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前編

お読みくださりましてありがとうございます。

純愛ファンタジーです。よろしくお願いします。


人の死を扱います。ご注意ください。




 

 ここは、海辺の町。

 都市から2時間ほど高速を車で走ると見えてくるキラキラと煌めく海を横目に、海岸に沿って伸びる道路をさらに30分走らせると到着する港町だ。


 昔はこの地方には村々が点在し、村民達がそれぞれの村で暮らしていた。

 この地は民芸品作りや漁をして生計を立てている者が多かった。

 しかし、昔ながらの仕事は働き口を減らしていく。

 仕事がなければ若者は都会へ仕事を求めて村を出ていくしかない。

 その流れには逆らえず、村民は段々と数を減らしていった。

 その他の村も同じ様な状態であったので、村民の減った村々は合併し、端から端まで車で移動するのに1時間も掛かるような、だだっ広い町が一つ出来あがった。

 それが俺の地元、漁師町だ。


 俺の地元は、昔から漁業が盛んで、働き口は他の村の地より失われていない。

 それは村の衰退を阻止するためにこの地の元村長で、今は町長の男が養殖や加工製品に目を付け、事業を始めた成果である。

 その事業はある程度成功したのだ。

 その結果、クラスメイトの3分の2の家は、漁師もしくは魚の加工産業会社の職に就いているという状態になっていた。

 おそらく今もそうであろう。


 そんな地元に、俺、大島 蛍(おおしま けい)は、久方ぶりに帰ってきたのだ。


 コツコツと背後から靴音が聞こえてくる。

「来たか!」

 俺は呟き、勢いよく後ろを振り返る。


 そこには、この土地の者よりも、センスのある洒落た服を着込んだ女性がいた。

 防波堤の俺の座っている場所に向かって、近づてきている。


 その女性は、俺の幼馴染、諸星 燈(もろぼし あかり)だ。

 こいつは、両親に連れられて、小学3年生の時にこの土地に越してきた。

 そして、中学を卒業すると同時にこの町を離れている。

 気が付くと既に燈は俺の隣まで来ていて、目を細めて海を眺めていた。


「ここは、変わらないわね。」

 そう、燈が懐かしいと言った様子で、小さく呟く。

「ああ、変わらない。何もかも。」

 そう俺は答えた。


 この場所は俺が一人になりたい時に釣りをしに来る秘密の場所だった。

 母さんとのケンカや気まずい時に俺は家に居たくなくて来ることが多かったから、よく燈がここまで呼びに来ていたな。


 この景色は、いつまでも穏やかで何物も邪魔をしない、心落ち着く青い海の広がる場所だ。

 あの頃から、ずっと何も変わっていない。


 しばらく二人で海を眺めた後、燈に聞く。

「今日は俺の家に泊まるんだろう?母さん、張り切ってるよ。直ぐに俺の家に向かうなら一緒に行こうか?」


 俺は立ち上がり防波堤から降りて、家の方へ歩き出した。

 その後を、(あかり)が静かについて来る。


 歩いている途中で、燈が提案する。

「ちょっと、寄り道して行こうかな。あそこ、(けい)が好きだった……あの岩場。」

燈がそう言うので、

「ああ、いいぞ。」

 と同意し、岩場の方へと足を運んだ。


 その岩場はこの地で俺達が過ごしていた時に、同級生の仲間とよく来ていた所だ。

 この岩場には沢山の生き物がいて捕まえては放して遊び、夏はこの岩場の先端から、海に向かって飛び込み向こうに見えている小島まで、皆で競争した思い出がある。


「あそこの小島まで、よく競争したよな。毎回、俺が一位だったけど。」

 そう俺は得意げに言い、燈の方を見る。

 すると燈は、

「結局、(けい)には一度も勝てないままだ。」

 と、遠くの小島を見て残念そうに言った。


 俺は昔の話を懐かしそうにペチャクチャと話しまくった。

 その間、燈はずっと小島を眺めて続けた。


「チッ、お前、そんなに悔しかったのかよ。拗ねるなよ。少しくらい俺の話に返事しろよ。おいおい、まだ根暗のままなのか、もう違うだろう?返事してくれよ…………ごめんな。」

