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ゆっくりしていってね!!!

 あれが敵組織「マリオネット」のボス?

 精悍な顔付きの男と一頭身のゆっくりまりさが部屋の真ん中に立っている。周りには十や二十じゃくだらない数の人間が倒れている。全て部屋の中央の二人がやったのだろうか。だとすれば俺とれいむだけじゃ敵う筈が。

 男の目が細まり俺を見る。その威圧感に背筋が凍りつく様な恐怖を覚えた。

「誰だ貴様は」

 そう問われただけで、気が遠くなった。震えて声すら出す事が出来無い。

「れいむはれいむだよ!」

 俺の代わりに、れいむが言った。

「まりさはまりさだぜ!」

 すると相手のまりさもそう答えた。

 二人の視線が何故か俺に集まる。

 何だか答えなくちゃいけない気がした。

「水上悠人、です」

 つられて名乗りを上げる。

 気が付くと緊張が溶けていた。

 二人の視線が今度は男に向く。俺も何となくそれを追って男を見る。

「名乗る名等無い」

 三つの視線に晒された男は重苦しい声で辺りを威圧した。

 するとれいむが飛び跳ねた。

「れいむはれいむだよ!」

 まりさもそれに応じる。

「まりさはまりさだぜ!」

 二人の視線が俺に向いたので、俺も答える。

「水上悠人です」

 そうして三つの視線が男に向いた。男は黙って俺を見、れいむを見、自分の足元のまりさを見て、有無を言わさぬ様な声を発する。

「名乗る名は」

「れいむはれいむだよ!」

「まりさはまりさだぜ!」

 飛び跳ねた二人が俺を見る。

「水上悠人です」

 そうして男を見る。

 男はしばらく黙っていたが、やがて重重しく呟いた。

「羽山翔琉」

 男が睨んでくるので、俺は必死で勇気をかき集めて睨み返した。何とか立ち向かえている。今のれいむ達のくだらないやり取りのお陰で大分心が楽になった。それに羽山翔琉という具体的な名前が出た事で、正体不明の不気味さが失せていた。

「れいむの本当の名前はれいむだよ!」

 ん? まだ続けるの?

 相手の名前は分かったからもう必要ないと思ったが、れいむがまた名乗った。

「まりさの本当の名前はまりさだぜ!」

 二人が俺を見る。

 本当の名前と言われても。

「水上悠人です」

 そうして二人の目が翔琉に向いた。

「お兄さんの本当の名前は?」

 翔琉が押し黙る。

 どういう事だろうと、俺は自体が飲み込めずに居た。男が答えないのでまたれいむが同じ事を言う。

「れいむの本当の名前はれいむだよ!」

「まりさの本当の名前はまりさだぜ!」

「水上悠人です」

「お兄さんの本当の名前は?」

 やがて男が言った。

「権太」

 微かにしか聞こえない程、弱弱しい声だった。

 俯いてしまって顔が見えないが、何となく赤く染まっている気がした。

 多分自分の名前が恥ずかしいのだろう。

「権太お兄さん! れいむはれいむだよ!」

「権太お兄さん! まりさはまりさだぜ!」

 二人は追い打ちをかける様に権太を見上げて同時に言った。

「ゆっくりしていってね!」

 ゆっくりはきっと人の神経を逆撫でる事に命を懸けているんだろうと思った。

 二人のゆっくりが権太を馬鹿にしてくれたお陰で完全に場が弛緩した。さっきまで感じていた恐怖は消えている。

 もしかして俺が恐れているのを見兼ねて助けてくれたんだろうか。

 そう思ったが、飛び跳ねながら権太お兄さんと連呼している二人を見ると、ただ単に馬鹿にしたかっただけの様な気もする。っていうか、敵ながら可哀想に思えてくるから、もうやめてあげて欲しい。

 とにかく、魔法が解けたみたいに、さっきまではあんなに俺の事を縛り付けていた権太に対する恐れが消えていた。考えてみれば同じ人間なんだ。おどろおどろしい化け物ならともかく、権太は普通の人間だし、連れているのはゆっくりまりさ。何処か滑稽だ。跳ねまわるれいむとまりさを鬱陶しそうに睨めつける権太の顔は、整った顔立ちの所為で威圧感こそあれ、よくよく見てみれば俺と同じ位の年齢だ。冷静になれば冷静になる程、恐れが消えていく。

 同時に腹の底から興奮が沸き上がってきた。

 目の前に居るのは敵のボス、未だ誰も辿り着いていない中、誰よりも先んじて自分だけが対峙している。何だか物語の主人公になった様な気さえしてくる。そんな高揚感。辺りに大勢の人間が倒れているという恐怖さえ、興奮に変わっていく。

 物語の主人公がそうする様に、俺は権太に尋ねかける。

「権太さん、あなたがここに居る人達を?」

 だが権太は答えない。

 敵と話す言葉は無いという事か?

