしてくるね、と言い残し席を立つと配膳口に行ってしまう。
「とんでもねえな、一般人の何食分だ?」
「少なくとも普通の人の一日分じゃ済まないだろ」
残りを箸でかき込み、乾いた喉を水で潤す。
「……しかしあれだな」
突然声量を落とす祝。
「なんだ?」
「合宿中の課題だよ。俺の方で他の班の奴らに聞き回ったんだけどよ、ほとんどの班は神籬が用意した式神が相手だとさ」
「そうなのか」
「ああ、外の訓練場あるだろ? あそこの中で式神を倒したら終わりなんだと」
「俺達とは全く違うな……」
「そうなんだよ。マジで神籬は俺達に妖怪を祓わせるつもりなんかねえ?」
「遠からず俺達も現場に出るんだし、その予行演習じゃないのか」
「アホか、相手は蛟だぞ? 祓魔士でも丙位の祓魔士が2個小隊以上分はいねえと難しい相手だぞ」
「それは分かっているけども……」
「――まあ、課せられた任務は遂行しないと駄目だしね? 潔く腹括らないと」
帰って来た棗のプレートにはカツ丼2つにラーメン1杯というとんでもない量。
「食い切れるのかよ」
「うん。これでお腹八分目かな」
隣に座り、汗一つ無い顔色で箸を付け始める。
「とんでもねえ燃費だな……」
「全くだ」
右の首筋に違和感。思わず振り向くと――
「相席失礼する」
いつの間にいたのか、プレートを手にした女性――柊教官が立っていた。
「へっ?」
間抜けた祝の声。
横の空いた席に問答無用で座って来る。
「ええと、柊教官殿はどうして自分達の席へ……?」
横に腰かけた教官の頭の高さが自分より少し高く、女性にしては高めの背丈ということになる。
黒いタンクトップと馬の尻尾の様に1つに束ねた黒髪が合わさり、教官というよりかは軍隊とかその手の人間にしか見えない。
しかし、身体付きや顔は女性の物で、鶫と並ぶ程の大きなアレが主張している。
(この人も一応は祓魔士なんだよな……)
今までの訓練でこの人が刀を抜いた姿を見た事が無い、大抵は指示を出しているか木剣で新入生をシバいているかのどちらか。
「なんだ、生徒と交流を図るのがいけないか?」
低めの声と鋭い眼光が合わさり、抜き身の刃のような鋭い雰囲気が席を包み込む。
「いやあそういう訳では……」
「柊さんがいると、生徒の皆怖がっちゃうんですよ」
「ちょっ……棗!?」
とんでもない発言に冷や汗が出る。
「失礼な事を言ってくれるな棗。内申点を下げてやってもいいぞ」
「そうですか、そしたら柊さんの態度改善の意見書を学園に出しておきますね」
「ふん、どうせ一瞥して小言の後にそのまま裁断機行きだ」
どこか慣れた様子な柊教官。
「あの……柊教官、つかぬ事をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「その、棗とは一体どういった仲なので……?」
どうも生徒と教師との間柄ではなく、どちらかというと馴染みというか知人に近い雰囲気を感じる。
「コイツの姉が私と同じ隊だったんでな。神籬に入る前からの知り合いだ――まあ、今は違う隊の班長をやっているが」
「棗のお姉さん?」
「ああ、祓魔士の嘉月由比さんと同じ隊だったんすね。なるほどそれでかあ」
祝は自分だけで何やら解決している様子。
「源くん。ようするに柊さんは姉さん経由で入学前から顔見知りだったんだ、伴獣の扱い方とか格闘術を教えてもらったんだよ」
「ああ、それでだったのか」
少し前に棗のお姉さんは現役祓魔士だと話を聞いていたが……
「そうそう、中学校一年生の時からだから今年で四年目だね」
「長い付き合いなんだな」
「お陰で上司でもある私にこの態度だ。説教してやろうか」
「いやあ、小言はもう聞き飽きましたよ。姉さんは元気にやっていますか? ここ最近家に帰ってきていないもので」
「由比の奴か。相変わらず広報部とメディアに引きずり回されているよ、会ったのは一週間前だから今は分からないが……」
「そうなんですか。そうしたら帰って来た時の反動がヤバそうだな……」
箸を止めてなにやら呟く棗。
「――でも柊さん。一緒に食べる同僚がいないから生徒に混ざりに来ただけって訳じゃあないですよね? 僕たちの班の課題とか」
棗の言葉に祝と自分の箸も止まる。
「そうだ、同席したのは課題の件で話があるからだ」
蕎麦をつるつると啜る柊教官。
