プロローグ
「だから、携帯なんか使ってねぇって言ってんだろ!」
トラックの運転席から浴びせられた罵声に思わずビクリと身体が反応する。
「しかし、私は黒のスマートフォンを耳に当ててるのを見てから、追いかけてますので…」
さっきの罵声に自信を削られた新人白バイ隊員の七瀬 莉奈は、思わず声が小さくなる。
「さっきから言ってるように、俺は携帯なんか使ってねぇし、俺の携帯は白なんだよ」
運転席の窓から白のスマートフォンをちらつかせる運転手の姿を見て、更に莉奈の自信は無くなって行く。
「運転手さん。嘘はやめましょうよ。違反を認めたくないから、ケースから携帯を出して見せてるんじゃないんですか?」
今にも消えそうな声で説得するも、ドライバーの興奮はおさまらない。
「嘘はやめましょうって言われても、携帯が白なんだし、ケースなんて使ってないんだから、しょうがねぇだろ!」
どんどんとヒートアップするドライバーに、すみません、私の見間違いでした、と言う言葉が思わず口から出そうになった瞬間、肩を二度叩く手に、莉奈は振り返る。無言で頷き、莉奈に説得の交代を命じた先輩白バイ隊員の一ノ瀬 雄也は、トラックのステップに足をかけドライバーと視線を合わせる。莉奈は身長は平均よりは高いものの、トラックの運転席を見上げる形で説得していた。
「運転手さんこんにちは。ごめんね急にお止めして。しかも、違反の説明を可愛い女の子から変わっちゃってね」
笑顔で言う一ノ瀬を見てドライバーは首を傾げた。一ノ瀬は少し変わった天才肌の人間。
「運転手さん。本当は携帯二個持ってるでしょ。私もこの子の後ろで信号待ちしてたけど、はっきり黒の携帯を耳に当ててる運転手さんを見てるもので」
一ノ瀬の言葉に一瞬固まるドライバー。莉奈にドライバーが二個携帯を持っているかもしれないという考えは浮かばなかった。これが、経験の差というやつなのだろう。
「だから、さっきのお嬢ちゃんにも言ったけど、携帯は白なんだから、そっちの見間違いだろう。そんなに御宅らの目はいいのかい?どっかの民族じゃあるまいし、しかも…」
「三つの星とビールのジョッキ。しかも、手帳タイプのケースでしたよね?運転手さんの携帯」
ドライバーの言葉を遮るように一ノ瀬は語り出した。まさか、あの一瞬でスマートフォンのケースの柄と形状まで見抜いていたとは。莉奈は、せいぜい黒のスマートフォンを耳に当てているということしか現認していない。
「分かったよ。ほら、この携帯で電話してたよ。認めるよ」
ドライバーは観念したのか、一ノ瀬にスマートフォンを差し出した。黒のケースで確かに手帳タイプで三つの星とビールが印刷されたものだった。
「ですよね。僕、マサイ族並みに視力いいんで」
笑顔でドライバーにスマートフォンを返すと一ノ瀬はトラックのステップから降りた。
「ボーッとしてないで、早く切符作らないと」
「あっ!はい!」
思わず見入っていた莉奈の肩を一ノ瀬は優しく二度叩くと自分の白バイに跨った。
「運転手さん。免許証お借り出来ますか?」
今度は莉奈がトラックのステップに足をかける。
「怒鳴って悪かったね。お嬢ちゃん」
謝罪の言葉と共にドライバーは免許証を差し出した。両手で受け取ると白バイのボックスから切符鞄を取り出し、切符の作成を始める。
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