「権太さん、どうしてこんな事を」

 やはり答えは返って来ない。

 いや、それで良い。初めから答えなんか期待していなかった。ただ自分が戦う理由を確認したかっただけだ。まるで物語の主人公の様に。自分に酔っている事を自覚して、俺は自嘲しつつ、敵を睨みつける。

 さあ、戦おう。

 その時権太が微かな声で呟くのを聞いた。

「翔琉」

「え?」

 翔琉とは権太が最初に名乗った偽名だ。どうして急にそれを呟いたのか。

「翔琉」

 まさか権太ではなく、翔琉と呼べって事か?

「あの、翔琉さん」

「何だ?」

 あ、やっぱり。

 権太って呼ばれたくないだけかよ。

「翔琉さん、あなたがここに居る人達を?」

「そうだ。俺とこのまりさで壊してやった」

 壊した?

 殺したではなく、壊した?

 部屋に散らばる倒れた人人を眺めると、確かにまるで人形の様に散らかっていて、壊したという表現がぴったりかもしれない。

 けど、だからと言って、人を殺しておきながら、それを壊した等と平然とのたまう事は許されない。全くの見ず知らずの人人だが、それでも酷い怒りが湧いてきた。物語に酔った所為で感情が暴走している。

「ふざけるなよ、あんた」

「何だ? さっきまで怯えていた癖に、急にどうしていきりたつ」

「当たり前だ! これだけの人を殺しておいて、それを壊しただと?」

 絶対に許さない。そんな気迫を込めて翔琉を睨む。言葉だけは興奮しているが、冷静な自分が別に居て、辺りの亡骸に興奮して物語に酔っている自分も相手と同じ外道だと非難している。

 冷静な自分に非難されながらも酔いから覚めずに翔琉を睨みつけていると、翔琉は虚をつかれた様に目を見張り、それから豹変した様に大声を上げた笑い出した。

 どうして笑っているのか理由が分からない。

「何だ! 何がおかしい!」

「貴様の勘違いがだ! 笑わせる! 倒れた死体を良く見てみろ! これは全部人形だ!」

「は?」

 辺りを見渡す。足元を見る。倒れた女性の死体。どう見ても人の死体にしか見えない。

 これが人形?

 まさか。

 疑りつつ触ってみると、その冷たい感触に驚いて思わず手をひいた。

「どうだ、分かったか?」

 人間の手触りでは無かった。

 妙に弾力のある硬いそれは今まで触れた事の無い材質で、触れた瞬間凄まじい嫌悪感が湧いて鳥肌が立った。どうしてか頭の中に、悲鳴を上げながら人形に変えられていく女性が瞬いた。

 何だこれは。

「はは、分かったか? それは人間では無い。人形だよ」

 その時になってようやく今回の敵組織の名前を思い出した。マリオネット。ボスがマリオネットの幻獣を連れているからだった筈だ。

「この人形、翔琉さん、まさかあんたのか?」

「は? 何を言っている」

「聞いているぞ。組織のボスは人形遣いだって」

 俺が睨みつけると、翔琉は「ああ」と気の抜けた声を出した。

「ようやく分かったぞ。貴様の齟齬が」

「齟齬?」

「貴様は俺の事を、マリオネットのボスだと思っているだろう?」

「それは、勿論」

 当然だろう、この状況で。

「俺はマリオネットのボスではない」

 は?

「マリオネットのボスは俺が追い払った。というより、殺しきれずに逃げられた訳だが」

 マジで?

