プロローグ
大地を蹴り、駆ける音が草原に響き渡り、草木や花をゆらゆらと揺らす爽やかな風は少年の髪を撫でる。透き通ったかのように透明な清水が流れる川には魚が優々と泳いでおり、爛々と草原を照らす白い太陽と風にさらわれて流れゆく雲は、青く澄み渡った空を強調しているかのよう。
そんな、誰もが幻想的で美しい風景と見紛うような草原に、分不相応な音が鳴り響いた。
ふにょんふにょんと音を立てながら弾むゼリー状の物体。ガラスのように透明で薄緑色のそれは俗に言うスライムだった。大きさ形に統一性はなく、しかし、行動には統率のあるスライムは、ある一つの“何か”に夢中のようだった。
スライムが夢中になっている何か。それは、今も尚草原を駆けている一人の少年だった。少年の姿も、スライム同様この美しい草原には似つかわしくないものだった。
少年は、走りながらも左脇腹を右手で押さえつけていた。抑えている手の隙間から滲み出る赤い液体は少年の血液だ。覚束ない足取りなのは、少年が走る度に止めどなく流れる血の所為で身体の血液が足りず、貧血状態になっているから。
そして、左腕からも同じように血が流れていた。少年の腕は、上腕から下がなかったのだ。何故、そんなことになったのか。それは、スライムの力によって溶けてしまったのだ。今も尚、その痛みは続いている。
少年は苦汁に顔を歪めていた。出血が酷いため、激痛が激しいため、瞳からはハイライトが消え虚ろになりかけてしまっている。
しかし、だとしても、瞳の奥には小さな、されど確かな炎が優々と揺らめいていた。少年は、窮地に立たされていても生を諦めてはいなかったのだ。
少年は、肩越しに背後を見やり舌打ちをした。後ろには百体以上のスライム。それに対するは満身創痍な自分。舌打ちの一つや二つしたくなっても仕方が無いだろう。
しかし、神は少年の味方をしてはくれないようで、足が縺れてしまい勢いそのままに地面を転がってしまった。背後に気を取られていたからなのか、足元がおぼつかないからなのか、はたまたその両方か。どちらにせよ、致命的なミスであることは変わりなかった。
「――っう……!」
傷口を草花が擦る。そのあまりの痛さに、少年から痛々しい声が漏れ出た。右腕で体を起こそうと試みるが、思うように身体は動いてくれない。少年の身体は、既に限界を超えていたのだ。無理やり動かしていた反動によって体が硬直してしまうのも無理はないだろう。
しかし、非情なことに少年が動けなくとも、スライム達は動ける。現に、今もスライムは絶賛進軍中である。元々、少年とスライムの差はさほどなかったのだ。数秒もあれば追い付かれてしまう。
スライムは不敵に笑ったように見えた。スライムに顔はない。だが、少年には見えたのだ。それは、ただの幻覚か、それとも意識が朦朧としている所為なのか、それは本人にもわからない。
スライム達はまるで「今だ! やっちまえぇ!」とでも言わんばかりに獲物である少年に向かって飛び掛かった。台詞が小物のように聞こえるのは、やはりスライムは雑魚と認識していたからだろうか。だって、スライムが雑魚なんて、日本人共通の認識だろう?
