14.いざ、ラスペツィへ!
「お前たち、ラスペツィに行ってもいいぞ。」
アレクは朝食の席で、子供たちに宣言をした。大袈裟な言いように子供たちの母親はやれやれと首を振った。
しかし、子供たちは大喜びだ。エリナーは椅子から飛び降りて父の元へ向かった。
「お父様!それは本当なの!」
「はは、嘘をついてどうする?」
アレクは興奮しているエリナーの頭を撫でる。
「ラスペツィには私も行った事がない。だから、帰ったら沢山話しを聞かせてくれ。」
「うん!分かった!」
こうしてエリナー達は無事、ラスペツィへ行く事が決定した。
バイロン家の兄妹たちは居心地の悪い馬車に揺られながらようやく街に辿り着いた。道中、イアンとエリナーは慣れない長距離移動で疲れてしまっていたので、解放感で馬車が止まった瞬間に走り出していた。
「2人とも!街に入るには手続きが必要だから少し待ちなさい!」
ようやく手続きが終わると、街の門が開く。門の先には緩やかな下り坂の道があり、その道の先には大きな海が広がっていた。
「わあ!本物の海だ!」
「確かにこれは、すごいな。学園に飾ってある海の絵とは比べ物にならない!」
「うん!すごくキラキラしてる!それに、あそこにあるのは島だよね?!冒険が出来ないかな!」
エドワードは弟たちが大喜びで景色を満喫しているの見て、大満足だった。
「連れて来て本当によかった。」
「ほら、お前たち街を見に行こう。」
サイラスとイアンはすぐにエドワードに応じたが、エリナーはじっと海を見つめている。
エリナーは海を見てとても懐かしい気持ちになって、だんだんと目頭が熱くなって来た。前世で見たことがあるからだろうか?すごく、すごく懐かしい。
エリナーが瞳を赤くして涙を滲ませているのに気がついたイアンが驚いて声を掛ける。
「エリナー大丈夫?」
「大丈夫って?」
エリナーはイアンに言われて初めて自分の鼻がツンとしている事に気が付いた。これは泣いてしまう時のやつである。
「海が綺麗だから、、、」
目の前に広がる海は確かに美しく、イアンも初めてみる景色で圧倒されていたが自分の妹が海に感動して涙ぐむほど奥ゆかしい感性を持っていた事に驚いてしまった。長兄たちのほうを向くと2人も戸惑っていたので、大体同じ事を考えているのだと思う。ところが甘い匂いが漂ってきた途端、エリナーは鼻をクンクンと動かした。
「あっ!」
エリナーは声をあげた。
「あの赤いきらきらしたやつ食べたい!」
と言って指差したのは、甘い香りを漂わせている屋台だった。その様子を見て3人は安堵した。自分たちの妹はこうでなきゃ、と。
「なんでみんなホッとしてるの?」
兄たちはお互いの顔を見合わせて何で態度に出すんだ、とお互いを心の中で非難した。
「いや、どちらかと言えば、おって感じだよ。」
あまりにも苦しい言い訳をしたサイラスだったが、エリナーはとりあえず納得してお菓子のほうに目線を戻す。
「俺も初めてみるお菓子だから興味がある。みんなの分を買おう。」
エドワードは話しを完全に切り替える好機が来ると、すぐに行動を起こした。それにバイロン家の子供たちはみんな多少の差こそあれど、甘い物と未知なるものが大好きだったので気が利く長兄は丁度よいと判断したのだ。早速、エドワードはエリナーの手を握ると屋台の方へ向かう。
「これは、林檎か。これを四つ下さい。」
「兄弟ですかい?仲がいいですなあ」
「おじさん!これ、なに?!」
「林檎飴だよ。」
エリナーとエドワードは林檎飴を受け取るとすぐに自分の口に突っ込んだ。イアンとサイラスは匂いを嗅いでから控えめに口に入れる。
「お兄様、林檎飴!すごーく美味しいね!」
エリナーは唇の周りに赤い飴をつけながらエドワードの方を向いた。
「ああ、美味しい」
そう言って、エリナーの顔の汚れをエドワードが笑いながら拭いてくれる。
「これを食べたら父上の知人の商人を尋ねよう。」
