ゆっくりしていってね!!!
蹴り飛ばされて転んだ俺は、痛みに体をさすりながら振り返る。
無精髭を生やした俺よりも少し年上の男がポケットに手を入れて煙草をふかしていた。
全く見覚えがない。何で蹴られたのか分からない。鋭い目をしていて、長身で、煙草を吸っていて、無精髭が生えていて、何だか怖い。
怖くてどうすれば良いのか分からずに居ると、男は煙草を指で摘んで口を開いた。
「どーも。あんた、このホテルに何があったか知ってる?」
爆発があった。
と言えば良いだけなのに、俺は口がきけなかった。
このホテルはどうやら幻獣に関わる組織が爆破したらしい。それをおいそれと他人に話してしまうのに抵抗があった。というか、爆発の事を喋れば、そのまま口を滑らせて幻獣の事まで話しそうで怖かった。みんな幻獣の事を秘密にしている。それを喋れば、何となく只では済まされそうにない。
そもそもこの男がまともな人間かも分からない。何だか見た目が怖いし、もしもホテルを爆破した側の人間だったら。
そんな事をあれこれ考えて口を噤んでいると、男は何度か煙草を吸って、短くなった吸い殻を携帯灰皿へ入れた。途端に表情が笑みに変わる。ホテルの炎に照らされた笑顔は何だか鋭くて怖かった。
「あんた、さっき大井さんと話してただろ? 安心しろよ。俺、爺さんの仲間だから。って事はあんたの仲間だ。な?」
大井? って確かさっきの老人の名前だったか。
という事はこの男も幻獣を?
男がしゃがみ込んで顔を近づけてきた。いつの間にか握手させられていた。
「俺は須藤幹也って言うんだ。爺さん達と一緒に、まあ色色活動してる」
あの老人の仲間という事はきっと澄玲の仲間でもある筈。だとすれば、こういう言い方が正しいかは分からないけれど、良い者の側なんじゃないだろうか。
「あの、葉内さんの事も」
「ん? ああ、そういうつてか。もしかして彼氏か?」
慌てて首を横に振る。そうなりたいけれど、今は違う。そんな勘違いが澄玲に伝わればまた嫌われてしまう。
同時に安心した。澄玲の苗字を出したら即座に名前で反応した。本当に知り合いみたいだ。そう言えば、何処でだったか忘れたけれど、澄玲の口から幹也という名前を聞いた覚えがある気がする。
「須藤さんは澄玲の」
「仲間だ。まあ兄代わりってところだな」
「そうなんですか」
目付きは怖いけれど、とりあえず悪い人には見えない。
ほっと息を吐く。
その瞬間、襟を掴まれて立ち上がらされた。
須藤が恐ろしい顔で睨んでくる。
「で? ここで何があった?」
襟を掴む須藤の指が俺の喉に食い込んで痛い。痛みに顔をしかめていると、襟を揺さぶられた。苦しくなって咳き込むと、須藤の手が止まる。
「この爆発は誰がやった?」
息が苦しくて声が出ない。
必死で返答しようと、俺は首を横に振った。
「知らないって事か?」
首を縦に振る。
「そうか」
開放された俺は喉を押さえながら須藤の事を睨みつける。と睨み返されて、慌てて顔を逸らした。肩の辺りから「カッコ悪」というゆっくりの声が聞こえた。
何度か深呼吸してようやく息が落ち着き出すと、また須藤の声がやって来た。
「爺さんはどうせ同族狩りだろ? 澄玲は?」
澄玲。
そうだ。追わないと。
はっとして顔を上げて、辺りを見回す。けれど何処へ行ったのか分からない。敵のアジトへ行った筈だけれど、その場所が分からない。
「おい」
誰かに聞ければ良いけれど誰が知っているのかも分からないし、まさか敵のアジトと検索したってネットじゃ出てこないだろう。どうすりゃ良いんだ。思わず頭を抱えて座り込むと、また蹴り飛ばされた。地面に肩をぶつけて痛みが走る。
「おい。澄玲の事、なんか知ってんのか?」
肩を押さえて立ち上がると、須藤が何処かへ電話を掛けていた。文句を言う勇気も無くて黙って見つめていると、やがて電話を掛け終えた須藤が俺を睨む。
「で? 澄玲は?」
何となく答えるのも癪な気がして、答えようか迷っていると、須藤がホテルを見上げて言った。
「どうせマリオネットのアジトに行ったんだろ?」
