第15話「旅の支度」
「おーはよっ」
気が付けば朝だった。
目を覚ませば頭上にはヒナタの顔があった。目を細め、朝から元気な彼女の顔を見ながら「おはよう」と呟いた。
「朝から私たちいっそがしいんだからねぇ。早くシャキッとしなさいよぉ」
ヒナタに叩き起こされたヒカルは上半身を起こし、目をこすった。視界には荷物が沢山入っていると思われる、大きなリュックが置いてあった。これを背負ってソルトスまで遠征しなければいけないらしい。背負ってもいないのに見ているだけで心が重くなった。
「昨日はどこ行ってたんだ」
「うーんと、まずはこの荷物の中に入っているものの調達。次にレアタル洞窟の入り方について探ってたわぁ」
ヒナタはもう出発が出来るという恰好で、ヒカルが目を覚ますのを待っていた。彼は夕方か夜にかけて何をしていたか聞く。彼女はリュックを指して一つ目の用事、続けて二つ目の用事を告げる。一つ目は物があるので達成できているのが目に見えているが、二つ目の用事は達成できたのだろうか。
「入り方……、分かったか?」
「場所はなんとなーく。後は出たとこ勝負かしらねぇ」
「そっか」
「皆、口が堅いのよぉ」
肩をすくめて首を横に振っている仕草から確信を得ていないことが分かった。昨夜ヒカルがグラヴィスから聞いた情報は掴んでいない。
「……実力行使はまずいしねぇ」
独り言を呟いた。
「だから今日は洞窟の秘密を暴くことから――」
「俺、知ってるぜ」
「はじめま……、うっそ、知ってるですってぇ!?」
レアタル洞窟の場所、入り方を知っているヒカルにヒナタは大層驚いていた。一瞬で彼に詰め寄り、彼の両肩を掴んだ。勢いのあまり、彼をベッドに押し倒す形になった。
「早く教えなさいよぉ」
「まず、離れろっ」
ヒナタに接近され、ヒカルの顔は真っ赤になる。思った以上に彼女の力は強く身動きも取れなかった。興奮状態のヒナタを落ち着かせ、ソファに向き合う形で座らせた。
その後、ヒカルは昨夜グラヴィスに教わったことを話した。ヒナタは熱心に話を聞き、なぜ情報を仕入れられなかったかを理解した。腕を組みながら相槌を打っている。
洞窟への入り方が分かったヒナタは、ソファから立ち上がり右腕を天井へ上げた。
「村長の家に行きましょー」
そう言うなり、ヒナタは宿屋を飛び出そうとドアノブに手をかけた。彼女が飛び出す前にヒカルが反対の手を掴み引き留めた。引き留められた彼女はふくれっ面をして後ろを振り返った。
「こういうのは勢いが大事よぉ」
「まだ飯食ってねぇだろ」
「あ……」
「高い宿代払ってんだ。きちんと食べてこうぜ」
「そうねぇ。夕食食べれなかったし、朝食はいただこうかしらぁ」
「……先に行ってくれ。俺は服着替えてから行く」
「別に私の前で着替えてもいいのにぃ」
「い、いやなぁ」
「あーら、変な気なんて起こさないわよぉ。それともぉ……、期待してるのぉ?」
「からかうんじゃねぇよっ」
ヒカルはヒナタを部屋から追い出した。
ヒカルは彼女が出て行ったドアをじっと見つめ、深く息を吐いた。
「……ばれてねぇな」
ヒナタの態度からまだ自分がローテスハールだとは知られていない。知っていたならば朝はなかった。ヒカルは鏡の前に立ち、再び髪をいじる。
黒髪だ。
赤毛じゃない。
(ばれねぇ、ばれねぇ)
ヒカルは自分にそう言い聞かせ、寝間着から着替える。不格好なズボンを嫌々履き部屋を出た。部屋を出ると壁にもたれたヒナタがいた。先に行かずに彼の着替えを待っていたようだ。
「先行っててもよかったんだぜ」
「場所が分からないのぉ。あの子の話、あんま聞いてなかったし」
「……」
場所が分からなければヒカルを待っている他はない。彼はヒナタを先導し、食堂へ向かった。
「食べたら出発よぉー」
ヒナタの意識はもうレアタル洞窟へ向いている。ヒカルの髪のことなど全く気にもしてなかった。
ソルトスに着くまで気づかないでくれ。
