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“Z”ループ ~タイム・オブ・ザ・デッド~  作者: 鷹司
第6章 フォース・オブ・ザ・デッド パートⅢ
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その4

 廊下の幅いっぱいに並んだゾンビ化した生徒たちの群れ。身体を前後左右にふらふらと揺らしながら、摺り足で廊下を真っ直ぐ進んでくる。


 その様は死者の行進そのものである。


 今までいろんなシーンで何度もゾンビを見てきたが、こんなにまとまった数のゾンビを見るのはこれが初めてだった。


「カ、カ、カケ……カケ、ル……」


 余りにも衝撃的な光景を前にして、声が喉で引っ掛かってしまって、上手く言葉にならなかった。


「ゾ、ゾ、ゾンビが……ゾンビが……」


 カケルの着ている制服を強く引っ張って、絶望的な状況を伝えようとした。


「なんだよ、キザム? 今はこの防火シャッターをなんとかしないことには──」


「──だから、カケル……。ゾ、ゾ、ゾンビだよ! 目の前にゾンビの大群が迫っているんだよ!」


 ようやく声を張り上げることが出来た。


「はあ? ゾンビがどうしたって?」


 キザムの異変に気が付いたカケルが振り向いて、そこで文字通り固まった。迫ってくるゾンビの群れに視線が釘付けになる。



 ギャジャーーーン!



 一体のゾンビが無造作に振り上げた腕が、廊下の窓ガラスに当たり、窓ガラスが粉々に砕け散った。


 その音でカケルの身体の硬直が解けた。


「く、く、くそっ……。なんだよこいつら……。こんなにたくさん居たのかよ……。これは絶体絶命ってやつじゃんかよ……。こんなゾンビの大群が相手じゃ、拳銃なんて役に立たないぞ……」


 それでも迫ってくるゾンビの群れに向けて、カケルが拳銃を発砲する。



 バシュッーーーーーン!



 最前列にいたゾンビが額のど真ん中を撃ち抜かれて、その場にくずおれる。だが、そのゾンビを踏みつけるようにして、すぐ後方から違うゾンビが前に出てくる。



 バシュッーーーーーン! バシュッーーーーーン!



