いつも通りの日常 後編
無事に屋上で昼食を食べ終え、残りの昼休憩も午後の授業も寝て過ごした魈さん。すやすやと寝息を立てる魈を見て、綾はこれまた幸せそうに微笑む。その一方で、優輝と賢吾は魈のやる気のなさを邪険に思った。美琴は美琴で相変わらずね……と苦笑いだ。
そうして、紗耶香先生から連絡事項が言い渡され放課後となった。魈はこれまたタイミングを見計らってむくりと起き上がり、机の中に入れてある授業道具やらを鞄の中に詰め込む。鞄の中でプリントがくしゃくしゃになってしまっているがそんなことは関係ない。早く帰って毎日の日課であるゲームをしなくてはいけないのだ。
鞄の取っ手を肩にかけ、いざ帰路に就こうとすると。
「ねぇ、如月君」
先程の昼休憩の時と同じように待ったがかかった。魈は冷や汗が額を伝う感触を味わいつつ、ギギギと壊れたロボットのように振り返った。
勿論、振り返らなくても魈を引き留めた人物はわかっている。だって、この教室で、否、この学校で魈に話しかける者など数少なく、ましてや何度も何度も聞いたことのある声だ。聞き間違えるはずがない……と思う。
その人物は、言わずもがな。
「え、えっと、何かな? 光崎さん」
綾さんである。勿論、いつも綾の傍にいる美琴に優輝、賢吾の三人もセットである。
綾はにこにこしているが、優輝と賢吾は目を剣呑に細めている。それは、まるで魈を睨み付けているかのよう。美琴はそんな優輝と賢吾の態度にため息を吐いている。
魈は今度は綾にどんなことを言われるのだろうかとビクビク。周りにいるクラスメイト達も何事かと魈達の方を注目している。
さて、綾が魈を呼び止めた理由は……。
「一緒に帰らない?」
「……へ?」
一緒に帰ろうという綾の突然のお誘いに、魈は間抜けな声を漏らした。クラスメイト達は言葉の意味がわからないのかポカンと口を開けて呆けてしまっている。きっと、魈も同じような顔になっているに違いない。肩にかけていた鞄も魈の気持ちを表しているかのように床に落ちた。
「えっと……、一緒に? 帰る?」
「うん、一緒に帰らない?」
もしかしたら、ただの聞き間違いだよね? そうだよね? と自分の耳が壊れていることを願って、それはもう願いに願って綾に聞き返したのだが、どうやら聞き間違いではなかったようだ。流石に、もう聞き間違いは通用しないだろう。本当に、一緒に帰ろうと誘われたらしい。
「その、理由とか聞いてもいいかな?」
一緒に帰ろうというからにはそれ相応の理由が伴うのではないか。もしかしたら、パシリか何かなのではないか? と自分なりに誘われた理由を模索し、聞いた方が早いなと綾に聞いてみることにした。内心、ビクビクしながら。
「私が如月君ともっとお話ししたいから、かな?」
魈の予想の斜め上どころか真上を行き、天元突破でもするんじゃないかという綾の返答に、教室の空気が極寒零度になったと錯覚するほど凍り付いた。というか、ほぼ極寒零度だった。
そんな空気を形成しているクラスメイト達の目が、それはもうヤバいことになっている。ハイライトが消えている人がいたり、まるでゴミでも見ているかのような目の人もいたり、明らかな侮蔑や軽蔑が込められた目で睨み付ける人もいたり、怨嗟混じりの呪言をぶつぶつ呟きながら血の涙を流す人がいたりと様々だが、そのどれもが魈へと向けられていた。THE・カオスである。
光崎さん、お願いだから周りの雰囲気に気付いて! 痛いから! 怖いから! だから、これ以上爆弾落とさないでぇ! と魈は内心、泣き叫んだ。一体、魈が何をしたというのか。ただ、綾に話しかけられただけではないか。
どうやら、この教室では綾に話しかけられただけで許されざる大罪らしい。理不尽ここに極まれり。
「ねぇ、ダメ、かな?」
先程一緒にお昼ご飯を食べたいとお願いされた時のように、上目遣いでお願いする綾。きっと、素でやっているのだろうが、実にあざとい。
一度は断ることが出来た。しかし、二度目のお誘いとなると断り辛い。それに、そろそろこの教室を後にしたい。クラスメイトの目が、目がぁ……。
「え、えっと……、それじゃあ一緒に帰ろうかな……?」
