リフティング
車両発見の無線がないまま、三十分が過ぎようとしていた。二十台近くの警察車両が集結する中、なぜ暴走車両は一向に姿を見せないのか。県警本部も頭を抱えていた。
『県警本部から、暴走車両検索中の各局。現在、暴走車両の目撃通報も途絶えている状況。何処かに潜伏している可能性もあるため、走行中の車両のみならず、駐車場等も警戒願いたい。以上、県警本部』
無線から焦りが伝わって来た。
突然、一ノ瀬が左を指差しウィンカーを点灯させる。それに合わせて、慌てて莉奈もウィンカーを点灯させ、一ノ瀬の後に続く。一ノ瀬が向かったのは中学校。
一ノ瀬は素早く玄関脇に白バイを止める。莉奈もその隣に白バイを止め、スタンドを立てる。
「すまん。ちょっとトイレ借りてくる」
莉奈が想像していたこととあまりに違うことを口にした一ノ瀬に、思わず固まってしまった。白バイ隊員は仕事柄、街中を走り回る。トイレなどは警察署や交番で借りることが多いが、たまに、教習所や学校のトイレをやむを得ず借りることもあることは知っていたが…。
「あ…はい」
莉奈の返事を聞くと、走って校舎に入っていく一ノ瀬。ここで、まさかの時間ロス。
安藤に女の子を紹介することになるかもしれない。
一ノ瀬を待つ間、軽いストレッチをして時間を潰す。ふと見に入ったサッカーボール。自然と身体が吸い寄せられ、リフティングを始めてみる。さすがにブーツではやりにくいが、すぐにコツを掴みリフティングを続ける。
「さすが、元日本代表」
いつの間にか戻って来ていた一ノ瀬にびっくりし、ボールのコントロールを失ってしまう。
「高校生の頃の話ですよ」
莉奈は転がるボールを元の場所戻してから言った。実は、莉奈は高校生の頃、女子サッカーの十八歳以下の日本代表の選手候補となり、合宿に参加。国際試合に出場した経験を持つ。警察の道か日本代表としてプレーを続けるか。高校三年生の頃にとても悩んだ末、警察の道を選んだ。
「白バイもそれくらい上手かったらなぁ」
一ノ瀬が笑いながら言う。莉奈は憧れの白バイ隊員となったものの、技術も違反者を説得する話力も足りていない。
「すみません」
「いや、別に責めてないから」
一ノ瀬が白バイに跨り言った。時々、あのままサッカーを続けていればと思うことは正直ある。
「まぁ、俺は白バイ跨ってる方が似合ってると思うけどなぁ」
ポツリと呟いた一ノ瀬は走り出す。ふとした優しい一言が莉奈の心を鷲掴みにする。やっぱり、性格が変わってなければモテるのに。
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