いつも通りの日常 中編
朝のHRから起きないで寝たままでいると、気付いたら四時限目の授業が終わるまで眠っていた。魈はタイミングを見計らったかのように目を覚ました。
徹夜していたとはいえ、朝のHRから四時限目終了までの五時間くらい眠っていたというのにまだ眠いのだろうか、ふわぁと大きな欠伸をした。そして、強張った身体を伸ばしほぐす。
そうして、昼食を取るために教室を出ようとしたところで、目の前にいる人物に気が付いた。一体何時からいたのかはわからないが、まったく気付かなかった。まぁ、寝起きでまだ寝ぼけていたからというのもあるが。
「おはよう、如月君」
「……お、おはようございます、光崎さん……」
目の前にいる人物に魈は顔を盛大に引き攣らせた。とんだ災難だと。こんなはずじゃなかったと。
魈の目の前にいる人物。机の端に手を添え、その上に顎を置いて覗き込むようにしてにこにこと微笑んでいる人物。それは、綾さんだった。クラスどころか学校全体に知れ渡っている有名人である綾さんだった。
「ずっと寝てたね。もしかして、具合が悪いの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
魈の脳をヤバイマズいという語彙力皆無な言葉が埋め尽くす。非常にヤバイと、とにかくマズいと、先程から警鐘ががなり立てている。朝だけなら百歩譲ってまだいいとしても、昼休みまで話しかけられたと知られると体育館倉庫裏へのご招待券を頂くことになるかもしれない。まぁ、そんなご招待券は絶対にいらないし、なんならもう手遅れかもしれないが。というか、時すでに遅しなのだが。
普段なら、綾達を含めたクラスメイト達と極力関わりたくない魈は、授業が終わるとすぐに人の少ない屋上へと向かうのだが、今日はそうはいかなかったようだ。まさか、起きたら目の前にいるとは思わなかったのだ。毎日そうだが、今日は一段とツイていない。まさか、こんなことになるとは……。
「そ、それで? 俺に何か用があるの?」
引き攣る笑顔そのままに、魈は恐る恐ると綾に問いかけた。その瞬間、もはやお決まりの如く濃密になっていく殺意と侮蔑の嵐。しかし、ここで綾を無視したところで殺意と侮蔑が濃密になることは変わらないのだ。本当にどうすればいいというのか。
「ううん、何もないよ? ただ、如月君の可愛い寝顔を見てただけだよ?」
こてんと小首を傾げながら微笑む綾。さらっととんでもないことをぶっちゃけてしまっている。その瞬間、クラスの男子達の雰囲気が一変した。ヤバイ。このままじゃヤバイ。絶対にヤバイと脳が悲鳴を上げている。
魈はこれ以上原爆級の爆弾を落とさせてたまるかと別れを告げた。
「それじゃあ、俺は昼食を食べに行くから……」
この場合、取る選択肢は逃げる以外ありえない。こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。だから、魈は鞄を持って逃げるように教室を出ようとした。
しかし、そんな魈に待ったをかける者がいた。言わずもがな、綾さんである。
「それなら私もお昼一緒にいいかな? いいよね?」
「……へ?」
魈の事情など一切合切無視しての綾さんの提案に、流石の魈さんも間抜けな声を漏らした。綾さんからは逃げられない!
「え、えっとどうしてかな? 七瀬君達と一緒に食べるんじゃないの?」
魈は逃げたい気持ちを抑えつつ、綾に言外に俺は放っておいてと伝える。しかし、そんな魈の本音が綾に伝わるわけもなく。
「優輝君達も一緒だよ? ダメ、かな?」
さりげない動作で魈の手を取り、若干上目遣いでお願いする綾。先程まで人を殺したことがあるよね!? とツッコみたくなるほどの鋭い眼差しを向けていた男子達は魈へ怨嗟混じりの呪言を呟きながら綺麗な放物線を鼻血で描きつつぶっ倒れた。一方、女子達は男子達へ呆れたような眼差しを向ける。そこには、軽蔑とかそういった感情も含まれているように感じる。
魈はどうするべきか迷っていた。このまま綾のお誘いをありがたく受け取って一緒に昼食を取るのか。はたまた、綾のお誘いを断って一人で昼食を取るのか。前者を取っても周りからはよく思われず、後者を取っても同じ。だから、周りのことは考えないでいい。考えるだけ無駄だからだ。そもそも、周りに流されてとか正直嫌なのだ。流されまくりだとしても。
しかし、一緒に昼食を取ることになれば、綾の言っていた通り優輝や賢吾達と共にということになる。別に、他人にどう思われていようがそこまで気にしない魈だが、自分のことをいいように思っていない人と一緒に食べようとは思えない。そもそも、極力関わりたくないのだ。
「その、ありがたいお誘いだけど断らせてもらうよ。昼食は一人で食べたいんだ……」
「そっか……」
悲しげな表情で俯いてしまう綾。断られたことがショックだったらしい。まぁ、無理もないだろう。
すると、先程までぶっ倒れていた男子達から「てめぇ何考えてんだ、あ゛ぁ゛!?」という視線を頂戴する。魈さん冷や汗ダラダラ。
「じゃあ、また今度ね?」
