詩和二周年記念番外Ⅸ 作戦会議 前編
これは番外編です。本編とは関係ないです。
それを踏まえたうえでお読みください。それでは、どぞ。
「……みんな、これからのことを話そう。作戦会議だ」
この世界の神――フィオーナにあかりが連れ去られた後、あかりを連れ去られた悲しさと悔しさに打ちひしがれていた夜が放った第一声がそれだった。
てっきり、妹を連れ去られたことに心が折られていたと思ったのだが、ショウのそんな心配は杞憂に終わったらしい。
だが、平気そうな顔をしてはいるが、痩せ我慢をしているだけなのだろう。妹が連れ去られたのだ。気が気でいられないはず。その証拠に、平静を装ってはいても手は震えている。フィオーナに対する恐怖なんかではなく、連れ去られたことに対する怒り故に。
「それで、夜。作戦会議つったってどうするんだ?」
「そうだよ、ナイト……。僕達じゃ、きっと勝てないよ……?」
夜の言葉に、ショウは純粋に疑問を浮かべ、夏希は心が折れてしまったのか弱音を吐いた。ショウの言うこともごもっともだし、夏希のいうこともごもっともである。
作戦会議と言っても、何を話すのかがいまいちわからない。夏希の言う通り、フィオーナには勝てないだろう。現に、夜達は手も足も出せずにあかりを連れ去られてしまったのだから。
指をパチンと鳴らしただけで手も足も出せなくなり、聞いたこともない詠唱を唱えれば空を飛び、相手を言いなりに出来る。他にも、どんな魔法が使えるかわからない以上、夜達に勝ち目はないだろう。あっても、たかが一パーセントくらいだろう。
勝てない、勝てるわけがない。それほど、フィオーナと自分達の実力の差は歴然だった。もはや、比べる必要も無いだろう。そもそも、神に人が抗えるわけがないのだ。
「確かに、俺達じゃ勝てないかもな」
「そうだよ。僕達でも勝てないんじゃ、どうしようも……」
「だからって、何もしないわけにはいかないだろ!」
夏希の言葉を遮って、夜は声を荒げてそう言った。歯を食いしばり、拳を血が出る程握りしめて。
「勝ち目がない、絶対に負ける。そんなのわかってる! だからって、このまま助けに行かないなんて選択肢があってたまるか!」
夜だってわかってる。自分達じゃ、あの神に、フィオーナに勝てるわけがないということを。わかりきっているのだ。
でも、だからといって何もしないわけにはいかない。いずれ時が来たら元の世界にみんなで仲良く戻れるなんておいしい話があるわけない。そもそも、元の世界に戻るにしてもあかりを助け出さなくては帰れない。帰れるわけがない。帰ってたまるか!
「俺はあかりを助けに行く。誰が止めても、絶対に……!」
夜は決意を胸に宣言した。それは、誰に言い聞かせるわけでもなく、自分に言い聞かせるように。今一度、自分の決意を己の胸に刻みつけるために。
「落ち着け、夜。今のお前じゃただ無駄死にするだけだろうが」
そんな夜に、冷水の如き冷めた言葉を投げ捨てたのはショウだった。
「……じゃあ、どうすればいいんだよ!?」
焦燥に駆られ余裕のない夜は激昂するあまりショウの胸倉を掴んだ。
「このまま何もしないなんて俺には出来ない!」
「だから落ち着けって言ってんだ!」
胸倉を掴む夜の手を振りほどいた。
「……ったく、冷静さを欠けば視界が狭まる。焦燥や怒りは思考回路を乱す。感情は時に実力以上の力を発揮するが、我を失えば救えるものも救えない。それくらい、お前にもわかるだろうが」
「……あ、あぁ。ごめん、魈」
「わかれば問題ねぇだろ。まずは、あのクソ神をどうぶっ殺すかだ」
そう言いながら、ショウは不敵な笑みを浮かべた。まるで、獰猛な野獣のような獲物を食い殺さんと言わんばかりの猛々しい笑みを。
「でも、どうすればいいんだろうな。俺と夏希、魈の三人で一緒に戦ってもきっと……」
「うん。さっきみたいに……」
「そう卑屈になるから打開策が浮かばねぇんだ。三人でダメならここにいる全員で戦えばいいだろうが」