 俺は凹み、下を向く。


 その後、燈がゆっくり岩場に腰を下ろし、俺がその隣へと静かに座り、2人で海を眺めた。

 すると、突然、大波が横の岩にぶち当たり、水しぶきが上がる。

 2人はその水しぶきをもろに受けてしまい、ずぶ濡れとなってしまった。

 そういえば、この岩場の入り組んだ場所は、時より風の影響で大波が来るのだったな。

 暫くぶり過ぎて、すっかり記憶が抜け落ちていたと俺は嘆き悔しさの滲んだ声を上げる。


「うわあ、まじかよ。ずぶ濡れじゃん。」

 俺は大きな声で喚いた。


「しまった!?荷物が濡れた。まずい、早く中身を確認しないと。」

 燈は荷物にも海水がかかってしまったらしく、かなり慌てている。


「それはまずいな。早くうちに行って乾かしたほうがいい。急ぐぞ。」

 そう声を掛けて、急いで家へと移動した。


 家まで駆け足で向かうと、調度玄関のドアが開き、俺の母親が顔を覗かせた。

 俺達を見て、母親は扉を全開にして、玄関先まで出てきた。

「あらあらあら、びしょ濡れじゃないの、急いで着替えないと。」

 心配した声をあげ、駆け寄ってくる。


「お久しぶりです、おばさん。しばらくお世話になります。岩場に寄ったら、高波がかかってしまってこの通りです。」

 燈が母親に挨拶し状況を説明する。

「母さん、早く拭くもの持ってきて。それと、風呂。体がベトベトだよ。」

 俺が母さんを急かす。


「そうだ、お風呂、直ぐに出来上がるから入っちゃいなさい。」

母さんはそう言い残し、お風呂のスイッチを押しに、急ぎ家へ入っていく。

 その母親に俺は声を掛ける。

「こいつが先だからな。」

「おばさん、ありがとうございます。」

 慌てて燈が、家に入って行く母さんにお礼を述べた。


 俺は居間で母さんとテレビを眺め、燈が風呂から上がるのを待っている。

「お風呂、ありがとうございました。」

 そうホカホカの体で髪を拭きながら、燈が戻ってきた。


 うっ、大人になりやがって~。

「随分と長かったな。スッキリしたか?よし、次は俺の番だ。」

 そう言って、俺は腰を浮かし立ち上がる。


「そうだ、海水に濡れた物や汚れたものがあったら、直ぐに洗って乾燥機にかけてしまうから、洗濯機に突っ込んでおいてね。」

 そう、母さんが声を掛ける。

「はいよー。」

 と俺は答える。


「バッグの中の服は、ビニール袋に入れていたので濡れずに済みました。電子機器も無事でした。故障したかと心配だったんですけど大丈夫だったようです。」

 と、燈が笑って答えていた。


 俺はその横を通り過ぎ、風呂へ向かう。

「ふう、うちの風呂も久しぶりだ。」

 服を脱ぎ風呂に入る。

 天井を見上げ昔の記憶を蘇らすと、色々なことが思い浮かんだ。


 あいつ、本当に明るくなったな。


 それに……凄く綺麗になっていた。


 |燈≪あかり≫は小学3年の時に越してきたと言ったが、都会の父方の実家でやっていた工場の資金繰りがうまく回らず、立ち行かなくなったので工場をたたんで、母親の実家のあるこの町に家族で引っ越してきたのだった。