「単刀直入に言うと、今回の課題は少々特殊な物でな。既に読んでいるだろうが、学園長の主導の元水面下で行われる任だ」
「それは承知していますが、どうしてそのような重要案件を自分達に?」
「1つは目はお前達に経験を詰んでもらう為、2つ目は甲と乙の祓魔士の半数以上が出払っていて人員不足の為、最後に新入生の中で最も自由に動き回れる班だからだ」
「1個目はまあ分かりますが、2つ目は神籬の調整ミスなのでは?」
棗の鋭い一言。
「公表はしていないが、数日前に鬼門の方角に凶星が出たらしくてな。陰陽庁と合同して水面下で、宮と新都の警戒に当たっているんだ」
「凶星……陰陽庁の調べっすか?」
「いいや、神籬に六壬を扱える奴がいるんでな。今は重要な報告は聞いていないが、いつ何が起きるか分からないから撤収するに出来ないんだ」
「そうだったんすね……」
食べ終えた祝が神妙な面持ちで話を聞く。
「それで柊さん、最後の意味はいったい何なんですか? 自由に動き回れるというのはどういった意味で」
「言葉通りだ。お前達の班は一年生内でも目立った奴で構成されている、実力も入学試験で確認済みだし合宿までの短期間で比較的統制が取れているからな」
「ようするに非常部隊みたいなものですね?」
「神籬は新人だろうが熟練だろうが全員等しく1人の祓魔士として扱うからな。一年生は慮って現場に出していないのが現状だが」
随分とスパルタというか現場主義である。
「ですが柊教官、いくら自分達とは言え蛟を相手にするのは困難かと思われます」
「なんだ源、真澄と同じ事を言うのか」
どうやら既に真澄さんは教官に告げているらしい。
「はい、神籬や教官方が自分達を評価していただいているのは大変光栄です。ですが、いくら新入生の中で腕が立とうと今回は無理難題だと思います」
「ほう? それはどういった理由があっての言葉だ、宗家たる自信からか」
「経験則からです。井の中の蛙かもしれませんが……」
「なるほどな。だが源、お前は自分達だけで祓わなければならないと思っているだろう?」
「はい」
「神籬は新入生に面倒な妖怪を押し付ける程ブラックじゃない。お前達はいわば偵察隊みたいな物だ、相手の情報を入手して本隊に報告する。それだけでいい、ハナから一年生が等級の高い妖怪を祓える訳がないからな」
容赦の無い一言だが、真実なので否めない。
「ひどいなあ柊さん」
「お前達は蛟の出方や寝床を探るだけでも十分だ、そう気負いしなくていい」
「……その事は班長に伝えているんですか」
「ああ、偵察隊として動く事や本隊が控えていることもな。いざ本格的に始まれば、神籬の本部から現場部隊が急行する」
柊教官が丁度食べ終え、行儀よく一言残すと席を立つ。
「とにかく課題はそこまで難しく考えなくていい。お前達には現場の空気を一足先に体験してもらうだけだ――それじゃあな」
足早に去ってゆく教官。
「偵察ねえ……威力偵察じゃなければいいんだが」
「まあ、僕達の班は色々と特殊な人ばかりだし気力でなんとかなるんじゃない?」
「おいおいこの時代に根性論かよ」
呑気な2人の会話。
「2人共、本当に大丈夫なのか? 下手したら死ぬかもしれないぞ」
「大丈夫だって、ヤバくなったら全力でトンズラこくからよ」
「そうは言うけど……」
「ま、課題は俺達だけで決める事じゃねえしな。班長殿と話して改めて考えようや――さあ、午後の訓練が始まるぜ」
気の乗らないまま、つかの間の休息が過ぎてゆくのだった――
奴鹿湖・河伯の森
湖の主を祀る小さな社。普段から地元住人はあまり気に掛けず、祭日や行事の時でしか賑わう事のない静かな社。
その本殿へと伸びる石階段にその女性はいた。
背中まで垂らした白髪に開けた白い着物と生白い肌。
一見しただけで人成らざる存在と理解してしまう程に、超常的な印象を与える妙齢の女性。
「――漉殿」
春先の山景色を石段から眺め、酒瓶片手に1人楽しんでいた女性に声が掛けられる。
女性――漉が声のした方向を見やると、1人の女性が立っていた。
黒い衣服に身を包み、腰には鞘入りの太刀が佩かれている。
『おお焔の! かれこれ何年振りだ? 久しいな』
「一昨年の年の瀬以来です」
靴を鳴らし、石段を登る女性――祓魔士。
『まだそれ位だったか。逆に短い時が長く感じてしまうな――して、儂の元へ来た?』
「奴鹿湖に出没する妖怪……その事について助言を」
