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決意

 綾に別れを告げ、自ら底の見えぬ孔に飛び降りた後、魈は光が絶対に差さないであろう闇い冥い空洞を落下していた。


 急速に小さくなっていく王室。天井に吊るされたシャンデリアもどきの光が徐々に見えなくなる。


 魈はその光に手を伸ばした。だが、掴むことも出来なければ届くわけもなく、落下が止まるわけでもない。


 轟轟と耳元で唸る風の音がやけに煩い。視界を埋め尽くす暗闇は鬱陶しい。身体中に襲いかかる浮遊感は更なる恐怖へと誘う。


 紐なしバンジージャンプを絶賛体験中な魈は、自分の不運を、不幸を心の底から恨んでいた。憎んでいた。呪っていた。


 もういい? そんなわけがない。どうして、犯してもいない罪で断罪されなければいけないのだ。


 俺が落ちればいい? どうして、自分が犠牲にならなければならない。何もしていないというのに。


 そんな自問自答を繰り返し、落下をし続けている内に魈は何もかもを諦めかけていた。


 魈があの王室から落ちてから、一分近くが経過している。重力に関しては日本と同じ認識で大丈夫なのか、落下速度も徐々に上がっている。こんな状態で地面と激突した暁には、地面のシミになること間違いなしである。


 そして、魈がシミと化してしまうお時間が来てしまった。地面が見えてきたのだ。歪な形をした、先程の王室とは少し違った白色の地面が。横から湧き出ている水が溜まってはいるが、衝撃が緩和されるとは思えない。つまり、この先に待っているのは〝死〟そのものである。


 だが、今更どうすることも出来ない。先程の〝飛翔〟という魔法が使えたら助かったかもしれないが、生憎と魔法に適性はなく、それどころか魔力は零である。自ら落ちたあの瞬間から、こうなることは確定事項だったのだ。


 すぐに楽になれるだろう。一瞬で地面のシミになる。痛みを感じる間もなく楽になれる。


 だが、そう考えれば考える程、魈の胸中を恐怖が埋め尽くす。だって、死にたくないのだ。まだまだ、やりたいことがたくさんあるのだ。来たくなかった異世界に来たからには、強くなって“憧れ”に少しでも近づきたかったのだ。


 けど、これで終わる。その事が、ただ純粋に怖かったのだ。


 もう少しまともな人生を送ればよかったのかな? そんなことを考えながら、魈は目を瞑った。脳裏に過るは物心がついてから今までの記憶。走馬燈、なのだろうか。悲しいことに、楽しかった記憶より辛かった記憶の方が多いように感じた。


 そうして、ズドォン! という衝撃音が響き渡り、白い物体が舞い上がり、水柱が吹き上がった。


 そうして、静寂に包まれた地下空間に、悲痛な呻き声が響いた。


「うっ、がはっ……! はぁ、はぁ……、ごほっ」


 その声の主は、魈だった。


 魈が地面のシミとならずに生きていた理由、それは、地面と激突するのと同時に地面から衝撃を緩和させるのが目的なのか、突風が発生したのだ。一瞬だけ魔法陣が見えたことから、魔法か何かのお陰だということがわかる。まぁ、これがハイドリヒ達の手によってのものかはわからないが、より苦しめようとギリギリを狙って生きさせようというのなら、その可能性もあるかもしれない。


 だが、突風は発生したが、落下の勢いがなくなったわけではない。それでも多少は緩和されたのだろう。そのお陰で、辛うじてではあるが、生きることが出来た。


 しかし、緩和されたといってもかなりの衝撃だったが故に、内臓が少し傷付いたのか息とともに少量の血も吐き出してしまう。白い床の一部が、赤に染まる。


 魈は痛む身体に鞭を打ち、立ち上がって周りを一瞥した。よく見えなかった床をよく見てみると、それは無造作に散らばっていた人骨だった。粉々に粉砕されていたりとほぼ原型を留めてはいなかったが、間違いなく骸骨である。


