フルスロットル
中学校から莉奈が一ノ瀬の前を走ることになった。そのまま、しばらく白バイを走らせても、航空隊のヘリを投入しても発見出来ていない。地下の駐車場にでも逃げ込み、車を捨てて今頃、のうのうと街中を犯人は歩いているかもしれない。 莉奈も半ば諦めモード。ただでさえ検挙数が少なく、怒られていると言うのに、検索に従事すれば、やりたい取締りも出来ない。
目の前の信号が赤になり、白バイを減速させたその時、莉奈は迷わず白バイのサイレンのスイッチを押し、白バイを加速させた。ワンテンポ遅れて一ノ瀬の白バイもサイレンを鳴らし加速する。
『至急至急。交機七○八から県警本部』
『至急至急。県警本部です、どうぞ』
叫び声に違い莉奈の無線に県警本部から冷静な声が返って来る。
『手配中の暴走車両を発見、現在交機七○五と共に追跡中。至急PC、白バイの応援願います、どうぞ』
『県警本部了解。交機七○八の無線傍受の通り、至急検索中の各車両にあっては、急行されたい。以上県警本部』
この無線と同時にあちこちでサイレンが鳴り始めた。
莉奈は暴走車両の後ろにピタッとつけ追跡を続ける。
「止まりなさい」
莉奈の呼びかけを無視し、車は対向車線に飛び出し加速する。
『至急至急。交機七○五から県警本部』
『至急至急。県警本部です、どうぞ』
後方を走る一ノ瀬が現在地を県警本部に送り応援を求める。焦っていた莉奈は、現在地を伝え忘れていた。 サイレンが近くなりつつあるが、暴走車両は猛スピードで走り続ける。しばらく、追跡を続けると、前方交差点に一台の覆面パトカーかが道を塞ぐように止まっているのが目に飛び込んで来た。あの車種…。あの色…。あの年式…。安藤さんだ。
「止まりなさい」
再び莉奈はマイクで呼びかける。お願い止まって。莉奈は心の中で叫んだ。
しかし、暴走車両のブレーキランプが灯ることはなかった。
勢いそのまま暴走車両は、覆面パトカーに突っ込んだ。思わず激突の瞬間、莉奈は目を瞑ってしまった。大きな音と共に覆面パトカーは回転し、部品が飛び散る。一方、暴走車両は猛スピードで走り続けていた。
「一ノ瀬追え!安藤は俺に任せろ」
マイクで一ノ瀬の叫び声が聞こえてくる。莉奈はブレーキから手を離し、白バイを加速させた。
『至急至急。交機七○五から県警本部』
『至急至急。県警本部です、どうぞ』
『現在、西堀交差点にて、道路封鎖中の機捜十六に暴走車両が激突。なお、機捜十六、乗務員にあって、怪我なし。しかし、念のため救急手配願います。どうぞ』
一ノ瀬の無線報告を聞きながら、莉奈はフルスロットルで後を追う。
「止まりなさい」
お願い止まって…。心の声が今にも飛び出しそうだった。一ノ瀬の後を応援のパトカーが続き、航空隊のヘリも上空を飛び、パトカーに道路封鎖の指示を飛ばす。今度は一台だけでなく二台で連携しての封鎖を試みる。
「危ないぞ。止まれ、止まれ」
莉奈の後に続くパトカーも呼びかけたが、スピードは落ちなかった。
暴走車両に振り回されながらも、周囲の車両と歩行者に注意を呼びかけつつ追跡を続けた。
すると、二つ先の信号でパトカーが道を塞いでいるのが見える。封鎖中の信号の手前は渋滞中。ここの交差点さえ曲がらせなければ…。
「止まらんかい!」
交差点に一台のパトカーが侵入しながら叫んだ。パトカーを避けるように大きくふらつきながら、逃走車両は交差点を通過する。この先は道路封鎖中。確保のチャンス。後ろに続くパトカーが突如、減速する。
嘘でしょ。私だけで確保するの?
焦りが募るものの、追い続けなければならない。
「もう逃げられないわよ」
莉奈の呼びかけと前方を封鎖するパトカーに気付いたのか一瞬、ブレーキランプが灯る。
しかし、大きな音を立てて暴走車両が転回し、莉奈の脇を駆け抜ける。
やられた…。莉奈も急いで白バイを転回させる。
白バイを転回させた後、目に飛び込んで来たのは、道を塞ぐ形で止まるさっきまで後ろに続いていたパトカー。転回することを予測していたらしい。さすがに観念したのか、ブレーキランプが灯り、ゆっくりと停車する。パトカーから一斉に降りた警察官が確保に向かう。莉奈も白バイを止め、車に駆け寄る。
「観念せんかい!」
「暴れるな」
屈強な男達に抑えられながもドライバーは抵抗していた。驚いたのは、その力でなくドライバーの若さだった。
「こら、車から出ろ」
引きずり出されたドライバーは、抵抗を諦めて項垂れていた。
「お嬢ちゃん。手錠」
若いドライバーの腕を抑える警察官の言葉に驚き固まってしまう。
「お嬢ちゃん。手錠、早く」
「あっ、はい!」
莉奈は、腰から手錠を取り出す。
「午後二時十六分。道路交通法違反で現行犯逮捕します」
丁寧に両手に手錠をかける。まさか、私が手錠をかけるなんて…。
「お疲れお嬢ちゃん。」
「お…お疲れ様でした」
莉奈に手錠をかけさせてくれるなんて、なんて優しい人がいるのだろう。
「お嬢ちゃん。署で書類作るからパトカーについて来てね」
その言葉に、あのことを思い出す。逮捕するとたくさんの報告書を書かないと…。
まぁ、いいか。自分に言い聞かせ、白バイに跨った。