ショウの言葉に、リアを除いた全員が「へ?」と間抜けな声を漏らした。まぁ、無理もない。SaM最強と謳われる夜と夏希ですら敵わなかった相手と初心者である梨花達に戦えと言ったようなものなのだ。戸惑わない方がおかしい。
「でも、魈。それじゃ、レベルが……」
「だから、レベル上げに行けばいいんだろ? ここはSaMに酷使した世界。なら、経験値が稼ぎ放題のクエストもあるだろ? お前等なら最高難易度のクエストも問題ないだろうし、それなら短時間でも十分にレベルが上げられるはずだ」
確かに、ナイトとアリスの二人ならば推奨レベルが九十のクエストも難なくクリア出来るだろう。出現する敵もフィオーナの眷属よりは少ない。梨花達を守りながらでも余裕綽々で攻略可能である。
それなら、効率もよく、短時間で底上げが出来る。攻撃を二、三度は受けられるようになるだろう。
「だけど、重力を操る能力を使われたら意味ないんじゃないか?」
「それは俺に考えがある。だから、俺は別行動だ。その間、リアを頼む」
「あぁ、任された」
「日没にここに集合しよう。それじゃあ、後でな」
そう言うと同時に、ショウは呪文を唱えると一瞬にして姿が消えた。呪文を聞くに、何処かにワープでもしたのだろう。まぁ、簡単にいえばドラ〇エで言うル〇ラである。
「さて、俺達も行くか。時間は限られてる。一秒たりとも無駄には出来ない」
「うん。行こう、ナイト!」
「あかりちゃんを助けるためだもんね。頑張らないと!」
「連れ去られたお姫様を助けるのは王子様の役目だもんね。ね? 夜クン」
「あ、足を引っ張らないように……!」
「なんか久しぶりに声聞いた気がする」
「「「……」」」
夜の呟きに、三人はぷいっと顔を逸らした。一寸の狂いもなく同じ動きをする梨花達を見て、夜はくすりと笑った。そんな夜を見て、梨花達は今度は自分達が助けなきゃ! と決意を胸に宿した。助けられてばかりじゃダメだ! と。
「ナイトといっしょがよかった……」
一方で取り残されたリアは、何処かにいるであろうショウを頭に浮かべ、ぽつりと独り言ちるのだった。
夜達とは一旦別れた後、ショウはとある場所へと来ていた。
「さて、まずは情報収集だ」
何事も情報を多く有していた方が有利になる。故に、ショウは街の人に話しかけることにした。
今、ショウがいるのは魔王城の手前の街――アイリル。つまり、フィオーナが待ち構えている魔王城に限りなく近い街というわけだ。同じようなことしか言っていないような気がするが、まぁいいだろう。
SaMでは、街で住民に話しかけるとボス攻略に有力な情報が得られる時がある。まぁ、アドバイスというよりも暗号という表現の方が正しいのかもしれないが、それでもないよりはあった方が幾分かマシである。
ショウの言っていた考えがあるというのはこのことである。まぁ、完全に対抗するのは難しいかもしれないが、何かしらの情報があれば対策は出来るのではないか、とそう思ったのだ。
故に、街の人々に話しかけまくったのだが……。
「……どういうことだよ、ったく。誰一人情報持ってねぇだと……」
誰一人として有力な情報どころか役に立たなさそうな情報すらなかったのだ。話しかければ世間話や愚痴などどうでもいいことばかり。ぶっちゃけ、ここに来た意味なかったんじゃね? と思わざるを得ない状況だった。
「チッ! こんな状況だってのにまだ俺はゲーム感覚でいたのか……! いい加減成長しやがれ、俺! だからスライムに腕溶かされたんじゃねぇか!」
自分を律したはずなのに、これはゲームなんかじゃなく現実なんだと言い聞かせたはずだったのに、まったく成長していない自分に嫌気が差す。
既に知っているはずだったのだ。あの世界――アーストで雑魚だと油断しきったスライムに腕を溶かされてから、異世界では日本の常識なんて欠片も通用しないと、ゲーム感覚でいたらいずれ死ぬと、自分の左腕を犠牲にしてわかっていたはずなのだ。
