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2 .子どもが高級食材を食べてはいけません

お待たせいたしました。


 スライムは食べ物ですか、飲み物ですか?


 答え。

 どっちでも無理、です。


「何している。口を開けろ」

 少年の赤い瞳が若干苛立たし気に見えるのですが、ここは受け入れられません。ぶんぶんと大きく頭を振りました。

「こ、これはあなたの獲物ですよね?」

 確か、そう言っていた筈です。

「だから貰えないです。ありがとう、お気持ちだけいただきます」

 要らない、なんて本音はとても言えません。大人ですから。

「よく考えてみたら、まだそんなに喉は乾いていない、気がして…多分」


「お前って」


 その後、少年は口を噤んでしまい言葉の続きはありませんでした。だけど何となく伝わってくるのです、呆れたような空気が。

 馬鹿だなって思っている?

 けれど、そんなことよりも。

 少年の口に、無造作に放り込まれた元スライムから目が離せませんでした。回避、回避したのです。スライムからっ。

 ああ、良かった。


 ごくり。

 少年の細い喉元を過ぎて行く、それ。

 お味は、どうだったのでしょうか?


 聞いてみても良いかな、良いよね。


「あの、味は?」

「味?」

「スライム。どんな味なのかなと思って。美味しい?」

「普通」

 普通ですか…。


「お前の方が旨いだろう、只人?」


 ただびと?


「お前、只人だろう?」


 綺麗なピジョンブラッド色の瞳が剣吞な光に瞬き、捕食者を思わせるような輝きに、怖いと感じるよりも、見とれてしまいました。

 だって、綺麗。

「えっと、旅はしていません」

「旅じゃない。只人、だ」


 聞いたことのない言葉に、ぽかんと間抜けな顔を返す私。少年との間を乾いた風がひゅうと吹き抜けて、深いため息が灰色の砂に落ちました。


「どこまで馬鹿なんだ…」


 呟きながらも彼は、親切に説明してくれました。お手数をおかけして、本当にすみません。

 恐縮する私にとって、少年の口から語られた内容は衝撃的でした。


 只人とは。

 この世に存在する最も弱い、底辺の種族のこと。

 獣人族のように強靭な爪も牙も無く、魔人族のような膨大な魔力も無く、ただただひ弱な只の人族。竜人族などの強種族だけでなく、弱い小人族にさえ狩られ蹂躙され続ける只人族。

 知恵を絞って集落を作り、強襲に備えて結束して隠れ住んでいるのですが、それでも只人族は徐々に数を減らしているそうです。

 それもこれも。


「只人は旨い」


 …うまいって?


 魔力とか獣人とか竜だとか、いつの間に私の脳内はファンタジーに侵されてしまったのでしょうか。おかしいな、私はどっちかと言うと推理小説派なのですが。


 夢だから。


 それで納得します。そうします。

 でも。

 どうせ夢なら只の人よりも強い種族になりたかったな…。


「私、美味しいんですね…」

「ああ。ほら、お前の爪」

 私の手首を握った少年の手は、ひやりと冷たく、セルロイド製の人形のようにつるりとした肌質でした。その彼の爪が黒く変色し、凶悪に感じる程に鋭く伸びたのです。

「あっ」

「お前、爪は伸ばせるのか?」

「の、伸ばせません」

 手首を握っている反対の手で、彼は私の髪を掬い、耳と頬に触れるのです。嫌な感じの触れ方では無かったのでじっとしていましたが、ちょっとどきどきしてしまいました。

 うう、動悸が。

「爪さえも小さく、耳も頬も柔らかい。これで旨くない筈ないだろ?」

 そ、そうなんですか…。

「あの、あなたは只人ですか?」

「俺は牙人だ」

 が、がじん?

「只人を食べる種族、ですか?」

「当然」


 当然なのですね…。


 ど、どうしよう。

 私は只人で捕食される立場、少年は捕食者側。この次に大切な確認事項は、彼の答えによって今後の私の行動に影響します。

 恐る恐る少年に尋ねました。


「私も、食べ、ますか?」

「お前は」

 少年の背は私と同じくらいで、赤い瞳に浮かぶ強い光がふっと揺らぎも見て取れたのです。


「…お前は喰えない」


 ダッシュで逃亡案を考えていた私ですが、少年の答えにほっと胸を撫で下ろしました。食べられずに済みそうです。

「只人は希少な食材だ、喰う為の許可がいる。成体前の俺には許可が与えられない」

「せいたい?」

「俺たち牙人族は3回の試練を乗り越え、一人前の成体と認められる。それまでは幼体であって、庇護されるが権利はない」


 難しいので整理して考えてみます。

 少年は幼体、まだ子どもと言うことなのでしょう。

 何処かの国では、子どもの立場で正式な食事の場に出席が認められないと聞きました。同じ様に、高級食材である私を食べてはいけないということでしょうか。

 認識、間違っていませんよね?


 彼はまだ子ども。


「…笑うな」

「笑っていませんよ?」

「言っておくが、俺は3回目の試練中で、これが終われば成体だ」


 すごいですねって感心したのに、何故、舌打ちを返されたのでしょうか。


「それで、お前は何故ここにいる?」

「え。さあ、分かりません」

「…何処に行くつもりだ?」

「日影がないかなと思って捜索中です。あ、水も探しています」


 ちゃんと答えたのに、何故、無言で首を振られるのでしょう。馬鹿だこいつ、って聞こえましたけれど?


