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神禄剣鬼伝  作者: 真赭
1/31

嚆矢の巻 壱

和風テイストな作品です。昨今の流行り(某〇滅の刃)に乗じたような作風だとは思いますが

なろう作品なのでご愛敬ということでお願いします。

造語と素っ頓狂な言い回しがあるかもしれませんが、そこもまあ素人作品ということで……


時非ひじの宮』


 振るった太刀が首を刎ねる。

 それでも振り下ろされた鋭い爪は止まらない、瞬く間も無く自分の首に爪が届く。

 身体を絞り、呼吸を収め、技を撃つ。

 土の型弐式『波涛はとう

 振り上げた太刀がスレスレの所で爪を下に弾く、強固な繊維で編まれた制服の袖が綿菓子の様に容易く切り裂かれる。

 返し刃で袈裟斬り、肩から脇を一閃し上半身が斜めにズレ落ちる――背後から鋭い蹴り。

 息つく間もない、気を抜けばあっという間に殺される。

「いい加減にしてくれよ……!」

 土の型参式『哭き籠目かごめ

 峰を背負い、蹴りを止めながら前宙からの昇り一閃。股ぐらから両断した身体が瞬く間に朽ちてゆく。

 着地と同時に颯歩そうほで移動。一匹の両脚を斬り払い、僅かに低くなった頭を踏み台に大きく跳躍する。

 放物線を描くように跳び――前方の集団の頭部へ狙いを定める。

 火の型参式『陣風』

 胴から離れた頭が静かに落ちてゆく、驚嘆が張り付いた表情のまま冷たい地面へと落ちてゆく。

「奏!」

 着地し、集団の中心にいた女子――奏が刀を構えたままこちらを見る。

「――どこに行っていたの馬鹿! 探したのよ!」

 開口一番に罵倒。怒りに合わせるように小さな雷が足元を打つ。

「危なっ!?」

 規模は小さけれど雷は雷、当たれば普通に大怪我どころか足が黒こげである。

「勝手に学園から居なくなるし、美夜ちゃんは大泣きして話せないし、鵺や茨木も黙っているし、新都は大変なことになるし……」

 次第に語気が尻すぼみになってゆく。

「探したのよ……智慧のこと」

「その……ごめん」

「謝って済むならここまで怒らない!」

 峰で脇をどつかれる。

「どうして……どうして学園から、皆の前から、私の前からいなくなったの……?」

「……学園の皆を、祓魔士の仲間達を――奏の事を巻き込みたくなった。汚れたり傷つくのは俺だけでいい、死ぬのは一人だけでいい。そう思ってた」

「この馬鹿! 抱え症! 引っ込み思案! 相談下手!」

 電を帯びた刀がスレスレを通過する。

「ちょっ! 洒落にならないから……!」

 思わず手首を取ってしまう。手から落ちた太刀が地面に音も無く突き刺さる。

 自分の胸に身体を預けるように、細く華奢な身体が飛び込んでくる。

「……この馬鹿」

「ああ、俺は本当に馬鹿だよ。どうしようもないくらい馬鹿だ――だから戻ってきた」

 抱いた腕の中で、深い青色の瞳が見上げてくる。

「本当は刺し違えるつもりで戻ってくるつもりは無かったんだ」

「だけど……智慧は戻って来た」

「ああ、奏にずっと借りていた物を返し忘れていたから、それを返しに」

 腰に差していた短刀を鞘ごと抜く。

「それは私の鎧通し?」

「ああ、借りっぱなしで死んだら悪いと思ったんだ。最初は戻る気なんて全然無かったのに……この短刀を見たら……帰りたいって思ったんだ」

 臓腑を揺るがす程の地響き、鼓膜を震わす咆哮。大嶽丸の獄兵がまだ生き残っていたのか。

「――でも、これで決心がついたよ。この鎧通しはこれが全て終わるまで借りる。返したらなんだかぽっくり逝きそうでおっかないからな」

 あとどれくらい自分は刃を振るえるだろうか? 10体、100体、1000体? どれほどの妖怪を斬れば、全てカタがつくだろうか。

「……分かった。全てが終わったら、学園に帰ったら……それを返してもらうから――だから、死なないで。一人で死のうと思わないで」

「分かった、約束する」

 地面に刺さった刀を抜き、刀を差し出してくる。

「うん?」

「口だけの約束は嫌、金打しよう」

「これまた古い風習な」

「それとも烏牛王がいい?」

「いや、それはちょっと過剰すぎる。金打で」

 握りなれた相棒を前にやり――お互いの鍔を打ち鳴らす。

「ふふっ、まるで心中立みたい」

 こんな状況なのに、可憐に笑う姿がどこか眩しい。

「心中立?」

「帰ったら教える――だから、私の背中よろしくね」

 藍鼠色の刀身を眩い稲妻が疾走する。まるで、持った本人の意思に答えるように白い稲妻が刀身を鳴らす。

「よし任された。奏の背中には傷一つ付けさせない」

 死地にて、この刃の折れるその時まで振るい続ける。例え半身が食まれようとも、この身朽ち果てかけようとも――大切な人を守る為に。


 想起


 最初に刀を握ったのは、あれは幾つの時だっだろうか?