「え? どうして」
「それしか考えられねえもん」
須藤はポケットから煙草を取り出すと火をつけて吸いだした。ホテルに顔を向けたまま俺に流し目をくれる。
「で、お前は怖くてここに残った訳か?」
「違う! ただ……その、アジトの場所が分からないだけです」
するといきなり須藤は表情を崩して吹き出した。
「馬鹿言うなよ。なら爺さんに聞くか、澄玲について行けば良かったじゃねえか」
そう言って思いっきり笑い出した。凄惨な爆発現場を前にして大笑いしている。周囲の野次馬達が自分達を棚に上げて須藤を睨んでくる。近くに居る俺ははらはらして縮こまる。
「まあ、それが本当なら、ついて来いよ。俺は場所を知ってるから」
「本当ですか?」
「おう、勿論。さあ、丁度良い。行くぞ」
そう言うと、須藤が歩き出した。何が丁度良いのか分からなかったが、大人しくその後について行く。今はとにかく澄玲の事を追いかけられるならそれで良い。ホテルを見上げる野次馬を押しのけながら須藤が言った。
「見たところ、お前こういう事に慣れてないな」
「え? まあ、そりゃ」
「肩に乗ってるのが幻獣か?」
肩にぴょんと跳ねる感触があった。
「そうです」
「隠しといた方が良いぜ。一般人には見えないが、幻獣が見える奴には見えるからな。誰が見てるか分からない」
急に周囲から視線を受けている様な心地がして寒気がした。
「れいむ」
「はいはい」
れいむがぴょんと跳ねて俺の鞄の中に潜り込む。
とりあえずこれで大丈夫だろうと安心して顔を上げると、少し須藤から離されていた。慌てて人混みを押しながら須藤へ追いつくと、須藤が背を向けたまま、また喋った。けれど俺に話しかけているという風でもなく、独り言の様だ。
「ちょっと前までは、って言っても、もう十年位前か。その頃はそこまで人の目なんか気にする必要は無かった。見える奴が少なかったし、危険な奴も居なかった。けれど近頃は危険な奴ばかり。しかもマリオネットなんて言う馬鹿共が」
丁度人混みを抜けた。
「おお、来てる来てる」
離れた場所にタクシーが止まっていて、須藤はそれへ向かって歩いていく。どうやらそれに乗り込む様だが、随分にタイミンが良い。
「もしかして何か専用の車なんですか? 幻獣使いと関わりのある」
「は?」
「いや、何だか都合良く来てるから」
「いや、さっき電話で呼んだだけ。普通のタクシーだから変な話はするなよ」
須藤が助手席側に乗り込んで運転手と話し始めた。俺も後部座席に乗り込むと、タクシーが静かに出発する。振り返ると人だかりの向こうに燃え盛るホテルが見えた。まだ消防車も到着していないし、あの野次馬の量を見ると到着しても混乱が起こって消火は益益遅れるだろう。ホテルの火はまだしばらく消えそうにない。何だか胸にわだかまりを感じていると、タクシーが交差点を曲がってホテルは見えなくなった。
積極的に話す方でも無いのでタクシーの中で黙っていると、須藤も喋らないし、運転手も沈黙しているので、妙に重苦しい雰囲気になった。外はもう真っ暗で、通りに立ち並ぶ店の光と行き交う車のライトが夜をぼんやりと灯している。外のちらちらと瞬く闇を見つめている内に、段段と怖くなってきた。
何だか分からないままに流されていたけれど、能く能く考えればこれから幻獣使いを殺し回っている危険な組織の本拠地に乗り込むのだ。どう考えても一般人のやる事じゃない。しかもその組織はホテルを爆破した組織かも知れず、そんなのどう考えても特殊部隊かアクション映画の主人公が乗り込む様なところで、そこへ生身で突っ込もうなんて正気とは思えない。
全てが非現実的で浮ついた様な感覚なのに、間違いなく自分が死に向かおうとしているのが、あまりにもちぐはぐすぎて怖い。そもそも幻獣って何だとか、国家権力は介入してないのかとか、全部夢なんじゃないかとか、ぐるぐると思考が回っている。
それが唐突に、須藤の言葉で現実に戻された。
「あ、澄玲」
慌てて顔を上げると、須藤が左を向いている。俺も同じ方向を見ると、大通り沿いの歩道を走っている澄玲を見つけた。息を切らしながら、苦しそうに走っている。