「コロニーが強種族に襲われたのかも、な。恐怖で記憶が曖昧になっているのかも知れない」

 そうなのかな。

 そうかも知れないので、もうその設定でお願いします。


「あの、色々と教えてくれてありがとう。今後の参考にさせていただきますね」

 ぺこんとお辞儀の勢いが良すぎたのでしょうか、頭を上げると軽く目眩がしてしまいました。まだ少年に手首を握られたままだったので、ふらつくだけで済みました。

「あ、ありがとうございます」

 お礼を言うと、少年はまたため息を吐いて。

 今度はとても長く、深い深いため息。


「…良い」


 え?


「庇護してやっても良い、と言った」


「庇護って」

「水場まで案内してやるよ」

「え、良いんですか?」

「仕方ないだろ、お前、変だし。直ぐ死にそうだし」

 憮然としていますが、照れ隠しに見えてしまいます。

 ああ。

 こういうのネットニュースで見た事ありました。猫が鼠の子を庇護している、可愛い動画。似ているかな。ええと何て言ったのかな、こういう現象。

 異種族間交流?

「嬉しいです。お言葉に甘えさせてもらいますね?」


「ああ。笑うなって、くそ」


 あ。

 失礼なことに私、まだ名前を名乗っていませんでした。色々と助けてくれた恩人さんに対して、礼儀に欠けておりました。

「私は、安西 しのぶ、です」

 今更ですけれど、ぺこん、頭を下げます。

「それ、お前の癖?」

「え?」

「頭を下げるやつ」

 どっちかと言えば習性でしょうか、日本人の。お礼だけでなく、何かとごく普通にしてしまう行為ですよね。

「変な奴。ますます喰う気が失せる」

「それは良かったです」

「それで、お前の名前、アン?」

 言いにくそうに、安西のアンを繰り返す彼。ちょっと変化に乏しい表情ですので大人びて見えますが、頬や首筋には未だ幼さが残っていて。

 ええと十歳前後くらいでしょうか?

「あなたのお名前は?」


「ゼウヴァライド」


「え、ゼ、ゥ、ウ?」


 今度は私が言えませんでした。だって。

 ウに点々って発音は難しくて、いたた、舌を噛んでしまいました。お互いに目を合わせた私たちの間を、微妙な空気が通り過ぎます。

 妥協案で許して下さい。

「ゼウ君、と呼んでもいいでしょうか?」

「君?」

「ゼウさんの方がいいですか?」

「…意味が分からない、好きに呼べよ。お前はアン・シノでいいか?」


 どこかの有名人?


「えーっと、はい、それでお願いします。ところで、ゼウ君の試練って何ですか?」

「俺に与えられた試練は、大蠍の心臓。手にするまでコロニーに戻れない」


 お、おおさそり?

 見渡せば灰色の砂と岩ばかりの世界なので、蠍くらい居ても不思議ではないかも知れません。スライムが存在するくらいなので、ぞわり、軽自動車に匹敵する蠍が脳裏に思い浮かびます。

 まさかね?

「見た事があるのか?」

 まさか。

「き、厳しくないですか?」

「確かに大蠍の心臓は難関だ。だが厳しくなければ試練にならない」

「でも」

「お前はいつまでも幼体でいたいのか?」

 黄色と黒の混じる不思議な髪の向こうで、赤い瞳が誇り高い光に満ちていました。


「俺はいやだ。皆が認める自分でありたい」


「だが、まだ戻れない。不甲斐ない自分が嫌になる」

 悔しそうに唇を噛むゼウ君、私の方が年上なのに、考え方が甘くて恥ずかしいです。きっと出来ますよ、と安易に言えもしません。

 精々、叶うといいですね、としか言えない自分を反省します。

 大人なのに、な。


「だが先に水だ」


「どちらにしても水が足りない。食料も。俺の手持ちは残り少ない」

 私なんて水も食料も何も持っていません。

 背中に背負っていた革袋から竹のような短い筒を取り出したゼウ君は、私に向けてそれを放ったのです。あ、危うくキャッチ、です。

「やる。ただの蜜水だが飲んでおくといい」

「え、でも残り少ないって言って」

「水場まで距離があるが、お前、持つのか?」

 水場までどのくらいの距離があるのか分かりませんが、多分、持ちません。ありがたく頂戴します。

 小さな栓が付いていて、抜くと爽やかな水の香りがします。ゆっくりと、ごくり、一口飲み込みます。口内を潤して優しい甘さの水は、喉に落ちて行きました。

「美味しい、です」

「スライムを喰ったから俺はしばらく持つ。お前はそれを大事に飲め」


 残り少ない水を分け与えてくれるなんて。


 ありがとうの言葉だけではとても足りません。

 私も何かお返しできるといいのですが、今のところ出来ることが何も思いつかないこの悲しさ。もし、もしも。

 この先にできることがあれば、必ず役に立ちたいと思います。


 そうして。


 地形や空を確認しながら進むゼウ君の後を必死で追い駆けたのですが、これが結構辛い、です。彼は尖った岩も容易く超えて行くけれど、お、追いつけません。

「お前、それ、本気?」

「ほ、ほん、き、です」


 ぜい、ぜい、ぜい。


「…只人の弱さは想像以上だな」

「ゼウ君は、私以外の只人を知っているの?」

「いや。俺はまだ狩りに加われないし、近づく権利もない」

「制限がたくさんありますね」

「休憩する。喋らず息を整えろ」


 ゼウ君は私の様子を確認しながら何度も休憩を取ってくれました。

 彼一人だったなら、もっと先に歩を進めていたと思うと、本当にいたたまれないです。私の方が年上なのに、親切にしてもらい、気を遣ってもらい、ああ。

 不甲斐ないのは私です…。


 周囲の様子が変わり、大きな岩石ばかりになった頃、彼は足を止めました。


「食料にありつけたな」


 食料?



お読みいただき、ありがとうございました。

思ったよりもお話が進みません。

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