 箸を持つより早く、言葉を覚えるのと同じ位の早さで刀を握らされた――いや、握ったのか。

 最初は村の皆が守ってくれた。毎夜のように襲ってくる人ならざる怪物から、母の居ない子供の夜から。

 だが、守ってもらう生活は二年ほどで終わりを告げた。

 世間一般で言えば小学生の高学年くらいの歳だったか、自分を喰らいにやって来た歪な姿の山狗の妖怪に襲われた時だった。

 いつもなら村の皆や月季が助けてくれた――なのに、その時は誰も見ず誰も聞かず、自分があたかも存在しないかのように振る舞った。

 妖怪が家の道場の戸を破りながら入って来て、その場にいた月季が自分を一瞥するや、霞のように掻き消えたのだ。

 耳に残る掠れた妖怪の笑い声。鋭い爪が迫ってきて――その後の記憶はすっぽりと抜けている。

 気付けば肩と腹を僅かに切り裂かれて血だらけになった自分と、胴体と頭が離れた妖怪が目の前にいた。

 黒い液体に汚れた妖怪の身体と、掠れた怨嗟の声。

 最後に記憶しているのは、壁を突き破って入ってきた美夜の泣き顔だった。

 それ以来、静かで平和な村の生活は終わりを告げた。

 育て親の一人である月季が、倒れようと血を流そうと気を失おうとも妖怪を斬る刀を教えてくれた。

 泣こうとも木刀やの打ち込みは止められなかった、足を掬われて転がされ、肩が外れようが月季の刀は止まらなかった。

 そして年齢が上がるに連れ木刀から真剣へ変わり、鍛錬は実質的な斬り合いになった。

 今思い返せば、この無駄に頑丈な身体や治りの早い身体は月季の鍛錬があったからこその物なのだろう。今となっては感謝である。

 そして――鶫。

 あの人から教わった事が、美夜には悪いが一番助かっているかもしれない。

 戦う事以外の生きていく事の全てと妖怪の事を、優しくまるで母のように教えてくれた。

 もし鶫の修練がなかったら自分は妖怪に憑かれて死んでいるか、山で野犬に噛み殺されているか……とにかく死んでいたのは間違いない。

 この姿の妖怪はここを斬る、この動きをする妖怪はこう対処する――鶫が姿を変えながら、毎日のように自分に斬られながら丁寧に教えてくれた。

 最後に――美夜。

 何年経っても何べん言っても変わらない、頑固で芯を貫き通す大切な家族の1人。

 最初は月季と鶫の鍛錬に拒否し、自分に稽古付ける事は無かった――最初は。

 初めて稽古を付けられた時、美夜は半泣きのまま拳を振るってきた。

 当たれば吹き飛ばされ、掠れば肌が切れ、山の猪の突進よりも力強く、冬籠もりを仕損じた羆よりも怪力だった。

 殴り飛ばされ、投げ飛ばされ、蹴り飛ばされ……その光景を見た二人はまるで自分が『子供に投げられた人形のよう』と笑っていた。

 お陰で、身体の芯と体幹は嫌というほど鍛えられた。それこそ猫のように空中で身を翻して着地できるように。

 あの三人から俺は様々な事を学び、教えられた。

 だからこそ、自分で選んだ道を胸張って進んでゆきたい。

 たとえ命を落とす危険が孕もうとも――


 卯月


「それでは、これより神禄13年度神那岐学園入学試験を執り行う」

 壇上から男とも女とも判別のつかない奇妙な声が降ってくる。

 ここは新都の南にある大きな多目的施設の貸しホールの一つ。

――自分は山奥の村を出て高校生の春、新都で新しい生活を始めるべく都内の私立学園の門戸を叩いたのだ。

神那岐学園かんなぎがくえん』それがこの学園の名前である。