「そこいらに散らかっているのは、そのマリオネットのボスが使っていた人形だ。俺のではないし、全て壊れている」

 そういう事だったのか。

 何だ。

 じゃあ、もう既に終わっているのだ。マリオネットとの攻防は。きっともう既に事が終わって、みんな帰ってしまったのだろう。だから俺は誰よりも先んじで来られたのではなく、祭りが終わって誰も居なくなった後にのこのこやって来ただけなのだ。よくよく考えてみれば、他にも沢山の人間が居るのに、敵のボスに一番乗り出来るなんてあり得なかった。

「どうだ、理解いったか?」

 ああ、分かったよ。期待して盛り上がっていた俺が馬鹿みたいだ。

「未だ誰も辿り着いていない中、俺だけがこの最上階に辿り着き、敵のボスを追い払った」

 ああ、凄い凄い。

 ん? 誰も辿り着いていない?

「後に続く者が居ないのを見ると、あの激戦の最中を抜けてきたのは貴様だけの様だな」

 え? ちょっと何言っているか分からない?

「弱すぎて話にならない者ばかりだと思っていたが、どうやら骨のある奴が居たみたいだ」

 ごめん。何の話?

「今、俺は新たな強敵を前にして、血が沸き立っている」

 何か、背後から赤いオーラみたいのが立ち上ってるんですけど。

 っていうか、凄い目付きで睨まれてるんですけど。

 実際には、そのオーラはまりさから立ち上っているが、翔琉の気迫に呼応する様にその火焔を増していく。

 翔琉は拳を構えてファイティングポーズを取ると身を沈めた。

「さあ、殺ろうか!」

「ちょっと待てー!」

 翔琉が不審げに眉を吊り上げる。

「どうした?」

「どうしたもこうしたもねえよ! ちょっと一回、状況を確認させてくれ! まず、お前はマリオネットに所属している訳じゃないんだな?」

「そうだが」

「で、マリオネットのボスをやっつけた訳だよな?」

「そうだ」

「じゃあ、もう終わってるじゃねえか! 俺達の目的はマリオネットを壊滅させる事だろ!」

「違う」

 俺の至極真っ当な意見を、翔琉は否定する。

「え?」

「まず一つに、ボスは逃げた。まだ壊滅した訳じゃない」

「まあ。でも追い払ったんだろ? なら今日のところはそれで終わりじゃ」

「二つ目に、俺の目的はマリオネットを壊滅させる事じゃない」

「じゃあ、あんたの目的って」

 何だか嫌な予感を覚えつつ問いかけると、翔琉は凶悪な笑みを浮かべた。

「強者と戦う事だ! より強い者と殺し合い、そして俺とまりさが最強だと示す事だ!」

 何か格ゲーのキャラみたいな事言ってる。

 明らかに現代の日本人が抱く目的じゃない。

 大丈夫だろうかこの人、と翔琉の様子を伺うが、目に宿った凶暴な光に嘘は見られず、自信満満に胸を張っている様子は明らかに自分の言葉に後ろ暗さを感じていない。

 真性だ。

 真性の戦闘狂だ。

 どん引いている俺に向かって、男は言った。

「貴様も同じだろう!」

 違います。

 何か否定すると怖いから、口には出さないけど。違う。俺はそんな事望んでいない。確かに物語の中でしか起こらない様な出来事に憧れてはいるが、だからってわざわざ強い奴と殺しあって自分を高めるなんていう、純度百パーセントで死亡に向かう様な目的は持っていない。

 しかし翔琉は、強い願望を持った人間が往往にして陥りがちな様に、当然この場にいる俺も全く同じ目的を抱いているに違いないと信じ切っている様子で、俺に語りかけてくる。

「奇しくも同じ幻獣。年頃も同じか? 誰一人として辿り着けなかったこの最上階に辿り着いたたったの二人。あまたの幻獣使いが目指し、そして未だ辿り着けていないこの場所は、この町で最も最強に近い場所だ。そこに立つ俺と貴様は、正しくライバルとして反目しあう為に生まれてきた存在なのだ!」

 いや、全然そんな事無いです。勘弁して下さい。

 後今更だけど、ナチュラルに二人称が貴様って、普段一体どんな生活をしているんですか?

「さあ、舞台は整った!」

 そう言って、翔琉の笑みに凶暴性が増していく。

 やばい。明らかに戦闘に入ろうとしている。

「待って! ちょっと待って!」

 俺は何とかこの場を切り抜けようとしたが、翔琉はそれを許してくれない。

「今更語る事等無いだろう。さあ、殺し合おう!」

 そうして翔琉がまりさを拾い上げた。

「まりさ!」

「あいさー」

 まりさが軽く応じて、口を大きく開けて息を吸い始めた。

 まずい。

 明らかに攻撃しようとしている。

 翔琉との距離は随分と離れているが、それでも攻撃の初動を行っているという事は何か遠距離攻撃を?

