闇孔の真実 後編
今日(2018/08/01)は三話掲載!
19:00に一話目(投稿済み)、21:00に三話目。
「わかりました。それでは、強硬手段に出ます! 地よ、道を切り開け〝地穴〟!」
「「!?」」
綾が唱えた魔法に、ハイドリヒと優輝は驚きを隠せず目を見開いた。確かに、魔法の才が一番会あったのは綾だ。しかし、地穴を習得したとは聞いていないのだ。
「綾、いつの間にそんな魔法を……」
「如月君に会えない時のために覚えていたの。でも、訓練で覚えた魔法じゃないよ? 訓練の後で教えてもらったの」
「大変だったのよ? 魔力枯渇で何度も倒れて、時には死にかけたこともあったの。それでも、綾は諦めなかった。如月君に会いたいから、そのためにね」
そう、綾は文字通り死ぬ気で地穴を習得したのだ。本来なら習得にはそこまで難しい魔法ではない。しかし、訓練で魔力を消費した後に魔法の訓練だ。つまり、魔力がほとんどない状態での魔法の習得。苦労したことだろう。時に、やめたいとも思った。それでも、綾は頑張ったのだ。ただ一つ、魈に会いたいがために。
勿論、地穴を習得する上で、魔法の訓練をしてくれたクレイには魈に会いたいからという理由は話した。最初の方こそ躊躇ってはいたものの、快く承諾してくれたのだ。下手をすれば、王国を敵に回すかもしれないこと。それでも、綾の気持ちを御座なりには出来なかった。大切な人に会えない辛さは、何度も味わってきたから。
「待て、待つんだ、綾! それ以上は綾も犯罪者になるんだぞ!」
「それなら、如月君と一緒にいられるね。もしかしたら、その方がいいかな?」
「ちょっと、綾? それは私も止めさせてもらうわよ?」
「えぇ、ヒドイよ美琴ちゃん……」
流石に親友を犯罪者にはしたくない美琴。綾に裏切り者! と言われようともそれだけは止めなければいけない。それに、綾と魈を二人きりになんてしたらマズいような気しかしない。主に綾が暴走しかねない。色んな意味で。
幼馴染に変なところで信用されていない綾さん。それは、魈のことを話すときに時々見せる狂気的な愛を見れば仕方が無いかもしれない。あれで二人きりでいさせようと思える奴がいるとは思えない。無駄に正義感が強い優輝とここにはいない脳筋な賢吾を除いて。
「待て、待つのだ!」
「王様には申し訳ありませんが、私は行きます」
ハイドリヒは声を大にして綾を制止するべく声を荒げる。しかし、綾はもう止まらない。この先に、ずっと会いたかった人がいるのだ。止まるわけにはいかないのだ。
「待つのだ……。そこに、牢屋などないのだ!」
「……え?」
このままでは綾は城の地下へと行くだろう。その下に、魈が幽閉されている牢屋があると信じて。しかし、その下には何もない。あるのは、ずっとずっと下に続いている冥く深い闇穴だけ。落ちたら生きている保証はない場所。そこに、勇者である綾を生かせる訳にはいかないのだ。
だから、ハイドリヒは牢屋が無いと言った。今まで、兵士達にも隠していたこと。しかし、秘密がバレるのと勇者一人の命を天秤にかければ後者の方に傾くであろう。
ハイドリヒは、すべてを語ることにした。もう、隠せるような状況ではない。
「その下に、牢屋などないのだ。あるのは、下に長々と続いている竪孔の洞窟だけ。この国では犯罪者はその洞窟に落とすことになっている。落ちたら間違いなく死ぬ高さだ。そんな所に綾殿を行かせる訳にはいかぬのだ」
「そ、それって……、じゃあ如月君は……」
魈が落ちたあの孔は、落ちたら死ぬ高さだという。もし、その言葉が本当ならば魈は、死んでいる、ということになる。
それは、もう二度と話せないということで。
もう二度と顔を見れないということで。
もう二度と会えないということで。
「そ、そんな……、それじゃあ如月君は……」
綾の頬を涙が伝った。それは、魈に会えないという悲しみ、そして死んでしまったという虚無感が涙と変わったのだ。
この一週間、綾は魈に会うために頑張ってきた。短いように思うかもしれないが、それでも綾にとっては長い時間だったのだ。それなのに、最初からその願いは叶わないと決まっていたのだ。そんなの、あまりにも残酷すぎるではないか。
「あ、あの王様。如月君が生きている可能性は本当にゼロなんですか?」
「いや、限りなくゼロに近いだけで必ず死んでいるという確証はない」
「そ、それなら……」
「しかし、あの場所では絶対に生きてはいられない。あの場所には、〝魔水〟が流れているからだ」
魔水。この国では、人体に最も危険性があると言われている水のことである。長い時間をかけて魔力が水に浸透したもの、それが魔水。ただの魔力ならばそれだけでいいのだが、長い年月をかけたために、魔水に凝縮された魔力は膨大な量なのだ。それは、人体に影響を与えるほどに。
人は魔法を使う時に魔力を消費する。個人の体内に宿すことの出来る魔力はその人のステータス値に比例するのだ。つまり、膨大な量の魔力が込められた魔水を飲み続けた場合、膨大な魔力を宿しきれず、しかし、放出することも出来ず死に至らしめるのだ。
つまり、例え運がよくて生きていたとしても、生きるために魔水を飲み続けていれば遅かれ早かれ死んでしまうのである。
「それじゃあ、如月君は……」
「間違いなく死んでおるだろうな」
「如月君が、如月君が……」
綾はその場に泣き崩れた。ついに我慢しきれなくなったのだ。生きている可能性がゼロではないと信じることで、かろうじてだが崩壊はせずに済んだ。しかし、たった今、生きている可能性がないと言われ、綾の精神は崩壊してしまった。この世界での心の支えであった魈が、もういない。その事実は、綾が受け止められるようなものではなかった。
後書きは今日投稿の三話目で。




