11.エリナーとレベッカ
父アレクとエドワードとサイラスが重要な会議をしている頃、エリナーは家庭教師のレベッカを待っていた。
そしてエリナーは待望のレベッカが屋敷の門をくぐると、すぐにエントランスへ矢のように飛んで行った。本当は外まで行きたかったのだが、エリナーにとって屋敷の扉は重すぎて開けることができないので扉が開くのを待っていた。
「レベッカ先生!私、王都に行ってきたの!それでね。やっぱり魔導士になりたいの!」
エリナーは朝からずっと、レベッカと会いたかったせいか、唐突な宣言をする。
「ごきげんよう、レディ・エリナー」
エリナーの第一声は無視されてしまった。いや、これはお行儀がなっていないエリナーに対して、レベッカは指導しているのだ。
「ごきげんよう、レベッカ先生。今日もよろしくお願いします」
レベッカはエリナーの返しに満足した様子で、エリナーに言う。
「エリナー様、誰かに何かを伝える時は落ち着いて話しをしましょうね」
「はい、先生」
「察するに、前の授業で言ったことを考えてくれたのですね。王都に行った事と魔導士の話しはどう関係するのですか?」
レベッカがそう言うと、エリナーの後ろに控えていたメイドのカリンはこの人はなんて察しが良く、エリナーの扱いを心得た人なんだろうと感心した。まるで暴れ馬を手懐ける手練れの御者である。
しかし、カリンは感心してばかりもいられない。玄関で話し込んでしまいそうな二人を書斎に連れていかなければいけないのだ。
「エリナー様、レベッカ様、書斎にお連れしますね。」
カリンがにこっと笑ってそう言うと、エリナーもレベッカもハッとした顔した。
レベッカに至っては心中、私としたことが生徒の家の玄関で長話をしそうになるなど何たることだとさえ思った。しかし、同時に仕方がないとも思う。レベッカも前回の授業の時に話したことに対してどう答えてくれるのか、楽しみだったのだから。
二人は書斎に入ると、エリナーはレベッカを椅子に座るよう急かし話を始めた。
「王都でね、魔法で空を飛べる男の子に会ったの!その男の子と一緒に王子様とお姫様を探す冒険をして、すごーくすごーく楽しかった!だから私、魔導士になる!」
レベッカは思わず顔がポカンとしてしまった。話に出て来る登場人物たちの素性が気になるのも勿論だが、何より今のエリナーの話しはただの王都へ行った感想にしかなっていない。レベッカの顔をみて自分の言葉が足りなかったと思ったエリナーは言葉を続ける。
「空をね、その男の子と一緒に飛んだの!鳥さんみたいに。王都を見渡せるくらい高い場所は、風が強くて髪はぼさぼさになっちゃうけど、あの景色は絶対に一生忘れないよ!」
レベッカに空を飛べるくらいの魔導士の知り合いはいないから、空を飛んだ事はない。しかし、エリナーの話しをきいて思わず想像してしまう。鳥の様に空を飛べたら、それはどれだけ素晴らしい体験だろうと。
「もちろん魔導士になりたいのは、空を飛びたいってだけじゃないよ!私、村の人とか、みんなの役に立てるような魔法を作る!いくさ以外にも役に立つような魔法を!」
「人々の生活が便利になるような魔法、ですか?」
「そう、例えばね、空を飛ぶのは何か工夫をすれば大魔法を使えなくてもできると思うの!道具を使ってみるとか!中級魔法くらいなら努力すれば誰でも使えるって言っていたでしょ?王都で出会ったあの男の子は強い風を出し続けて、体を浮かせて空を飛んでいたからそれは大魔法にしかできないけど、、、まだ具体的な方法は分からないけど私は魔導士になって中級魔法でも空を飛べるようなそんな研究がしたいの!」
エリナーは頭の中にぼんやりとある前世の知識で、そういう事ができるのではないかと確信していた。しかし、レベッカにとっては考えたこともない、驚きの発想だった。
「エリナー様はまだお小さいのに、そんな事を考えていらしたのですか?」
異世界転生者のエリナーにとって、魔法は使えるだけでも楽しくてわくわくすることだった。
「うん!お小さいけど頑張って考えた!」
エリナーはどや顔で両手を腰に当て胸を張りながらそう言う。レベッカは思わず微笑んでしまった。
「王立学院は貴族の子女ならばだれでも入学することが出来ます。ただし、魔法科は例外です。」
エリナーは「魔法科」という言葉に思わず立ち上がる。
「魔法科!?」
「そうです。魔法を研究する者たちを魔導士と言います。」
レベッカが言うには魔法科は王立学院で約20年前くらい新設された学科で、そこは魔法についてあらゆることを研究する場所らしい。しかし、魔法科で教えられる教師も限られた人数しかいないため、入れる生徒数が限られている。そのため魔法科へ入るには他の学科と違い筆記試験と面接にクリアしなければ入れないという。
「試験は難しいの?」
「心配には及びません。私は必ず貴女を魔法科に入学させてみせますから!」
エリナーは拳を胸にとんっと置くレベッカを見て、思わず頬が緩む。レベッカの表情はこれまで見て来た誰よりも頼もしい顔をしていたからだ。