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※2014/7/21更新
本日完結しました。
最後まで読んでいただけると幸いです。
「―――目、見えなくなっちった。」
高校1年、始業式の朝、千衣は待ち合わせ場所で先に待っていた。
そして、開口一番にそう言った。
「あー、そっか。なんというか、どんまい。こうなるとは思ってたけど。」
「いやー、あたしも思ってた。」
俺は大して驚きはしなかった。
以前から視力が下がり続けていたのだから。
「困った。助けて。」
「言われなくてもそのつもりだったよ。」
「ありがと。」
「どれくらい見えない?」
「なんかこう、明るいってことは分かる。」
「真っ暗よりマシか。」
千衣の目の前で手を振った。
「ん、なんかチカチカする。」
千衣はその大きな目をぱちぱち瞬かせた。
「手の影だ。」
「そうなのか。分かんなかった。」
「主人公、とりあえず学校に行こう。」
千衣は歩き始めた。
「そっちは逆方向だぞ。」
「え。」
そんなこんなで、学校への道を歩いている。
「学校って広いん?」
「そうだな…説明会の時に行ったきりだけど、まあまあ広かったかな。」
「そかそか。行ってないからわからなかったんよ。」
「まあ、通っていくうちに感覚で分かるようになるだろ。…よっとっ。」
千衣の肩に腕を回し、千衣を抱き寄せた。
「Σ。…なに?びっくりした。」
「すまん、石あったから。」
「そか。でも触るんならあらかじめ言ってほしいんよ。びっくりするから。」
「ああ。急に引っ張られたら怖いよな。すまん。」
なでりなでり。
頭を撫でた。
「…早速無断で触られた。」
「つい手が動いた。」
「昔から撫でてくるよね。」
「癖だ。これから直すから許せ。」
「んー、許す。」
学校に到着。
「着いたぞ。」
「おー。」
千衣は周りを見渡している。
「うん、見えない。」
「何がしたかった。」
昇降口前には、真新しい制服に身を包んだ生徒でごった返していた。
この人混みでは、千衣を連れていけそうにない。
「混んでるからしばらく待つぞ。」
「分かった。」
―――
ようやく生徒がまばらになってきた。
クラス名簿が貼られている掲示板の前へ。
…俺だけ見てくればよかったことに今気づいた。
「あたし何組?」
「ちょっと待ってくれ。えーっと…。」
1組から順に目を通していく。
その視線は2組の名簿に行くことはなかった。
1組の名簿の中に俺たち2人の名前が書かれていたからだ。
「1組だ。」
「主人公も?」
「ああ、同じだ。」
「よかった。」
案内図を見るに、1年1組の教室は…。
「3階の1番奥だ。階段上れるか?」
「んー、たぶん大丈夫。無理だったら運んで。」
階段前。
千衣が白杖でつんつんと階段をつついている。
「よし見切った。」
意を決して1段目に足をかけた。
げしっ
2段目にしてさっそくつまづいた。
「おっと、…大丈夫か?」
傍で構えていたのですぐ反応できた。
「あぶなかった。今日はもう諦めよう。主人公、運んで。」
「諦め早いな。」
「これは切り替えが早いと言うんよ。」
「…まあいいけどな。」
時間に余裕もないことだし、早いとこ運ぶか。
「千衣、お前の搬送方法、おんぶとだっことお姫様抱っこの中から選べ。」
「んー…。『今日は』おんぶ。」
明日も運ばせる気満々か。
「とりあえず階段から降りるぞ。ここじゃおんぶできない。」
「うい。」
一旦降りて、千衣の手を自分の首に回した。
「前でしゃがんでるからそのまま体重をかけろ。」
「…よいしょ。」
ぽすっとした重みがかかった。
「軽いなぁ。」
「レシートみたいでしょ。」
