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ゆっくりしていってね!!!

「れいむ」

 腕の中にれいむが居る。死んでしまったと思っていたれいむが生きている。

 残機がどうの言っていたけれど、とにかく無事で良かった。

「主」

 何だか涙が出そうになった。

「むせび泣いても良いのよ?」

 が、すぐに引っ込んだ。脱力感が湧いてくる。

「そもそも残機って何だよ」

「残り自機だよ」

「知ってるよ」

「ちゃんと無限一UPで稼いでおいたからね」

「稼げるものなの? じゃあ、今残機幾つなの?」

「カンストしてるから分からないけど、九十九機以上」

「無敵じゃん!」

 思わずつっこみを入れたが、れいむは俺の事を見ていなかった。その視線は翔琉とまりさへと向いている。そして何故かわなわなと震えながら、押し殺した様な声を出した。

「罪の無いれいむを次から次へ殺しやがって」

 いや、一人だけで、次から次へではないだろ。

「私は怒ったぞ! まりさ!」

 れいむの抑揚の無い叫びにあてられたのか、唐突に翔琉の腕の足元で眠っていたまりさが跳ね起きた。

「この気! れいむ! マスタースパークを受けて何故生きている!」

「星は壊せても……たった一人のゆっくりは壊せない様だな」

「貴様はこの俺の手によって殺されるべきなんだー!」

 二人が物凄く楽しそうに演じ出した。

 同族に会えたからはしゃいでいるんだろうか。一応、殺さればかりなのに。

 小芝居をしている二人を無視して俺は翔琉を見た。まりさは眠りから覚めてれいむとはしゃぎ合っているものの、明らかに疲れが見える。戦える様子じゃないし、戦う気も無い様だ。一方で翔琉は、顔面を血まみれにしているものの息は落ち着いていて、疲弊した様子は無い。そして目には明らかに戦う意思が宿っていた。今にも飛び掛かって来そうな様子だったが、すぐに戦いを挑んでは来ない。けれどまだ戦いを止めてくれそうにない。

「あのマスタースパークを受けても生きていられる訳が無い。何故だ。そいつは不死身なのか?」

 どうやられいむの能力を警戒している様だ。さっきのれいむとの会話は小声だったから聞き取れなかったのだろう。れいむに凄い能力があると勘違いをしている。だとすればそれを逃す手は無い。俺は出来る限り自信に満ち溢れた姿にしようと胸を張り、そして挑発する様に言った。

「どうする?」

 俺はそう問う。戦わない為に敢えて問いかける。

「まだ戦う気か?」

 俺はそう挑発する。戦わないと答えてくれる様に祈りながら。

 別にこれ以上、相手を傷付けたくないとか、そんな慈悲の心からじゃない。単純に怖いから戦いたくない。さっきは怒りで何も考えていなかったけれど、よくよく考えてみれば、俺が普通に戦って勝てる訳が無い。明らかに人間に撃っちゃいけない威力のマスタースパークを放ってくるまりさは言わずもがない。俺には大して運動神経がある訳でも、戦い慣れてもいない訳で、普通の成人男性を相手にしたって負けるだろうに、最強を目指すなんて宣っている相手に勝てるとは思えなかった。さっきみたいな不意打ちでもなければ拳一つ当てられないかもしれない。万が一相手と良い勝負が出来たって、時間が掛かればまりさが回復して、またあのマスタースパークを撃たれてしまう。はっきり言って、全く勝ち目が無い。

「そっちのまりさはもう戦えないんだろう? 俺とこのれいむ、二人相手にしてお前は戦う気か?」

 だから挑発する。俺達が余裕を持った強者だと思い込ませ、相手に勝ち目が無いと勘違いさせる為に。帰ってくれと願って翔琉の事を見つめていたが、翔琉の返答は俺の期待とは正反対のものだった。

 翔琉は一度顔を俯け、かと思うと小さく笑い声を上げて俺を睨みつけてきた。

「悠人と言ったな? 貴様程の男なら分かるだろう? 例え勝てずとも死力を賭す事が本当の戦いだ。負ける戦いから逃げ、勝てる戦いにばかり勝っていては、俺の目指す最強ではない。認めよう! 確かに今この瞬間は、貴様等の方が俺よりも優れている! だからこそ、これは好機! 貴様等を越えて、俺は己の最強を証明する!」

 何て無駄に熱いんだ、こいつ!

