3.レベッカと魔法
魔導師になろうと決心した翌朝、朝食を自室で食べながらはやく家庭教師のレベッカが来ないかとわくわくしていた。バイロン家では、家族全員起床時間が違うので、父と母は毎朝同じ時間に同じ場所で朝食を食べるが、子供達は休日以外みんな別々に朝食を食べるのだ。エリナーはイアンと一緒に朝食を食べる事が多い。
「ねえねえ、今日は何時頃にレベッカは来るかな!」
「そうですねえ、もうそろそろいらっしゃるのではないでしょうか。」
「そっかー!楽しみだな!」
メイドはエリナーが家庭教師が来るのを楽しみにしているのが意外だった。お勉強が好きそうな方には見えないのに、と内心思ったが失礼に当たるの口には出さなかったが。
エリナーは朝食を食べ終えて、お茶をしてから屋敷の周りを散歩していた。これはエリナーの習慣で、7歳になるまではそのまま屋敷を飛び出して近くの村に遊びに行ったりしていたが、今日からは家庭教師が来るのでその様な事にはならないので使用人たちは苦労が減ったとふーっと息をついた。
エリナーはまだ来ないかと思いながら、散歩を終えて門の前でレベッカを待っていた。すると門番が女性と話している声が聞こえて来た。
「レベッカが来たよ!」
飛び跳ねながらメイドに報告をする。
「私にも聴こえていますよ。」
門が開いてすぐに、エリナーはレベッカを嬉々として迎えた!
「レベッカ!おはようございます!はやく魔法の事を教えて!」
勢い飛び出て来たエリナーにレベッカは驚いたようで、思わず後退りをしている。
「エリナー様、おはようございます。元気がよろしくて結構ですが、次からはご機嫌様と挨拶をしましょう。」
レベッカは一息いれて言葉を続ける。
「私の事は先生と呼ぶ様に。」
「分かったよ。先生。」
エリナーは出鼻を挫かれて少ししょんぼりしてしまった。
「エリナー様、わたくしは貴女の行儀作法の指導もする様に奥様から頼まれております。ですから、これからも多少は厳しくいきますよ。」
エリナーはさらにしょんぼりした。どちらかと言えば甘くして欲しい。
「では、書斎参りましょう。」
「私の部屋で勉強するんじゃ無いの?」
「奥様から書斎を使っても良いと許可を得ましたので。」
「うちは、書斎が2つあるけどお父様が使っていない方かな?」
「そうだと思いますよ。」
書斎に着くと早速、エリナーはレベッカには魔法の勉強を沢山したいと伝えた。
「駄目です。」
レベッカはエリナーの言葉を一刀両断する。
「どうして!」
「他にもしなければいけないお勉強が沢山あるからです。今日は昨日やらなかった数字の計算のやり方やこの国の歴史についてをお勉強します。」
「ええ?魔法の授業はないの?」
「今日はやりません。」
エリナーは目に見えてがっかりした顔をしているがレベッカは気にせず授業を始めた。
しかし、エリナーはあまりにも授業に興味が無いせいか集中力に欠け、何かと言えば魔法というエリナーに遂に根負けしてしまった。
「分かりました。では今日は1度だけ魔法使ってみせますので、一旦休憩を挟みましょう。」
エリナーは目を輝かせた。
「本当に!?」
レベッカはええ、と相槌を打つ。それからレベッカは外にエリナーを連れ出した。
「どうして外に来たの?」
「家の中で魔法を使えるほど、私は自分の魔法の能力を信用しておりませんからね。」
レベッカは何かを探す様に庭を見渡す。すると花壇の近くで庭師を見つけると、そばまで行って何やら庭師と話している。エリナーは何を話しているのだろうと思った。
すると話しがついたのか、レベッカがエリナーを呼び寄せた。
「お嬢様、今からわたくしが魔法をお見せします。見ていて下さい。」
そう言うと、レベッカは胸に手を当てて聞いたことのない言葉を唱え始め、花壇の上の空中に手を伸ばして言葉を発する。
「水を生成する」
更にもう一度、今度は空いている方の手を同じ動作をしてまたもや謎の呪文を唱える。そして今度も普通の言葉で声を発する。