「そこまでじゃない。」
階段を上った。
千衣は3階に着いても背中から降りず、結局教室前までおぶらされた。
教室に入った。
見慣れない顔ばかりだ。
そう思っているのは俺だけではないようで、戸惑いを孕んだ雰囲気が教室を満たしている。
空席を探すため、教室を見渡した。
窓側の先頭の2席が空いていた。
「窓側の先頭が2つ空いてるから、そこに行くぞ。」
「うい。」
扉から移動するわずかな間にも、白杖を持つ千衣には多くの視線が注がれた。
仕方のないことだが、それでもいい気分にはなれない。
「!…視線を感じる。ついにあたしにもモテ気が来たか。ごめん主人公。」
「なぜ謝る。」
…本人は大して気にしていないようだ。
席に着いてからしばらくして、担任と思しきスーツの男性が入ってきた。
「えー、残念ながら、これから1年間、皆さんを受け持つことになりました。植山です。」
残念ってなんだ。
タンタンタンタン…。
黒板に何かを書いている。
『上山』
けしけし。
タンタンタン…。
『植山』
この教師、自分の名前書き間違えたぞ。
「担当教科は国語で、好きなことはゲームでひたすら壁にぶつかってバグを起こすことです。」
やる気がないのかあるのか分からない。
「今度はみなさんに自己紹介をしてもらいます。」
「じゃあ廊下側から順番に――。」
―――。
自己紹介は着々と進められていく。
俺はすでに終わってほっとしている。次は千衣の番だ。
がたっ。
千衣が席を立つ。
場の空気が変形した気がした。
「えー…千衣です。」
「なんとなく分かると思いますが、あたしは目が見えません。こう、うまいことよろしくお願いします。」
ぼんやりしすぎだろ。しかも苗字名乗ってないし。
相変わらずの言動だが、そのおかげで場の緊張がふっと弛緩した。
―――。
最後の1人が自己紹介を終えた。
そろそろ入学式が始まるらしい。
クラスメイト達は席を立ち、体育館へ移動を始めた。
俺たちがまだ座っていることに気付いた上山もとい、植山先生が近づいてきた。
「人波が引くのを待っているんですか?」
「そうです。」
「あなたがその子のフォローをしてくれていると助かります。担任とはいえ、常に見ていることは難しいので。」
意外にも、千衣のことを考慮してくれているようだ。
「昔からの仲なんで。どうしても困ったら相談します。」
「そうしてください。」
「心配は要らないですよ。かみやま先生。」
千衣が先生にそう言った。
なんで書き直しのくだりを知っているんだ。
「見えてます?」
「見えないです。」
「あたし、なんだか先生と他人とは思えないです。」
「私も、あなたが男だったら、私だったかもしれない気がします。」
千衣が手を差し出し、先生と握手を交わした。
握手を終えると、2人ともなぜか俺にも手を差し出してきた。
2人の手を交互に見た後、とりあえずどちらも握った。
妙な結束が生まれた。
入学式後、帰り道へ。
「早速クラスで浮いてる気がする。」
「珍しがられてるのは間違いないだろうな。友達作りたいか?」
「んー、主人公がいれば何とかなりそうだからどちらでも。」
「俺が休んだらどうするんだよ。」
千衣は右手をさまよわせて、俺の制服の左袖を見つけるとそれを掴んだ。
「あたしも休む。」
千衣の出席率=俺の出席率、らしい。
千衣の家に到着。
「家着いたぞ。」
「ん。鍵とって。カバンにあるから。」
言われるまま千衣のカバンから鍵を取った。
ガチャ。
「ただいまー。」
千衣は靴を脱いで家の中に入ろうとした。
「ちょい待ち。」
千衣の肩を掴み、引き寄せた。
咄嗟のことで抵抗できなかった千衣は、俺にもたれかかった。
結果、抱きしめるような形になった。
「おふっ。どしたん?」