 そんな男気要らないのに、翔琉は戦う気満満で俺の事を睨んでくる。逃げ出す様子は無い。戦いは避けられそうに無い。

「れいむ」

 どうしようか迷って抱きしめたれいむを見ると、れいむは振り返ってにやりと笑った。

「ここで逃げれば男が廃るよ、主」

 見上げると、翔琉が顔から流れた血を無視してファイティングポーズを取った。その様子は修羅の様で、どちらかの命が消えるまで戦わされそうだ。

 逃げないと命が廃りそうなんですけど。

 本当に逃げてしまおうか迷っていると、翔琉の叫びが聞こえた。

「行くぞ!」

 そうして翔琉が一歩踏み出した。

 くそ、もう戦うしか無いのか。

 中途半端なまま覚悟を決めて、俺も拳を握り締めてファイティングポーズを取る。

 だが絶望しかけた俺を救う女神が、窓を割ってやって来た。

 部屋に居た全員が、驚いて窓を見ると、飛び込んできた馬は背に生えた羽を動かし、悠然と部屋の中央に着地した。そしてその背から髪の長い女性が降り立って、俺を見つけると目を見張った。

「悠人! 何でここに居るの?」

 澄玲だった。

 こんな状況だというのに、澄玲の姿を見ただけで、俺は胸が高鳴り顔が熱くなる。

「いや、何となく」

 どぎまぎしながら答えると、思いっきり怒鳴られた。

「何となくって馬鹿じゃないの! っていうか、何これ、何でこんなに人が! この部屋で何があったの?」

 何と言えば良いのか。少し考え、とりあえず順番に話していこうと思った。

「辺りに散らばってるのは、マリオネットのボスが使ってた人形だよ。それで」

「マリオネットのボス! 何処? 悠人が戦ってたの?」

「いや、何か逃げたみたいで」

「悠人が追い払ったの! 本当に?」

「いや」

 そこで澄玲が俺の反対側に居る翔琉に気が付いた。

「あなたは?」

 澄玲に見つめられた翔琉は明らかに狼狽えた様子で後ろにさがった。

「あ、俺は」

「あなたも悠人と一緒に戦ってたの? って、顔! 怪我してる! 大丈夫?」

 澄玲が翔琉の下へと駆け寄る。翔琉は澄玲から逃げる様に後ろへさがったが、すぐに追いつかれて、傷の具合を問診されだした。

「その傷、どうしたの? マリオネットのボスにやられたの? 大丈夫? すぐに治してあげるから」

「いや、いや、違、その」

 翔琉がどもりながら澄玲から距離を取る。

 治療をするしないでもめている二人を眺めていると、れいむが呟いた。

「惚れたな」

 俺も答えた。

「ああ」

 やはり翔琉も同じ年頃の男なのだ。

 しばらくして翔琉はまりさを拾い上げそのまま割れた窓際まで駆け寄り、それを追う澄玲を無視して、俺を指さした。

「我がライバルよ! 今日のところは勝負を預けよう!」

 どうやらもう戦う気は残っていないらしい。顔が赤いのは血のセイデモ、俺と戦ったからでも、済玲から逃げ回っていたからでも無いだろう。

 完全に気の抜けていた俺は「もう二度と会う気無いんで」と言いたくなる程適当に、鼻糞でもほじる勢いで翔琉の事を見つめていたが、次の瞬間、翔琉がとんでもない事を言った。

「だが命を賭した戦いは終わらない! それは分かっているだろう!」

 いや、分かんないんですけど。

 まだやるの?

 何を言い出すんだと思っていると、翔琉が更にとんでもない事を言った。

「次の勝負はこうしよう。逃げ出したマリオネットのボスをどちらが先に倒すかを競うのさ。あいつはまだこの町に用があると言っていた。口ぶりからすると、町の外に逃げたとは思えない。だからそれをどちらが先に見つけ出し、首を挙げるか競おうではないか」

 馬っ鹿じゃねえの?

 出来れば黙って嵐が過ぎるのを待ちたかったが、あまりにも勝手に話を進めるので、何だかもう我慢が出来無くなって、俺は勇気を振り絞って翔琉の提案を否定した。

「嫌だよ!」

「な! 何故だ!」

 信じられないと言った顔で、翔琉が俺を見つめてくる。そんな顔される程、おかしい返答か? 俺は戦闘狂じゃない。

「何故も何も、やりたくないし、やる意味も無いし!」

 翔琉が顔を真赤にして何かを言おうとした時、澄玲が横合いから翔琉を捕まえようとしたので、翔琉はそれを避ける為に窓の外へと飛び出した。

 え? 落ちた?