 カケルが間を置かずにさらに拳銃を発砲する。


 だが、戦力差が余りにも有りすぎた。


 ゾンビの大群は止まることも恐れることもなく廊下を突き進んでくる。


「くそっ! こうなったら──」


 そう言うなり、カケルが今度は防火シャッターに銃口を向けた。


「カケル! 何をするつもりなんだよ!」


 キザムはカケルが拳銃を握っていることも忘れて、思わずカケルの右手を掴んでいた。


「シャッターの向こう側の連中に、こっちは非常事態だと教えるんだよ!」


「ダメだよ! そんなことをしたら、余計に警戒されるに決まっているだろう!」


「だったら、どうしろっていうんだよ? このままじゃ、ゾンビの大群に骨まで食い尽くされちまうぞ!」


 いつもは冷静なカケルがここまで焦燥感に駆られるとは珍しいことだった。言い換えれば、それほどまでに事態が切迫しているということの表れでもある。


「とにかく、カケルは銃弾が続く限り、ゾンビを倒し続けてくれ。ぼくがシャッターの向こうにいる人間をなんとか説得してみるから」


 何か公算があって言ったわけではない。カケルに言い聞かせる為に言ったに過ぎない。それでも──。



 やらなければゾンビに殺されるしかない。



 だから、キザムは防火シャッターに張り付くと、ガンガンと拳で殴り付けた。


「おーい、僕の声が聞こえるかい? そこに誰かいるんだろう? 誰でもいいから返事をしてくれよ!」


 しかし返答はない。


「おーい、死にそうなんだ! ここを開けて助けてくれ!」


 やはり返答はない。


「なあ、同じ学校の生徒をこのまま見殺しにするつもりなのか?」


 ストレートに助けを求める方法をやめて、情に訴える作戦に変えた。


 それでも──返答はない。


「キザム、ヤバイぞ。残りの銃弾が少なくなってきた」


 背中越しにカケルの沈痛な声が聞こえる。


「分かったよ、こっちもなんとかしてみせるから。──ぼくは二年の土岐野キザムといいます! ぼくのことを知っている人は誰かそこにいませんか? 誰かいませんか?」


「──君の声は聞こえている」


 こちらの素性を明かしたことが功を奏したのか、防火シャッターの向こう側から生徒と思われる声で初めて返事があった。


「聞こえているのなら、今すぐここを開けてください! 襲われているんです! もう保ちそうにないんです!」


 あえてゾンビという単語は使わずに、緊急事態に陥っていることだけを伝えた。


「君がここの生徒だというのは理解したし、危険な状況にあることも理解した」


「それじゃ──」


「いや、だからこそ生徒会の委員として、こちら側にいる生徒を危険に晒すことは出来ない」


 声の主ははっきりと拒否の返答を示した。


「そんな……」


「申し訳ないが、別のルートを探して欲しい」


「ふざけんなよ! 何が生徒会だ! こっちは生徒会の委員を助けてやったんだぞ! それなのに、オレたちのことは助けられないっていうのか?」


 カケルが話に加わった。これまでにない激しい語勢だった。もはや一刻の猶予すらない状況だと、カケルも察しているのだ。


 ゾンビの群れはもうすぐそこまで迫っている。今から別の逃げ道を探している時間も余裕もない。この防火シャッターの向こう側に逃げられなければ、ここでゾンビたちに生きたまま喰い殺されるしかないのだ。


「おい! 今、なんて言ったんだ! 生徒会の委員って──」


 もう返事はないと思ったところに声が返ってきた。しかもその声には、驚きと戸惑いの色が滲んでいる。


「だから、オレたちは二階にいた逃げ遅れた生徒会の委員を助けたんだよっ! 今度はそっちがオレたちを助ける番だろうが!」


「名前は? その委員の名前はなんていうんだ! 教えてくれ!」


 声の主の気持ちに変化が起きたのが如実に分かるくらい、語気が劇的に変わった。


「えーと、たしか──」


「日立野慧子さん。二年の日立野慧子さんだよ!」


 カケルが名前をど忘れしたみたいなので、代わりにキザムが答えた。


「日立野慧子……。分かった。今すぐシャッターを開ける。やつらが入ってこないように、そちらも注意してくれ」


 声が言い終わるやいなや、防火シャッターが天井に向かって上昇し始めた。


 しかし、そのスピードはまどろこしいくらいに遅い。


「カケル、拳銃の弾はあと何発残っているの?」


 キザムは背後にいるゾンビの群れと、カケルの顔を素早く交互に見やった。


「オレの計算が合っていれば残りは三発だ……。これじゃ、とてもじゃないがゾンビの群れは倒せないな……」


 二人に向かってきているゾンビの数は、ざっと見ただけでも三十体以上いる。


「大丈夫……。このシャッターさえ開けば、逃げることは出来るはずだから……」


 キザムの前で防火シャッターが徐々に開き始めた。


「カケル、逃げよう!」


 防火シャッターが三十センチほど開いたところで、キザムはもう居てもたってもいられずに、床に伏せて開いた隙間に頭を突っ込んだ。隣では同じようにカケルも頭を入れ込んでいる。


 防火シャッターの隙間から伸ばした両腕をがっちりと掴まれた。その途端、強い力で引っ張られた。廊下の床を滑るようにして、防火シャッターの下を潜り抜けていく。


 一瞬のうちに、キザムの身体は防火シャッターの内側に移動していた。


「閉めろ! すぐに閉めるんだ!」


 背後で大きな声で指示が飛んでいる。


 そして、ガジャーンという重い音をあげて、再び防火シャッターは閉じられた。



 助かったのか……? ぼくは助かったのか……?



 まだ自分が無事に逃げれたことに半信半疑だったが、カケルに肩を叩かれて、ようやく安堵の気持ちが生まれた。


「キザム、よく説得してくれたよ。オレの命の恩人だな」


「よしてくれよ。それを言ったら、ぼくの方こそカケルには何度も助けられているだから」


 二人は互いに顔を見合わせると小さく笑いあった。

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