第16話「レアタル洞窟」
「それ、結構お高いのよぉ」
「う……」
金の話となると、ヒカルは逆らえなかった。
身に付けている服、装備しているサーベルとベルト、一泊分の宿屋代。靴のことを咎める立場ではない。
「この村の人が研究してくれればぁ、市場で流通するからまた買えるわよぉ」
「わかった」
この靴を手放し、職人に模造品を作ってもらう。品質は劣化するだろうが、市場に出回り、それが買えるようになるかもしれない。ヒカルは模造品が市場に流通することを願った。
「私もこの生地を皆に広められるよう頑張りますっ」
「そうそう、その意気。これが作れたら一気に売れちゃうわよぉ」
ヒナタはバックをパンパンと軽く叩き、中に入っているズボンのことを指した。模造品を作ることができたなら、新素材のズボンということで一気に売れ、この青年は金持ちとなるだろう。
「もし、それが出来たら“ジーパン”って名前で発売してくれな」
服屋を出る前にヒカルは耳打ちで青年にズボンの名称を教えた。彼は「約束します」と答えた。
靴屋の主にも同様に「”スニーカー”って名前で」と名称を提案した。靴屋の主も模造品を開発することで金儲けが出来ると張り切っていた。
「さーて、町でやることはぜーんぶ終わりましたぁ」
「次は洞窟だな」
「そのとーり」
「村長の家に行こうぜ」
「あ、それならこっちよぉ」
二人は村長の家へ向かった。
ヒナタは昨日旅に必要なものを買い揃え、ヒカルのブーツやベルトを買ったときにそこを通ったらしい。そのおかげで迷うことなく目的地に着いた。
村長の家は、木造二階建てで、庭には背の高い鑑賞用の植物が沢山植えられており、それが目立っていた。
二人は村長の家へ入った。
出迎えてくれた使用人はヒナタの顔を見るなりぎょっとした顔をし、出迎えの言葉を言わずに、その場から走り去ってしまった。
「入っていいのかしら」
その後、別の者が出迎える様子もなかったので、二人は中へ入った。奥へ進むと使用人が村長によそ者がやってきたことを報告している最中だった。
「おじゃましますぅ」
「何の用だ」
村長の口調からして、歓迎はされていない。
「俺たち、ソルトスへ行きたいんだ」
「だったら検問を通っていけばいい」
正直に目標を告げると、村長は眉間に皺を寄せ、そう言った。
「あらぁ? この村にはソルトスまでの“抜け道”があるんじゃなくってぇ」
「そんなものはない」
「その林みたいな庭に隠してるんじゃなーい? レアタル洞窟の入り口」
「知らんな」
洞窟の名前がヒナタの口から出ても、村長は動じなかった。
往生際の悪さに、ヒナタはその場で強く足踏みをしヒールの音を響かせた。顔つきも険しく、村長がこれ以上とぼければ刺し殺すような勢いだ。
ヒナタの手はホルダにしまってある投擲ナイフへ伸びていた。
「とぼけてんじゃないわよ」
「おいおい、乱暴はよくねぇ」
このままヒナタに話を続けさせてはならない。ヒカルは彼女よりも一歩前へ出て村長と対話する。
「俺たちはソルトスへ行きてぇ。だからレアタル洞窟を通りてぇんだ」
「あの女ならともかく、なぜお前が洞窟のことを知っておる。知っていたとしても――」
「サントン鉱石」
「!?」
ヒカルはグラヴィスに教わった合言葉を告げる。村長は合言葉を耳にするなり、ヒカルとの会話が途切れ、驚愕していた。少しの間沈黙した後、口を開いた。
「……それを聞くために何人殺した」
「いくら私だってぇ、金にもならない人間殺さないわよ」
「脅してもねぇぞ。俺はこのドゥーゴ村の奴に教えてもらったんだ」
「ほらほらぁ、洞窟へ案内してよぉ」
合言葉を告げられ、案内するほかない村長は唇を強く噛みしめ悔しがっていた。嫌々二人を庭まで連れて行く。彼は背の高い植物をかき分け、雑草で隠されていた石段の蓋を開けた。すると、蓋の中には階段が続き、地下へと行けるようになっていた。