そう、アレクは子供たちにラスペツィへ着いたらすぐにヴェルザーという人に会うよう言っていいたのだ。アレクは父親として子供たちにヴェルザーという人を紹介したかったのだ。
アレクがラスペツィ行きを許したのはヴェルザーの存在が大きく、面白い男だと判断した為子供たちにヴェルザーという人と会って欲しかったのだ。
ヴェルザー邸に着くと、ヴェルザーは大きな声で出迎えをしてくれた。
「やあやあ、バイロン家のご子息にご令嬢!ようこそラスペツィへ!」
エドワードとサイラスは声が大きく、元気な大人をみて思わず目を丸くしてしまった。
「この度はご招待いただきありがとうございます。父から貴方に会えばきっと良い、と言われました。私はエドワード・バイロンと申します。」
兄妹たちはバイロンに続く。
「私はサイラス・バイロンです。お出迎えいただきありがとうございます。」
「僕はイアン・バイロンです!ヴェルザー様は身体が大きくてすっごく強そうな方ですね!」
イアンはキラキラした目でヴェルザーを見つめる。ヴェルザーはイアンの頭に手を乗せわしゃわしゃする。
「はっはっは!私は海の男だからな!イアンくんも大きくなったら海で働くか!?」
ヴェルザーはそう言って今度はエリナーのほうに目を向ける。エミリーはスカート裾を少し持ち上げて元気に、ヴェルザーの目を見て挨拶をする。
「私はバイロン家の末の子供、エリナー・バイロンと言います!私この街の入り口から見下ろす海がとても大好きになりました!」
「そうだろう、そうだろう!俺もあそこからの景色が大好きだ!」
ヴェルザーはエリナーの頭をポンポンとした。まるで自分のことを褒められたかのように嬉しそうだった。
「我がヴェルザー家は代々この土地で暮らして来た。だからラスペツィで困ったことがあればすぐに言ってくれてかまわないからな?」
「お気遣いありがとうございます。」
「ヴェルザー家は代々、商人の家系だったのでしょうか?」
「いや、昔はこの港の守り人の家系だったが今の王家の時代になって、先祖がその役割を終わらせたそうだ。」
「この街を国が管理する様になって、役人や騎士が派遣されて来たからですね。」
「そうだ。」
エドワードとサイラスが首を傾げる。
「では、ヴェルザー家が守り人をしていた時代のこの集落の長は誰だったのですか?」
「大昔のことで、記録も特にないから分からん。ヴェルザー家が守り人の役割を、他の家も政治や経済を担う家があったんだ。この街から貴族に召し上げられたのが当時政治を担っていた家門なんだ。」
「古い歴史がありそうなのに、記録が残っていないなんて大きな津波でもあったんですかね?」
「ありえる事だな。この港の遺跡といえば、街外れにある小さな祠だけだ。祠と言っても壁画あるわけでもなんでもない。ただ無駄に丈夫な祠があるだけ。」
エリナーとイアンは祠という単語に目を輝かせる。
「「そこに行きたい!祠って何?」」
ヴェルザーは両脇に座らせていた二人を見つめて優しく微笑む。
「本当に何も所だぞ?やる事と言えば力自慢が祠を壊せるか試すくらいで、、、」
ヴェルザーは年長の二人の客人たちの視線を受けてごほんっと咳をする。
「まあ、暇つぶしにはいいかもな!祠には宝石が供えられていたという伝承もあるし。」
サイラスはそっと手を挙げて質問をする。
「あのお、祠とはそもそも何でしょう?」
「ああ、ここには見ての通り東の海から伝わる文化が多いだろう?」
「ええ、そうですね。あんなに見事な黒髪を持つ人が多くて驚きました。」
「東の海のどこかの島では、神に祈りを捧げる小さな家を祠と言うんだそうだ。」
「そんな場所で力試しを、、、」
エドワードは思わず正気を疑うような目線をヴェルザーに送ってしまった。
「あのな?年寄りたちがそう言ってるだけで実際に見てみると本当に何もないんだぜ!?」
「はあ、そうなんですか。」