 とにかく何とかしないと。

 そう思った時には遅かった。

 いや、初めから為す術等無かったのだけれど。

 俺が焦りながら翔琉を眺めている内に、息を吸い込んだまりさが空気を含んだ口を閉じる。

 凄まじく嫌な予感がした。怖気が走り、全身の毛が逆立った。

「マスタースパーク!」

 翔琉の掛け声よりも先に、俺は訳も分からず横へ飛んだ。とにかくその場に居ては危険だと思った。床を蹴り、横っ飛びした瞬間、凄まじい熱風が巻き起こって吹き飛ばされる。床に何度か打ち付けられて、全身に痛みが走る。うつ伏せに倒れた状態から、痛みを堪えつつ、何とか体を持ち上げると、部屋中に粉塵が充満していた。

 何が起こったのか分からない。

 とにかく自分が生きている事だけは分かって安心する。

 唐突に風が吹き込んできて、部屋の中の粉塵が取り払われた。一気に視界が開け、俺はその凄まじい暴虐の跡を見た。

 まりさから、さっきまで俺が立っていた場所まで、地面が大きく溶けて抉れていた。更にその先の壁まで溶けて巨大な穴が空いている。凄まじい熱が通り抜けたのだろう、未だに液状化したコンクリートが穴のそこかしこにこびりつき煙を立ち上らせていた。

 それを見た瞬間、俺は一瞬自失し、それから今の目の前の光景が現実に思えなくなった。

 ちょっと待って。

 マジで待って。

 無いでしょ、これは。

 だって、明らかに死ぬ感じの攻撃だもん。

 食らったら跡形も無く溶けて、死体すら残らない系の攻撃だもん。

 それが俺に向けられた訳?

 マジで?

「上手く、避けた様だな」

 翔琉の声が聞こえて、俺の全身が震え上がった。

 このままじゃ、本当に殺される。

 どうすれば良い。

 でも、どうすれば良いったって、どう考えても勝てる様な相手じゃない。

 それどころか足が竦んで動けない。

 どうすれば良い。

 どうすれば。

 ふと翔琉の性格を思い出した。

 もしも相手が生粋の戦闘狂だというのなら。

 最後の手段を使うしか無い。

 もしもこれに失敗したら。

 残されるのは死のみだ。

 俺は息を吸って呼吸を整えてから、翔琉へと叫んだ。

「降参です!」

 翔琉の表情が固まった。

 それの驚いた表情に手応えを感じる。

 いけるかもしれない。

 そう、相手が強者と戦いたい戦闘狂だというのなら、俺が弱ければ戦う理由が無くなる筈だ。あっさりと降参してしまえば、きっと翔琉は失望して俺から興味を失う筈。

「降参、だと? 貴様の幻獣の能力も見せずしてか?」

「そうだ! もう今の一撃が凄まじすぎて、完全に戦う気が失せた! 正直、俺はあんたには遥かに及ばない。だから降参だ!」

 偽らざる真実だ。

 俺の訴えを聞いた翔琉はしばらく呆然としていたが、やがて声を上げて笑い始めた。おかしそうに大笑いする翔琉を見て、俺はほっとする。翔琉の笑いは明らかに俺を馬鹿にする為の笑いだ。きっと俺からの興味は失せただろう。まだ、強者だと思ったのに弱いなんてコンチクショウ! という逆ギレバッドエンドの可能性もあるが、そうなりそうだったら平謝りして、何だこの情けない男は、殺す価値もない、と思わせれば良い。

 頭の中で自分が助かる為の行動をシミュレートしていると、一頻り笑っていた翔琉が次第に笑いを収めて言った。

「そうか、貴様はそういう男か」

 そうです。本当は滅茶苦茶弱いんです。ここに来たのはただの偶然です。という思いを込めて、無事逃してくれる様に祈る。

 すると翔琉が続けて言った。

「無駄な戦いはしたくは無いという事だな?」

 そうです。戦いたくないんです。

 って、今の言い方、何か。

「既に貴様の目的であるマリオネットは半壊し、この場に用は無い。無駄な事はしない主義だというわけだ。しまったな。だったらマリオネットの首領と勘違いさせておけば良かった」

 ちょっと待って。この人、まだ何か勘違いしてる?