「これって……、俺みたいに落とされた人、だよね……」


 魈のように、有罪と判断され牢屋送りにされた人達の成れの果て。それが、今、魈の目の前に散らばっている骸の正体なのだろう。


 人間、水さえあれば生きれるとは言う。それでも、一週間くらいが限度らしいが、それでも生きれはする。人間、やる時はやるのだ。


 だが、生きる気力をなくさせる光景が、目の前に広がっていた。


 出口の見当たらない狭い空間。散らばっている大量の死体。辿り着く先は〝死〟、ただ一つ。生きれないんじゃないかと思うのも無理はないかもしれない。


 魈は無言のまま、壁を背にして膝に顔を埋めて座り込んだ。


「こんなところで、死にたく、ない……!」


 魈の本心からなる心の叫びは、誰の耳に届く事無く、闇の中へと溶けるように消えていった。




 魈が自ら闇の中へ落ちて行った後、綾はその場で泣き叫んでいた。


「き、如月君が! 如月君がぁ! 優輝君、離してよ! 如月君を助けに行かなきゃいけないの! だから、離してよ!」

「やめろ、綾! 如月はこの国を脅かそうとしたんだぞ!? 犯罪者なんだぞ!? どうして、そんな奴を助けに行くんだよ!?」

「違う! 如月君は何もしてないのに! ここに来たのはついさっきなんだよ!? 如月君が何か出来る時間なんてないのに、こんなのおかしいよ!」


 綾の言い分は、間違いなく正しい。


 魈は、勇者として召喚された綾達四人と一緒にこの世界に召喚された。言ってしまえば、勇者の召喚に巻き込まれてしまった被害者である。だというのに、個人を証明することの出来るステラ・プレアスに書かれていた称号に、レイアスト王国の仇敵である吸血族(ヴァンピシャス)の名前が書かれていたからといって、即座に処分を下そうとするのはおかしい。


 この場合、魈だけでなく綾達勇者組も疑っていいはずなのである。だが、ハイドリヒは勇者たちに絶対的信頼を寄せ、魈を犯罪者と断定し、処分を下した。この世界では証拠となるかもしれないが、綾達からしてみれば称号なんて判断材料にはならない。


 だから、綾は納得出来ないのだ。まぁ、好きな人が犯罪者なわけがないと思いたいからなのかもしれないが、そんなことは関係なく、魈がそんなことをするとは思えないのだ。


「もしかしたら、如月がずっと前にこの世界に来て悪事を働いていたかもしれないだろう?」

「如月君はそんなことをする人じゃない! 如月君は、如月く、っ……!」


 優輝のあまりの物言いに、綾は魈が悪くないと必死に弁明しようとしたが、うなじに落とされた手刀によって物理的に止められ、綾は意識を闇の中へと落とした。


 意識の途切れた綾を受け止め、手刀を落としたのは美琴だった。


「な、何をするんだ美琴!」

「……綾の為よ。これ以上は、綾の心が壊れてしまう。既に手遅れかもしれないけど、それでもこれ以上は危険だわ。優輝も、如月君のことを悪くは言わないで。綾の前では、絶対に」


 綾を抱き抱えつつ、美琴は優輝を睨み付けた。その瞳は真剣そのもので、優輝は自分でも気付かない内に後退った。それほどの威圧感が、その瞳には込められていた。


 どうして、親友である美琴が綾を気絶させるなんて暴挙に出たのか。それは、言わずもがな、綾のことを心配したからである。


 あのまま泣き叫んでいたのなら、魈が犯罪者だと言われ続けていたのなら、綾の心は確実に壊れていた。


 訳もわからずいきなり別の世界に召喚され、勇者としてこの世界を救って欲しいと言われた。それだけで、綾の心は不安で一杯だったはずだ。


 そこに、好きな人である魈が、大切な人である魈が犯罪者扱いされ、挙句の果てには投獄。更に、止めと言わんばかりに二度と会えないと言われたのだ。精神が壊れるには十分、否、十二分な出来事が、たった今起きてしまったのだ。


 しかも、綾は魈を助けることが出来たはずなのだ。もう少し早く行動していれば、もう少し早く気付いていたのならば、きっと魈が飛び降りることもなかった。飛び降りても、助けることが出来たはずなのである。ほぼ不可能な事態だったとはいえ、少なくとも綾はそう思っているのだ。


