異世界転移への誘い
すべての時が止まっている。そのことにいち早く気付くことが出来たのは魈ただ一人だった。流石は二次元大好き魈さんである。そんな魈に続いて、綾と美琴が気付き、少し遅れて優輝と賢吾が気付いた。だが、気付いたとは言っても、正確には訳がわからないといった様子である。こういう展開をラノベとかでよく見かける魈ですら困惑しているのだ。訳がわからなくて当たり前だ。
しかし、こんな急展開の最中でも、魈は至って冷静だった。どうして誰も動かないんだ、どうして俺は動けているんだ、などの色々な“どうして”が脳を埋め尽くすが、それでも冷静さを欠くことはなかった。何故なら、こういう時に慌てふためく奴は真っ先に死ぬと知っているからだ。もはや、お約束な展開なのだ。
「き、如月君……。近くにいてもいいかな? なんか怖くて……」
魈の服の裾をちょこんと摘み、声を震わせながら綾はそう言った。一目でわかるほど怯えている。しかし、こんな非現実的な状況に陥っている今、怯えるのも無理はない。
魈はそんな綾に、俺なんかより七瀬君の方がいいんじゃないかな? と思いながらも拒んだり促したりはしなかった。心細く、誰かの傍にいたいという気持ちは痛いほどわかる。こんな異常事態だ。一人でいるのは怖いに決まっている。
「うん。大丈夫、きっと大丈夫だから……」
魈は震える綾の手を取り、ぎゅっと握りしめた。いつもの魈なら、きっとこんなことはしていなかっただろう。後が怖いとか周りが怖いとかそんな言い訳をして。だけど、今この場にクラスメイトはいない。ならば、恐れるものは何もない。だから、少しでも安心させようと握ったのだ。自分なんかじゃ、そこまでの効果はないとわかっていても。
しかし、綾はそんな魈の言葉が嬉しかったのか、はたまた手を握ってもらえたことが嬉しかったのか、頬を綻ばせている。先程までの強張った様子は皆無だ。安心している場合じゃないとわかってはいても、嬉しいのだ。今まで拒まれてきたから、傍にいることを認められたことが嬉しいのだ。
「みんな、大丈夫か!? 出来るだけ近くに集まろう!」
不可解で非現実的な状況でも、優輝はいつも通りのリーダーシップを発揮していた。流石はクラスの中心的存在、リーダー、イケメン主人公様である。平凡でモブキャラな魈とは大違いだ。言ってて虚しくなるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。後でこっそり泣こう。
「光崎さん、七瀬君達の所へ行こう。バラバラでいるよりも、固まっている方がいいと思うんだ」
「う、うん。如月君の言う通りにするよ?」
魈は綾とともに優輝達の元へと向かった。正直、関わりたくない人物ではあるが、こういう非常事態なときにこそ、リーダーという存在は必要不可欠なものとなる。バラバラになってしまう者達を統率するリーダーが。
優輝は周りに全員がいることを確認すると、無事であったことにほっとしたのか安堵の息を漏らした。
「よし、みんな大丈夫だな。それにしても、これはどういうことなんだろうな……」
「俺はわかんねぇな。優輝でもわからないんじゃ、俺にはさっぱりだ」
「私もわからないわね。ここは二次元ではないのだし……」
「私も美琴ちゃんと同じだよ。如月君はわかる?」
「俺もわからない。けど、この後きっと、いや、絶対によくないことが起こる」
美琴の発言に気になる部分はあったが、魈は綾の質問に確信を持って答えた。優輝と賢吾は何を当たり前のことを言っているんだ? と訝しそうな表情で首を傾げ、綾と美琴はこくりと頷いた。優輝と賢吾はともかく、綾と美琴は魈と同じことを考えているのかもしれない。まぁ、何故綾と美琴がこれから起こりそうな展開を知っているのかはわからないが。
魈が考えているこれからの展開。即ち、異世界転移である。
まず、時間が泊まるなんて現実では絶対にありえない。つまり、この世界ではない世界、異世界からの介入によって時が止まったと解釈するのが自然だろう。