それなのに、ゲームでは住人が有力な情報を教えてくれるということを鵜呑みにして、それを当てにして、俺に考えがあると偉そうなことを言っておいて、結局は何も出来ていない。それどころか、己惚れと思い込みだけで行動を起こそうとしていた。そんな自分が嫌で嫌で仕方がない。
何の手掛かりもないまま帰る訳にはいかない。あんな啖呵を切っておいて、あれ程息まいておいてここまで来たというのに、何も得られませんでしたなんて許されるわけがない。少なくとも、自分が許さない。
「クソ、何かねぇのか! あの聞いたことも見たこともない魔法を対策する方法は……」
と、そこまで考えてふとした疑問が浮かんだ。
「……待てよ。見たことも聞いたこともない魔法? ここはSaMなはずだ。なら、大抵の魔法は知っている。なのに、あいつの使う魔法はわからなかった。いや、違う。俺は知っているはずだ。そもそも、最初から間違ってたんだ。聞いたことのない詠唱? 当たり前だろうが。ゲームで詠唱が聞こえるわけがねぇんだから」
そう、考えればわかったことだった。詠唱を聞いたことがないからという理由だけで見知らぬ魔法だと決めつけていた。そもそも、最初から詠唱を聞いたことがないというのに。
ゲームで魔法を使うときは、魔法名を唱えるだけなので詠唱は聞こえない。高位な魔法を使うにしても魔法陣が必要なだけでこちらも詠唱は聞こえない。つまり、元々魔法を唱える詠唱はわからないのだ。因みに、夏希が唱える詠唱は適当である。
それに、今思えばフィオーナがあかりに使った魔法は精神魔法と浮遊魔法だ。
相手の精神に干渉して意のままに操る魔法――精神魔法と、文字通り身体を浮遊させる魔法――浮遊魔法。それが、フィオーナがあかりに使った魔法である。
しかし、精神魔法はモンスター相手にしか発動出来ず、浮遊魔法も少し身体を浮かすだけで飛ぶことは出来なかったはずだ。でも、それはゲームの中の話。
この世界にゲームでの常識は通用しない。つまり、ゲームでは出来ないこともこの世界では出来るということでもある。ならば、精神魔法は人にも使用出来て、浮遊魔法は空を飛ぶことが出来るのだと仮定すれば、あるいはそうだとするならば、フィオーナがあかりに使った魔法はわかったも同然だ。
だが、それでも一つだけわからないことがある。
「でも、最初に使ったあれは何だったんだ?」
幾ら考えても、それだけはわからなかった。あの魔法――と言っていいかはわからないが、魔法としておく――だけはまったくわからない。上からの圧力、いわば重力を操る魔法なんてそれこそ聞いたことがないからだ。
「考えろ、考えるんだ……! 思考を巡らせろ……!」
その後、ショウは約束の時間である日没まで脳がはち切れんばかりに思考を巡らすのだった。
ども、詩和です。お読みいただきありがとうございます。
……前回、二話で終わると言ったな? あれは嘘だ。ほんっとうにすみませんでしたぁ!
……おかしいな、想像の二、三倍は文章が長くなるんですけど。予定では今回で魔王城行ってたんですけど。
まぁ、いいや。ここまで来たら失うものなんて何もないですよ。あるとしたら、番外編の長さに嫌気が差して離れていく読者様でしょうか……。それは勘弁して欲しいですけど……。
次回で作戦会議は終わり、その次回で魔王城に行き、その次でVSフィオーナだと思います。うん、後二話じゃなくて四話でした。なげぇなぁ。一話約4,000から5,000だから、あと約12,000文字? うん、なっが。
まぁ、ここで愚痴ってる暇あるなら書けよとか言われそうですし、なんなら自分で思ってるので今回はこの辺で。夏休みですし、毎日投稿出来るように頑張ります。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。