 それだけならまだしも、最後の言葉として感謝と別れの言葉である。目の前を、悲しい笑顔を浮かべたまま好きな人が飛び降りる。それが、どれだけ凄惨な光景だったかなんて当事者である綾しかわからない。わかるはずがない。


 だからこそ、綾の心は壊れるんじゃないか、と美琴は心配になったのだ。もう、手遅れだとしても、これ以上綾の辛い顔を見たくなかったのだ。


 綾をこんな目にしたのは、言ってしまえば魈だ。こんなことを言うのは間違っているのはわかっている。だが、そうだとしても言わずにはいられない。


「まったく、恨むわよ。如月君……」


 そう言いながら、美琴は魈が飛び降りた穴を見つめた。魈が何もしていないというのは美琴もわかってはいる。だが、それでもやっぱり言わずにはいられないのだ。よくもやってくれたわね、と。


「王様、綾を休ませたいので部屋をお借り出来ますか?」

「うむ、すぐに手配させよう」


 そうして、召使いと思わしき人に連れられ、それぞれ自由に使っていいという部屋で休むことになった。




 美琴の姿は、綾が休んでいる部屋の中にあった。人数分の部屋を用意してくれたのだが、綾が心配過ぎて居ても経ってもいられなかったのだ。


 寝ている間は何も考えずに済む。だが、起きてしまえば嫌でも思考ははたらいてしまう。それが、怖かったのだ。起きた後、魈のことを考えてしまった時、綾がどうなってしまうのか。それが、怖かったのだ。


 美琴は、すやすやと寝息を立てて眠る綾を見て微笑み、頭を撫でた。何処かお母さんらしく思えるのはきっと気のせいだ。気のせいったら気のせいなのだ。


 美琴は知っている。綾が、どれだけ魈のことを想っていたのか。どれだけ魈が大切な存在なのか。どれだけ魈が好きなのか。美琴だけが、そのことを知っている。


 毎日のように、綾は魈のことを話していた。こんなところがカッコいい! とか、こんなところが優しい! とか。毎日毎日、幾度も幾度も、綾はまるで自分のことのように魈のことを話していた。時に狂気すら感じる程だったが、それほど綾は魈のことを想っていた。だからこそ、綾の気持ちがわかってしまうのだ。


「これから、どうなるのかしら……」


 美琴の心情を表すかのような呟きの直後、ドアをノックする音が美琴の耳に届いた。「誰かいるか?」と優輝の声も聞こえる。


「えぇ、いるわよ?」

「そうか、入るぞ。綾の様子はどうだ?」

「ぐっすり眠っているわ。起きた後、どうなるかはわからないけれど」

「まったく、本当に優しいよ、綾は。犯罪者にも優しくしようと出来るんだから」

「……」


 如月君はそんなことはしないわ、と言いたい気持ちをぐっと堪える。それを言ったところで、優輝の考えは何も変わらない。魈を絶対悪と信じている限り、優輝が考えを改めるなんてありえないのだから。


 しかし、すぐに美琴は後悔することになる。優輝を止めていれば、と。


 優輝は拳を握り締め。


「でも、俺は綾を泣かせた如月が許せない。まぁ、今頃は牢屋で反省しているんだろうけど」

「! 優輝、それ本気で……」

「どうして?」


 優輝のあまりの物言いに。そして、綾の前で魈のことを悪く言わないという約束を早速破ったことに苛立ちを覚え、美琴が口を開いたのと同時に、優輝と美琴以外の声も部屋に響いた。


 美琴と優輝が声の聞こえた方を向けば、そこには寝ていたはずの綾がいた。まぁ、そもそもこの部屋にいるのは美琴と優輝、そして綾しかいないのだから、美琴と優輝以外の声が聞こえたのなら綾しかいないと思うのだが。