「風よ、水を散らせ」
レベッカがそう言うと、花壇の上にあった水の塊は風に切り裂かれる様に飛び散った。
「これが魔法です。」
レベッカはふう、と呼吸を整えてハンカチで額の汗を拭う。
「すごかった!でも、そんなに疲れるの?大丈夫?」
「ええ、少しですが。」
レベッカは疲れていても冷静だ。
「魔法を使い慣れていない者は魔法を使うのに体力が必要になります。これは走り慣れていない者がたまに走ると疲れる。という感じです。ですから、今私は魔法で花壇に水撒きをしましたが自分の身体を使って水撒きをした方が労力は少ないでしょう。」
更に言えば、とレベッカは続ける。
「昨日も言いましたが、魔法は強い力を持つ者の子孫ほど強い魔法を使う事ができ、魔法陣の容量も大きいです。それは例えて言えば、使い古された物ほど扱い易い、長く着た洋服は伸びる、と言った所でしょうか。」
「なるほど??分かるような分からないような、、、」
エリナーは真剣にレベッカの話しを聞いていたが、情報が多いし、質問沢山あるので混乱して来た。
「最初に胸に手を当てたのは何で?」
「全ての人は魔法陣が胸に刻まれているからです。胸に手を当て、神に力を貸して欲しいと祈りを込めて、古代語で『何とかの神よ、我に力を与えたまえ。』と唱えます。それで魔法を使う準備が整います。」
「ふむふむ」
「後は強く言葉を発すれば、単純な願いであるならば頭で考えた事が叶います。」
「想像力って事?」
「それはまた違う様な気がしますね。水を出す、風を起こす、という現象は基礎の基礎ですから今のエリナー様でも出来るでしょう。」
「はいはい!やってみてもいいですか!」
「駄目です。魔法の勉強には段階があります。まず一に魔法について知識を得る事、ニに魔法の力の制御が出来る様になる事、三に簡単な魔法を操れる様になる事、です。それ以降の勉強は王立学院で習う事です。」
「それしかレベッカから魔法を教わる事が出来ないの?」
「私は魔導師ではありませんから、これ以上の事は教えられません。」
「そんなあ、、、わたし、魔導師になりたいのに、、、」
レベッカは驚いた様な顔をした。下級貴族の家の子で今まで教えて来た生徒には、魔導師になりたいと言う子供はいなかったから。
「いつまでも立ち話しをしていると疲れるでしょう。あちらのベンチに座りましょう。」
レベッカはしょんぼりしているエリナーの後ろに回って優しく肩を押す。
「はい、先生、、、」
「エリナー様はどうして魔導師になりたいのでしょうか。お聞きしてもよろしいですか?」
エリナーはレベッカの顔を見て少し考えてからぽつりぽつり話し出す。
「大きな目標があるわけじゃ無いの。
でも昨日レベッカに魔法って言う存在を教えて貰った時にすごく感動して、
エリーは自由自在に魔法を使えるようになりたいって思ったの。」
エリナーは自分が7歳の誕生日に決めた事を破ってしまった。それは自分の事をエリーと呼ぶ事。それまでは家族のみんなが私をエリーと呼んでいたが、エリナーが「レディになるんだからこれからはエリーはやめて私にする!」と宣言したので、家族のみんなもエリナーと呼んでくれたのに、自分で破ってしまった。
「でも、レベッカも男爵家は魔法の力が低いって言うし、お父様達もエリナーが吹っ飛んだら大変だって、、、」
吹っ飛んだら、とは何のことだろうとレベッカは考えた。しかし、すぐにエリナーの家族が彼女を心配して大袈裟に魔法の失敗事例を挙げたのだろうレベッカなりの解釈をする。
エリナーは話しているうちにますます落ち込んで来てしまった。レベッカに教われる事は思ったより少なそうだし、バイロン家は魔法陣の容量が大きくないからそんなにすごい魔法は使えない。せっかく憧れていた魔法に出会ったのに、、、
