第6話「星空の一夜」
「食料はー、さっき採った果物とパンでいいかしらぁ」
「充分だぜ。うわー、腹減った―」
「私の大好きな果物が取れたのよねぇ」
「……うっ」
ヒナタが手に持っている果物を見てヒカルは苦い顔をした。彼女が持っていたのは、橙色のひし形の果物。森で初めて手にした渋い果実だ。
「それ食うのか」
「美味しいわよぉ」
「渋いぜ」
果物の味を述べると、ヒナタは大笑い。
「でしょうねぇ。そのまま食べれば」
ヒナタは果物をナイフで表面を剥き、それを木の枝に刺した。串刺しにした果物は火の傍へ置かれた。このまま炙るようだ。
「“ファイフルーア”はなにもしないで食べると渋いのよぉ」
「焼けば甘くなるのか?」
「そゆことぉ」
食べ物が出来る間、ヒナタは炙っているファイフルーアについて教えてくれた。食べ頃は表面に焦げ目がついた時。生で食べると人間の味覚では渋く感じてしまうそうだ。
ファイアフルーアの他に硬くなってしまったパンを火で炙り、柔らかくなったものを二等分した。
「これでよしっ」
一つのカップに水を注げば夕食の完成だ。カップは水筒で上手く飲めないヒカルに渡された。
本日の夕食はヒナタが収穫したファイフルーアと半分にしたパン。まともな食事にありつける。ヒカルは目の前の夕食に目を輝かせていた。
「うんめぇ」
パンをかみしめ、果物を味わった。
ヒナタの言った通り火を通したファイフルーアは甘かった。
ヒカルはファイアフルーアとパンを交互に食べた。ヒナタはファイフルーアをパンの上に乗せて食べていた。たき火を囲んで暖を取りながら二人は黙々と食べた。
「食べ終わったら寝るけどあんたやることあるぅ?」
「……ねぇな」
「そう。寝る前に話したいことはぁ」
「あ、この森ってどれくらいで抜けられんだ? ソルトスへは――」
「ほんと、計画なしねぇ」
ヒナタは薪にするために集めていた枝を一つ手に取り、その先端で地面を削った。図にして説明してくれるようだ。
ヒナタは無数の木の絵を描いた。木の絵から少し離れた場所に家の絵を複数描く。木が描かれている場所が先ほど彼女が言っていたメデサの森。家の絵は集落だろうか。
「ここ」
ヒナタは家の絵をさした。
「ドゥーゴ村よぉ。あと半日歩いたら着くって距離にあるわぁ」
「おぉ、だったら昼くれぇには着けるんだな」
「問題なければねぇ」
「縁起でもねぇこというなよ」
ヒカルの突っ込みを無視し、ヒナタは家の絵の隣に、丸みがある三角形、三角形の中央に丸を描いた。
「こっからー」
丸みがある三角形から二本の曲線をうねらせた。等しい幅で描いていることから、道らしい。曲線の終端に大きな円を描いた。ヒナタはその円を枝の先端で突き「ここがソルトス」と目的地までの道筋を伝えた。
簡略的な図を見て、ヒカルは初めに丸い三角について尋ねた。
「ドゥーゴ村にはねぇ、街道を抜けずにソルトスに着ける抜け道があるって噂なのよ。“レアタル洞窟”っていうんだけどぉ」
「洞窟か」
「最近、街道を抜けるにも検査が面倒でぇ。悪い場合、一日かかっちゃうから受けたくないのよねぇ」
「検査……」
「検査も知らないのぉ!?」
「お、おう」
「あんた、よっぽど平和なところから来たのねぇ」
自分がいた場所と全く違う。自分がいた場所はフトの葉も、ファイアフルーアも、町へ向かうために検査という法律もない。ヒナタが詮索しないおかげで会話が成り立っているが、余計なことを言えば怪しまれる。ヒカルは検査とは何かと聞けずに話を合わせた。
ヒナタは呆れ顔でヒカルを見ている。溜め息をつき、平和ボケしてるわねと言いたげな顔をしていた。
「検査は三つ。身分と滞在期間と頭髪検査」
「頭髪?」
