神戸プリン
「莉奈ちゃん。お疲れ様。これあげる」
神戸がプリンを莉奈の机の上に置く。神戸の大好物のプリン。冷蔵庫に常に大量にストックされており、誰かがこっそり食べると激怒することもしばしば。小隊長はじめ、神戸プリンと呼び、恐れている代物。
「ありがとうございます。ありがたく頂きます」
思わず莉奈は、笑顔がこぼれる。あの恐れているプリンが自分のデスクにある。
「俺もプリン欲しい」
庁舎に帰って来た一ノ瀬が言う。
「莉奈ちゃんへのご褒美だから、お前にはあげない」
「まぁいいや。さっき一個拝借したから」
「勝手に食うなって言ってるだろ」
神戸は確認に冷蔵庫へ向かう。一ノ瀬は終始ニヤニヤしていた。
「本当に一個ない。一ノ瀬お前、何度言えば分かるんだよ」
ものすごく剣幕で迫ってくる神戸に、思わず莉奈の顔も強張る。
「じゃあ、名前でも書いてくれる?神戸って残りの十二個に」
一ノ瀬の言葉に、神戸の怒りが爆発しかけているのが莉奈にも分かった。
「今、莉奈ちゃんにあげたから、残りのプリンは十一個ですけど!」
そこ?怒るとこ、そこ?思わず莉奈は笑いが込み上げてくる。ここで笑ったらヤバイ。必死に笑いを堪える。
「プリンごときでそんな怒るな神戸。あと一昨日、俺も一個拝借したからな」
ちゃっかり自分もプリンを食べていた小隊長の近藤。意外にお茶目なところがある。
「小隊長まで。もう、プリン誰も食べるなよ」
「分かった分かった」
近藤が言うとブツブツ言いながら神戸は自分のデスクに向かう。プリン事件がひと段落し、いつもの雰囲気に戻る。
「書類作成終わったら電話かけて。俺、整備工場に行ってるから」
一ノ瀬は一言、言うと直ぐに庁舎を出て行く。
この江乃町庁舎の敷地は広く、交通機動隊、機動捜査隊、整備工場とが同じ敷地に建っている。近くには自動車警ら隊の庁舎があり、江乃町は警察の庁舎が集中している。
「そろそろ、夜警らの時間か…」
近藤が呟くと神戸がそうですねと呟く。白バイ隊員は、一日中白バイに乗っている訳ではなく、夜間は覆面パトカーに乗り換え勤務する。
「七瀬は書類作成してていいからな」
「もう、西堀署で身柄関係の書類は作って来たので、もうすぐで終わります」
珍しく優しい近藤に、なぜかムズムズするというか変な感覚がする。
「そうか。じゃあ、出かけるか」
近藤はヘルメットと抱え、相勤者の神戸より先に庁舎を出て行く。
「いざ、狩へ」
神戸も切符鞄を持って近藤の後を追う。
二人が庁舎から出るのと同時に書類作成が終わり、莉奈も立ち上がる。確か一ノ瀬は整備工場にいるはず。