「あ、綾……。いつから起きてたの?」

「綾、目が覚めたんだな。よかった」


 優輝は綾が目を覚ましたことに安堵しているようだが、美琴はその逆で内心ビクビクしていた。もしかしたら、話を聞かれていたんじゃないかと。


「ねぇ、優輝君。どうして、どうして如月君のことを悪く言うの?」


 綾の優輝に対する言葉に、美琴は顔を歪めた。綾が起きていたのなら、話す場所を変えるか優輝を黙らせるかしていたのに。綾が起きているという可能性を否定していた。


 優輝は優輝で、綾が再び魈の名を呼んだことをいいように思っていないようだった。


「どうしてって、あいつは犯罪者なんだぞ? この国を脅かそうとした奴なんだ。いや、もう悪事を働いていたのかもしれない。綾が優しいのは知ってるけど、あいつにまで優しくしようとしなくていいんだ。あいつは、もう牢屋の中で、出てくることはないんだからさ」

「やめてよ……」

「これで、綾も如月と関わらずに済んで……」

「やめてよ! これ以上、如月君のことを悪く言うのはやめて!」

「二人とも。その辺にしときましょう。今日は突然なことばかりで疲れたでしょうし。優輝も綾も、今日は休みましょう」


 優輝と綾は不服そうだったが一応は納得し、優輝は渋々といった感じで部屋へと戻って行った。やはり、未だに綾が魈のことを考えているのが理解出来ないのだろう。正義感の塊みたいなものである優輝のことだ。魈が何かしたに違いないとでも思っている、否、思い込んでいるに違いない。


 美琴はそんな優輝の考えが長年の付き合いによってわかってしまうため、綾に見えないようにため息を吐いた。


「ありがとう、美琴ちゃん。あのままだったら、私……」

「いえ、私も優輝があれ以上何か言ってたら斬ってたかもしれないわ。事情を知らないとはいえ、あれは言い過ぎよ……」


 口封じに斬るとは……。美琴さん、怖い。


「ねぇ、美琴ちゃん。如月君は、大丈夫だよね?」


 綾の質問に、美琴は何も言わなかった、否、言えなかった。


 今の綾には、気軽に大丈夫だなんて言えないのだ。言えるわけがないのだ。


 綾も、魈が大丈夫だなんて思ってはいないだろう。もしかしたら、牢屋で酷い目に合っているのかもしれない。でも、そうだとしても、無事だと信じたいのだ、信じていたいのだ。でなければ、綾の心は簡単に壊れてしまう。治らないほど、滅茶苦茶に、粉々に砕け散ってしまう。


 でも、美琴には一つ考えが浮かんでいた。


「大丈夫かは、わからないわ。けれど、床を砂に変えた魔法。あれを使えるようになれば、如月君を助けられるかもしれないわ。綾の職業は〝治癒術士〟でしょ? 私達の中で一番魔法が使える可能性があるのは綾、あなたでしょ?」

「うん、そうだね……」


 回復系統の魔法を使うのに長けている職業〝治癒術士〟。確かに、勇者組の中で魔法を多く使うことが出来そうなのは綾だろう。並大抵の努力では無理でも、必死になれば魔法を覚えることも可能だろう。きっと、否、絶対に。


「美琴ちゃん。如月君を助けるの、手伝ってくれる?」

「えぇ、当然でしょ? 貴女の親友なんだから」

「うん。美琴ちゃん、ありがとう」


 綾は心の中で決意した。この国で、この世界で成長すれば、何時の日か魈を助けることが出来るようになるかもしれない。


 その結果、この国を敵に回すことになっても、大切な人を助けるためならば、会って自分の気持ちを伝えるためならば、綾に後悔はない。


「待っててね、如月君。私が、絶対に助けて見せるから!」


 綾は新たな決意を胸に、声高らかに宣言した。美琴はそんな綾を見て、もう心配は無いだろうと確信し、親友が一歩を踏み出したことが嬉しくて微笑むのだった。


ども、詩和です。お読みいただきありがとうございます。

さて、今回はいかがでしたでしょう。楽しんでいただけたなら幸いです。

なんか優輝が嫌なキャラ化してきましたね。一体、どうしてああなった……。勝手に動かれると大変なんだよぉ……。

次回は、魈sideに戻ります。しばらくは、綾達の方は書かれないかな? わからないけど。

さて、今回はこの辺で。書くことがないのです……。

それでは次回お会いしましょう。ではまた。


※物語の流れを大幅に変更するため、2019/04/21に改稿しました。

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