 あっと思う間に、夜の闇に翔琉の姿が消える。

 あまりのショックに自殺した?

 不安に思っていると、窓の外に大きく膨らんだまりさの顔が現れた。まりさの顔はゆっくりと上へとのぼり、まりさの顎に掴まった翔琉がゆっくりと浮き上がってくる。本人は何だか格好をつけていると思うのだが、足場も無しにまりさバルーンに掴まって風に揺られている様はとても格好悪い。

「とにかく勝負だ!」

 翔琉が言った。その間にも上昇して翔琉の顔が見えなくなり、そしてそのまま体も消えた。

「どちらが先にマリオネットのボスの首級を挙げるか! 当然! 負けた方は命を差し出すんだ!」

 既に窓枠の外へ上って見えなくなった翔琉の、声だけが一方的に宣言してくる。反論しても無駄だろう。何だかもう、不安に思えば良いのか、怖がれば良いのか、怒れば良いのか、呆れれば良いのか分からなくなった。遠くから高笑いが聞こえてくる。それがとても腹立たしい。それもやがて消えた。

 静寂が訪れた瞬間、へたり込む。

とにかく終わった。助かった。傍を見ると、れいむがくるくると回った後にウィンクを決めていた。どうやら勝利ポーズらしい。

「悠人、大丈夫?」

 いつの間にか目の前に澄玲が立っていた。大丈夫だよと返すと、澄玲は安堵した様子で息を吐き、翔琉の消えた窓へと目をやった。

「何だったの、さっきの」

 俺に聞かれたって、俺も分からない。分かっているのは、あいつが戦闘狂であるという位だ。

「ライバルなの?」

 俺は力無く首を横に振った。

 結局最後まで勘違いされたままだ。ライバルになれる程の力を持っていないのに。その所為で変な約束を取り付けられて。

 何だか現実感が分からない。

 マリオネットのボスを先に殺さないと、殺される?

 冗談にしか思えないが、さっきの翔琉の戦闘狂っぷりを見るに、恐らく冗談でなく本気で勝負を挑んだのだろう。勝負が付けば本気で命を取りに来るだろう。

 恐ろしいと思う以上に、ふざけるなという怒りが湧いた。

 思わず深く溜息を吐くと、澄玲が心配そうに覗きこんできた。

「大丈夫?」

「うん」

 心配を掛けてはいけないと慌てて首を横に振った。

 それからふと気になって、割れた窓を見る。

「そう言えば、どうしてここに?」

 確か澄玲はこのビルまで徒歩で向かっていた筈だ。それが追いつける訳無いのに。

「どうしてって? ここがマリオネットのアジトだから」

「だってさっきまで走ってたのに。もうついたの?」

 すると澄玲に睨まれた。

「見てたんだ」

「え、うん、須藤さんにタクシーに乗せてもらって」

 澄玲が黙りこむ。何だか怒っている様だが、どうしてか分からない。

「幹也と一緒に来たんだ」

「うん」

「何処に居るの?」

「え?」

 澄玲が辺りを見回してから、再び俺に目を戻す。

「他の人達は? 一緒じゃないの? まさか本当に一人でこの部屋に?」

「いや、須藤さんに置いてきぼりにされたから、うん、俺一人で」

「まさか本当にマリオネットのボスを一人で撃退したの?」

「いやいやいや」

 慌てて首を横に振った時、突然背後から扉を開く乱暴な音が聞こえた。

 振り返ると、須藤と見知らぬ人達が大勢居た。そう言えば、下の階にもマリオネットのメンバーが居て皆戦ってい居たのだ。誰もが満身創痍で、戦いの激しさを物語っていた。

 乱暴に扉を開けて入ってきた須藤は、さっと部屋の中を見渡したかと思うと、澄玲を見つけた瞬間、呆然とした様子で呟いた。

「何で、お前がここに居るんだ?」

 須藤の視線が済玲から俺へと移る。

「お前まで。いつの間に」

 須藤は口を開き何か言おうとしたが、思い直した様に口をつぐんでから、改めて言った。

「ここで何があった?」

 澄玲が首を横に振る。

「分からない。来たらもう、悠人が敵のボスを追い払ってて」

「何? 本当か、お前!」

 須藤に睨まれて気が遠くなる。そんな怒鳴られる程悪い事をした覚えは無いのに。とにかく俺が追い払ったんじゃない。それだけは伝えなくちゃと、首を横に振る。それしか出来なかった。声の出し方を忘れてしまったみたいに、言葉が出てこない。