 俺の母さんと燈の母親が同級生で、家も割と近かったから、俺は燈の世話係を押し付けられた。

 燈は前に住んでいた場所で、貧乏なことから軽いいじめを受けていたらしく、転校してきた当初はあまり喋らない暗い奴だった。


 そんな奴を、この土地の陽気な奴らが放っておくはずがない。

 皆がガンガン話し掛け、かまいまくったのだ。

 次第に燈も絆され、名の由来通りの明るい少女になっていった。


 それから俺達は、6年間、この町で一緒に過ごした。

 中学2年の時、燈の父親が都会で友人と共同で始めた事業が軌道に乗り、家族を自分のもとへと呼び寄せた。

 中学を卒業と共に、燈はここを旅立っていったのである。

 俺も燈と会うのは8年ぶりだ。


 さっきからこの土地に昔からいるような口ぶりで話しているが、そういう俺も、実はこの町の生まれではない。

 俺は小学校に上がる前にこの地へ来たのだ。


 俺の母の実家は漁師ではないので、母親は町を出て都会で就職した。

 そこで、俺の父親と出会い結婚したのだ。

 結婚して暫くして俺が産まれた。

 その後、両親は会社を辞め父親の実家へと移り住んだ。

 父親は都会からさらに西へ行った山間の農家の跡取りで、実家へ戻る事は母との結婚の際に了承済みであったらしい。

 俺は5歳まで父親の実家で暮らしていた。

 そして、家庭が崩壊した。


 俺が5歳になった年の冬に、父親が仕事の帰りに車で事故に遭い死んだのだ。


 その日は朝から凍える様に寒く、父が収穫した野菜を納めに出かける頃には雪がチラつき始めていた。

 母さんは心配していたが、チェーンも念のため持ったし、冬タイヤだから大丈夫だと言い残し、父は出かけてしまった。

 そして夕方に、今から帰ると取引先にいる父から電話があり、早く帰ってきてと無邪気に俺は伝えたのだ。

 すぐに帰るから大人しく待っていろと言う温かいいつもの優しい父の声が聞こえ、電話は切られた。

 それが、父との最後の会話であった。


 祖母は、居間で話していた俺の電話を近くで聞いていたから、お前らが急がせた所為で死んだのだと、父親が搬送された病院で俺達を激しく罵った。

 祖母は、父が急に帰らぬ人となり、息子を亡くした深い悲しみからの八つ当たりであったのだろう。

 だがしかし、幼い俺にとって、その言葉は深く心に突き刺さり傷となったのだ。

 俺はその夜から高熱を出し寝込んだ。


 俺が寝込んでいる間に父の葬式は終わり俺の体調が回復してきた頃には、父の弟家族が家に引っ越してきていた。

 そして、数日と経たないうちに俺と母親は、少ないお金を渡されて家を追い出されたのである。


 農家は若い男の働き手が必要であるのとの理由で、父の弟夫婦は祖父母を丸め込んだようだ。

 それは祖父母たち側からしたら正論なのかもしれないと俺達は受け入れるしかなく、母さんに何もしてやれない非力な自分に無性に腹が立ったのを鮮明に覚えている。

 それに家を追い出されることには完全には納得できず、悔しくて、悔しくて仕方がなかった。

 ここは、俺達家族が父さんと過ごした家なのにと…。


 少ない手持ちの資金しか持たず家を追い出され、子供一人を抱えた母さんは、実家へ戻ることに決めた。

 それが、俺がこの地へ来ることになった理由だ。

母の祖父母は、俺が中学の時に生を全うし相次いで亡くなっている。

 それからは母子家庭だ。


 その後、俺は船の総舵手になるために、寮のある隣県の海洋高等学校へ進学する。

 海の近くで育ったが、実家が漁師ではないので船もない。

 だから、俺は海には出られない。

 でも、海で船を走らせたい。

 それがこの地に移り住んでから抱いた俺の夢であったのだ。


 俺が高校へ入学してからは、この家には母親が一人で住んでいる。

 長期休暇の際には戻ってきていたが、やはり一人は寂しいのだろう。

 稀に帰ってくる俺に、これでもかというくらい過保護に世話を焼くのだ。

 高校生の頃は、思春期であったのでかなり反発したこともあった。

湯船に浸かり、それを思い出す。


「良かった。母さん元気そうだ。」

 ポツリと言葉が思わず出ていた。

 俺は、母さんの様子を知ることが出来て安心したのであった。


