第14話「合言葉」
「そこへ行けば、俺は助かんのか?」
「助かる」
グラヴィスは強く頷いた。彼女はヒカルの両肩を掴み彼に力説する。
「ローテスハールはティラアス国民の希望。それをソルトスの人々が見放す訳ない」
「俺にそんな期待を持たれてもな……」
ローテスハールの自分が目の前にいるグラヴィスの希望。全国民の希望などと期待を抱かれてもヒカルにはピンと来なかった。
この国の事情を何も知らない、分からないのだから。
ティラアスという国も、赤い髪の男を殺せという命令も、赤い髪の男が国民の希望だということも。
「でも、俺が生きる方法は今のとこ、それしかねぇんだな?」
「ええ。ヒナタさんにヒカルさんが赤毛であることを知られる前に、ソルトスへ着くこと、それがローテスハールのあなたが生き残る方法よ」
事情が分かっていないヒカルであるが、身の危険を守るための方法がソルトスへ行くことなら、そうするしかない。ソルトスへ向かう断固とした目的が新たに出来た。
「出発は明日なんだ。レアタル洞窟の場所、教えてくれねぇかな」
「……もちろんよ」
グラヴィスは村の秘密であるレアタル洞窟の場所をヒカルに教えた。
レアタル洞窟は村長宅の庭に入り口が隠されているという。
大昔にセパレードという国との戦争があった時代に作られた場所で、戦争が終わった後にはその洞窟にあった鉱石を採取する場所として使っていた。
採取した鉱石をよそに売買するために道が掘られ、現在は検査を抜けるための抜け道として旅人に噂されるようになったとか。
しかし、出口に魔物が住みつくようになり、レアタル洞窟を抜けるにはそれなりの戦闘経験が必要となる。
その件については実践経験豊富なヒナタがいるから安心していいと言われた。
「レアタル洞窟の事、分かった?」
「おう」
「洞窟に入るには……」
洞窟に入るには村長の許可がいる。
先ほどグラヴィスが警告をしてきたので、正面からでは門前払いされてしまう。客人が洞窟に入ろうなどという話が村人の耳に入れば、先ほどの彼女のように村長に報告するのが村のルールだそうだ。
門前払いされないため、彼女はあることを教えてくれた。
「合言葉……」
「そう。私たちが信頼している客人だけに教える言葉」
その合言葉を村長に告げれば、レアタル洞窟へ入ることを許される。
合言葉は“サントン鉱石”。
レアタル洞窟にて最も多く採取できる鉱石だ。透明な石の一部に黄色い一筋の線が入っているのが特徴だと、合言葉を忘れぬようにグラヴィスは鉱石の特徴をヒカルに話してくれた。
「サントン鉱石……」
「忘れないでね」
「あのよ、色々ありがとな」
「いいの。あなたの髪の色を知れば、みんなこうしたから」
グラヴィスは口元を少しだけ緩めた。笑みを浮かべているのだと気づくのに少々時間がかかった。
二人が何も会話をしないまま見つめあっていると、子供たちがやってきた。
子供たちは「準備できた」と自信満々な笑みを浮かべてグラヴィスに報告した。
グラヴィスは二人の頭を撫で「よくやった」と褒める。棒読みで感情が込められているか定かではないが、彼女の期待に応えられた二人は頬をほんのりと赤く染め照れていた。
「湯の準備が出来ました。入ります?」
「おう」
グラヴィスと子供たちに浴場へ案内された。そこには、湯が張った浴槽、手を洗う際に使った黄色い粉、湯をすくう桶があった。彼女から体を拭く布や、寝間着を受け取り、体の汗を流す支度が整った。
シャツに手を伸ばし、脱ぐ直前でヒカルは思い出した。
「なぁ、新聞があったら俺の部屋に置いてくれねぇか」
次、グラヴィスに会ったなら、新聞があるかどうか聞くことを。