 偏差値は新都の中では少し高め、倍率は高く合格確率はここ数年を平均するとなんと50%を切るという脅威の数字。

 では、なぜそこまでして難問なのかというと神那岐学園が非常に特殊な教育機関だからである。

 その理由は『祓魔士』それが最たる理由である。

 祓魔士とは現世に蔓延る悪しき妖魔『妖怪』を祓い、日ノ本の治安維持に尽力を注ぐ組織に属する人達を差す。

 その組織の名は『神籬(ひもろぎ)

 自然信仰の依り代から名前を取るとはなんとも度胸のある組織だが、現代の状況が状況なので罰が当たる訳もない。

 特別な武器を振るい、人間社会に仇成す悪鬼や妖魔を祓う――いわば妖怪退治のエキスパート。

 そのエキスパートを教育する機関――それが、今日より通う事になる『神那岐学園』なのである。

 殉職率は平均して20%辺り、100人の祓魔士がいる場合年間でおおよそ20人は現場で殉職している事になる。

 殉職率が高い理由は単純明快に一つ、妖怪と戦う、それに尽きる。

 人間を片手だけで圧し折り、警官や機動隊の放つ銃弾を意にも介さない、人ならざる存在――妖怪。

 その、人外とも言える存在を祓うのが祓魔士の責務であり、己の命よりも重要な任なのである。

 祓魔士は普通に生活を送る人より死ぬ可能性が高い。

 しかし、己の命を擲つ覚悟を決め、この神那岐学園の門戸を叩く者は後を絶たない――そう、自分の周囲にいる人達がそうだ。

 天井の高い多目的ホールは広く、ざっとこの空間にいる人を数えただけでも100人以上はいる。

 皆一様に同じ制服に身を包み、真剣な眼差しで壇上を見上げている。

 普通、登壇した者が喋るのであれば幕は開かれる。しかし、壇上の幕は降ろされており。声は幕の奥から聞こえてくる。

「入学試験は各生徒の武器を精錬次第開始。刻限は明日の夜明けまでとする」

 今度は幕の前に立っていたスーツ姿の女性が声を張り上げる。

 奇妙な説明に横や前の面々が首を傾げる。

『試験が明日まで? なんだか妙じゃないですか?』

「祓魔士の育成機関だから普通じゃないんだろ。それより美夜、なんでここにいるんだよ」

 横から耳打ちしてくる身内の一人。

『智慧が心配だからここまで来たんです。途中、私が居なかったら迷ってたでしょう」

「だからって入学試験の所まで来なくていいじゃないか」

 自分や他の人達とは違う格好がかなり目立っている。

 墨地に椿の花という派手な着物に紅緋色の帯。 足には何も履いておらず、師走の降り積もった山雪の様に白く、薄桃の爪と白魚のような足指が否が応でも目線を集める。

『智慧、ちゃんと祓魔士について勉強していないでしょう。いいですか? 祓魔士は祓魔士によって祓われた妖怪を従える【伴獣】というサポート役が、一人につき一体あてがわれます』

「それがどうかしたのか」

『私はこの身ゆえ、一人で外を出歩く事ができません。ですが私が智慧の伴獣になれば正当な大義名分を掲げて外を歩けるようになるんです』

「いや、まあその言い分は分かるけど……俺、まだ正式に祓魔士になってないよ?」

 言い詰まる美夜。

「……とにかく、落ち着くまでは姿消してくれよ。かなり目立ってるよ俺」

『うぅ……昔は何処へ行っても後ろを子鴨の様に着いて来て愛らしかったのに……』

 わざとらしく袖で涙を隠すような素振りをしながら、身体が霞のように散り散りに掻き消える。

 ギョッとする周囲の面々。

(ああ……絶対にこれは目をつけられた。どうして村の中と外は全く違う事を理解してくれないんだ……)