「――ッ!?」
少年の眼前には、青く広い空ではなく、視界を埋め尽くすほどのスライムが広がっていた。百体近くに及ぶ数のスライムが飛び掛かったのだ。綺麗な空は、青色から薄緑糸へと変貌してしまった。
目の前に広がる死。流石の少年も生を諦めた、かのように思われた。傍から見れば絶体絶命のこの状況。だというのに、少年の目は「絶対に死なない!」と言っていた。物語っていた。しかし、少年の死は覆しようのないものだった。
百体にも及ぶスライムが少年の身を溶かすべく覆い尽くそうとした。
その刹那。少年の視界を埋め尽くしていたスライムが一瞬で消え去った、否、正確には吹き飛んでいた。少年は何が起きたのかと周りを一瞥した。そして、とあるものを発見し、驚愕を露わにした。
そこには、太陽に照らされてエンジェルリングの浮かんだ白色の髪を風に靡かせ、まるで宝石のように輝く紅眼、整った顔を持ち、悠然と佇んでいる一人の少女がいた。
その少女の傍に、一体のスライムがいた。まだ吹き飛んでいないスライムが一体残ってしまったようだ。そのスライムが、少女に襲い掛かるべく飛び跳ねた。少年は、危険を知らせようと叫ぼうとしたその時、瞬時にして襲い掛かったスライムは消え去った。
一体、何が起きたというのか。少年には何もわからなかった。
吹き飛んだスライム達は、目の前の少女に畏怖の念を抱いた。今、たった今、仲間が消えたのだ。即ち、殺されたのだ。自分達が吹き飛んだ理由もわからなければ、仲間が殺された理由もわからない。恐怖を抱くのも無理はない。
「「「「「――――ッ!」」」」」
吹き飛ばされたスライム達は、一目散に逃げ出した。まるで蜘蛛の子を散らすように一斉に逃走を図った。仲間の仇を討とうとは一切思わなかった。本能が語り掛けていたのだ。関わってはダメだ、殺される、と。死神の鎌が今にも自分の首を斬り落とそうとしているのならば、生物である限り逃げ出すだろう。
それは少年にも言えること。しかし、少年は逃げ出そうとはしなかった、否、出来なかったのだ。
身体が動かないのだ。この少女は、スライム以上の脅威だと先程から本能が警鐘を鳴り響かせて止まないというのに、恐怖に足が竦んで動けないのだ。まぁ、本当に動かない理由としては限界を超えていたというのに無理やり動かしたからだろうが。
少女は少年には目もくれず、手のひらをスライム達へと向けた。それは、まるで照準を合わせているかのよう。
そして、死の宣告を告げた。
「――――」
可憐な、それでいて透き通った声で宣告が下された次の瞬間。少女の手のひらから紅色の十字架が放たれた。流星もかくやという速度でスライム達のいる方へ飛んでいく。
スライム達は、その流星と化した紅い十字架から逃れることは出来ず、先程のスライムのように次々と消えていく。そして、遂に百近い数のスライム達は蹂躙され、一つの姿もなかった。
紅い十字架は、役目を終えたと言わんばかりに眩い光とともに紅い液体となり、空気に溶け込むように消えた。スライムの鬱陶しいまであった弾む音は聞こえなくなり、草花の揺れる音と、川が奏でる音だけが耳に届いた。
「ははっ……、流石い、せか、い……。なん、でもありか、よ……」
少年は、大量に流した血液で出来た血だまりの上で感覚のなくなってきた身体を動かすことも出来ずにいた。
そして、目の前で繰り広げられた自分の無力さを痛感させた光景に、渇いた笑みを浮かべた。浮かべざるを得なかった。
視界に、先程の少女を捉えるが、少年の意識は闇の中へと誘われた。
ども、詩和でございます。この度は〝黒の死神と白の吸血姫 ~異世界転移したので2度目の人生を過ごします~〟改め、死姫をお読みいただきありがとうございます。
二度目のにどきみを打ち切りにし、書いたのがこの作品ですが、当初の予定とはだいぶ違う感じになっていると思います。
まず、幼馴染だった綾はただのクラスメイトに。そして、陽華璃と伍島はいない存在になっています。
さらに、他にもいろいろと変更点が……。それは、読んでいただいた方が早いでしょう。
正直、最初の方はパクリだろ! というツッコミが多いと思います。読んだことあるな……と思うでしょう。俺も何かあるもん。というか好きな作品だもん。
ですが、それはリスペクトした上でのオマージュですので、決してパクリなどではありません。断じて。決して。
それと、休みも終わったので、
詩和復活第一弾! 新作〝死姫〟連載開始!
詩和復活第二弾! 〝展ラブ〟の連載再開!
詩和復活第三弾! 展ラブ総合評価200、ブクマ100までもう少し! ということで、活動報告内でアンケートを取ろうと思います。内容としましては、まだ決めかねていますが、まぁ人気投票をしてそのキャラの番外編を書こうかなと考えています。その際にはご協力をお願いします。
同時刻に投稿されている展ラブもどうぞ。
さて、今回はこの辺で。展ラブの方も投稿頻度は下がるものの書いていきますのでお楽しみに。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。
※作品の流れを大幅に変更するため、2019/01/11に改稿致しました。