「ほんと!? やった、やったよ美琴ちゃん!」
「えぇ、よかったわね、綾」
魈の返答に、綾は嬉しかったのかぴょんぴょんとまるでウサギのように跳ねて、その勢いのまま美琴へと抱き着いた。美琴はそんな綾を抱きしめる。どうしてだろう、綾にウサミミとウサシッポが見えるような気がするのは。
まぁ、確かに了承はしたが、悲しいことに、もうどうにでもなれ! という魈の投げやり故の決断、及び返答だったりする。
綾からのお誘いを了承しても、断っても、辿る結末は同じ。しかし、ここで断れば綾は少なくとも悲しむことになるだろう。そうすれば、辿る結末は同じかもしれないが、了承した時よりも恐ろしい目に合うことは間違いない。それに、二度目のお誘いを断るのは心苦しいのだ。
「じゃあ、行こ! 如月君!」
「う、うん……って、腕を引っ張らないでぇ~! 鞄、鞄持ってないからぁ~……!」
綾に腕を引っ張られ、魈は教室を後にした。
終始置いてけぼりだった優輝と賢吾は何があったのか理解するのにかなりの時間を要したらしく、たった今、理解したのか「如月と一緒に帰るなんてどうしたんだ?」と誰もいない場所へと優輝が話しかけている様はとてもシュールだった。
美琴は、そんな優輝と賢吾を促し、綾と魈が置いて行った鞄を持って二人の後を追いかけるのだった。
本来なら真っ直ぐ帰路に就き、趣味に明け暮れていたはずだというのに、魈は綾に連れられておしゃれなカフェへと来ていた。清潔な店内に、ゆったりとした雰囲気。流れている音楽はみんなが知っているであろう音楽のオルゴールチックなもの。木で作られた可愛らしい装飾が施されている椅子やテーブルは如何にも女性が好きそうである。
そんなカフェで、魈達五人は丸いテーブルを囲うように座っていた。魈は、一人の方がいい、というか帰らせてもらえないかな? とお願いしてみたところ、一緒に帰ってくれるんじゃないの? という綾のうるうるとした瞳に負け、今に至る。
因みに、魈の隣には綾が座っており、反対側には美琴が座っている。そして、前に優輝と賢吾が座っている。綾は言わずもがなだろうが、美琴は魈に気を遣ってのことである。優輝と賢吾が魈のことをよく思っていないということはわかっている。それを心配して、魈の隣に座ったのだ。
まぁ、美琴の気遣いによって魈は両手に華状態だったりするのだが。その所為か、お客さんからの視線が何処か痛い。こんなとこでいちゃついてんじゃねぇよ、とかリア充爆発しろ、とか聞こえてくる。ここ、女性に人気のカフェじゃなかったっけ……? 男性客ばかりな気が……。
「如月君は何を頼むの?」
綾が差し出してきたメニューを受け取り、どんなものがあるのかを見てみる。コーヒーやドリンクの他にもケーキなど充実している。しかし、そのどれもがいいお値段をしていらっしゃる。至って普通な高校生である魈にとってはかなり辛い。そんな値段だった。
だが、ここで「お水ください」なんて言えると思うだろうか。いや、言えない。言えるわけがない。もし、そんなことを言ったら、綾が魈のために何かを頼み、それを見た周りのお客さん達は女の子に奢らせる鬼畜男と勘違いすること間違いなしである。色々と反論を述べたくはあるが。
「そ、そうだな……。じゃあ、アイスコーヒーにしようかな?」
「私も如月君と同じもの頼もうかな。美琴ちゃんは?」
「そうね、私もアイスコーヒーにするわ」
「俺はホットで頼むよ、綾」
「俺も優輝と同じでいいぜ」
それぞれ頼むものが決まったところで、綾は店員さんを呼んだ。しかし、優輝と賢吾が頼んだコーヒーがとは真逆なのだが、何か意図があってのことなのだろうか……。
そうして、注文を窺いに来た女性の店員さんに綾が頼みたいものを注文する。しかし、店員さんは働いてまだ間もないのか、少し手間取ってしまっていた。魈は、昔の自分を思い出したようで、自分が気付かない内に店員さんへ話しかけていた。
「えっと……」
「急がなくても大丈夫です。ゆっくりで構いませんから」
「あ、ありがとうございます……」
「慣れていないところを見ると、新人さんですか?」
「はい、ここのバイトを始めたのが先週なので……」