 心なしか壇上に並ぶ数人がこちらを睨んでいるような気がする……

「――では、これから各自で色金の選別と『火のし』の立会を行ってもらう。その後、試験会場へと移動してもらう」

 途端、足裏の感触が消え失せて空へと投げられる浮遊感。

「なっ、なんだ⁉」

 周りには何故か誰もいないただ、暗闇がひたすらに何処までも続いている。

 闇の向こう、遠くに浮かぶ一つの灯り。

 何かに着地する感触。転びそうになりたたらを踏み、押しとどまる。

「ここはどこだ……」

 人の匂いや音がしない。まるで自分以外何も無いような、そんな感覚だ。

 遠くに見える灯りを目指し歩く。

(あれはなんだ? 蝋燭?)

 次第に灯りが近づいて来て――見えていた灯りが小さな石ころだと言うのに気づいたのはかなり近付いた時だった。

「なんだこれ?」

 大きさは拳ほどか、デコボコとした表面は目まぐるしく色が変化しており、何色と言ったらいいか形容し難い色合い。

『――それは【火廣金ひひいろかね】色移りの鋼、魔を滅する破魔の石だ』

 どこからか聞こえてくる低い声。

「だ、誰だ……!?」

『名など無い。俺は鍛冶、色金を鍛える者だ』

 しかし姿が見えない。

『小僧、お前の武器を今から鍛えてやる。その色金に触れ――んん?』

 少し上がる声音。

『その背中のは……既に火廣金を持っているのか』

「へっ?」

 背中の――鶫が進級祝いにと渡してきたこの細長い謎の物体か。まだ合格していないというのに。

 家を出る直前に無理矢理と渡され、新幹線と電車で移動していたせいで開けていなかったが……

 背負っていた細長い物体を手に取り、布袋の先を留めていた紐を解くと――

「おいおい……銃刀法違反じゃないか」

 現れたのはくすんだ刀の柄頭。

 布袋を降ろし、柄を握ると袋から引き抜く。

 鞘込みので刃の長さはおおよそ1メートルを切っている。

 外装を見る限り分類的には太刀だろうか。

 黒鳶色の鞘と、鞘と同じ色合いの柄巻に色褪せた金色の小さな目貫。

 太刀緒は鞘抜けしないよう鍔を巻き込んで巻かれている。

(大きさ的には鍛錬時の太刀や妖怪を払う時の奴と同じくらいかな)