「馬鹿だなぁ。ばれない様にユニを使わないで走ってんのかよ」
須藤が冷たくそう言っている内に、外の景色は過ぎ去って、澄玲は遥か後方に置き去りにされる。須藤はタクシーを止めようとしない。てっきり同乗させるのかと思っていたので驚いた。
「あの、澄玲の事、置いて行っちゃって良いんですか?」
後方を眺めていると、今度は千景の姿も見えた。同じ様に苦しげな様子で走っている。それもすぐに点になる。
「ああ、良いんだよ。置いて行って」
顔を前に戻すと、須藤が振り返って俺を見ていた。妙に冷たい目をしていた。
「悪いけどお前も置いていくからな。時間が惜しいからとりあえず目的地までは行くけど、その中には入んなよ」
「え?」
「え、じゃねえよ。お前一人が加わったって足手まといだ。それ位、分かんだろ? それともお前、ハリウッド映画みたいに敵をぶっ倒せんのかい? それとも何? そういう理屈を押してでも行きたい理由がある訳?」
倒せない。理由も無い。自分じゃ場違いで、敵のアジトに突っ込むなんて正気の沙汰じゃない。
「でもじゃあどうして俺を連れてきたんですか?」
「澄玲を説得させる為だよ。俺が止めようとしたって喧嘩になるからな。恋人の言葉なら聞くと思ったんだよ」
「いや、恋人じゃないですけど」
「ただあいつは思った以上に馬鹿で、あんな走りじゃきっと間に合わないだろう。ならお前も用済みだよ。これ以上来られたら迷惑だ」
はっきりと言われて、何も言い返せなくなった。その通りだ。俺はつい昨日まで幻獣の事なんか知らなかったし、今だってほとんど知らない。ホテルの爆破だって、自分の知り合いが死んだ訳じゃないし、爆破に憤って敵に戦いを挑む程、正義感も強さも持ち合わせていない。唯一の繋がりだった澄玲も千景も遥か後方で走っていて、戦いに参加出来そうにない。なら俺が戦う理由だって無い。ただ迷惑を掛けるだけだろう。
何で自分がこのタクシーに乗っているのかすら分からなくなった。自分の事が酷く愚かしく思えて世界がぐるぐると回り始める。段段と頭が痛くなって吐き気がしてきた。車酔いだ。後ろを見たり、下を向いたり、悩んだりした所為で、完全に三半規管がやられてしまった。
「おい、大丈夫か?」
「すみません。車酔いで」
「弱いのか。安心しろよ。目的地に着いたから」
その言葉通り、タクシーがゆっくりと速度を下ろして止まった。到着ですという運転手の言葉を合図に外へ雪崩出て、思いっきり外の空気を吸う。幾分か気分が和らいだけれど、まだ気持ち悪い。
「少し戻ったところにカフェがあったから、そこで休んで帰れよ。ほら、タクシー代渡しとくから」
お金とタクシー会社の名刺を渡される。
「いや、そんな。悪いです」
「連れてきちまったのは俺だし。後出来れば、帰り道に澄玲を見掛けたら説得して、ここへ来ない様にしてくれ。頼む」
そう言って幹也は背を向けて駆けだした。その先には一つの高層ビルがある。無機質な真四角のビルは夜の闇で真っ暗に染まっていたが、下層の方でところどころ光が瞬いていた。何の根拠も無いけれど、何となくそれが激しい戦いの証左の様に思えた。あれが敵の本拠地らしい。
「主、大丈夫?」
「うん。何とか落ち着いてきた」
れいむが鞄の中から顔をのぞかせた。
「どうするの? 確かにさっきの人の言う通り、言っても足手まといにしかならないと思うけど」
俺は握っているお金と名刺を見た。これを使ってタクシーに乗って、帰り道に澄玲と千景を拾って帰るのが多分一番安全で合理的な行動だろう。
間違いなくそれが俺の選ぶ道だ。
けれど。
鞄の中から飛び出したれいむを見る。
けれど帰りたくない自分がいる。あの戦いの起こっているビルへ行きたい自分が居る。行かなくちゃいけない理由も戦えるだけの強さも無い。行ったって足手まといで、何が出来る訳でもない。
それなのに何故か足は高層ビルへ向かっていた。
「れいむ、ごめん。俺行くよ」
「どうして? 足手まといになるだけなのに」
どうしてだろう。
自問する。