「最初の方は色々とわからないことがあるかもしれませんが、気負わずに頑張ってください」
「! は、はい! ありがとうございます!」
新人の店員さんは、魈に感謝を述べながら注文をマスターと思わしき人へ伝えに行った。余計なことを言ったかな? と心配していた魈だが、それも杞憂に終わったようだ。その証拠に、彼女の緊張は少しでも和らいだだろう。話しかけてよかった、そう思う。
綾は優し気な、でも、どこか不貞腐れたような表情で魈を見つめていた。
「如月君は優しいね。初対面の人にでも優しく出来るなんて……」
綾は悲しそうな声音で、そう呟いた。きっと、初対面じゃないのに優しくされないことが悲しいのかもしれない。まぁ、綾にそういったことが出来ないのは周りが怖いからなのだが。
「う~ん、普通は話しかけたりなんかしないよ。でも、彼女を見てたら昔の自分を思い出してね……」
「昔の如月君?」
魈の気になる発言に、綾は聞きたそうにしていたが、注文していたコーヒーを先程の新人店員さんが持って来てくれたので、綾は聞くに聞けなかった。
そうして、新人店員さんはアイスコ―ヒーを三つとホットコーヒーを二つ、そして魈の前にケーキを一つ置いた。
「あの、俺達ケーキは頼んでないはずですけど……」
「その、それは私からのお礼です。先程の言葉、嬉しかったので……。あ、代金は結構ですので」
「そんな大したことはしていないのでお金は払います。ケーキ、ありがとうございます」
店員さんは頭を下げると、他のお客さんに注文を窺いに行った。その顔は、先程の緊張した様子は欠片もなく、清々しく、優しい表情になっていた。まだ緊張はしているだろうが、きっと大丈夫だろう。
その後、魈達はコーヒーを飲みながら楽し気に会話をしていた。と言っても、魈はひたすら黙っているだけなのだが。
四人が楽し気に、仲良く話す中、一人黙々とコーヒーとケーキを食べている光景はかなりシュールだった。傍から見れば、魈だけ浮いていたに違いない。
因みに、新人店員さんが好意で持って来てくれたケーキだが、勿論魈が美味しく頂いている。周りから彼女にあげないの? と言いたげな視線を頂戴したが、そんなことは知らない! と魈がぱくぱくんぐんぐしている。そもそも、貰ったのは魈なのだ。なら、魈が頂かなくてどうする。まず、彼女いないし。
そうして、みんなコーヒーを飲み終えた。いいお値段をしてはいるが、それ相応に美味しかった。ケーキはとても美味しかった。店員さんには感謝である。
「さてと、それじゃあそろそろ行こうか」
優輝が徐に立ち上がり、帰路に就こうと歩き出した。それに続いて、魈達も立ち上がった。
――その時。
ゴーン、ゴーンという鈍い鐘の音が鳴り響いた。あまりの騒音に、魈は耳を抑えたが、まるで脳に直接響いているかの如く聞こえなくなるということはなかった。
そうして、大音量で鳴らされた鐘の音が次第に遠ざかって行き、聞こえなくなった。一体、今の音は何だったのかと魈達は疑問を覚える。どうして、こんなところで鐘の音が聞こえるのだろうか、と。
このカフェの近くに、鐘が置かれている場所などなかったはずだ。つまり、鐘の音が聞こえるなんてありえないのである。
何が起きているのか、と周りを一瞥した後、皆揃いも揃って驚きを露わにした。
まるで、固まってしまったかのように微動だにしない人々。子供が転んだ拍子にぶちまけられたはずなのに、空中に固定されているジュースとグラス。翼をはためかせていないのに、空に浮遊する鳥。
止まっていたのだ。魈、綾、美琴、優輝、賢吾の五人を除いた人が、物が、世界が。
ども、詩和です。お読みいただきありがとうございます。
いきなりの急展開。ザ・ワー〇ド状態ですね。
そして、まさかの綾ヤンデレ説w 俺の作品でヤンデレのいない作品なんぞない!w
次回、ショウ達はやっと異世界へ行きます。その先で待ち受けるものとは……!
さて、今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。
※物語の流れを大幅に変更するため、2019/03/06に改稿しました。