「エリナー様、魔法にも強さの段階がございます。小級魔法、中級魔法、大魔法です。王国では上級貴族と王族にしか大魔法は使えません。お嬢様は男爵家の方なので、どんなに努力されても中級魔法までしか使えないでしょう。自由民や下級貴族は魔法の鍛練を積まなかったら小級魔法しか使えないです。しかし、この程度の魔法なら使わなくても良いと言うのが普通です。それは小級魔法程度の事でしたら自分で体を動かすか、使用人にやらせた方が早く用が済むからです。」
「それじゃあ中級魔法は?」
「中級魔法は、先程より多くの水を生成し、激しい風を起こす事が出来るようになります。」
「えっ?それだけ?」
「それだけと申されますが、中級魔法はお屋敷に植えられているアーモンドの木くらいは倒す事が出来る風を起こせます。これは使用方法を間違えば人に大怪我をさせる事が出来る力、魔法陣の容量を広げる事が出来ても、その力を制御出来無ければ意味がありません。そして、そのくらいの力を制御出来る様になるには大きな努力が必要となります。」
「じゃあ大魔法はもっとすごい事が出来るの?」
「ええ、その通りです。風魔法に長けた者は嵐を起こせますし、水魔法に長けたものは1つの街に洪水を起こせます。そう言う力なのです。ですから、大魔法が使える者は必ず力を制御を出来るようにならなければなりません。その為に、大魔法が使える王族と上級貴族達は王立学院で魔法を学びます。」
「エリナー様、魔法は自由自在に扱えるものではないと言う事が分かりましたか?」
こくんとエリナーは頷く。
「うん、、、私、魔法って空を飛んだり、お花を咲かせたり出来るものだと思ってた、、、」
レベッカはよくそんな発想が出てくるなと思った。魔法はそんな力ではない、もっと危険なものだ。
「エリナー様が魔導師になりたいと言えば、ご家族は絶対に反対なさいます。」
「、、、それは、私が強い魔法を使えないから?」
「それも理由の一部ですが、もっと大変な理由があります。それは、王国で魔法に特化した者は戦があった際、必ずと言って良いほど戦の最前線に送られるからです。魔法は主に戦の際に兵器として使われます。王国の長い歴史の中で魔法は外敵を退ける為に使われてきました。」
ここまで言われてしまったら、流石のエリナーも納得せざるを得ない。エリナーは家族に深く愛されているので、家族はエリナーが危険な目に遭う事を許さないだろう。
「レベッカが教えてくれた事は分かった。」
「エリナー様のご家族は、貴女を戦に出したくはないでしょう。それに、貴女も戦には出たくないでしょう?」
「私もそう思う、、、でも、うちは騎士の家だよ?お兄様は私がもう少し大きくなって王立学院に入ったら騎士科の授業も受けるって言ってたよ。」
「エリナー様が王立学院で騎士科の授業を受けるのは、騎士の家の娘として、将来に騎士の家に嫁ぐに際して必要なものを身につける為でございます。騎士になる為に騎士科に入るわけではありません。」
「そうなんだ、、、」
落ち込んだエリナーを見て、レベッカは流石に言い過ぎたかと思った。自分が多少なりとも話し方がきつい事を自覚をしていたが、話しの内容も難しかったしエリナーの考えが追い付いていないかも知れない。
「今日の魔法の授業は終わりにしましょう。明日はお勉強がおやすみですから、次に会った時に今日思った事を聞かせてくださいね。」
エリナーはレベッカの言葉に頷く。情報量が多くて、考えがまとまりきっていなかったから、レベッカの申し出はありがたかった。
書斎に戻った後、レベッカは簡単な足し算の問題をエリナーにやらせた。エリナーが問題を解いている間にレベッカは何やら紙に書いている。エリナーは何かと思ったが、とりあえず問題を解く事に集中した。問題は難しくないが、量が多いのだ。
「先生!解き終わったよ!全部!」
「そうですか。思ったより早かったですね。お疲れ様です。私も書き終えました。」
「先生はさっきから何を書いていたの?」
レベッカはエリナーに紙を差し出す。
「これは先程の説明を簡単にまとめたものです。エリナー様の考える事手助けになれば良いのですが、、、」
「わあ!ありがとう先生!」
こうして今日のお勉強は終わった。