勿論、現実に二次元のような異世界転移が起きるとは思わない、思えない。そんなこと、絶対にありえないからだ。
しかし、今、こうして魈達を除いたすべての時が止まっている。まるで、二次元の世界のような出来事が目の前で起きてしまっているのだ。魈が生粋のオタクだからかもしれないが、これが異世界からの介入でなければ一体何だというのか。だから、魈は確信を持って言えるのだ。この状況は、異世界が原因だ、と。
そんな魈の予感は、残念ながら当たってしまう。
五人の足元が急に光り出したのだ。眩い光を放っていたのは、半径五メートルはありそうな幾何学模様。それは、紛うことなき魔法陣だった。何処からどう見ても間違いなく魔法陣である。
幾何学模様の中に描かれている文字は当たり前のように解読不可能だし、そもそも魔法陣だという確証もない。だが、魈は直感的に察していた。これは、絶対に魔法陣だ、と。
「今すぐここから離れて!」
魈は足元が光り出したのとほぼ同時に真っ先に叫んでいた。それは、異世界に転移出来るという歓喜の叫びなんかじゃない。その逆、焦燥の叫びだった。このままじゃマズイ、絶対にマズイ! と。
すべての時間が止まった後にこれ見よがしに出現した魔法陣。となれば、辿り着く答えはたった一つ。即ち、異世界転移である。
生粋なオタクである魈ならば、異世界だぜヒャッハー! となると思ったら大間違いである。ヒャッハーするのは妄想の時だけだ。妄想だからこそ異世界に行きたいと思うのだ。つまり、現実で異世界転移など求めていないのである。
現実ということは、死ぬということだ。つまり、危険な場所へと行くことに、自分から死にに行くことになるのだ。異世界で最強になるなど土台無理な話なのだ。
魈と二次元の最強の主人公では、最初から違うのだ。勿論、最初から最強な者などいない。例外はあるが、努力に努力を重ね、死闘を幾度も繰り広げた末に最強となったのだ。だが、そもそも魈とは“心”の強さが違うのだ。
主人公達は、どんな相手にでも真正面から立ち向かい、どんな逆境でも決して逃げることはなく、大切な人のために命すら投げうることが出来る。それは、“心”が強いから出来ることなのだ。つまり、根本的に魈とは違うのである。
人間関係など自分に不都合なものから逃げ出した魈は、そんな主人公達と並び合うことなど出来ないのだ。これが、魈が異世界転移を拒む理由である。結局は、異世界から逃げたいのである。妄想して逃げる先が異世界だとしても、現実で逃げる先が異世界なのは御免被りたいのだ。
しかし、そんな魈の危険を知らせる叫びは、キュイィィィィン! という魔法陣の起動音か何かの音によってかき消され、綾達の耳に届くことはなかった。
転移が始まるその時まで魈が感じ取っていたのは、離さずに握っていた綾の手の感触だけだった。
眩い光が収まった後、そこにいたはずの五人の姿は欠片もなかった。
そうして、まるで何事も無かったかのように時は進み、周りにいた人はいきなり魈達が消えたことに驚きを隠せないようだった。
これが、〝集団神隠し事件〟として世に知れ渡るのは、もう少し先の話。
ども、詩和です。お読みいただきありがとうございます。
さて、今回はいかがでしたでしょう。楽しんで……って無理か。
今回までが現実世界の話となっております。と、いうことは次回からは……!
まぁ、そんなところです。ショウは一体どうなってしまうのか! あらすじからわかっちゃうかなぁ……。
後、作中に出てきた〝神殺しの魔王〟と〝黒の剣士〟は俺の好きなキャラ達です。他にもいろいろ書こうと思ったのですが、それは色々マズいかと……。でも、どっちもカッコいいですよね。あんな風にショウもなれるのかなぁ……。それが詩和個人としての楽しみですw
さて、今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。
※2019/03/17に改稿致しました。