『小僧、この火廣金で鍛えられた火廣金(ひひいろかね)の一振り……何処で手に入れた?』

「ええと……生家だと思います。家族の一人が進級祝いにと……」

 姿は見えないのにどこからか声が聴こえてくる。

『ふむ……そうか、お前の生家でか――既に火廣金の武器を持っているなら火のしは不要だな。さっさと入隊試験に望むといい』

 再び嫌な浮遊感が身体を襲う。

「うわっ!?」

 一体、一日で何回この感覚を体験すればいいのやら。

 一瞬もしない内に空気の質が変わり、鼻の中に飛び込んでくる土と木の匂い

 目を開けると、僅かに白む視界に入って来たのは一面の緑。

「……今度は山の中か」

 高く伸びる木々でここがどこら辺か分からない。空気の薄さが普通という事は標高はそれほど高くない山間なのだろうか。

「美夜」

 音も無く宙から見慣れた姿が現れる。

『ここは何処でしょう? 現世の山奥に違いはありませんが、初めて嗅ぐ匂いですね』

「美夜、ちょっと上まで放ってもらえるか」

『分かりました』

 美夜が地面に膝をつき、両手を重ねて手を皿のようにする。

 助走をつけて走り出し――美夜の両手に片足を乗せ、上へと風を切りながら放り上げられる。

 木の葉から顔を守りつつ上へと上昇し――頂点である木々の上へ。

「これは……!」

 木の先をなんとか掴み、周囲を見渡す。

 見渡す限りの山、山、山……深山幽谷とはまさにこの事か。

 電線や鉄塔といった人工物が全く見えない、本当に人の手が入っていない山奥なのだろう。

「試験会場って……まさかこの山奥だなんて言わないよな……?」

 しかし、奇妙な暗い空間の前には壇上の教職員と思しき人から説明をされた。

 そうなると手違いでここに来たのだろうが、どうやってこんな所に自分は連れて来られたのだろうか。

『智慧ー! 何か見つかりましたかー?』

「今戻る!」

 伸びる枝を足場に地面へと降りる。

「っと……どうやら周りに建物や人工物はないみたいだ。見渡す限りの山だよ」

『どうして転移術でこのような所へ……? 意図が分からないですね』

「転移術?」

『はい、妖怪や平霊の中でも力が有り長生きの者しか使えない高度な呪術です。後は術に敏い者や陰陽師共などか挙げられるのですが……』

「その転移術ってのは距離に制約はないのか」

『うーん、力によって変わって来るので転移術が使えても非力な者では半里も移動できないですね』

「なるほど……新都の周りにここまで深い山は無かったはずだし、少なくとも俺や美夜を飛ばしたのは非力な奴じゃないってことか」

『恐らくは。これからいかがしましょうか?』

「たしか教官は試験の期限は明日の朝までと言っていた。それがどう意味するのかは分からないけど、とにかく生き延びて山を降りるしかない」

『分かりました。智慧のためならどんな大岩でも吹き飛ばしてやりますよ!』

「いや、出来れば暴れない方向で行こう」

 捨てられた犬のような表情。

「もし山を吹き飛ばして土地神の目にでも止まったらマトモに帰れなくなる。それに、吹き飛ばした岩や土で他に被害を出したくないしな」

『他に?』

「ああ、さっき木の上に登った時、森の処々が揺れ動いていたんだ。多分、俺以外にも誰かいるか動物がいるんじゃないかな」

『ちょっと確認してみますね……』

 瞳を閉じ、呼気が蛇のような掠れた物に変わる。

『ひい、ふう、みい……人間が少なくとも数十人、奇妙なのが一人、平霊か妖怪かは分かりませんがそれらしきモノが――沢山といます』

「え」

『……智慧、どうやらこの山は妖怪の住処になっているみたいです。何処もかしこも妖怪だらけ――』

 首筋にチクリと針で刺されたような嫌な感触。次いで真後ろから草木の揺れる音。

 火の型『秋水』

 前の美夜が動き――それより速く抜刀立合。片足でその場で回転しつつ真後ろからの襲撃者を物打ちで切り落とす。

 紙を切ったような感触。

「な、なんだこれ……」

 地面には平面的で白色の身体をした奇妙な生き物が。

『これは式神です、なぜこんな所に……?』

 微かに身じろぐと音も無く起き上がり、四足付くやこちらへと飛びかかってくる。

「うわっ⁉」

『式神は核となる文言を潰せば止まります! ただ切っただけでは倒れません!』

 爪の形を模した前足がこちらへと伸ばされる。

「文言⁉ どこにあるんだそんな物……!」

 大きく飛んで避け、距離を取る。

『書いた術者によって場所はまばらです。口腔や額、足裏だったり腹だったり……色々です!』

 再び跳躍。

 手首を一閃、そのまま突っ込んできた式神を地面に伏せるようにしゃがんで避け、前へと逃げつつ構え直す。

 式神が地面に着地、野生の肉食動物のように地面を爪で鳴らしながらにじりと距離を図ってくる。

『智慧に牙を向こうとは許しませんよ紙屑!』

 美夜が式神の身体を蹴り容赦なく引き裂くと、音も無く息絶える。

「倒したのか」

『はい、首の後ろに文言が』

 先程の大きな体躯はどこへやら、小さくなった式神を拾い上げる。

「初めて見たな……裏山でこんなのを使う妖怪は居なかったよな?」

『はい、式神は主には岩下の団子虫みたいな陰陽師共や、呪術に敏い高位の妖怪しかおりません』

「それじゃあ山に徘徊してるのは普通じゃないってことか」

 サラッと陰陽師を貶しているのは過去に何かあったのだろうか。

『はい、式神は必ず近くに術者がいる可能性が非常に高いです』

 鋭い眼差しで周囲を見渡す美夜。

「ふむ……そうなるとこの式神を相手するのが入学試験て事なのかな?」

『どうでしょう。式神は模した元の存在によって力や動きが変わってきます、たしかに鍛錬という意味合いではいいかもしれませんが、素人が相手にするのは些か危険です』

「そうなのか?」

『はい。術者の制御があるとはいえ、式札に降ろされた『モノ』は広義的に言えば妖怪や平霊と同じ存在です。狗程度のモノから獰猛な性分の者もおりますし、毛の生えた程度の者では手に余る存在です』