身分と滞在期間を聞くのはまだ分かるが、街道を抜けるために頭髪検査があるのは意外だった。髪が薄かったり、明るい色をしていると検査に引っかかるのか。頭髪に気を付けるなど会社の就職試験しかないと思っていたのに。最近は道を通るために、身なりに気を付けなきゃけないのか。
「……あんた、違うこと考えてたりしなーい?」
「え、髪の色が派手だったり、整ってなきゃ通れねぇんだろ。道を通るにも身なりが大事なんて大変だなぁ。避けて通りたいのも分かるぜ」
ヒカルは一人で納得していた。
「まー、そういうとこねぇ」
説明するのも面倒なヒナタは項垂れた。話を先に進める。
「レアタル洞窟については、場所さえ分かれば、問題ないわぁ」
「それが問題か」
「そう。ドゥーゴ村の人が知ってるって情報は掴んでるんだけどねぇ」
「村ではそれを調べるんだな。俺も協力するぜ」
「あったりまえでしょ。水の分、働いてもらわなきゃ」
ヒナタは、森、ドゥーゴ村、レアタル洞窟、街道、ソルトスと自信が描いた絵を枝でなぞった。
「私はこの道順で一週間はかかると考えているわ」
「一週間か」
「ほとんどは街道でかかってるわねぇ。この道険しいからぁ足腰にくるのよぉ」
目的地に着くのに一週間かかるのか、となれば補給場所はドゥーゴ村になる。レアタル洞窟を抜ける前にそこで山道に適した食糧、水を買い込むことになるな。
……買う?
ヒカルは大事なことに気付いた。ズボンのポケットに手を突っ込む。そこには何も入っていなかった。
「どうしたのぉ」
「ヒナタ、いくらぐれぇ持ってる?」
「えーっと、二万バリズムよ」
「すまん、俺、金もってねぇんだ」
「あんたをソルトスへ連れて行く分はあるから安心しなさい」
自分が無一文だということ知っても、同行してくれる。ヒナタに出会って本当に良かった。胸を撫で下ろした時、彼女はヒカルの前に人差し指を立てた。
「ただし、その分働いてもらうわよぉ」
「……だよなぁ」
「そうそう。買った荷物持ってもらうとかぁ」
労働で返せるのなら安い物だ。ヒカルは「任せてくれ」と力強く頷いた。
「あんたが知りたいのはこれで全部かしらぁ」
「おう」
「暗くなってきたしぃ、もう寝ましょう」
焚火の明かりでヒナタの顔が見えているが、火を消せば彼女が見えない程に辺りは暗くなっていた。ヒナタはヒカルの返答も聞かずに、バックから毛布を取り出した。彼女が自慢していた通りこれで暖が取れるのかと心配になる程、それは薄かった。
ヒカルはその毛布に触れる。すると、触れた部分から熱をもち、暖かく感じた。冷たい風も通しておらず、体にかけたらぐっすり眠れそうだ。
「すっげぇ」
「でしょー、これ私のお気に入りなのよぉ」
ヒナタはその毛布に包まり横になる。ヒカルも彼女に倣ってフトの葉を地面に敷き、横になった後、体にフトの葉をかけた。
「おおっ、意外にあったけぇ」
布団の綿の代わりとして使われているだけあって冷たい風を防げている。ヒナタに出会う前も葉を体に被せて眠ることは考えていたが、葉の種類を選ぶだけでこうも快適になるとは。
「焚火は消さないわよ。火がついている間は魔物も近づいてこないからねぇ」
「魔物……」
魔物というのは昼頃に遭遇した中型犬のような姿をした獣のことだろうか。
「なんか起きたときは叩き起こすから。その時はすぐに起きなさいよぉ」
それきりヒナタとの会話は途切れ、耳を澄ませば彼女の寝息が聞こえた。ヒカルは寝付けないまま夜空を眺めた。
周りは何があるのか見えないほどに真っ暗なのに、空は満点の星空でとても綺麗だった。街灯がないとこうも星が無数に輝くのか。
「何もねぇけど、空は綺麗だ……、な」
ヒカルは満点の夜空を眺めているうちに、意識が薄れてゆき、眠りに落ちた。
葉の次は果物の解説……。
と、とりあえずヒカルは一日を無事に過ごせたわけで。
次回お楽しみに。