多分それは。
「俺が馬鹿で自分勝手だからだ」
「どういう事?」
「俺は馬鹿だから、自分が死なないって思ってる。さっきの爆発を見たのに、その前に殺人鬼に襲われたのに、それなのに自分が死なないって思ってる。このまま敵の本拠地に乗り込んだって、なんやかんやで死なないって思ってる。
「その上、自分勝手だから、自分が楽しめればそれで良いって思ってる。今、あの高層ビルの中では幻獣使い達の戦いなんていうフィクションの世界でしか見られない筈の戦いが起こっていて、それを身近で見られるチャンスを逃すのが凄く惜しくて。例え誰に迷惑を掛けたって、あの高層ビルの中へ行って、超常的な戦いを見て、楽しみたいって思ってる」
言っていて、本当に最低な奴だと思った。それでもビルの中へ行きたいという気持ちは変わらない。
「お馬鹿さんだね、主。最低だよ」
れいむの冷たい言葉が胸に刺さる。それでも気持ちは変わらない。高層ビルへ進む歩みは変わらない。
「ごめん、れいむ。言い訳はしないよ」
俯いてれいむを見ると、れいむはいつもの様に薄っすらと笑っていた。
「でもそんな最低な主、嫌いじゃないぜ」
「え? どうして?」
まさか肯定してくれるとは思っていなかった。どうしてそんな。
「言ってみただけ」
思わず転けそうになった。
「何だそれ」
「いや、いつか言ってみたいなと思ってて」
「そうですかい」
俺はもう一度高層ビルを見上げる。さっきよりも閃光の瞬く階層が上へ伸びていた。
「れいむはついてくる必要ないよ。これは俺の我儘だし」
するとバッグが揺れた。見下ろすと、れいむが頬を膨らませて不機嫌な顔をしていた。
「何言ってるの、私も行くよ」
「でも」
「主は私が居なくちゃ何にも出来ないでしょ」
「れいむ」
多分れいむが居ても何にも出来ないけど。
「ありがとう」
共犯者になってくれるのは素直に嬉しかった。
「さあ、もうすぐ入り口だよ。辛気くさい顔してないで。笑う門には福来たるよ」
「分かった」
「システム戦闘モードへ移行」
「おお、その声、ロボットっぽい」
まさしく機械音声のそれだった。
「メインゆっくりをスタンバイ。作戦目標は戦闘終了までの生存。システムオールグリーン。移行まで三秒。二、一。完了。作戦を開始して下さい」
「何かやる気出てきたかも」
「テンションが異常加熱しています。冷却して下さい」
「はい、すみません」
「とりあえず生き残る事が目的なんだからね。ゆっくりこそこそ行くよ」
高層ビルの入り口へ辿り着く。大きな穴が開いていた。入るのに問題はなさそうだ。中を伺うと、非常灯に照らされたエントランスには破壊の跡が残っているものの、人の気配は無い。
「大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ。幻獣の気配は感じないよ」
「あ、そういうの分かるんだ」
「ちょっとはね」
れいむの言葉を信じて壊れた入り口を通って中に入る。恐る恐る辺りを見回すが動く影は見当たらない。れいむの言葉通り、もう一階には誰も居ない様だ。恐恐とエントランスを歩くと、靴音が大きな音を立てて反響したので、驚いて足を止めた。慌てて辺りを見回すが、やはり何の反応もやって来ない。
「何か静かすぎて逆に怖いな」
考えてみれば上の階で戦っている筈なのに、その音も聞こえてこない。
「多分戦ってるのがばれない様に結界でも張ってあるんじゃない? それで異常に静かなんだよ」
「ああ、そういう? でも外から光が見えたけど」
「視覚って人間の感覚の多くを占めてるからそれでじゃない?」
「良く分からないけど」
「まあ、簡単に言えば、ここで何があっても外から助けが来ないって事だよ」
「そういうぞくっとする様な事言うの止めて」
再び抜き足差し足でエントランスを通り抜ける。非常灯の微かな光だけを頼りに歩いていると、エレベーターを見つけた。下層用、中層用、高層用と分かれている。何処へ向かえば良いのか分からないけれど、大体ボスは最上階に居るものだ。高層用のボタンを押すと、扉が開いた。乗り込んで最上階のボタンを押すと、エレベーターが動き出した。