『漣の奴か。あ奴は先の大昔に――儂が噛み殺した』
「しかし、先日に洞穴から姿を現わし暴れ回った」
『いかにも。真っ先に向かったが、どういう絡繰りか霞の様に姿を消しておった――それこそ神隠しに合った様にな』
手にした一升瓶を傾け、盃に酒を注ぐ漉。
『それで……単刀直入に聞くが、神籬は儂にどうして欲しいのだ?』
「祓魔の助力を」
『ふむ、神籬の軍門に下れと申すか』
「そう言うことではありません。我々に御身の力を貸していただきたいのです」
『ならんな。儂はこの湖を守る為だけに動く、定命らの首輪は掛けられとうない』
「……では、神籬には助力していただけぬと?」
『そうだ、儂はこの地の主。誰にも縛られず、誰にも従わぬ』
小さくため息をつく祓魔士。
「――分かりました。では、神籬は可能な限り人間に対しての被害を最小限にとどめるよう動かさせて頂きます」
『それが懸命だ。精々、雛鳥達が食い殺されないように立ち回るのだな』
「はい――それともう一つ。明日、神籬より出没した妖怪を調査するべく使いの者がここいらを調べさせて頂きますのでお忘れなきよう」
『覚えておこう』
2人の会話は葉擦れの音に掻き消されるように森の中へと消えていった――
時刻は過ぎ、夜
「ぐおお……疲れた……」
「だあー……初日からコレかよ……課題で動けなくなったら本末転倒だぜ」
泥と土に塗れ、汗で汚れた身体を半ば無理やりと引きずり、ほうほうの体で部屋へと戻って来た。
時計を見れば時刻は夜の8時を過ぎた頃。
「いやあ、現役の人と打ち合えるのは貴重な体験だったね」
わずかに汗を垂らした棗が制服を脱ぎ出し、部屋に設えられたシャワールームに入ってゆく。
「棗ってマジで人間だよな……半成じゃねえよな? 現役の祓魔士とぶっ通しで打ち合ってたのに、あの顔色かよ」
「『半成』は差別用語だぞ。そう言うのは本人に直接聞いてくれ」
「まあそうだけどよお……しかし身体がクソ暑い、水風呂か川にでも飛び込みてえ」
「川は無いが湖ならあるだろ。施設近くは砂浜があるらしいし、ひとっ風呂浴びてきたらいいんじゃないか?」
「おいおい4月だぞ、あの湖に飛び込んだら死ぬっつうの」
「なら、下着一枚で外の水場で浴びてくるかだな」
「あー……それはいいかもな」
ワイシャツ姿になった祝がベッドに腰掛け、ベルトに通していた長方形のケースや火廣金製の苦無を外してゆく。
冷蔵庫から取り出したスポドリを一気飲みする棗。
「うー……生き返る……」
普段は特にそう言った飲み物は飲まないが、流石に今日の訓練では冷たい飲み物が恋しくなる。
「飲み物買ってくる」
「おう」
刀を手に取り部屋を出ようとし――
「おいおい今は平時だぜ智慧」
「ん? ああ、習慣づいているんだ直しようがないよ」
部屋を出て、自販機のある方へと歩き出す。
ここの宿泊施設は必要最低限の物しかないので、自販機を使うには施設の外まで出る必要がある。
「平時か……よく考えたら四六時中持ち歩いていたもんな」
常在戦場、何時如何なる時も常に剣を持て。
寝床だろうがトイレだろうが食事中だろうが、常に傍らには刀がいつもあった。
おかげで他の人から笑われてしまったが、当事者としては毎夜妖怪に這い寄られる身のため冗談では済まないのが現実である。
娯楽も何もなく、疲弊しているのか廊下には何もおらず、静かな夜の音だけが外から聞こえてくる。
(山で育った身としては慣れた環境で助かるかな)
階段を下り、正面玄関をくぐって外へと出る。
自販機は駐車場の手前と施設から少し離れた所にあるので歩くことに。
湖畔に映り込む月の光と、人工の光が無いお陰で鮮明に見える春の夜空。
そして、少し歩いた所で――前方に目的の自動販売機が見えてくる。
同じ考えの生徒がいるのか、数人が自販機の前でたむろしており。数本程購入すると、飲み物を抱えて去ってゆく。
「ええとどうするかな……」
無難にスポドリのボタンを押そうとし――後ろから足音。
おそらく同じ目的の生徒だろうか。
「――源くん?」
本日何度目か、聞き慣れた声に思わず振り向く。
「真澄さん?」
「あなたも買い物?」
「そう、こうも遠いと一苦労するよ」
「全くね」
ハーフパンツに半袖と軽装な装いの真澄さん。
心なしかライトに照らされた髪の毛が艶っぽいのは湯上りだからだろうか?