「ここが、レアタル洞窟の入り口」
洞窟の中はとても明るい。太陽の光があるからというわけではなく、岩肌の間にある鉱石が発光して暗い道を照らしていた。
「さーて、ソルトスへいくわよぉ」
「おう」
ヒナタとヒカルは階段を下った。
階段を下ると、そこには幻想的な光景が広がっていた。周りは岩肌のみで太陽の光も当たらず、普通なら周りが真っ暗なはずなのだが、発光する鉱石のおかげで周りが見えた。
鉱石は青に発行するものが多く、稀に白く光るものもあった。
「明るいな」
「これがサントン鉱石よぉ」
「えっ」
「ほい」
ナイフで削った鉱石をヒカルに見せた。手に取ってそれを観察していたが、青く発光しているだけで、グラヴィスに教わったような黄色い筋は見つけられなかった。
「外に出てみればわかるわぁ。太陽の光を浴びると青く光らなくなってぇ、黄色い筋が付いた石ころにしか見えなくなるのぉ」
「ふーん」
「黄色い筋が暗い場所に置かれると光るからぁ、街灯とかに重宝してるのよねぇ」
「へぇ」
暗闇の中を歩くときに役立つかもしれない。ヒカルはもらった鉱石をズボンのポケットの中にしまった。
サントン鉱石が周りを照らす洞窟内を二人は進んだ。
魔物がいるとは言われているものの、静けさが満ちており、魔物現れる気配は感じられなかった。
周りを警戒しているヒカルに、ヒナタは彼の肩をぽんと軽く叩いた。彼女の不意打ちに彼は「ひぃっ」と悲鳴をあげた。
何をするのだと無言で睨んでいるとヒナタはヒカルの頬をつねった。
「ただの荷物持ちなんだからぁ、周りに気を遣わなくてもいいわよぉ。ていうかぁ、こんな鉱石しかない洞窟の中なんてぇ、魔物が住み着くわけないじゃない」
「けどよ、グラヴィスは」
「住んでいるとしたらぁ、出口付近。巣穴にしてるやつぐらいよぉ」
「……巣穴ねぇ」
周りにちかちかしている鉱石がある中、魔物は熟睡できるのだろうか。
明かりを消さなければ安眠できないヒカルは首をひねった。
「なぁ、魔物って鉱石を食べたりすんのか?」
「するわよぉ」
「そいつらここにいねぇかな?」
「それはないわねぇ」
鉱石を食料にしている魔物がいるのなら、周辺に魔物がいないと断言できないのではないか、懸念しているヒカルにヒナタは人差し指を立てて、解説する。
「魔物は基本肉食。草や鉱石を主食にしている魔物は特殊なの」
「やっぱいるんじゃねぇか。だったらレアタル洞窟にも……」
「そいつら、ソルトス近辺に生息してないしぃ」
「分布が違うってことか?」
「そうそう。いたとしても、高価な鉱石を好んで食べて迷惑するから、ソルトスの人たちが見つけるなり殲滅してるわねぇ」
「殲滅……」
「あんたのことだから、絶滅させちゃダメ……、とかそんなこと考えているんじゃなぁい?」
「まぁな」
迷惑する魔物だから殲滅する。とはいっても、魔物も生き物だ。絶滅させるほど殺してもいいのか、生態系は崩れないのか。
「魔物って、どの種とも交尾できるの知ってる?」
「知らねぇ」
「絶滅させとかないと奴らは他の種と交わって数を増やすの。それで、数を増やしたらぁ」
「増えたら……」
「殺した人間たちに復讐する傾向が多いわぁ。町まで進んで町の人達を殺していくの。死んだ人間を食べてぇ、肉の味を覚えちゃうのよ」
「鉱石を主食にしてる奴らがか?」
「他の種と混ざってるからさぁ、鉱石も食べれる、肉も食べちゃう新型の魔物になってるわぁ」
人間に害を与える魔物を殲滅しないと、それらが人間に復讐する。危害を加えた人間を覚え、襲い、殺して食べる。鉱石を主食としていた魔物が復讐を経て肉食へと変わっていくのだ。
魔物は環境・境遇に適応して繁殖し、学習能力が高いことをヒカルは知った。
初ダンジョンです。
ヒナタは「魔物なんて出ない」と言ってますが、果たして……?
次話お楽しみに!