上目遣いにこちらを見上げる千衣。視線は合っていない。
「なんかでかい荷物が置いてある。」
「そかそか。」
「なんなんだこの荷物は。」
「どんな荷物?」
「旅行カバンが2つと普通のバッグが1つ置いてある。」
「お母さん、旅行するんかな。」
「あ、主人公君。千衣を送ってくれたんだね。」
千衣の母親が出てきた。
「相変わらずイチャイチャしてるねー。」
…千衣を抱きしめたままだった。
「これは別に―」
腕を離そうとしたが、千衣に押さえられた。
「おい…。」
「お母さん、どっか行くん?」
無視ですか。
「ちょっと九州まで。」
おばさんはその様子を見て肩をすくめた。
「そっか、気を付けて。」
「いやいやいや、ちょっとおばさん。九州に行くってどういうことですか。」
「長期出張にどうしても行かなくちゃならなくてねー。」
「よくあるよくある。」
「あんまりねぇだろ。」
「だから、千衣は主人公君に任せたっ。」
「そうだそうだー。」
「…分かりました。」
何を言っても無駄なんだろうな。
「話が早くて助かるよ。じゃあ、これ、千衣の荷物ね。」
片方の旅行カバンを渡された。千衣の生活用品が入っているらしい。
「俺の家でいいんですか?」
「うちに主人公君が来てもよかったんだけど、それだと落ち着かないでしょ?長いことお世話になりそうだから、主人公君の家のほうがいいと思って。」
「分かりました。じゃあ連れていきます。千衣、行くぞ。」
「好きに押し倒しちゃっていいからねー。」
「そうだそうだー。」
「やかましい。」
突然ながら、千衣は俺の家に住むことになった。
自宅へ帰ってきた。
「段差あるから気をつけろ。」
「うい。」
「その棒どうする?持っとくか?」
「あんまし家の中では使いたくないんよね。ガンガンぶつけるし。」
「じゃあとりあえず置いとくぞ。」
玄関に白杖を立て掛けておいた。
家の中に入っていこうとしたとき、
「主人公ー。」
「なんだ?」
「見えないから手引っ張って。」
…杖使えよ。
「先に荷物置いてくるから待っとけ。」
荷物を持って居間へ。
玄関に戻って千衣の手を引き、居間へ。
千衣の手は小さくて、ぷにぷにしていた。
「あー、主人公の家の匂いだ。」
居間に入るなり、千衣が鼻を効かせながら言った。
「そりゃそうだ。」
「なんだかんだで久しぶりに来たし。」
「春休み中はほとんど会ってなかったからな。」
久しぶりに帰ってきた親父に振り回され続けていたため、春休み中、千衣には会っていなかった。
今日の登校が卒業式以来の再会だ。
ちなみに、親父はまたどこかへ消えていった。
「千衣の部屋は…2階だとめんどくさそうだし、1階の空き部屋でいいか?」
「どこでもー。」
「じゃあそこな。案内する。手、握るぞ。」
居間の隣には和室がある。特に誰の部屋でもないから、ここでいいだろう。
「畳の匂いだ。あの変なカレンダーのある和室?」
「『古墳から出てきたものカレンダー』はもうないぞ。4月だからな。」
「はにわが良い味出してたんにー。」
その珍妙なカレンダーは、雑誌の懸賞で1番要らないものに応募したら、当たってしまったものだ。
「そんなことはいいから、荷物を整理しとけ。」
「主人公、整理して。」
「…はいはい。」
こうなることは分かっていた。
荷物の整理が終わった。
壁側に種類ごとに分けておいた。
「右から、制服、上着、シャツ、ズボン・スカート、下着、その他だ。」
「…あたしのパンツに変なことした?」
「しねぇよ。」
「ちぇー。」
してほしいのかこいつは。
ふと、時計を見ると、15時を過ぎていた。
「もう3時か。昼飯食ってないな。」
「お腹すいた。」
千衣はぺたんこなお腹を押さえた。