 何だか熱で浮かされたみたいに、視界が揺れて、思考が霞がかっていた。

「何があった!」

 怒鳴られて、体が震える。

 何か説明しなくちゃいけないと思っているのに、言葉が出てこない。それどころか意識が遠のいていく。

「どうした? おい! 大丈夫かよ! 怪我してるのか?」

 心配そうな須藤の声。それに合わせて皆が寄ってくる。

 何だか分からないけど、不思議な心地がした。食い違っているような気がした。狭まる視界の中にれいむが見える。

 ああ、きっと、とぼんやり思う。

 きっと今自分が幸せなのかそうじゃないのか分からなくなっているから、落ち着かないんだ。それで意識がおぼつかないんだ。

 そう思った。


「元気に、なった?」

 遠慮がちな澄玲の声で、俺は跳ね起きた。

 辺りを見回すと見知らぬ部屋で、布団の上に寝かされていた。

「ごめんなさい」

 寝起きのぼんやりとした心地の中、唐突に謝られた瞬間、驚きと共に一気に覚醒する。

「え! ごめん! 何が?」

 布団の傍で座り込んでいる澄玲は俯いていて、表情が良く見えない。ただ声の感じからして沈み込んでいる様子だった。

「右手の怪我の事、気が付かなくて」

 右手?

 ああ、そう言えば、逆上して翔琉を殴った時に、指が折れ曲がっていた気がする。見ると、いつもの俺の右手で何処も怪我をしていなかった。きっと澄玲が治してくれたんだろう。澄玲の様子からすると酷い怪我だったのかもしれないが、まりさのレーザーで焼き殺されそうになった印象がこびりついている所為か、右手が壊れた事位大した事には思えなかった。

「本当にごめんね」

「いや、別に」

 さっきから、何故、澄玲が謝っているのか分からない。幾ら考えても澄玲が責任を感じる事なんて何一つ無いのに。傷だって澄玲とは関係無いところでこさえた怪我だ。

 落ち込んでいる澄玲を見ているのが辛くて何か励まそうと思ったが、浮かんでくるのはありきたりで心に響かなそうな言葉ばかり。結局何も言えずじまいだった。

「お? 起きたのか?」

 部屋の入口を見ると、須藤がこちらを覗きこんでいた。

 俺が何か言う前に、須藤は親指で自分の背中側を差し示して言った。

「話を聞きたいからこっちに来てくれるか」

 俺は頷いてから起き上がり、須藤の後についていった。

 廊下を抜けるとカフェだった。誰かのお店なのだろう。俺が眠っていたのはその居住部分だった様だ。個人経営のカフェ等あまり入った事の無い俺は妙に落ち着かない気分になった。テーブル席が三つに、カウンター、並んだお酒、暖炉、観葉植物、絵画、淡い照明、ラック、食器、人形、陶器、ガラス細工、雑多に物が置かれ、それが一つの方向性を持って、その空間の雰囲気を作り上げていた。色使いは淡く、柔らかい一方で、質感は寂しく冷たい。妙にちぐはぐとしていて落ち着かない。

 テーブル席に座らされると、老人がテーブルの上に紅茶を置いた。ホテルの爆発現場で出会った大井だった。

「それじゃあ、あの場所で何があったのか教えてくれますか?」

 大井の問いかけは妙に感情が押し殺されていて、何か後ろ暗い事の尋問を受けている様な心地に鳴った。怖くて黙っていると、大井さんは小さく笑う様に息を吐き出した。

「何でも君がマリオネットのボスを倒したとか」

 俺は慌てて顔を上げて、見下ろしてくる大井さんに向かって思いっきり首を横に振った。いつの間に、そんな話になっていたのか。俺の否定に、大井さんが不思議そうな顔をする。

「そうなんですか? 澄玲がそう言っていたんが」

 澄玲は大井よりももっと驚いた顔をして、立ち上がっていた。

「何で! だってあそこに居たのは悠人だけだったでしょ!」

「いや、もう一人、居たでしょ。翔琉っていうのが」

 俺がそう答えると、澄玲が呆然とした呟きを返して来た。

「てっきり悠人があの人の事を助けたのかと」

 思わず脱力する。一体、どこをどう取ったらそんな勘違いをするのだろう。澄玲って結構抜けてるのかなぁと考えいてると、唐突に大井が顔を寄せてきたので、驚いてのけぞった。

