闇孔の真実 前編
今日(2018/08/01)は書きすぎたために三話連続掲載!
20:00に二話目、21:00に三話目を投稿します。
魈が王室から地下にある牢屋に落とされてから一週間が経過していた。その間、綾は勇者としての職務を全うしつつ、毎日毎日魈に会いたいが故にハイドリヒに交渉をしていた。
勇者として頑張る、この世界を救って見せる、だから如月君に会わせて! と何度も何度も挫けずに交渉した。その度に断られ続けたが、それでも諦めずに交渉をし続けたのだ。魈に会いたい、その気持ちだけを支えに頑張ったのだ。
しかし、やはり犯罪者に会わせることは出来ないだとか勇者様は自分の職務を全うして欲しいだとかの一点張りで、魈に会うことは叶わなかった。
だが、それも仕方ないことである。綾達勇者組は知らないが、この城の地下に犯罪者を幽閉するための牢屋なんて存在しないのだから。
あるとすれば、絶望を抱かせ、生きる活力を失わせ、自ら死を願い孤独を感じながら死を迎えることの出来る残酷な闇穴の底だけである。
頑なに会わせようとしないハイドリヒに何かしらの理由があるのでは? と不信感を抱き始めた綾は、それでも勇者として頑張るためにレイアスト王国の騎士団とともに訓練に励んでいた。
どれだけ魈に会いたくても、勇者として召喚された以上この国のために、この世界のために頑張らないといけないのだ。例え、魈を酷い目に合わせたのだとしても、頑張らないといけないのだ。
苦しみ、辛い目に合っている人達を見捨てるなんてことは出来ないし、したくもない。じゃなきゃ、魈に会わせる顔がないから。あの時掴むことの出来なかった手を、今度は掴んであげたいから。
だから、人間族の敵である魔人族に、レイアスト王国の敵である吸血族に対抗する力を付けるべく、魈を守れるようになるべく、訓練を頑張っているのだ。
主な訓練の内容としては、騎士達との実戦形式の模擬戦だったり、レイアスト王国の近くにある洞窟の攻略だ。模擬戦では剣道を嗜んでいた美琴と柔道を嗜んでいた賢吾がずば抜けており、洞窟攻略は元々ステータスが高い優輝と治癒術士である綾が重宝された。まぁ、重宝されたと言ってもみんなチートなので殆ど差はなかったように感じた。
しかし、洞窟攻略は思ったよりも難航した。チートな四人が一緒にいて何を苦労するのかという話になるが、問題はそこではない。洞窟内に蔓延っていた魔物自体はそこまで強くなくない、というか弱かった。
なら、何が問題なのか。それは、魔物を殺すということだった。人々に危害を加える魔物とはいえ、生物であることに変わりはない。そんな魔物を、殺すことに躊躇が、恐怖があったのだ。一週間前まで、剣や魔法といったファンタジー世界とはかけ離れた平和な日本で過ごしていた高校生だ。いきなり生物を殺せというのがそもそも到底無理な話なのである。
しかし、綾はそんな訓練を一生懸命こなしていたが故に、努力の結果なのか勇者組の中では一番レベルが高くなっていた。レベルという概念が存在しているこの世界では、経験値はないが、努力量で成長すると言われているようだ。「確かに、その通りかもしれないわね」と美琴は笑っていた。まぁ、魈に会いたい故に頑張ったのだ。レベルが一番高くて当たり前かもしれない。
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光崎綾 Lv.10人間族 16歳 女
称号:勇者
職業:治癒術士
筋力:218
体力:343
魔力:865
耐性力:270
敏捷力:485
固有能力:言語理解/炎雷属性適性<威力増加>/水氷属性適性<威力増加>/風土属性適性<威力増加>/聖光属性適性<威力増加>/魔法合成/同時詠唱/魔力回復/詠唱省略
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ステータスも大幅に上がり、固有能力も少し増えていた。ステータスの上がり方にバラつきがあることから、やはり努力量によってステータスは上がり、それに応じてレベルも上がっているのだろう。もしかしたら、この世界はレベル百が限界ではないのかもしれない。
因みに、未だに綾の魈に対する好意に気付かない鈍感勇者くんはレベル七でステータスオール七百だったりする。そう考えると、最終的に一番強くなるのはやはり優輝なのかもしれない。それでも、魔法に関しては綾の方が上手である。
一週間前のあの日から、魈は牢屋に幽閉されてしまった。仇敵である吸血族の関係者となれば扱いの酷さは計り知れない。拷問という拷問を受け、辛く苦しい時間を一人で過ごしているのかもしれない。そんな目に合っていると想像するだけで、綾は胸が締め付けられるのだ。
だから、魈を助けるためにあらゆる魔法を習得するために努力に努力を重ねた。騎士の中で一番魔法の才に秀でているクレイ=ローズにご教授してもらったのだ。訓練が終わった後も自主的に訓練を積んできたのだ。