「あんまりがっつり食うと晩飯食えなくなるし、パンにするか。」
「おっけー。食お食お。」
「居間に行く。手を貸せ。」
千衣を椅子に座らせた。
俺は千衣の隣に腰掛けた。
「はい、手をパーに。」
「ん。」
たしっ。
パンを千衣の手に乗せた。
がしっ。
しっかり掴んだ。
「これは何パン?」
「グッドスティックだ。」
「あの細長いやつ?中にクリーム入ってる?」
「そうだ。」
開封。
「あーーー。」
千衣が口を開けている。食わせろと。
ぐいっ。
俺のを千衣の口へ突っ込んだ。
「ふごご、ふぐふぐ。」
「ちょっと何言ってるか分からない。」
「もぐもぐもぐもぐもぐ。」
「おいばかっ、俺の分を残せ。」
昼飯を取り戻そうとグッドスティックを掴んだ。
俺の手に残ったものは、ひと口分しかなかった。
夕食の算段を立てるため冷蔵庫を開けた。
食材が何も入っていなかった。
「千衣。」
「ん?」
「ちょっと晩飯の材料買ってくる。」
「おー、いってらっしゃい。」
―――。
千衣を独りにしてきてしまったが、大丈夫だろうか。
間取りは分かっているだろうが、それでも、移動するのは難しいことだ。
手早く晩飯を決めて、材料を買ってしまおう。
―――。
主人公は夕食の材料を買いに行った。
聴こえるのは、テレビ、車、秒針。
テレビでは、スイーツについて特集してるっぽい。
ケーキってこと以外はよくわかんない。
飾り付けが可愛い。
どう可愛いんだろ。
小さいのか、何か動物っぽい形だったりするのか。
かちかち聞こえるのは秒針。
今何時だろ…。
5時くらいかな。そう思っておこう。
―がちゃ。
玄関の開く音。
近づく足音。
気が付くとあたしはソファから立ち上がっていた。
「ただいま。」
「おかえりー。」
気が付くと、テレビも、秒針も、なかったかのように聞こえなくなった。
―――。
スーパーに入った。
焼きそばが安い。
よしこれにしよう。
あとは飲み物を数本。
すかさず空いているレジに入る。
レジ袋を携え、店を出る。
ここまで3分。
なかなかの好タイム。
帰宅。
がちゃ。
「ただいま。」
「おかえり。」
リビングに行くと、開きっぱなしの扉の前にいた。
「どうした?まだ飯は早いぞ。」
「んー、いや、なんとなくお出迎え。」
「そうか。頭、触るぞ。」
ぽんぽん。
「ただいま。」
「おかえり。」
じりりりりりりりりりっ…。
朝だ。
着替えを済ませてリビングへ。
リビングに千衣の姿はない。
千衣の部屋の前へ。
こんこん。
「千衣、起きてるか?」
「ん~…起きてる…。」
扉の向こうから気怠そうな声がした。
「主人公、着替え手伝ってー。」
「はいはい。開けるぞ。」
がちゃ。
「お前、電気つけっぱなしだぞ。」
「消すのが面倒。位置も分からんし。」
「今度から消しとけよ。ほら、着替えるぞ。」
「うーい。」
着替え完了。
「興奮した?」
「やかましいわ。」
なんでも、バーベキュー交流会というものをするらしい。しかも今日。
教室に入るやいなや、担任から聞かされた。
知らなかったのは俺のクラスだけで、他のクラスは入学式の時に担任から言われたそうだ。
「言い忘れました。まあ特に持っていくものはないので別にいいかと。」
そんなこんなで、今はバスに揺られている。
「ふぁー…ねむ。」
「乗り物酔いは大丈夫か?」
千衣はまだ眠そうだ。
「だいじょぶだいじょぶ。気持ち悪くなったら景色見るから。」
「…そうか。」
「…今のはボケたんよ。」
「素で言ったのかと思った。」
「まさか、そこまで天然じゃないし。あ、お菓子とって。しょっぱい系のやつ。」
「食べすぎるなよ。」
袋の中からお菓子を渡した。
休み時間用のお菓子が役に立った。
「はーい。」