「なるほど……それなら尚更、美夜は姿を消してもらわないとな」

『えぇっ、どどっどうしてですか……⁉』

「これは俺の問題だからだよ。他の皆は己の力で頑張ってるのに俺だけ助力者がいたら不公平だ」

『そんなあ……智慧が晴れ着姿で頑張っている所を記録に残そうと思っていたのに……』

 いつの間に出したのか古きゆかしきハンディカムを構えつつ、わざとらしく泣く振りをしてくる美夜。

「始終姿を消して近くに居るから変わらないだろ。ほら、試験に集中させてくれ」

『むー……分かりました、いざとなってもお姉ちゃん智慧のこと助けませんからね』

「大丈夫だって。月季に比べたら大体の妖怪が可愛く見えるから」

 名残惜しそうに姿を消し、美夜の気配が消える。

「さてと……まずは沢を見つけて下山だな」

 普通であれば遭難したり山で迷ったら頂上に登るか救助を待つが、今は待ちの時ではない。

 沢を下るのも本来であれば危険なため推奨はされないが、こちとら今の今まで山で育ってきた身である。深い山だろうが、深い谷だろうがドンと来いである。

 太刀を腰に佩き、鼻と耳に意識を向けつつ歩き出す。

 新都の試験会場までは順調だった、その後から何か言葉では言い表せることが出来ないが――ズレているような気がする。

(全く……刀士遣を目指していざ来たら山歩きか)