ヒカルは切に願った。
「美味しかったぁ」
今日の朝食は甘いパンケーキだった。果物の砂糖漬けや生クリームを乗せて食べた。出発前に満足したヒナタは体を伸ばして準備運動をしている。
伸び伸びとしている彼女とは対照的に、ヒカルは大きなリュックを背負っていた。険しい顔をしながら重い荷物に耐える。
朝食を食べ、宿を出た二人はまず、ヒカルの衣服を取りに行った。
店に入れば昨日の青年が出迎えてくれ、頼んでいたヒカルの衣服とヒナタのサイズに仕立てられたズボンをそれぞれ渡された。ヒカルは背負っている荷物をいったん置き試着室で着替えてきた。ヒナタはズボンをバッグにしまいヒカルが着替えから出てくる間青年と談笑。
「よしっ」
着心地もよし、生地の伸びもよし。サイズもぴったりだ。
「終わったようねぇ」
「どうだ?」
「戦いやすそうな格好になったわねぇ」
ヒナタの感想。彼女の言う通り洞窟を越え、ソルトスへ行ける格好になった。
「へっぴり腰だけどぉ」
「うっせぇ」
ヒカルをからかって面白がるヒナタ。
ヒナタは笑いながらヒカルに二つの包みを渡した。
衣服のほかに心当たりがないヒカルは首を傾げながらその包みを受け取った。目で「開けてみて」と訴えているヒナタの前で包みを開いた。
一つ目は赤茶色のロングブーツだった。革製で今履いている靴よりも軽い。
「その格好に合わないなぁーって思って。靴屋で用意してもらったのぉ」
「おぉ」
ヒナタの気遣いに感謝しながら、ヒカルはロングブーツに履き替えた。軽いながらもひざや、靴底にはヒカルの知らない厚みのある素材が入っていた。その場で数歩足踏みしてみる。自分の姿を鏡で眺めていると前履いていた靴よりもブーツのほうが似合っていた。
「気に入った。ありがとな」
「もう一つも開けてよぉ」
ブーツに満足していたヒカルはヒナタからもらったもう一つの包みのことを忘れていた。ふくれっ面をした彼女に言われて思い出し、二つ目の包みに手をかけた。
二つ目はベルトだった。ウェストに何かを固定するためのホルダがついていた。ヒカルはそのベルトを着けてみた。ウェストを絞り、長さを調節した。ずれ落ちないことを、ベルトを引っ張ることで確認した。
「これは……」
「サーベルのホルダー」
ヒナタは鞘に入ったサーベルをヒカルに投げた。彼は両手で受け取り、ホルダに装着した。
「前に用意するって約束したでしょぉ。だからぁ、昨日武器屋に行ってホルダーを調整してもらってたのぉ」
「そっか」
防具、武器と装備が整い、鏡に映る自分は一人前の戦士だ。サーベルの柄を掴み抜き差しを繰り返す。剣を鞘から取り出す動きも不自然じゃないし、何回か練習すれば、戦闘で手間取ることもないだろう。
「使いたくねぇな」
「……」
戦う意思を持たないヒカルに、ヒナタは眉をしかめた。
「いざという時には使うぜ、ありがとな」
「どういたしましてぇ」
二つ目の包みを受け取ったところで、ヒナタはヒカルの靴をつまんだ。
ロングブーツを履いているヒカルにとってヒナタが持っているそれは予備の靴。リュックの中に入れてソルトスに着いた時に履こうと思っていた。靴を渡してくれるのかと感謝の言葉を言おうと口を開く。しかし、ヒナタは彼の靴を持ったまま彼に背を向けた。
「おい、俺の靴」
「これはぁ、そのブーツの代金よぉ」
「ま、まさか」
嫌な予感がする。
ヒナタは笑顔でヒカルの靴の行く先を告げた。
「靴屋。珍しい靴を履いてるからそれと交換しましょって。特徴を言ったらすぐにそれを代わりに出してくれたわぁ。おまけに靴のサイズも当日で調節してくれたしぃ」
「俺の私物を何だと思ってんだよっ」
ヒカルは抗議する。所有者としては当然の主張だった。
洞窟に入る前の支度です。
RPGゲームでは薬草を買って、装備を整えている所でしょうか。
ヒカルは装備を得る代わりに、色んなものを失っていますが(笑)
次は、洞窟に入るかと。お楽しみ!