「もぐもぐ…うまい。主人公、これ何味?」
お菓子のパッケージには『――
「お前、ド天然だな。」
「え、なにその味。」
――バーベキュー味』。
キャンプ場のようなところに着いた。
「あ、班も作らないとダメだった。」
おい担任。
慌てて班を作った後、いよいよバーベキュー開始。
「主人公君、なんか手際いいね。」
肉を焼いていると、同じ班の女子が言ってきた。
「いつもメシを作ってるからかもな。こいつのも含めて。」
「うむ。ご苦労。」
偉そうに腕を組んでいる。なんか組み方が変だが。
「え、主人公君、千衣さんと一緒に住んでるの?」
「まあ…そうなるな。」
女子と同棲なんてことは公言はしたくないが、事実だ。
「なーんかアダルティだね。」
「やめろ。なんだかその響きは気に入らない。」
「ねぇ千衣ちゃん。」
「ん?」
「千衣ちゃんて、ほんとに目が見えないの?」
思わず肉を焼く手が止まった。
俺としては、あまり千衣の目のことに関与してほしくはないのだが。
「見えない見えない。光があるかどうかくらいしかわかんない。」
「大変だねー。見えないって、どんな感じ?」
「こう、『見えないっ』って感じ。」
「ちょっとピンと来ないなー。って、主人公君、その肉焦げてない?」
「え?あー…。」
肉が焦げてしまった。
「すまん、これは俺が食うわ。」
「あたしのやつにも焦げたん入れていいんよ?ふぁ~…。」
「いや大丈夫だ。そこまで焦げてない。」
「いや、これは―」
真っ黒と言おうとした女子に向かって『言うな』のジェスチャー。
「―まあ、なんとか食べられるくらいだね。」
「そか。ならいいけど」
その後はしばらく焼くことに集中した。
肉は無事に焼き上がった(俺のを除く)。
「いただきまーす。」
「主人公ー。あたしの分とって。」
差し出された小さい手に串を持たせた。
「いただきまー。」
ぺちっ。
「うぁっ。」
串を顔にぶつけた。
「おいおい、気をつけろよ。」
ふきふき。
「…思ったより長かった。」
「ちょい主人公、1回口の前まで誘導して。」
「はいはい。手、触るぞ。」
串の先端を千衣の口にあてがわせた。
「あむ。…むぐむぐむぐ。うまい。」
「そうか。よかったな。」
ぽすっと千衣の頭を叩いた。
「………。」
いつの間にか注目を集めてしまっていた。
「あーなんかすまん。」
「いや、べつにいいんだけど。」
「そうしてるのが自然というか、夫婦みたいだねー。」
「からかうな。」
「ふぁ~…。主人公、もう一口。」
「もう自分で食えるだろ。」
「嫁がこんなに頼んでもか。」
「誰が嫁だ。」
…結局すべて食べさせるのであった。
バーベキュー交流会後、また授業が始まった。
気怠さと戦って何とか放課後になり、帰宅。
自分の部屋へ。
「さて、何をするか。」
こんこん。
「うん?千衣か?」
「ん、ちーだ。」
「ちょっと待て。」
千衣が足を引っかけないように、手早く片付けた。
がちゃり。
「ほい、入れ。」
「おじゃましー。」
とことこ入っていく。
手探りでベッドを探して、寝転がった。
「何か用か?」
「べつにー。ふぁ~…。」
千衣は欠伸ついでにごろごろしている。
「あ、課題出されてたよな?」
「え、そんなんあったん?」
「日本史で出されただろ。」
「あー、そっか。あとで答え見して。」
「問題読むからせめて考えろよ。」
「あたしに日本史を聞くとは命知らずな。分かるわけないじゃん。」
「なんの自信だそれは。」
考える気がなさそうだ。今日のところは俺がやるか…。
カバンから教科書を引っ張り出して、課題に取り組み始めた。
………。
「よし、終わった。」
「おい、千衣。」
ベッドのほうへ振り向くと、千衣は寝息を立てていた。