「教えてくれますか? あそこで何があったのか?」

 何だか有無を言わさぬ雰囲気を怖い。けれど澄玲の仲間だというのなら大丈夫だろうと、俺は須藤と別れてから最上階であった事をその場に居る三人に語った。

 語り終えると、大井は顎の白髭を撫でながら唸り声を上げ始めた。

「あのマリオネットを倒す程の幻獣使いですか」

 どうやらマリオネットのボスというのは相当強いらしい。それを倒したあの男はもっと強いという事か。まあ、あのマスタースパークの威力を考えれば当然かと考えた途端、脳裏にあの暴虐的な光線を思い出して身が震えた。

 顔をあげると、大井が須藤と何やら目配せしあって、それから俺の方を向いた。

「つまり君は、そのまりさという幻獣を連れた男よりも先にマリオネットのボスを捕まえないといけないんだね?」

 まあ、そういう事になるのだろうか。

 いや、勝負を放棄してしまえば関係無いんじゃ。

 でもこの町に住む限り、あの翔琉と何処で出会ってしまうか分からない。幻獣という不思議な力を持った生き物がもしも探知能力を備えていたら最悪だ。と言って、勝負に乗ったところで勝てる可能性は万に一つも無い気がするけれど。

 あれこれ、考えていると大井が言った。

「なら、私達が協力しよう」

「え?」

 思わぬ申し出に変な声が出る。

 それから慌てて首を横に振って拒絶する。もしも俺に協力なんかしたら、その人だって危ない目にあうかもしれない。幾らなんてもそんな迷惑は掛けられない。

「けれど君は一人でその勝負に勝てる算段なんて無いんだろう?」

「でも迷惑が」

「私達は迷惑に感じないさ。それに交換条件がある」

 交換条件?

 マリオネットのボスを見つけないと殺される。そうならない様に手伝ってくれるという、俺にとって命の掛かった条件だ。その対価となると一体どんな無理難題であれば釣り合うんだ。

 幾つか最悪の想像が浮かんでは消える。

 思わず喉を鳴らした時、大井が言った。

「私の、この店で働いて欲しい」

 え?

「丁度人手が足りなくて困っていたんだ。バイトを募集しようと思っていたんだけど、君なら丁度良い」

 そんな簡単な事が交換条件?

「嫌かね?」

 そんな事は無い。そろそろバイトをしようかなと思っていたのだし、命の交換条件がそんなものなら遥かに安い。

 だがだからこそ怪しく思えた。そんな上手い話がある訳無い。

「仕事内容って」

「おお、興味があるのかな? 何、別に取って食おうって訳じゃないよ。この店で、接客や簡単な調理をしてくれればそれで良い。ただ最低でも一週間で三日、一日に四五時間は働いて欲しい。それからもう既にお分かりの様に、私達は幻獣使いで、それに関する仕事も少少請け負っている。その手伝いも、強制はしないが、してくれるなら嬉しいね」

 成る程と得心がいった。

 大井はカフェの仕事に加えて、幻獣の仕事を請け負っていると言った。何でも無い様な風を装って言ったが、明らかに幻獣に関わる仕事というのは怪しい。きっとそれが肝なのだ。夜陰に乗じて悪い幻獣使いを倒すとか、不穏な動きをしている幻獣使いを捕まえるとか、そういう命がけの仕事をさせられるに違いない、そしてきっとその標的にはマリオネットのボスも入っているのだろう。当然マリオネットのボスを掴まえるという勝負を挑まれている俺は、その仕事を知れば自然と立ち向かわなければならなくなる。それを確信しているから、大井は敢えて強制はしない等と言って、親切めかした表情をしているのだ。

 笑顔の奥に腹黒い本性を隠して。

 そうでなければ吊り合わない。

 俺は自分の中にあるフィクションの知識を総動員して、そう結論づける。

 明らかに怪しい罠だ。

 どうする?

