6.シェン
母親の言葉を聴かずに飛び出したエリナーは、考えなしに歩いて回ったが、男の子が中々見つからないので泣きそうになっていた。
「どうしよう。すぐ見つかると思ったのに、、、」
街中は騎士団の騒ぎの噂を聞きつけた噂付きの城下の民たちが集まって来ていて、サロンを出た時より混み合っている。
「お母様の所に戻りたいけど、どっちに戻ればいいかわかんないや、、、」
エリナーはしょんぼりしながら、人混みを避ける為に人気の少ない路地に入る。しかし、入りこんだ路地はどことなく怪しげで、なぜかエリナーは母親に王都に着いたばかりの時に言われた言葉を思い出した。
『人攫いにあってしまうわよ!』
「ほ、本当に人攫いあったらどうしよう?」
人攫いにあっては困るので、エリナーは路地から出ようとした。
「ねえ」
「きゃあ!人攫い!」
「うわ!人攫い?」
声を掛けた方も掛けられた方も驚いている。エリナーは急いで逃げようとするが、手を捕まれる。
「あれ?君、さっきサロンの前に居た、、、」
「あ!変な子!」
エリナーは思わず声を上げた。同時に人攫いではなかった事に安堵する。変な子、と呼ばれた男の子は不満気である。
「へ、変な子?」
「あのね?これ落としたから届けに来たよ!」
「え?これ落としてたの?気づかなかった、、、」
「落としたの知らなかったの?じゃあ、迷子になっちゃったけど届けに来てよかったー。お母様が高価な物だって言ってたから、急いで追いかけたのに変な子どこにもいないんだもん!」
「ありがとう。これ、すごく大事な物なんだ。」
男の子は笑顔でエリナーに礼を言って来たので、エリナーも笑顔でどういたしまして、と返す。
「そういえば君、迷子になっちゃったの?さっき一緒にいたお母様とはぐれてしまったんだね?」
エリナーはうなずく。男の子を見つけた時は嬉しくて忘れていたが、同時に自分が深刻な迷子だった事を思い出して、またしょんぼりしてしまった。
エリナーがしょんぼりしてしまった様子を察した男の子はエリナーの背中を優しくぽんぽんした。
「君の名前はなんで言うの?」
「エリー」
「エリー僕のことは変な子、じゃなくてシャンって呼んで欲しいな。」
「シャン?それがあなたのお名前?」
「渾名なんだけど、今はそうとしか名乗れないんだ。ごめんね。」
エリナーは不思議に思ったが黙ってうなずく。
「この人混みが少なくなったらすぐに君をお母様の元に連れて行ってあげる。」
「今すぐ連れて行ってくれないの?」
シャンは困った顔をする。
「この人混みだと僕たちは小さいから押しつぶされちゃうかもしれないし、人が多すぎて君のお母様を僕が探せないんだ。」
シャンの言い方に少し疑問を持ったが、エリナーは自分よりしっかりしていそうなシャンの言葉素直に聞く事にした。
「そっかあ、分かったよ。」
「後ね、出来ればこの路地から離れたいからあっちへ行こう。」
そう言ってシャンはエリナーを人混みがある通りと真逆の方向へ歩き出した。
「どうしてそっち側に行くの?」
「ここちょっと危ないんだよ。本当に人攫いが出るかもしれないんだ。」
その言葉にエリナーは驚いてしまい、思わずシャンの腕に飛びついた。
「驚かせてごめんね?サロンの前で僕が言った事を覚えているかなあ、いまこの王都には王子様やお姫様が沢山いるから、危ない人も沢山集まって来てるらしいんだ。」
シャンはやれやれ、迷惑だよね。と続ける。
「危ない人って?」
「エリーもさっき僕に向かって言ったじゃない、人攫い!って王子様とかお姫様を狙う人たちが本当にいるかもしれないだよ。」
「さっきの騎士たちはそれで?」
「そう、実は僕、騎士たちが探している人たちを探す様に頼まれいるんだ。だから、少し君を付き合わせてしまうけどいいかな?」
「何それ、面白そう!お母様に怒られるだろうけど私も王子様やお姫様を見てみたい!王子様やお姫様って、すごい魔法が使えたり、背中から翼が生えてきたりするでしょう!」
目をキラキラさせながらエリナーは応える。
エリナーの言葉にシャンはきょとんとしてしまった。すごい魔法はともかく、翼が生える王族なんていない。
「翼は生えたりしてないと思うけど、、、」
「え!でもでもお兄様たちが話してくれた王子様やお姫様は体が光ったり、巨大化したり、動物に変身したりしてたよ?」
家族も使用人もエリナーに読み聞かせる物語といえば、お姫様や王子様が登場するものばかりだ。エリナーも最初は物語を楽しんで聞いていた。しかし、エリナーは恋の物語に飽きてしまったので、兄たちに「つまらない!」と訴えた。すると兄たちは可愛い妹の為に、面白おかしく物語を改変したのだ。
「、、、まあレオ王子はすごい魔法を使えると思うよ。第一王子だし、努力家だそうだから。」
「お姫様は?」
「翼は生えてないけれど、とても美しい姫だよ。女の子は綺麗なもの好きだよね?」
「そのお姫様はシェンよりも可愛いの?」
エリナーに可愛いと言われたシェンは、みるみる顔を赤らめ始めた。シェンが黙っているのでエリナーは言葉を続ける。
「だってシェンは髪の毛は亜麻色でふわふわだし、緑色の瞳はくりくりしてて女の子みたい!こんなに可愛い子みたことないよ!」
シェンは恥ずかしそうにもじもじしている。エリナーはその姿がおかしかった。
「どうしたの?」
「僕は男だから、可愛いって言われても嬉しくないよ。」
シェンは少し不機嫌そうだ。エリナーはどうしてか、この男の子に嫌われたくないと思い、すぐに謝罪をする。
「ごめんなさい、、、褒めたつもりだったの。」
「こっちこそ、変な態度をとってごめんね。実は言われ慣れてはいるんだけど、やっぱり可愛いよりかっこいいって言われたいんだ。」
恥ずかしそうに、それでも微笑みながら優しくシェンはエリナーに言葉を返す。
「そっかあ、そういえばお兄様たちもかっこいいっていうとすごく喜んでくれるんだった。」
男の子ってそうなんだ。とエリナーは心の中で言葉を続けた。
シェンはあっという顔をした、何か思い出した様だ。
「それじゃあ、王子と姫を探しに行こう。僕の手を離さないで。」
「うん!でもなんで?」
エリナーが言葉を言い切る前に、シェンは胸に手を当てて、古代語を唱え、「風よ」とだけ発した。すると、エリナーとシェンの体は風に包まれ、あっという間に屋根の上に着地した。
「すごいすごい!シェンは魔法が使えるのね!」
「対した事はしてないよ。ごめんね今は鼻に集中したいんだ。」
シェンが真剣な表情で話すので、鼻に集中したいとはなんだろう、という疑問を抱きつつエリナーは静かにすることにした。