 風呂から上がると、ちゃぶ台に夕食の準備がされていた。

 刺身に、カボチャの煮つけ、わかめの味噌汁、てんぷら、野菜の肉巻きもある。

 俺の好物ばかりだ。

 いつもの定位置へと腰を下ろす。

 ご飯は盛られ、用意されていた。


 燈も呼ばれ、空いている席に腰を下ろした。

「いただきます。」

「沢山召し上がれ。」

 母の返しの後、2人は食べ始めた。

 燈と母さんが昔の俺のやらかした話で楽しそうに会話を弾ませ、笑っている。

 俺は少し照れくさかった。


 食後、俺と燈は縁側に腰かけ、風鈴の音を聞きながら涼んでいた。

 時折、海から強い風がこちらまで吹き付ける。

 その風は、夏なので生ぬるいのだが、ほのかに磯の香りを運び、海の近くであることを感じさせるのだ。


「ここは本当に星がきれい、天高く瞬く小さな星までも見える……変わらないのよね。」

 燈がしみじみと空を見上げ呟く。


「ああ、星空はちっとも変わってない。」

 俺がそれに小さな声で答える。


   ***


 翌日の早朝から、燈はある人物を訪ねるために、役場へと足を運んでいた。

 それに俺もついて行く。

 役場へは家から歩いて20分くらいの距離である。

 役場の入り口から室内に入って行くと、調度お目当ての男性が、地域の掲示板の前で作業をしているところであった。

 カウンターで呼び出しをしなくて済むからラッキーだと考えながら、掲示板へと近づいた。


速見(はやみ)君。」

 燈がその男に声を掛ける。

「なんだ!?今日会う相手って俊介(しゅんすけ)だったのか。おーい、俊介ー。」

 俺も声を掛ける。


 俊介は、俺の小中学校時代の放課後の遊び仲間の一人で、特に仲の良かった悪友のひとりだ。

 先程の声掛けに、俊介がこちらに気が付き片手を上げる。


「おお、久しぶりだな。元気だったか?ハハッ、随分見違えたな、8年ぶりか?」

 俊介が懐かしそうに声を掛けてくる。

「ああ、お前とは高校の寮に入って以来か、こいつも中学卒業して以来だから、8年ぶりだな。」

「ええ、中学卒業して以来ね。皆のお陰で私はすっかり変われて、向こうでも人気者で問題なく楽しく過ごせていたわよ。皆には本当に感謝しているの。ありがとう。」

 燈が嬉しそうに話し、俊介にお礼を述べた。


「礼なんて言われるようなことを俺達はしていないぞ。お礼を言うならここを出ていくことを、決断させた(けい)にだろう。諸星がここを離れるのを嫌がって、ここに残るって聞かなかったから、困っているお前の両親を見かねて、お前を説得したんだったな。親と居られるのならば一緒に過ごせって力説していたな。あの時の(けい)は俺の中で生涯一度も見たことのない真剣な顔だった……(けい)があんな顔もするんだって、正直俺も驚いたんだ。」

「ハハッ、よせやい、勢いだ勢い。青春って恥ずかしいな~なんちゃって~」

 俺は指で鼻の頭を掻き照れているのを誤魔化しながら話す。


 暫く沈黙が流れたので、(けい)は若干気まずくなった。

「いいよな、お前らは分かち合えてて…」

 俺は拗ねてそっぽを向いた。


 しかし、沈黙は長くは続かず破られる。

 燈が俊介の貼っていた紙の横のポスターに目をやり、話題を変えて話し始めたのだ。


「今夜、花火大会ね。」

 俺もそのポスターを見ながら空気を変えたいと話す。

「花火大会、今年もやるんだろう?」


 俊介はそれに答え、さらに尋ねてきた。

「ああ今夜だ。毎年8月1日、西窪海岸で打ち上げは、変わっていないぞ。お前も行くのか?」

「ええ、海岸からではなく、神社の方から見るつもりよ。」

 燈が答える。

「そう、2人の約束なんだ。」

 俺は目を細め呟いた。


「そうか。あのさ、3年ほど前にテレビでうちの花火が取り上げられてさ、ほら、海上の半円の花火、あれが珍しいからって。その放送があってから他県からも人が来るようになって、予算も増たし規模も少し大きくなったんだ。まあその分、面倒事も増えて……花火大会客を狙って変質者やスリ、恐喝をするような輩やナンパ野郎みたいのも出る様になって。自警団や警察も協力して動いてくれているんだ。神社の方もパトロールはするだろけど、気を付けるようにな。」