魔法を習得する時にどうしてそんなに頑張れるのかと聞かれ、躊躇ったものの大切な人を救いたいと素直に気持ちを告白した。嘘は吐きたくなかったから。
しかし、嘘を吐きたくなかったからとはいえクレイは王国に仕える騎士の一人。当然、止められると思っていたのだが、止められるどころかより一層親切に教えてくれた。まぁ、その分スパルタ教育にはなったのだが、そのお陰で優輝以上に成長出来たのかもしれない。
クレイのスパルタ教育の甲斐あって、今では近衛兵達が魈を捕えるときに使った〝火檻〟と〝地穴〟は勿論のこと、勇者しか使えない聖光属性、その中でも回復系統で最上級の魔法である〝聖療〟まで習得していた。どんな傷でも死んでさえいなければ回復させることの出来るチートな魔法である。
そんな綾の魔法の才能は、勇者組どころか騎士団の中でもトップクラスで、クレイと同等かそれ以上だった。たった一週間足らずでここまで……とクレイは嬉しそうな、でもちょっと悔しそうな笑みを浮かべていた。
そうして、綾にとっては忘れられないあの日から一週間が経った今日。綾は遂に決心した。
「美琴ちゃん。話があるの」
「……如月君を助けに行くのね?」
自分が言わなくても理解してくれている親友に、綾は嬉しそうに微笑んだ。
「うん。今から王様に掛け合ってくる」
「もし、今まで見たいに断られたら?」
「……強硬手段に出ようと思う」
王様達を敵に回すことになるとは綾も重々承知の上だろう。でなければ、強硬手段になんて出ようとはしない。それほど、綾は本気なのだ。本気と書いてマジなのだ。その証拠に、綾の瞳には絶対に揺らがない炎が宿っていた。
こうなったら、例え梃子でも動かないということは親友である美琴はよく知っている。一番最初に覚えようとしていた魔法が〝地穴〟だった時点で薄々感付いてはいたのだ。魈をあんな目に合わせた魔法だというのに、いち早く覚えようとするのにはきっと何か理由があると。まぁ、それがまさか強硬手段とは思いもしなかったが。
美琴は仕方ないわね、と肩を竦めた。
「わかったわ。私も付いていく。綾一人じゃ心配だしね」
「美琴ちゃぁん!」
嬉しさを表現したいのか抱き着いてくる綾。美琴ははいはいと頭をなでなでする。
「それで? 優輝達はどうするの?」
「優輝君達はいない方がいいと思う。如月君の悪口を言われるのは嫌だもん……」
「……それもそうね。それじゃあ、行きましょうか」
「うん!」
そうして、二人はハイドリヒがいるであろう王室へと歩を進めた。魈を助けるために。
しかし、この時二人は気付かなかった。背後に、魈のことをよく思っていないとある男がいるとも知らずに……。
「む? 誰かと思えば綾殿と美琴殿か。何か用でもあるのか?」
「はい。少しお時間をいただけますか?」
王室に入室してきた綾と美琴に、ハイドリヒは何か用があるのだろうと用件を尋ねた。しかし、ハイドリヒは綾がどんな要件でここに来たのか薄々勘付いているようで、顔を歪めていた。
「それで、一体どんな要件だ?」
「……如月君に会わせてください」
わかってますよね? なんて言わない。何度断られようが、何度聞かれようが、綾は言い続けると決めたから。
ハイドリヒは綾の要件に、やはりかと深いため息を吐いた。まるで、わかっていたと言わんばかりに。美琴はそんなハイドリヒの反応を見て眉間に皺を寄せた。
「綾殿、何度も言っておるがいくら勇者に頼まれようとそれは許可出来ぬ。要件がそれだけなら退出を願いたい。儂とて、一国の王。忙しい身なのでな」
「どうしてもだめなんですか?」
「どうしても何も、この国を脅かそうとした犯罪者を、この国の、否、この世界の救世主となり得る勇者殿に会わせるわけにはいかぬ。それに、犯罪者とは面会出来ない、これはこの国の絶対的規則である」
やはり、魈に会えない理由は何度聞いても同じだった。それは、言外に絶対に会わせないと言っているようで、綾の表情が暗くなる。
しかし、どうして勇者の頼みと言えど魈に会えないのだろうか。ハイドリヒも言っていた通り、綾達勇者はこの世界の救世主となり得る英雄である。そんな英雄の頼みなのだから、一つくらい無理なことだとしても聞いてもいいと思うのだが。
だが、英雄で救世主で勇者だとしても、この先もハイドリヒは魈に会わせようとはしないだろう。そもそもの話、会わせられないのだから。
やっぱりだめだった、と綾が強硬手段に出ようとしたその時。
「綾? な、何を言ってるんだ……?」
「優輝君!?」
「優輝、どうしてここに……」
ふと、後ろから聞こえた声に振り返ってみれば、そこには目を見開いて驚きを隠せないといった様子の優輝が立っていた。どうやら、綾と美琴の会話を一部でも聞いていたらしく、不審に思って後を付けて来ていたらしい。