そう言いながら、綾は魈に手を振り優輝や美琴達のいる方へと向かって行った。魈はオブラートに包みつつも拒絶したつもりだが、どうやら綾さんは諦める気はないようだ。その証拠に、また今度と言っている。本当、どうしてそこまで自分なんかを気に留めてくれるのだろうか。
魈はクラスメイト達の視線から逃げるように教室を飛び出て屋上へと向かった。そうして、どうしてこうなったのかを思い出していた。
最初の頃は、授業中に寝ることもなく真面目に勉強していたのだ。まぁ、同じクラスになってすぐ綾に話しかけられ始めはしたのだが、その頃はあいつ羨ましいなくらいの視線を頂戴していたのだ。
だが、授業中にふと視線を感じ、そっちの方を見ると綾と目が合い、微笑む綾を見て流石におかしいと思い始めた男子達。それから今のような状況へとなった。女子達も同じような感じである。まぁ、中には何故か知らないが綾を応援している人もいるようだが。
それから、魈は音沙汰なく過ごしたいが故に寝て過ごすようになったのである。元々、勉強は出来る方だったので教科書を見て自分なりに勉強するだけである程度のことはわかるのだ。まぁ、そのお陰で綾と違うクラスだった一年生の頃より成績は落ちてしまったが。
一時期、もしかして毎日話しかけてくるのは俺が好きだからなのかな? と馬鹿げたことを考えたこともあるのだが、その考えは即座に否定した。綾は学校の一、二を争うほどの美少女。その反面、魈は平凡を地で行くオタクである。同じ天秤に乗せることすら躊躇われる、そんな関係なのだ。考えるだけでおこがましいのである。
「……俺が我慢すればいい話なのかな?」
自分の感情で、優輝達とは関わりたくないという自分勝手な考えで、綾のことを傷付けてしまった。綾の悲しそうな表情を見て、魈はそんなことを考えていた。
しかし、起きてしまったことは変えられない。過去が変わるわけがないのだから。
「どうすればいいんだろうな……」
この先、自分はどのようにすればいいのか。そんなことを思いながら魈は何時の間にか着いていた屋上のドアを開けた。
魈に一緒に昼食を取ることを断られた綾は、少ししょんぼりとした様子で優輝達の元へと帰っていた。魈の前では笑顔でいたが、悲しいことは悲しいのだ。悟られないように繕ってはいたが、すごく恥ずかしかったのだ。
だって、好きな人を食事に誘うのだ。恥ずかしくないわけがない。だからこそ、綾は勇気を振り絞って声を掛けた。まぁ、断られてしまったのだが。
「はぁ、如月君に断られちゃった……」
「綾、どうして如月を誘おうとしたんだ? いつも通り俺達だけでいいだろ?」
「まったくだぜ。どうして、あんな奴と一緒に飯を食わなきゃならねぇんだ」
綾の気持ちを理解することなく、各々が言いたいことを言う優輝と賢吾。その言葉に、綾は再び寂しそうな表情になる。
確かに、二人の言いたいこともわかる。わざわざ魈を誘うこともなければ、嫌いな奴と喰いたくないという思いもわかる。魈が断った理由も、こうなるだろうと見越していたからなのだから。
だとしても、綾の気持ちを考えずに発言するのはどうなのだろうか。どうして、綾が魈を誘ったのか考えはしなかったのだろうか。まぁ、考えたところで二人には綾の気持ちを理解することは出来ないのだろうが。
綾が魈へ想いを寄せているということを知っている、というか本人に聞かされた美琴は二人の言い分に苛立ちつつ、やがて呆れたようにため息を吐いた。
「如月君も何か用事があったんじゃないの? 昼食は無理でも、一緒に帰るくらいなら彼も許可してくれるんじゃないかしら」
「美琴ちゃん、それいいアイデアだよ! 帰りに誘ってみるね!」
ガッツポーズをしながらそう言った綾に、美琴は微笑みつつも魈に同情の念を向けていた。如月君も大変ね、と。
綾の所為で魈がクラスから孤立しているということはこの四人の中でも美琴しか気づいていないだろう。綾は言わずもがな、魈しか見ていないから。見えていない、の間違いか。優輝はこのクラスでいじめなんてあるわけがない! と心の底から信じ切っているから。賢吾も言わなくていいだろう。脳筋だから、以上。
下手をすれば、昼食を一緒にというよりも一緒に帰るという方がハードルが高いかもしれない。そんなことはわかっていても、綾を応援せずにはいられないのだ。まぁ、本音を言えば早く気付いてあげなさいよ、この鈍感! なのだが。
美琴はこれからの魈の苦労を想い、苦笑いを浮かべるのだった。
ども、詩和でございます。お読みいただきありがとうございます。
さて、今回はいかがでしたでしょう。綾、恐ろしい子……。
ショウも大変ですね。羨ましい……。夜とはまた違った感じのモテ方ですね。
さて、書くことがありません。本当にないです。一体何を書けばいいのか……。
とりあえず、これの投稿準備をしている5月27日現在では全然書けてないです。ですが、この作品も打ち切りにしたら、俺はもう異世界ものは書かなくなると思うので最後まで書き遂げます。
まぁ、宣言したにもかかわらずやめてきましたけど……。
さて、今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。
※物語の流れを大幅に変更するため、2019/2/24に改稿しました。