 決まってる。

 逃げる事なんて出来無い。

 誰かの協力無しに、翔琉との勝負に勝てるとは思えない。

 それを無視したって、町の裏で蠢く幻獣達を無視していたら身の安全なんてあり得ない。実際に、俺はコンビニに行く途中ゴーレムに襲われて死にかけたし、ミイラを連れた小太りの男には自宅を襲撃された。他にもホテルが爆破されるなんていう大事件まで起こっている。

 俺はもうこの世界を知ってしまった。

 だから戻れない。戻ってもきっと不安で押し潰される。

 ふと自分の運命について思う。

 ゴーレムに襲われ、ミイラ連れの男に襲われ、まりさと翔琉に襲われて、何となく気が付いたのは、俺が死ぬ定めにあるという事だ。多分、このまま過ごしていたら俺は死んでしまう。その運命から逃れられたのは、れいむが居たからで、千景が居たからで、澄玲が居たからで、俺が幻獣と関わったからこそ死の運命から逃れられた。

「分かりました。ここで働かせていただいます」

 俺がそう答えると、大井さんが手を差し伸べてきたので握り返した。

 だからきっとこの選択肢は間違いじゃない。そう思う。あるいはそう思い込もうとする。結局どちらを選んでも先が見通せなくて危険ならば、せめて進む先だけは流れに任せるのではなく、自分で決めたい。そしてどちらかを選ぶなら、こんな状況で馬鹿げていると思われるかもしれないが、澄玲の傍に居られるルートを選びたい。

 兎にも角にも、俺は選択した。この先にどんなイベントが待ち構えているか分からないけれど、とにかく俺は自分の意思で決定ボタンを押した。例えどんなエンディングを迎えても、後悔だけはしたくないから。


 目を覚まして時計を見ると、既にお昼を迎える頃だった。妙に体が重くてだるかった。

 れいむは?

 奇妙な同居人を探して辺りを見回すが、何処にも居ない。

 あれ? れいむは何処に?

 とそこまで考えたところで、ようやっと頭が働き出して、思わず笑いそうになった。

 楽しい夢を見ていた。まるで物語の様な。ゆっくりれいむという不思議な生き物と出会い、そこから戦いの中に巻き込まれていく。そんな夢。ただの夢だったんだ。

 苦笑が漏れる。

 何、夢を信じこんでいるんだか。

 どう考えたって現実の筈が無いのに。

 おかしくて笑ったものの、嫌悪感は無い。むしろもっと夢の中に浸っていたかった。それ位に楽しくてわくわくする夢だった。

 二度寝してまた夢を見直そうかと考えたが、未練を振り払う。

 夢から醒めた以上は現実に立ち返らなくちゃいけない。

 今日は燃えるゴミの日だ。お昼前という事は、そろそろ回収業者がやってくる。それまでにゴミを出してしまわないと。

 急いで、廊下に置いてある大型のゴミ箱に向かうと、そいつがそこに居た。

「ゆっくりしていってね!!!」

 あれ?

「ゴミ袋は縛っておいて上げたよ! 感謝して、高級なチョコをくれても良いのよ!」

「れいむ?」

「何?」

「夢じゃなかったの?」

 俺が尋ねると、れいむは黙りこくる。

 しばらく見つめ合っていると、れいむが叫んだ。

「夢だけど!」

「夢じゃなかった!」

 俺も叫び返す。

 そうか夢じゃなかったのか。

 あれは全部本当の事だったのか。

「主、まだねぼけてる?」

「いや、もう起きたよ」

 良く見れば部屋の中は荒れていて、窓ガラスも割れていた。そうか、そう言えば、あの殺人鬼に襲われたんだ。

 ゴミ袋を担いで靴に履き替える。

 夢じゃなかったという事は、当然マリオネットのボスを倒さないと殺されるという勝負も生きている。

 それを考えると恐ろしかったが、それ以上に、傍にれいむが居て、澄玲との接点が出来て、不思議な世界が目の前に開けた喜びが大きかった。

 本当に夢じゃなくて良かった。

 嬉しさが胸の中に溢れてくる。

 この先どうなるのか分からないけど、れいむが傍に居てくれるなら、まだまだ不思議な世界を楽しめる。

 そう思うと、興奮が湧き上がって、じっとしていられなくなった。

「さ、行くぞ、れいむ!」

「ゆっくりしていってね!!!」

 俺達の戦いはまだ始まったばかりだ!


 そうして、玄関を思いっきり開けると、扉を持つ手に衝撃が走って凄い音がした。

「え?」

 そとに でると おんなのこがたおれていた

 どうやら おれの あけた とびらに ぶちあたったようだ

 だいがくせいのおとこが おんなのこに マンションのろうかで とびらをぶつける じあんがはっせい

 ああ なんということだ

 おれは たいほされて しまうだろう


 ざんねん!!

 おれの ぼうけんは これで おわってしまった!!

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