「まあ良いさ」

 ほんと? 逃してくれる?

「貴様があくまで不要な戦いはしないというのなら、戦わざるを得ない状況に追い込むだけだ」

 待て待て待てぇ!

「あくまで戦う気が無いというのなら、無理矢理にでも貴様の本気を引き出してやる!」

 いやいやいやいや。

 ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。

 おかしいでしょ。何でそうなるの。何でそんな勘違いしてるの。

 馬鹿なの?

 死ぬの? 

 俺が。

 まりさがまた大口を開けて息を吸い込み始めている。

 やばいやばいやばいやばい。

 明らかに本気だ。

 明らかに殺す気だ。

 逃げたいが逃げられない。

 足が竦んで動けない。

 必死で足に力を込めるがどうやっても這いずるのが限界だった。

 まりさが空気を溜めた口を閉じる。

 全身が総毛立つ。

 そこから先はゆっくりと時が動いた。

 俺の視界の中でまりさの口がゆっくりと開き、牛乳の様に淀んだ白い光が溢れでて膨らみだした。膨れ上がっているのではなく、俺に近付いて来ているんだと気が付いたが、避けようが無い。ゆっくりとした視界の中で、真っ白な光が少しずつ近付いて来る。あまりにものろのろと。その間、恐怖だけが高まり苦しくなる。まるでこちらを嬲る様で、光なら視界に映った瞬間当たるもんだろと罵りたくなった。