よく確認しておくべきだった……! と美琴は自分の落ち度を恨んだ。綾が魈のことを話題に出す度に「如月のことは忘れるんだ!」と優輝が言っていたことを美琴は知っている。だからこそ、綾と魈のことで話す時は周りに優輝がいないことを確認してから、配慮するようにしていたのだが、無駄になってしまったらしい。
「なぁ、綾。どうして如月に会おうとしているんだ? 早く忘れろって言ったじゃないか」
「……優輝君。何度忘れろって言われても、私は絶対に如月君を忘れない、忘れたくない。如月君に会おうとしている理由も、私が会いたいから。それじゃだめなのかな?」
優輝の自分勝手な発言に、綾は自分の考えていることを素直に打ち明けた。
確かに、綾の言う通り会いたい理由なんて会いたいからでいい。物事をやるための理由など、やりたいから以外にないだろう。好きな理由が好きであるように、嫌いな理由が嫌いであるように、それは絶対不変のルールなのである。
そして、何度優輝に言われても、綾が魈のことを絶対に忘れるなどありえないだろう。それこそ、記憶喪失や規則操作による記憶の改竄や消去が行われない限りありえない。
だって、好きな人のことを、魈のことを忘れるわけにはいかないのだ。でなければ、綾がこの世界を頑張る理由が、生きる理由がなくなってしまうから。
しかし、優輝からしてみれば綾が何を言っているのかわからないのである。どうして、脅していた相手に会おうとするのか、という考えが根底にあるが故に。
優輝は一度こうと決めたらそれ以外の選択肢はないのだ。信念が揺らぐことがないといえば聞こえはいいかもしれない。だが、周りの意見も聞かず自分の意見を貫き通すとなればどうだろうか。自分の考えが間違っているとは思えないからこそ、優輝の中で魈は綾を傷付けた許せない奴という位置づけにあるのだ。
だからこそ、ますます綾が魈に会おうとする理由がわからないのだ。
「どうして、どうして如月に会おうとするんだ。会いたいからって、あってどうするんだよ。如月に、犯罪者に何をされるかわからないんだぞ!?」
「……前にも言ったよ、優輝君。如月君のことを悪く言わないでって。優輝君はどうして如月君のことを悪く言うの? どうして如月君のことを悪いって決めつけるの? ねぇ、どうして?」
「どうしても何も、あいつはこの国を脅かし、誑かそうとした犯罪者なんだ! そんな奴は許せないし、綾に会わせるわけにもいかない!」
やはり、一度沿うと決めたら考えを改めないという悪い癖が発動しているのか、優輝は魈を犯罪者と認識しているようだ。ご都合解釈ここに極まれり。
美琴は仲介した方がいいのかと悩みつつも、綾のためだと止めないことにした。今ここで二人の言い合いを止めたら、今以上に二人の間に軋轢が生じてしまう。今度こそ、その亀裂は二人の関係を崩壊させ、永遠に再生不可能な状態になってしまう。
綾の親友であり、優輝の幼馴染である美琴からしてみれば、そんなことを許せるわけがない。だからこそ、本音と本音をぶつけ合って欲しいのだ。お互いに納得出来なければ、一生後悔することになるだろうから。
かといって、優輝の味方になるつもりなんて毛頭ない。今回ばかしは、どう考えても優輝が悪い。何の罪もない魈を犯罪者だと決めつけ、綾の好きな人を愚弄した。確かに、正義感の塊の具現化みたいな優輝のことだから仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。今までも、ずっと頭を悩ませられてきたのだから。
だから、今までの仕返しではないけど、綾の味方になろうと、綾を支えようと決めた。綾の前で魈のことを愚弄することを許せなかったから。親友としてではなく、同じ女の子として、好きな人のことを愚弄されることを許せないということはわかるから。
「優輝、これ以上如月君のことを悪く言わないでちょうだい」
「美琴!? 美琴まで如月を……!」
「えぇ、そう受け取ってもらっても構わないわ。私は如月君が悪いことをしない人だということは知っている。でも、疑いがある以上、牢屋に幽閉されるのは仕方がないとも思うわ。疑わしいは罰せよと言うしね。けれど、綾が如月君に会いたいと心から願うのなら、私はそれを応援するわ」
「美琴まで如月の肩を持つというのか……! でも、如月には会えないはずだ! ですよね、王様!」
「うむ。優輝殿の言う通り、許可は出せぬ。絶対にだ」
やはり、どうしても会うことは不可能らしい。しかし、それは最初からわかりきっていたこと。一週間も断られ続ければ無理だと諦めがついてしまう。
だからこそ、あの魔法を一番最初に習得したのだ。本当は、聞きたくも見たくもない魔法を。それでも、魈に会うためには必要不可欠な魔法を!
「……なら、強硬手段に出ます。地よ、道を切り開け! 〝地穴〟っ!」
後書きは今日投稿の三話目で。
※2019/06/08に改稿しました。