「よし分かった。俺がこいつをしっかり守るから。」

 俊介が注意を促すので、俺は強く答えた。


 燈も深く頷き、聞き入れる。

「ええ、気を付けるわね。速見君も花火行くのでしょう?」

 と、燈が聞いたので、俺はニヤニヤしながら俊介に茶々を入れる。

「ああ、こいつは溺愛する嫁と子供と一緒だ。」


「まあな、今夜は家族サービスだよ。写真見る?」

 俊介はポケットの名刺入れから小さな写真を取り出し、俺達の前に差し出した。

 嫁さんと子供が寄り添い、カメラマンに笑顔を向けている写真だった。

 カメラマンはこいつなのであろう。

 俊介の性格からこの写真を隠れて見ては、この当時を思い出しニヤニヤしているに違いない。


「幸せそうね。おめでとう。まさか、学校一硬派で堅物と言われた速見君がこんなに早く結婚して父親になるなんて、当時は全く想像出来なかったわね。フフフッ。」

「うるさい、田舎は結婚が早いんだよ。」

 燈の言葉に、つっこみを入れる俊介。

「田舎はやることないもんな~。」

 そして俺はそんな俊介の言葉にまたもや茶々を入れた。


 暫く会話したのち、俊介と別れた。

 役所を出て、ぶらぶらと近所を歩き、昼になったので俺の家へと戻る。



「ただいまー。」

「ただいま戻りましたー。」

 俺達の声に気づき奥から顔を覗かせ、返答する母さん。

「おかえり。テーブルの上にお昼用意しておいたから、食べてくれる?悪くなりそうなのは、冷蔵庫に閉まってあるから、出して食べてね。」

 先程から、休みの日は化粧をしない母さんが、急いで化粧をして出かける準備をしている。


「今から急遽、パートに出ることになっちゃって…今日は人が来るからって前もって休みにしておいたんだけどね。工場のパート長が、ぎっくり腰になっちゃったらしくて。ほら、今日は花火大会の手伝いでベテラン人は、み~んな、家の手伝いでいないから若手しか出てなくてね。ベテランがいないと何かあった時に対処できなくて困るそうなのよ。工場長直々にヘルプされたわ。」