グラヴィスは「私が読んだものでしたら」と脱衣所の壁越しに答えた。
「頼んだぜ」
汗を流し、体を暖め、寝間着に着替え、部屋に帰れば新聞が読める。
「部屋に戻ればすべて分かる」
ヒカルはシャツに手をかけ、脱いだ。
十分に体の汚れと、疲れを癒したヒカルは部屋に戻った。
部屋の外にヒナタは待っておらず、帰ってきてない。
ヒカルは鍵を開け、部屋に入った。
部屋を出るまえに明りを消したはずなのに、部屋の中には明りが灯されており、ヒナタの置き手紙の隣に、紙の束が置いてあった。
グラヴィスが部屋に入り、新聞を部屋まで持ってきてくれたようだ。
ふと、鍵がかかっているのになぜグラヴィスは部屋に入れたのだと疑問がよぎったが、彼女は宿の経営者。合い鍵を持っていても不思議ではないと納得し、彼は紙束を手に取った。
紙には文章が延々と並んでいた。
「……ティラアス」
グラヴィスも言っていたが、この国は“ティラアス”ということが分かった。
「俺がいた場所じゃ……、ねぇ」
メデサの森に突然落とされ、ドゥーゴ村の宿屋で新聞を手に取るまで知らなかったことが新聞には書かれていた。その間にヒナタやグラヴィスの話で、ここはヒカルが住んでいた場所と違うのは薄々察していたが。
「てか、この文字なんだ?」
ヒカルは新聞の文字を凝視した。
こんな文字見たことがない。ヒカルにとって新聞に書かれた文字は抽象文字にしか見えなかった。しかし、不思議なことにその文字を目にすると自然と文章の意味が頭に変換されていた。
「文字は分からねぇけど、意味は分かる……。不思議な感覚だぜ」
ヒカルは洗ったばかりの頭をかき、新聞を熱心に読んだ。
新聞には“エデン”と呼ばれる建物を建築するために、路頭に迷った旅人に仕事を提供しているなど偽善めいた文章が並んでいた。その隣には“赤毛狩り”という、ローテスハールに関連する残酷な記事があった。内容は赤い髪の男を殺せば大金を与えるというものであり、国でローテスハールを殺すことを推奨していた。
この記事を読み、自分が赤毛だということを誰彼かまわず告白してはいけないことが分かった。
国の内情を新聞で把握したヒカルは、「ふぅ」と一息つき、新聞を畳んで元の場所に戻した。
ヒカルは部屋にあった壁掛けの鏡に自分を写した。髪を一房つまむ。
髪はまだ黒い。
じっくり髪を観察してみると数本染められていない髪を見つけた。
一本ずつ観察されれば少年やグラヴィスのように地毛を見つけることが出来る。メデサの森の中でヒナタが教えてくれた頭髪検査に確実に引っかかる。
ヒカルが生き残るためには、レアタル洞窟を通ってソルトスにたどり着くしか方法がないことを再確認した。
「明日……」
ヒカルは片づけた新聞に目を落とした。新聞にはソルトスの事は一切書かれてなかった。グラヴィスはそこへ行けば安全だと断言していたが、彼女の話は信じていいのだろうか。
「洞窟を抜けなきゃ生きのこれねぇ」
不安もあったが、検査を受けないためにも、レアタル洞窟を攻略するのが最優先だ。
ヒカルはベッドに横になり、天井をぼーっと見つめた。
「知らない世界で殺されてたまっか」
この場所でヒカルは息を吸い、吐いている。心臓の鼓動は規則正しく動き、視界ははっきりとこの場所を映している。
これは夢ではない、現実だ。ヒカルは今、認めた。
ここは自分の暮らしている場所ではない。異世界だということを。
ようやく煽り文句である「異世界赤毛」とんで「ファンタジー」というところまで
回収出来た、のではないでしょうか?(まだファンタジー要素ないんだが)
あと、多分3話くらいで同人誌一巻の内容は終わります。
次話お楽しみに。