 裏山に比べたらここの山はなだらかで起伏が少ないから歩きやすい――が、どうやら一筋縄では行かないようである。

「1、2、3、4……5匹か」

 異なる木々の揺れる音が四方八方から聴こえてくる。

 速度はそのまま保持しつつ、柄に手を掛けながら斜面を下る。

 前方に見える開けた場所。

「っと……ここからは崖か」

 切り立った崖が下まで続いており、斜面には僅かな段差や縁があるだけ。

 背後、完全に死角の方向から草むらを掻き分ける音。

 足元の岩を蹴り、大きく跳躍――そのまま空中で身体を反転する。

 予想通り後ろから迫って来ていた式神と目が合った――ような気がした。

 金の型『飛燕』

 空中で身をよじりながらくの字に上から斬り裂き、額に見えていた文言の部分を切り潰す。

 落下に身を任せたまま崖に出来た僅かな段差に着地、さらに上から追うように降ってくる式神が4匹。

「まだ来るか……!」

 ここまで来たら腹を括るしかない。

 下にいくつか点々と存在する僅かな足場へと、崖を半ば飛ぶように斜面を飛び降りる。

 段差を踏み、岩を足場に下へと跳び――後ろから迫ってくる式神を2匹空中で斬り払う。

 不安定な地形での成長の影響か。崖から斜めに伸びた針葉樹の幹を足場に走り、大きく跳躍。

 今度は同時2匹。操っている術者が同時に攻撃するよう仕掛けてきたのか。

 一振りでは同時に対処できない、少なくとも二回は振るう必要がある。だが、同時に左右から爪が迫ってきている。

「舐めるなよ……!」

 金の型『翅珠はねだま

 身体を名一杯絞り――解き放つ。

 二振りの爪が刃の範囲に侵入。縦横無尽に振るった刃の範囲内に入り――掠れた音を立てて散り散りになる。

 逆さの視界の中、空中で身を翻して姿勢を直し、崖に根を張った木に着地。

 木の悲鳴。身体が大きく揺れて木が土砂と共に抜け落ちる。

「げっ」

 身体が宙に投げ出され、太刀が手の届かない所まで飛んでいってしまう。

『――智慧!』

 美夜の声と同時に身体が抱きかかえられる感触。

『掴まっててください!』

 すぐさま迫った木の先を蹴り折り、太い幹を膝蹴りで真っ二つ。

 音を立てて地面に着地、衝撃が微かに伝わってくる。

「あっ、ありがと……」

 自分よりも華奢で背の低い美夜に横抱きされ、整った顔が間近に迫る。

『ありがとうじゃないでしょう!』

 ぺっと地面に放られて危なっかしく着地。

『もし私が居なかったら今頃地面に叩きつけられて死んでいましたよ⁉』

「はい……気を付けます」

 地面に突き刺さった太刀を引き抜き、肘で土を拭き取る。

『全く……鶫の方がまだ軽やかに跳べますよ』

「いやいやいや、そっちと同じ感覚で考えないでくれって。俺、人間だよ」

『それはそれです。もう少し鵯越の逆落としは厳しく教えるべきでした……』

「あれ以上厳しくされたら死んじゃうよ――それより周囲のをどうにかしない……とっ!」

 木の枝から降ってきた一匹の胴を振り返りながら一閃。

 合わせるように草むらから飛び出てきたもう一匹が脚を狙ってくる。

 その場で跳躍、頸の部分を上から斬り裂き、返し刃で地面に刺し止める。

『またですか⁉ この式神を操る術者はとことん性根がねじ曲がっているようですね!』

 美夜がキレ気味に叫びながら猪の様な式神の突進を両手で押し止めると、横に薙ぎ倒して首の文言を爪で引き裂く。

 ざっと見渡し数は8匹。動きが単調なので対処する分には問題ない。

「美夜! 後は俺だけでやるから下がっててくれ!」

『大丈夫なのですか……⁉』

 2匹の頭を脚で踏み潰しながら美夜が木の上に跳ぶ。

「言ったろ、コレは俺の問題だって」

『……分かりました。次から何があっても助けは出しませんからね』

 1匹が飛びかかり――霞になって消えた身体を爪が空振る。

 音を立てて気に激突する式神。

(美夜にも攻撃を仕掛けられる……何を目印に動いているんだ?)

 木にぶつかって落ちて来た式神を斬り、美夜が踏みつぶしていた2匹を素早く処理。

 残るは5匹。まるで本物の獣の様に距離を取り、自分を扇状に囲む。

(まるで群体の妖怪を相手にしているみたいだ)

 このまま相手方に動かれていては、周囲を囲まれる危険性がある――ならば自ら虎口に飛び込むまで。

 鞘に収め、柄に右手、左手は鞘。

 呼吸するように当たり前になるまで叩き込まれた歩法――『颯歩』で扇状に広がる式神共のど真ん中へと跳び込む。

 誘いに乗せられるように一斉にこちらへと襲い掛かる式神。鋭く呼気を吐き、脇構えから身体に染み込んだ技を撃つ。

 金の型『独楽』

 全ての式神が刃の射程内に入った瞬間――抜刀。

 込めた剣撃が最も威力を発揮する箇所の物打ちが、式神の身体と身体が離れるより速く切り裂く。

 一周、二周、三周――と、放たれたコマの様にその場で回転しつつ刃に威力を乗せる。

 顎を横一文字、頭を輪切り、前脚を斬り、胴を袈裟に裂き、尾を斬り飛ばす――

 利き足で急停止。軸足の地面が削れ、細切れになった式神の身体が周囲を舞い落ちてゆく。

 残心。切っ先を下に向け、急調子になった呼気を落ち着かせる。

「ふーっ……」

 初めて握った太刀の初実戦で技を撃てたのはまあまあの成果だろう。

 肘で刀身に付いた汚れを一拭き、鞘に収める。

(初めて握ったのにこの握り慣れた感……鍛錬時に振ってた太刀と重さや刀身が同じなのは偶然なのか?)

 鞘と柄以外の全てが同じというのは何かあるのだろうか……隠し事の多い月季や口固い鶫なら何か知っているのだろう。

 だが、この状況でそんな細かい事を考えている暇はない。考えるのは後でも出来ることである、今は目の前にある入学試験を突破するのが先決である。

※9/27に大幅変更あり。刀士遺から祓魔士へ、荒霊から妖怪へ全話呼称を変更してゆきます

※12/29にて細かい部分の修正あり


初の和風作品です。素直に日本語ムツカシイ。


今作品に関してですが多めにストックを用意しておりますので、等間隔で投稿していきたいと思います


誤字脱字、他作品と類似アリ、他作品と設定丸被り、矛盾、等々お気付きになりましたらメッセージボックスまでご一報お願いいたします。

※万が一、他の先駆者様方の作品と酷似していた場合は早急に消させていただきます。

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