秘事を君に
「あーあ、世界中消えてしまえばいいのに。」
彼女の物騒な口癖がまた聞こえた。
「だから、消えたらどうするんです?」
いつもと同じ返事をした。
「二人で末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。じゃ、ないの?」
彼女も同じ返事をする。
「だったとしても消えるはずないなぁ。」
また私も同じ返事をする。
「……違うの!ねぇ聞いて、消えるのよ!ちゃんと消えるの!この世界中!」
そして彼女もまた同じ返事を……あれ?
いつもの彼女との会話は、先程の私の返事の後に少しむすっとした顔で『はーい。』と言って終わるはずなのだが、今日は一体……?
「何、固まってるの?そっかぁわかった、知らないんだ!どっかの偉い人が言ったの聞いたんだよ!この世界は残念ながら何年も続きません〜って!それって世界中消えるのが起きるってことでしょ?」
彼女は願いが叶った子供らしく、にぃっと笑ってみせる。私はまだ理解が追いついていない。本当にこの世界が消えることがあるのだというのか。
「あら?もしかして理解できてない?さては半田、あなた本当に私の話を信じてなかったのね!」
「うっ……その通りです……。」
思わず固まってしまっていた表情を崩し、頭を軽く下にする。しかし、無理もないはずだ。なぜなら、この世界が消えてしまうだとかそんな馬鹿げた話を、子供か相当な物好き以外の誰が聞きに行くというのだ。今、私の目の前でそんな話をしている彼女もまだ十五にもならない少女なのだから。
「日本のとある偉い人だって言ったのよ!世界の均衡が崩れて、いずれ世界が静止の時を迎えるんだって!」
「あー……はいはい、お疲れ様ですお嬢様、お休みになりましょう。」
あまりの現実離れした未来予想に、つい流してしまうようになった。すると彼女は、もういいと言わんばかりに赤みを帯びた頬を膨らませて背を向けてしまった。
だが、今なら私は冗談のフリをして本音を言えるのかもしれない。禁忌だと抱え続けていたこの気持ちを、彼女に投げつけることができるのかもしれない。
彼女がシンデレラを夢見ているのは、いつもの会話でわかりきっているのだ。砕けるのは当たり前なのだが、それでもいい。
「私は……」
思い切ってそこまでは言ったのだが、肝心なところが詰まってしまってうまく言えない。
「どうしたのよ?また馬鹿げた話をって言うの?」
背を向けたまま不機嫌な声でつんと聞く彼女は、私の言おうとしていることなどわかりはしない、大丈夫だ。
「違います、私は……ずっと伝えたかったことがあるんです。私は……あなたを愛しています、と。」
やっとの思いで言い切ったが、彼女はまだ背を向けて黙っている。
しばらくしてから小刻みに震えだし、何があったかと少し焦ったが、途端にこちらを振り返って飛び込んでくる。
「あ……ねぇ……!ねぇ、今、今のは本当のことを言ったかしら……?私……私に何を言うの!あなたずるいわ!私から言おうとしていたときなのに!」
「へ?えっ……えぇ!?」
頬だけでなく顔を真っ赤にしながら見上げて言った彼女は、バカ、バカ!と度々私の体に顔を押し付ける。
「だって!あなた普通なら言えないでしょう!?あなたはメイドで、私は仕え先のお嬢様よ?そもそも女の子同士じゃない!だから私からって思ってたのに!ずるいわ!」
慌てながら彼女を自分の体から離して、目線に合わせるようにしゃがんでみせると、彼女は涙を浮かべながらしっかりと私の目を見て言った。
「私だって愛してるわ。ずっと隠してたから知らなかったでしょうけれど!」
それから、私が距離を置くために彼女の肩を掴んでいたのを押し退けてまた私の方へと飛び込んでくる。
本当かどうかはわからないが、これなら世界の終わりも悪くはないか。