「……少し話をしてもいいかしら?」
「ああ、別に構わないけど……?」
2本買い、続けて真澄さんも飲み物を買ってゆく。
「こっち」
真澄さんが慣れた足取りで湖の方へと歩き出す。
(……まあ何やら重要そうな話のようだし)
面持ちから察するに課題の事だろうか。
数分ほど歩き、宿泊施設から僅かに見えていた奴鹿湖の畔にやって来る。
湖面に月明かりが反射し、静かな水面と砂浜が広がっている。
「うーん、今日は本当に疲れちゃった」
大きく背伸びをしながら真澄さんが呟く。
「全くだよ、初日からこうだと課題に注力出来ないんじゃないか」
「もう本題に入るつもり?」
「その為にここに来たんだろう?」
「その通り」
真澄さんがしゃがみ込み、湖を向く。
「班長的にはどうするんだ、いくら腕が立つとは言え蛟を相手するのは難しいと思うけどな」
「でも、私達はあくまで相手の出方を見る偵察隊じゃない? 祓うのは神籬の応援部隊って聞いたわ」
「ああ。でも、大半の蛟は力を付けた老齢の蛇や竜そのものが変化した奴が多い。いくら何でも荷が重すぎるよ」
「……その口振りだと1人で相手する気?」
真澄さんの放った言葉に一瞬だけ固まってしまう。
「図星ね。その自信は源くんが剣に自信があるから?」
「違うよ、危険な目に遭うのは1人だけでいいって事だ」
「また大怪我するかもしれないわ、もしかしたら頭から食べられるかもしれないし、湖の底に引きずり込まれるかもしれない」
「いざとなったら逃げるさ。入試の狒々で体感したよ」
「でも、課題は私達班全員に課せられた物よ? 1人だけで挑もうなんて班長が許さないわ」
「それは分かっているけど……どうして真澄さんはそこまで課題に挑もうとしているんだ。非常に危険なのは君も重々承知しているだろう」
独りよがりで傲慢な意見だとは自覚している。だが、同じ班の仲間が危険な目に遭ってほしくないのだ、目の前から友人や親しい人がいなくなるのは怖い。
「……ここのね。湖の主の大蛇のこと説明したじゃない?」
「うん」
「到着した時に言ってたでしょ? 小さい頃から何度か来ているって」
「ああ」
「家族に連れてきて貰っても、剣の振り方もしらない子供はいつも待ちぼうけていたわ。それで、ある日暇つぶしに湖の湖畔を歩いていたら草むらから墜ち成りが登場」
「この時代じゃあよくある事だ――まさか、ここの主に助けられたのかい」
「ご名答。土地神にしては人間にめっぽう甘くてね、助けて貰った以降はいつも家族が迎えに来るまで遊んでもらっていたわ。昔話とかチャンバラごっことかでね」
「……その主と今回の課題にどういう関係が?」
「今回の課題の妖怪……あれはこの湖の主様の――つがいだった大蛇らしいの」
「つがい?」
「そう、この奴鹿湖に伝わる昔話でね。数百年前、この湖には2匹の大蛇が居たそうなの。雪の様に真っ白な雌の『漉』と、褐色の身体をした雄の『漣』」
「もしかしてその片割れが土地神様?」
「そういうこと。それでね、漉と漣は仲睦まじいつがいだったのだけれど、ある日――漣は妖怪『蛟』へと堕ちた」
「数百年前っていうと大戦よりもっと昔の話だよね?」
「記録にはそう残ってるみたいね。それで三日三晩の間、2匹は地形が変わるほどに暴れながら争い。最後は漉が漣の喉元に喰らい付き噛み殺した」
「漣は一度、死んだ――いや、息絶えたってこと?」
「昔話として漉様からそう聞かせてもらったわ……それで、今回の妖怪はその死んだはずの漣が生き返ったって事――柊教官が仰っていた」
「妖怪は息絶えたら、身体が朽ちる筈じゃ?」
「普通はね――でも実際に甦ったから、私達に要請が来たんでしょう。最初は信じられなかったけど、集められた情報を見たら伝承通りの外見だったわ」
妖怪は一度殺せば二度と生き返りはしない。それはこの世の全てに共通する事であって、常世の存在と言えども死は等しく訪れる。