 その時、傍から声が聞こえた。

「主!」

 れいむの声だ。

 その救いの声に、何かの感情を抱く前に、衝撃がやって来て、視界が揺れた。

 次の瞬間、時間の進行は元に戻って、唐突にやって来た凄まじい熱風に吹き飛ばされる。

 床に投げ出された俺は慌てて身を起こし、力を込めて立ち上がった。

 一瞬前に何が起こったのかは分かっていた。

 多分、立てない俺を見兼ねたれいむが、俺に体当りして助けてくれたのだ。ゴーレムに襲われた時の様に。

「ありがとう、れいむ」

 痛みに耐えつつ呟いて、恩人のれいむの姿を探す。

「れいむ?」

 けれど何処にも居なかった。

 辺りを見回し、ふと奇妙な物が目に映る。

 さっきまで俺がへたり込んでいた場所の傍に、真っ黒な球体が置かれていた。抉れた床から辛うじて逃れたそれが一体何のか、嫌な予感が膨らんでいく。

 慌てて駆け寄って、未だに高熱の残る床からその黒い球体を抱え上げると、あろう事かその黒い球体がれいむの声を発した。

「主人?」

「れいむ?」

「良かった」

 その黒焦げになったれいむは安堵した様にそれだけ言うと動かなくなった。

「れいむ?」

 れいむを揺さぶると、真っ黒な炭が剥がれ落ちた。中まで真っ黒な炭が詰まっている。

「れいむ?」

 呼びかけても答えてくれない。

「れいむ!」

 その時、ファミコンの電子音の様な寂しげな音が流れた。何事かと思っていると、腕の中の炭化したれいむが崩れ落ち、半透明のれいむがふよふよと宙に浮いて、消えた。

 消えてしまった。

「れいむ!」

 冗談だろうと思って辺りを見回すが、れいむの姿は何処にもない。俺の腕にこびりついた煤と、足元に散らばる炭の塊だけが残された。

「れいむ! れいむ!」

 急いで足元に散らばった炭を掻き集めようとしゃがみこんだ時、笑い声が聞こえた。

「流石だな! マスタースパークを二発も避けるとは!」

 顔を上げると、そいつが笑っていた。

「だが二発目で幻獣を犠牲にしてしまったな。幻獣を失った貴様が俺に勝てるかな?」

 その男は笑っていた。

 その俺との殺し合いを望んでいた男は得意気な顔をして俺を嘲っていた。

 そのまりさにマスタースパークを命じた男は自分の勝利を確信していた。

 そのれいむを炭にした男は悪びれる様子もなく誇っていた。

 そのれいむを殺した男は、笑っていた。

 それが俺には我慢ならなかった。

 怒りが一気に湧き上がり、目の前が真っ赤に染まる。

「殺してやる」

 立ち上がり、男を睨むと、男は笑い声を収めたが、にやついた笑顔は変わらない。その締りの無い笑みがひたすらに不快だった。

「殺してやる」

 俺の宣言を、男は出きっこないと思っているんだろう、肩を竦めて息を吐いた。

「幻獣無しでか?」

 その余裕めいた表情をぶん殴ってやりたくてしょうがなかった。

「殺してやる!」

 だから俺は駆けた。

 赤く染まった視界に映る、そのれいむを殺した男を殺す為に。

 拳を握って雄叫びを上げてひたすら駆ける。

「まりさ」

 男が掴みあげたまりさに命じている。

 またマスタースパークを打つ気だろう。

 当たれば死ぬ。

 だが関係無い。

 今はただ男を殴る事だけしか考えられない。

 例え男が何をしてきたってそんなの関係無い。たとえしんd鳴って絶対にぶん殴ってやる。

「マスタースパーク」

 男が宣言する。

 俺は顔を守る様に腕を交差させ叫びながら男へと駆ける。

 だがマスタースパークは飛んで来なかった。

 代わりにまりさの声が聞こえた。

「いや無理」

「何故だ!」

「何故も何も、今日何発撃ったと思ってるんだぜ? もうエネルギーが空っぽだよ。眠いから寝るよ」

 好都合な事にどうやらまりさはもうマスタースパークを撃てないらしい。俺が腕を下ろして男を見ると、困惑した様子でまりさを見つめていた。その間に俺は駆け寄っていく。

「おい!」

 男が慌ててまりさを振っている。何度か振って、幾らやっても起きない事に気が付いたのか、苦苦しい表情で顔を上げた。

 その時、俺は既に男の前まで駆け寄っていた。

「な!」

 驚愕に目を見開いた男の顔面に向かって、思いっきり拳を叩き込む。

 男が呻き声を上げて床に倒れる。

 それを追ってのしかかり、顔面にもう一発拳を振り下ろす。潰れる様な感触がした。見ると、男の鼻と頬が潰れ、そして俺の指が折れ曲がっていた。

 そんな些細な破壊で止まる訳が無く、俺は更に拳を振り上げる。

 その瞬間、腹に激痛が走って後ろへ吹っ飛ばされた。

 蹴り飛ばされたと分かって起き上がると、血まみれの顔をした男が狂気じみた笑いを浮かべていた。

「良い! 良いぞ! 戦いはこうでなくちゃいけない! 初めてだよ。俺に傷を付けた奴は。やはり俺の目に狂いは無かった! 貴様が、貴様こそが俺の最大のライバルだ!」

「戦闘狂め」

「さあ、来い! ここからは幻獣を抜きにして、俺達が、俺達人間が、命を懸けた死闘を行うんだ!」

 死ね。

 男の語る狂気はひたすらに下らない妄言だ。けれど今だけは乗ってやる。

 何をしようともう、れいむは戻らない。

 だからせめてれいむを殺した男を殺す。誰の為でも無く、俺の為に、れいむを失った事に対するどうしようもないやるせなさを吹き払う為に。良いだろう、その死闘に乗ってやる。

「てめえはそんなに死にたいのかよ!」

「命のやり取りこそが俺の喜びだ!」

「なら! 殺してやるからさっさと死ねよ!」

 哄笑を上げる男を睨みつけ、俺は感情の赴くままに叫びながら、床を蹴って駈け出した。

「来い! 甘美な殺し合いを演じよう!」

「うるせぇ! 癇に障るから黙って死ね!」

 その時、頭上からファミコンの電子音の様な軽妙な音が流れた。

 そして俺の頭に何かがぶつかり、思わず立ち止まると、俺の腕の中に球体が落ちてきた。

「ゆっくりしていってね!!!」

 れいむだった。

「え?」

「え?」

 俺の呆けた呟きにれいむも同じ様に呟き返す。生きている。どう見ても、生きたれいむが俺の腕の中に居る。

 いや、え? マジで何で?

「れいむ?」

「何?」

「いや、何、って言うか、何で生きてんの?」

「何でって、残機が残ってるから」

 ああ、そうかぁ、残機制かぁ。

 それじゃあ、復活するよねぇ、残機が残ってる限り。

 って、そんなのありかよ!

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