 残念だと言った顔をして、話を続ける。


「夕方には帰ってくるけど、花火の約束は?してるんでしょ?私の帰りより早く出るようだったら電話横に置いてある合鍵で玄関を閉めてから出かけてくれる?」

「あっ、はい。」

 燈は返事をして、

「まあ、約束は俺とだとは言えないよなぁ。」

 と、俺は小さく呟く。

 母さんは慌ただしく出かけて行った。


 それを見送ると、俺達はテーブルの方へ移動した。

 テーブルの上には、ポテトサラダは冷蔵庫と書かれた紙と山盛りのからあげ、おにぎりが置いてあった。

 また、俺の好きなものばかりだ。


 冷蔵庫を覗くとスイカが切ってあり、おやつに食べてくださいとメモ書きが添えてある。

 冷蔵庫からサラダと麦茶を出してコップと共にお盆へ乗せる。

 ちゃぶ台に着くと麦茶をコップに注ぎ、ご飯を食べ始めた。


 夕方になっても母さんが帰ってこなかったので、明るいうちに移動してしまおうと、神社へ向かうことにした。

 花火へ行ってきますと置手紙をちゃぶ台の上に残し、玄関に鍵を掛けて家を出る。

 家の裏手の垣根の切れ目から家の敷地を出ると、舗装されていないが踏み固められた細い土の道があり、その上を慣れた様子で歩いて行く。

 すると、下の街並みが見渡せる高台へと辿り着く。


 下へ降りるのには、高台の転落防止柵の切れ目にある昔の住民が作ったのであろう大きな石を置いただけの階段を使う。

 幅はまばらであるが、思いのほか使いづらくはない。

 そこを降りていくと、民家の塀と塀の間の細い裏路地へと通じていた。

 両側には、広い平屋の家を囲む木の塀がそびえ立っている。

 ここは、漁師の家々が建ち並ぶ一帯だ。


 漁港に近く、クラスの奴らのほとんどがこの一帯に住んでいるので、友達の家に遊びに行くのに、この抜け道を昔はよく通っていた。

 西窪海岸に抜けるのにも、頻繁に走る車もなく安全で便利なのである。

 家々の横の壁を眺めながら、ひたすら真っすぐ歩いていくと家は無くなり視界が開け、軽トラック一台分の道が現れた。

 その向こう側はコンクリートの低い壁になっている。

 台風や満潮時の高波に備えた防壁だ。

 壁の向こう側は一面の海景色が拝める。


 海沿いにさらに歩いていくと二股になっており、片道は西窪海岸へもう一方はこの町で一番賑わいを見せる大通りへ合流する。

 大通りと言っても、道幅の少しばかり広い両側に店の建ち並んだ程度のものだ。

 いわゆる商店街と言うやつなのであろうが、雑貨店、食肉店、八百屋もあれば、洋服、宝石酒屋、学習塾やカルチャー教室なんかもここにあり色々と混じりすぎている。

 ちなみに、この地にはコンビニやスーパーもあるのだが、この辺りは広い敷地ではないので、少し離れた県道沿いに堂々と建っている。

 このあたりの住人は車で買いものに行くのだ。


 俺の学生時の夏は、友人達と少し距離のあるコンビニまで自転車をかっ飛ばしアイスを買いに行くのも、楽しみの一つであったと思い出す。


 話が逸れたので戻そう。

 商店街に出たのだが、この先の西窪海岸へ来る花火客がお金を落としていくようにと、それぞれの店の前に、小さな屋台を作り色々なものを売っている。

 電気屋なんかも、外で使える家電をフルに使って肉や魚を焼き販売している。

 きっと、母さんの仕事仲間もどこかの店に居るはずだ。

 実家の手伝いをしている同級生にも数人ほど声を掛けられ、少し話し懐かしさを共感し再会を喜んだ。


 皆は手伝いがあるので少しだけと近況報告と昔話をする。

 終えると手を振り目的地の神社へと向かった。


 商店街を抜けると海岸へと続く道へと辿り着く。

 少し同級生と話していたからか、花火会場の海岸へと向かう道に結構な人の群れが出来上がっていた。

 人の合間を縫うように横を突っ切り人混みの向こう側へと渡りきる。

 それから、海岸へとは別方向へ抜ける細い横道へと体を滑り込ませた。




 その細道をしばらく歩くと建物はなくなり外灯が減っていく。

 それに伴い、周りに木や草が増えてくる。

 さらに進むと次第に右側が斜面になっていき、それは小高い山と変化していた。

 歩み続けていると右側に小さな石の鳥居が見えてくる。

 そこを潜ると山の頂上にある神社へと続くのであろう長い長い階段があるのだ。


 燈は、顔を上げ目的地を見上げる。

 そして深呼吸を一度して、その階段を上り始めた。

 階段は歩幅が狭く段数の多い階段の為、かなり大変である。

 少し息切れをし、わき腹を抑えながら登る。


 赤い大きな鳥居が見えてくると、階段はようやく終わった。

 ゆっくりと息を整えながら歩み、神社の社の方へと移動する。



 社に近づいた時である。

「あのーすみません。」

 と、誰かに後ろから声を掛けられた。


 振り向くと、そこには黒パーカーにジーパンの見知らぬ若い男が一人立っている。


 燈は少し警戒しながら、返事をした。

「はい、何か用ですか?」



「あ、いえ。あの~おひとりですか?」

 男はそう馴れ馴れしい感じで少しずつ距離を縮めニヤニヤしながら尋ねてきた。


 燈は警戒しながらも、その問いにハッキリと答えた。


「ええ、私一人ですけど、何か?」



 



実は、ずっと燈は1人でした…。


前編を辛抱強くお読みいただき、ありがとうございました。

後編はフャンタジーあり、怒涛の展開……お付き合いいただけたら幸いです。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 人の死を扱う作品でありながらも勇気づけられるお話でした。 前編で明らかになる真相にはやはりショックを受けました。それでいて蛍自身の口で語られているだけに、彼の存在の重さ、燈にとって彼がどれ…
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