「おとなしいと思っていたらこれか。」
ピピピピピピピピピッ
携帯電話が鳴った。
相手は…千衣の母親だ。
ぴっ。
「もしもし。」
「千衣と一緒に寝てる?」
「寝てないですよ。藪から棒に何なんですか。」
「あの子、目が見えなくなってから毎日私と寝てたのよ。」
「だから、1人で眠れてるのかなと思って。」
「…あー、なるほど。最近眠そうだったのはそのせいですか。」
千衣がもぞもぞしだした。
「千衣が起きそうなので切ります。」
「うまいことやっておいて。」
「なんとかしてみます。」
「…んーっ。」
起き上がり、体を伸ばす千衣。
「あたし寝てた?」
「寝てた。」
「起きてたし。」
「お前、服脱がしても全然起きなかったぞ。」
「え。」
自分の衣服を確認する。
「…嘘だからな。」
「やりかねない。」
「俺をどんな目で見てるんだ。」
その日の夜。
時計は午前2時。
普段なら寝ている時間だが、今日は起きている。
千衣の寝不足疑惑を解決するためだ。
千衣の部屋の前へ。
扉の間隙から明かりが漏れている。
ノックは…もし寝てるのなら起こしたら悪いし、しなくていいか。
がちゃ。
千衣はベッドに腰掛けていた。
「…主人公?」
「…やっぱり起きてたか。」
千衣は布団に腰掛けていた。
その前に立つ。
「頭、触るぞ。」
千衣はぶたれると思ったのか、目をつぶって縮こまった。
なでなで。
撫でた後、隣に座る。
「お前、眠れてないだろ。」
「ん、あんまり。」
「今日、おばさんから電話があったんだよ。」
「いつ?」
「お前が寝てるときな。」
「それで、寝るときはいつもおばさんと一緒に寝てたんだって?」
「ん、まあ、恥ずかしながら。」
いじいじ。
千衣は気まずさをごまかすように、自分の髪をいじっている。
「俺もいじっていいか?髪。」
「どうぞどうぞ。つまらないものですが。」
いじいじ。
さらさらしている。
それに、いい匂いがする。俺と同じシャンプーのはずなのに。
しばらく何も話さず、そうしていた。
うとうと…。
千衣が眠そうにしている。
「眠そうだな。布団に入ったほうがいいぞ。」
「ん。」
千衣は布団に潜った。
「じゃあ俺は戻るわ。」
「ちょい。」
千衣は俺を呼び止めた。
腕を掴もうとしたのだろうか、布団から手を伸ばしている。
その手は開閉を繰り返している。
その手に自分の人差し指を近づけると、掴まれた。
「寝るまで待ってて。」
―――。
指を掴まれてからしばらく。
「不安なんよ、たぶん。」
千衣が口を開いた。
「夜ってさ、ふつーの人でも何も見えないじゃん。」
「それで、見えないあたしはもっと見えない気がするんよ。」
「…頭、触るぞ。」
なでなで。
「変なところで遠慮するなよな。いつもは図々しいくせに。」
「んー…実はまだ遠慮してることが。」
「なんだ?」
「一緒に寝よ。」
―――。
千衣のベッドに入った。
ふんわりと、それでもってしっかりと、女の子の匂いがする。
「さすがに狭いな。」
俺の肩は今にもはみ出しそうだ。
「こうすればだいじょぶ。」
腕を抱きしめられた。
千衣が詰めた分、多少のゆとりができた。
「なんか虚乳でごめん。」
「別に何とも思ってない。」
「つまり胸とも思われていないと。」
「早く寝ろっての。」
「心は巨乳なんよ。」
「俺、部屋戻るわ。」
「それだけはやだ。」
離さないようにと、腕を抱く力が強まった。
「意外とあるって思った?」
「はいはい、きょにゅーきょにゅー。」
「ひらがなでごまかされた。」
「…あ、『巨乳虚乳』で手ごろな大き」
「早く寝ろ。」
いままでと書き方を変えてみましたが、
変えたほうが楽でした。
お読みいただき、ありがとうございます。




