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1 .スライムは食べ物ですか、飲み物ですか?

ファンタジーに挑戦です。よろしくお願いします。


 あれ?


 目が覚めて、最初に感じたのは違和。

 産まれて此の方長く付き合ってきた私の手、が、何となく違う気がするんです。なんだか小さい…ような、え、まさかね?

 まじまじと見つめて、握って、グー。

 開いて、パー。

 思い通り動く…のは当然。

 だから、子どもみたいな手だと思ったのは、単なる勘違いでした。ほら、ぱちぱち拍手だって出来るし、ぐるぐると肩だって回せるし。

 え?

 な、何だか足元も変だけど。

 何故に砂?

 公園の砂場よりうんとざらざらした粗い砂が、履いている私のぺたんこ靴を少し埋めている。え。部屋で靴を履いていること自体不自然だけれど、それよりも。

 私の部屋に、何故、砂があるの?

 って。


 ええっ?


 ここでようやく辺りを見回した私は、皆が言う通りちょっととろいのかも知れません。部屋どころか、私を取り巻くのはごつごつした灰色の岩と砂ばかり。

 その光景が延々と広がっていたのでした。

 は?

 ど、何処…?

 濃い灰色の砂と岩、薄い色の空、黄金に輝く太陽。

 ぎらぎらどころか、じりじりと焦がすくらいの強烈な光が降り注いで、唖然として見上げた私の顔を焦がす。眩しくて目の前がちかちかです。

 …と、とても現実とは思えません。


「あ、ゆめ、か」


 …目が覚めたと思っていたけれど、どうやらまだ私は夢の途中にいるみたい、です。

 頬を撫でて過ぎ行く風は熱く、足裏から伝わる大地の感覚もやたらと生々しいけれど。リアルな夢もたまには見るし。

 今日の夢も強烈だわ。


 でも。


「暑過ぎる…」

 肌を刺す熱に、ついつい呟いてみて。

 手で仰いで風を送ってみたけれど効果は全然だし、質素なワンピースの裾をぱたぱた振ってみたけれどむしろ暑さが纏わりつく感じだし。

 あっつーいぃ。

 それに。

「…誰もいないし」


 何度も周囲を見回すけれど、私以外の人影はありません。

 得体の知れない何かに追われる悪夢じゃなくて良かったけれど、誰一人として出て来ない夢は、それはそれで悪夢っぽい。

 ぎゅ。

 夢にありがちな急な場面展開を期待して、目を瞑ってみたけれど、変化は何も起こりませんでした。


 うう、仕方がない。

 歩けってことなのね、と諦めのため息を吐いて、日陰を探して歩きだした。


 さくさくさく。

 砂を踏む軽い音。

 途中、ちゃんと靴を履いている夢で良かったな、なんて考えながらともかく歩く。あの岩を超えたらサボテンがあるかも。

 …無かった。

 じゃあ、あの岩の向こうかも知れない。

 何度も期待して、その度にがっかりし、結局、目を潤す緑すら見つけられませんでした。当然、人影もありませんよ?

 少し不安になってきたけれど、それでもひたすら足を動かす私。

 自分でも馬鹿だと思う、岩に腰を下ろしてちょっと休憩しても良いのに。でも、そうしたらもう前に進めなくなる気もするし。


 靴の中に入り込んだ砂が痛い。

 お水が飲みたい。


 こんなに疲れる夢は初めてで、どんどん私の体力と気力は減って行き、それでも世界がちっとも変わらないことに悲しくなった。

 夢って理不尽だ。


「目を覚ませ、私」


 悪夢を見た時、必ず唱える呪文。

 普段なら一発で効果があるのに、なんで覚めないの…あ?

 あれ?

 視界の片隅で何かが、ちかり、瞬いた。

 水?

 離れてはいるけれど、少し大きめの岩陰にゆらゆらと揺れる影。水溜まり、かな?

 太陽の影にきらきらと光が波打っているのは水面だろう、やった。間違いない。


 水。


 走り出さずにいられなかった。

 あと少し、あと少しで。


 二歩か三歩行けば膝を付いて水を掬える、そんな位置まで来たところで、唐突に首が絞まった。


「ぐえっ」


 何とも聞き苦しい声が、喉から漏れてしまいました…。

 必然的に足は止まって、詰まった喉元を押さえてみる。ワンピースの襟ぐりが喉に食い込んでいました。どうして後方に引っ張られているのでしょうか?


「あれは俺の獲物だ」


 え?


 振り向けば、私の服を掴んで立ちつくす少年が一人。

 たった今まで人影なんて見えなかったのに、この子、どこから現れたの?


「他を探せ」

 彼はぱっと手を放し、途端、ワンピースは元の位置へと戻り、首が開放されました。あ、息ができる。

「あ、りがと、う」

 服を放してくれたのでお礼を言うと、声はみっともなく掠れていました。げほげほ。咳き込む私を、少年は怪訝な顔で見つめる。

 眉根を寄せる少年。

 鮮やかな黄色と黒の混じった、何とも珍しい髪をしていて、顔立ちも日本人っぽくない。

 アジア人より繊細で、欧米人よりオリエンタルな感じ。前髪が濃い影を落として、余計に硬質な感じに見えた。

 日本人じゃ、ないのかな。

 もしかして言葉が通じない?


「さ、さんきゅ?」

 言ってみて気が付いたけれど、この子、日本語話していなかった?