「真っ暗なのにエレベーターって動いてるものなんだな。てっきり止まっているかと思った」
「まだ八時だしね」
「そうか。じゃあ真っ暗だったのは何でだ?」
「真っ暗な方が待ち伏せしやすいとか?」
「成程ね。怖いなぁ」
エレベーターはどんどんと上がっていく。階を示すランプが真ん中の階を越えた。
「っていうか、怖いのは主だよ」
「え? 何で?」
「いやだって、どう考えてもエレベーターなんか乗らないでしょ普通」
「何で? じゃあ階段で上る訳? 疲れるじゃん」
「普通そうじゃない? だって怖くないの?」
「何が?」
「エレベーターって密室だよ? 逃げ場ないよ? ホラー映画だったら間違いなく上から怪物が降ってきて逃げ場が無いまま殺されるシーンだよ」
「あ」
背筋に寒気が走って上を見上げる。幸い怪物は降ってこない。
「それにエレベーターって絶好の待ち伏せ場所でしょ? だって上がってくるのも開くタイミングも丸分かりなんだから。開いた瞬間、扉の向こうにいる敵が一斉射撃ってシーン、良く見ない?」
再び寒気が走って全身がこわばった。階を示すランプはどんどんと移り変わって、最上階に近づいている。喉が干上がって痛かった。
「勿論、主は何か対策を立ててるんだよね?」
想像すらしていなかった。
「馬鹿なの? 死ぬの?」
「やっべー! どうしよう!」
そう叫んで頭を抱えた時に、エレベーターが目的の階に着いた事を示す音を鳴らした。
心臓が早鐘の様になる中、エレベータが止まる。
せめてもと扉の横に張り付いて身を隠す。ゆっくりと扉が開いていく。
何の方策も思いつかない。もしも扉の向こうに敵が居れば殺される。祈る事しか出来無い。もう破れかぶれに突撃するしか。
「くそ!」
扉が開き、そうして廊下が現れた。そこに居る筈の敵を睨み、思いっきり外へと飛び出す。しかし扉のレールに足を引っ掛けてすっ転んだ。柔らかな絨毯に顔面から倒れこむ。
視界が真っ暗になって鼻の奥に痛みと熱がやってくる。
だが気にしていられない。
周りには敵が。
「くそ!」
慌てて立ち上がり、辺りを見回した。
そこに想像していた敵の姿は何処にも無かった。電灯の着いた明るい廊下で、赤い絨毯に木製の壁、何だか高そうな雰囲気が漂っている。
敵が居ると思っていた俺は肩透かしを食らって、れいむを見た。
「あれ? 敵は?」
「居ないね」
「もしかしてこの階にボスが居るんじゃないのかな?」
「そうかもね。ここは無人なのかも」
「予想が外れたか」
「当たってたら今頃蜂の巣だけどね」
その時、廊下の奥から硬質な音が響いてきた。金属質な物を落とした様な音だ。驚いて廊下の奥を見ると、扉の一つが微かに開いている。
「あれは?」
「分からないけど」
「行ってみよう」
「え? 本気?」
「覗くだけ覗いてみるよ。もしかしたら味方かもしれないし」
「無いでしょ」
「でも気になるし、万が一って事も」
恐る恐る開いた扉へ近付いていく。
もう音は聞こえてこない。
さっきの音は一体何だったのか。
胸の鼓動がどんどんと速くなって、視界が揺れ始めた。呼吸が細く速くなっている事を自覚する。全身に冷や汗をかいていた。それが何だかぞくぞくとして気持ちよかった。
扉の傍に寄る。
ゆっくりと覗きこむ。
俺が覗き込んだ先に、
「マジかよ」
惨劇が広がっていた。
そこは何百人も入れそうな広い会議室だった。机も何も無い広々とした空間。その床に沢山の人間が転がっていた。
思わず息を飲む。どう見てもそれ等は生きている様には見えない。それが広い部屋中に積み重なっている。百や二百どころじゃない。
そして部屋の中央には人影があった。
長身の男。
そしてその肩には一頭身。
「え?」
思わず大きな声を出してしまって、慌てて口を手で押さえる。だが遅かった。
部屋に居る二人が振り返る。
見覚えの無い精悍な顔つきをした男と、見覚えのある一頭身。
ゆっくりまりさは俺達を認めると、不敵な笑みでこう言った。
「ゆっくりしていってね!!!」