「信じられないな……本当にその死んだはずの大蛇なのかい?」
「報告だとね。私だって本物を見た事は無いからにわかに信じがたいわ。それこそ、源くんと同じ考えよ」
「……」
「でも、その死んだはずの蛟は姿を見せ。湖周辺で被害を出し始めている……生き返った云々関係なく、妖怪が出れば私達祓魔士の仕事よ。それだけは間違いないわ」
落ちていた小石を真澄さんが放り――月の映った水面が揺れる。
「……ねえ源くん」
「なんだい?」
「大切な人を自分の手で殺すって、途轍もなく痛ましい事よね」
「ああ、誰だってそうだよ。動物だって人間だって――自我のある妖怪はそうだ」
「そうよね……私だったら絶対におかしくなるわ。それが2度も……」
「……やっぱり任務は辞退するのかい?」
「まさか、私は新人とは言え祓魔士よ。人に害成す妖怪は例え訳があっても祓わなければならない――そう剣の師匠から教えられたわ」
「土地神様は一体どんな心境なんだろうね。最愛の人が甦った喜びか、それとも悲しみか……」
「分かるわけ無いわ――でも、漉様の大切な人を斬るってなると、剣筋が鈍りそう」
真澄さんの気持ちは痛いほどに分かる。
「――非情だけど、俺達はただ目の前に立ち塞がる妖怪を斬るために在る。情は剣を鈍らせるよ」
「……それも、師の教え?」
「『迷えば喰われる。迷わずただ刃を振るえ』……そう教えられたからね」
「同い年とは思えないほど源くんは色々経験してるのね」
「そんなこと無いよ。何もない山の中で独りきりで死なないよう、剣を握らざる終えなかった……それだけだ」
すると、真澄さんが立ち上がり、こちらに向き直る。
「なんだか……少し感傷的になっちゃったわ。いつもなら妖怪だったら問答無用で斬っているんだけど……漉様と関わりがあるからかな」
「真澄さん、辛い時は逃げるのも1つの手だ。無理強いはよくないよ」
「そうね、でも――私は任務を遂行するわ。これ以上、漉様が辛い思いをされたくないし。周囲に被害が出るのも許されない」
月明りを背に真澄さんがこちらを見つめてくる。
「そうか……腹は括ったって事なんだね?」
「ええ、これ以上被害を出さないためにも妖怪を祓わないと――」
そう言い、施設の方へと歩き出す真澄さん。
「勝手に呼び止めて、挙句の果てには感傷的な話に付き合わせて申し訳なかったわ。ごめんなさい」
「いや、こっちは全く気にしてないよ」
「本当、源くんて達観してるのね――勝手ながらだけど……お休みなさい」
「ああ、俺はもう少し散歩してから帰るよ」
――真澄さんに別れを告げ、一人夜の湖を眺めながら浜を歩く。
「はあ……またか」
飲み物を地面に置き、佩緒を結びなおして落ちないようにする。
足元に落ちていた手ごろな小石を数個拾い上げ、重さを確かめる。
『智慧』
「美夜、呼ぶまで出てこないでって言ったじゃないか」
『今は祓魔士としては夜の暇。それなら私が出てきても問題はありませんよね?』
「屁理屈だ……と言いたいところだけど、妖怪の気を感じて来たんだろう?」
『はい、周りの山から来ています』
「学園を出たらこれか……やっぱり呪いのせいだよね?」
『はい。妖怪にとって源の血肉は耐え難き悦、粗野な妖怪や堕ちた獣なら自制が効かずにたちまち群れてきます――その事は村で実感しているでしょう?』
「全くろくでもない体質だよ」
『私は如何しますか?』
「施設の皆に被害が行かないようにしてくれ。もし気付かれたら合宿どころじゃなくなるから」
『かしこまりました。気を付けてくださいね?』
美夜が暗闇に紛れるように姿を消す。
静かだった水面が荒れ始め、澄んだ木擦れの音に混じって枝葉を折る異音が混じる。
四方八方の草むらが騒がしい。
長い長い夜がまた願わずとも拒もうともやって来た、やはり自分に静かな夜は訪れないのだ――
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