「あの、聞いても良いですか?」


 おそるおそる質問すると、少年は一瞬意外そうな顔をして、赤い瞳を眇めた。

「…何だ?」

 あ、やっぱり言葉通じるみたい。さすが、夢。

 言葉もだけれど、ようやく私以外の人に出会えて、じわじわと嬉しさが込み上げて来ました。少年の赤い瞳もルビーのように綺麗だし、もしかしたら良い夢なのかも知れません。

 私って単純だな。

「あの、とても喉が渇いていて。良ければあのお水を分けていただけないでしょうか?」


「水?」

 きゅっと赤い瞳が光る。

「あれはスライム。水じゃない」


 す?


「…スライム?」


 って、え、何ですか。それ?


 自分でもすごく間抜けな声だと思いましたよ?

 ゲームに興味の無い私だって、スライムくらい耳にしたことあります。青くてにこやかな表情をしたあのキャラですよね?

 でも、どう見ても、あの可愛いキャラに見えませんが?


「お前、馬鹿なのか?」

 明らかに軽蔑を含んだ言葉が返って来た。そうしたら私がお返しできる答って、決まっていると思いませんか、普通。


「え、ご、ごめんなさい?」


 微妙な加減で疑問形となった私の謝罪に、少年はますます赤い眼を眇める。

 それで素直に、スライムって何ですかと聞くことにしましたとも。

「…スライムは粘性生物の一種で、半透明の性質を生かして水に擬態し、寄って来た獲物を襲う。割とどこにでも発生する」

「発生…」

「見た事が無くても教わっただろ?」

 見た事も教わったこともありません。

 ぶんぶんと首を振って否定すると、深いため息を吐かれてしまった。背中に負った袋を探った少年は、そこからハムスターに似た生き物を取り出す。

 何だろう?

 ぽかんと成り行きをみていると、ぐったりしたハムちゃんを少年はスライムの上に放ったのだった。


 たった今まで水にしか見えなかった透明な物体は、ぶわり、立ち上がる。それだけでも驚いたのに、スライムは意思を持ってハムちゃんを飲み込んだ。


 うぎゃっ。


 どぷり。

 スライムの内部は強酸性で満たされているのかも知れない、ハムちゃんの身体は無情にもどろどろと溶かされて行った。


 うぅ。

 み、見ていられないよ。


「…スライム?」

「スライム」


 平然として答える少年。

「スライムはああして捕食する」

 彼が服を引っ張ってくれていなかったなら、多分、スライムに突進した私はハムちゃんと同じ運命を辿っていたのです…。

 溺れるどころか溶かされていた?

 ひ。

 こ、こわい。

「た、助けてくれてありがとう」

 深々と頭を下げて感謝します。だのに当の少年は、まるで不審なものでも見たかのように、口元を歪めておりました。


「お前、馬鹿、なのか?」


「ば、ばか?そ、そう?」

「馬鹿だろう」

「そうなの?」

「そうだろう…変な奴」

「変なの?私が?」

「お前が変だ」


 馬鹿とか変とか。

 普段だったらそんな事言われたらむっとするところだけれど、命の恩人ですから。何度もありがとうと伝えていると、何故でしょうか、心が軽くなった気がしました。


 こんな風に素直に感情を言葉にするって、良いな。

 いつもは照れくさくて出来ないけれど。

 夢だから。

 普段の私と違っても良いよね?

 なりたい私になっても良いよね?


「…笑うな」

「え、笑っていません」 

「笑っているだろ…とりあえず、ちょっと退いていろ」

 何故?

 と口を開きかけた拍子に、彼は後方を指し示して、遮る。その爪先が真っ黒に変色し、不自然に伸びた気がするけれど。

 み、見間違いだよね?

 さ、3㎝は伸びた?

 指示に従ったというか、怖くて後退りしたというか。

 そんな私を確認し、獰猛な猛獣を思わせる鋭利な先端を赤い舌でぺろりと舐めた彼は、スライムに向かい跳躍した。

 な。

 助走もなく反動もなく、突風を舞い起こして高く飛び上がる。


 しゅ。


 振りかざした腕に空気が引き裂かれ、私の背丈程に伸びあがっていたスライムが、単なる水の塊のように地面に散った。

 ばしゃり。

 乾いた大地はスポンジのようにスライムを吸収して、世界は何事もなかったように静まり返った。そより。吹き上がった風の残滓だけ。


「ほら、やるよ」

 少年が剥き出しの腕を差し出した。もう爪は元の長さに戻っていて、その手の平の中には半透明の石が乗っているのです。

「な、何ですか、これ。スライムは」

「死んだ。これはスライムの核」

「核?」

「ああ、ほら、飲めよ。喉、乾いたんだろう?」

「た、食べられるの?」

「当然だろ、スライムだからな。水分補給しておけよ」


 スライムって食べ物なの?

 いえ、飲み物なの?


「飲めよ」



 ごくり。


 音を立てて、生唾が喉を落ちて行く。

 差し出してくれたのは、彼の厚意。

 分かっています、分かっていますとも。

 それを無碍にするなんて、私にはできません。

 でも。

 でもっ。

 彼の手の中で丸く透明に輝いている核は、ハムちゃんを飲み込んだ元スライムなんです。丸きり水みたいに見えますが、生物で、あの無情なスライムでできているのです。


 口に出来ますか?


「口を開けろ」



 スライムは食べ物ですか、飲み物ですか?

 

 食べる?

 飲む?


 さて。

 選択して下さい。


 あなたはどっちにしますか?



 

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