①
真実が知りたければ②に進んでください。
絶望のまま終わりたければ①で止まってください。
「この世界はもうすぐ終わるんだ」
彼女は清々しく言い放った。
もしも、時間が無限なら、私は彼女をずっと見続けているに違いない。
それほどまでに私の目には彼女が魅力的に映っていた。
髪は黒く靡き、頬はほんのりと灯りが灯ったように赤く染まっていて、くしゃっと笑うと私まで和やかになる。風が吹くと彼女の髪はより一層輝きを増し、私の視界全てが彼女の髪色で埋め尽くされていった。
しかし、彼女の口からは可憐で美しい容姿とは真逆に悲しい言葉を紡いでいた。
「君とここで出会ったのは、随分前だったよね」
簡素な服装から見える無数の赤黒いアザが現在の彼女を物語っていた。
彼女が私の方に向き直ろうとし、座りなおすとベンチが軋んだ。
「あたししかいない世界にある日突然君が現れた」
突然、私が作られ、彼女はある日突然、私に話しかけた。それが私と彼女の関係の全てだった。
「あたしの世界はあなたのおかげで広がった」
感謝の意を示されたって、私は答える口などありはしない。
「あなたのおかげで、あたしはここに存在した」
私がいなくたって、彼女は存在できた。ここに彼女が存在するのだから。
「でも、それも今日で終わり」
悲し気に彼女は告げた。
彼女の口は私に口がなくたって、動き続ける魔法の口だった。私など彼女の魔法の一つに過ぎない。私に言葉がなくたって、彼女にとっては魔法で私の言葉を紡ぐ。世界を彩る。ここは彼女だけに存在している彼女だけの色に染まった世界。
「数日前、お空に飛んでいた飛行機が行方不明になった」
彼女の声は甘い。ずっと聞いていたいほどだった。
「お空に飛んでいた飛行機の行方をみんな探したんだけど、どこにもなかった。レーダー、衛星、潜水艦、砂漠や海底、海上みたいな人が入り込まない地域までくまなく探して、果ては怪しい人を疑ったり、その人をつるし上げたり。そして、探すのをやめちゃったんだ。ほとぼりが冷めるとテレビではそんな事実なかったかのように違う事実で埋め尽くされた。こんな感じにね」
甘い声の中に、ヒトカケラの現実が含められていた。
「虐待」
その言葉で現実のカケラを集めているようだった。
「いじめ」
また、集める。
「自殺」
彼女は集めた現実を口に丸め込み、目を細めた。
聞きたくない言葉の数々に私は耳を塞ぎたくなったが、彼女の声なら、悲痛な叫びも、苦痛に歪む声も、聞かずにはいられなかった。
私は彼女の全てを受け入れる。彼女は私にとって全てだったから。
「でもね、考えてみて。まだ飛行機は見つかっていないんだよ」
彼女の声が明るくなると同時に私たちが座るベンチに赤い光がささる。
「あたしの目にはまだ見つかってない飛行機がお空を飛び続けている景色が浮かんでるんだ」
彼女がそう考えるなら、そうなのだろう。
「ずっと飛び続けているんだ」
赤い日に彼女は向かって、手を伸ばす。
「本当だよ」
手が透き通っていて、赤い色が彼女の存在を優しく包む。
「あたしは、明日が見えるから、分かるんだ」
未来を見つめ続けることは良い事だと、彼女は言っていた。世界が終われば、未来はないのに、彼女はどうしてそんなに微笑んでいられるのだろうか。
明日が怖い私には分からない。
私には明日が来ないかもしれない。明日には“私”という存在が消えているかもしれない。息が詰まる。真っ暗闇に身を投げ出したその後の世界が恐ろしい。
「昨日見た明日は爆弾を積んだ飛行機がこの空から落ちてくるところだった」
青空と赤空の境目が私たちの真上に伸びていた。雲はなく、澄み切った空に飛行機雲が一筋あり、私と彼女の間に引かれていた。境目と境目に挟まれて、十字を切っている。
「飛行機はどこかの国に不時着していて、そこで爆弾を積まれて、あたしたちの世界に帰って来てるんだ。こんなことないって、みんな言うんだ」
彼女は心底喜んでいた。
未来を視続け、明日を羨んだ瞳が今は綺麗な黒色と夕日の赤色で混ざっていた。
「でも、事実は変わらない」
そう、この世界はもうすぐ終わるんだ。
「爆弾で、暗いことも、悲しかった現実も、全部全部終わる」
彼女にとっての明日が来る。
「ほら、来たよ」
彼女の声を皮切りに、上空からけたたましい轟音が鳴り響いた。
それは空を切り裂かんばかりに私たちの頭上を通り過ぎ、私たちの見ていた町や人の暮らしに向かって突き進む。
積んであるのは、きっと大きな爆弾の塊。
待って。
口のない私の声がなぜかこだました。
待って。
あたし、まだ………………………
死にたくない。
ぼんっ。
鳴り響いた大音量とともに、彼女は息を静かに止めた。