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図書室ピアス  作者: 羽野トラ
暖かい年
53/57

時期2


 *


 初めて、だ。ちゃんと、しっかりタキさんを受け入れられたのは。

誕生日だからと決めた日、無理して結局なあなあになった。

 だからこうして本当に何でもない日に求め合ったっていうのは自然な出来事で、本物なのかな。


 昼まで時間をかけてゆっくり、……本当にスローペースだ。映画やドラマで見る激しい情愛のような、燃えるようなものとは正反対で、セックスって生々しい響きよりは抱き合うって表現の方が向いている気がした。交わす言葉は少ないというか雰囲気や熱に溶けて喋ることが見つからなかった。ただ時々、呼吸の合間にタキさんが「離れんな」とか「勝手に決めんな」って、言葉では怒っているのに口調は弱い響きで漏らすから胸がぎしぎし締め付けられて痛くなった。昔受けた記憶に薄い、けれどおぞけが噴き出すいたずらされた過去――、脳裏にあったあれが白くなっていたのはちょっとだけ乗り越えられたのと、タキさんとの、そんな痛みもあるからだろうか。


「心」

 硬い腕が腰に回される。逃がさないって言われてるみたいだ。

「んー…」

「痛むか?」

 裸でくっつくのは気持ちいい。ちょっと汗ばんだタキさんの肌がぴとっと吸い付くみたく触れる。

「そんなでもなかった」

 もう、まんま女子みたい。いいや、今は。

「そっか」

「うん」

 髪がこそばゆい。タキさんがふ、と小さく笑ってる。

「昼どうする?」

 と、タキさんが聞くので、横になったまままったりした流れに変わる。

「冷蔵庫なんかあったっけ」

「卵…くらいかな覚えてない」

「スーパー行く?」

「俺が行く。心は待ってて」

 耳の裏に呼吸していた吐き出す際の柔らかな息がかかり、体が離れていく。空いた空間に空気が流れこみ、かけ布団に丘陵をつくる。横向きから仰向けになると腰下の重みに気付く。体を捻ると痛んだのでしっかり実感が植え付けられた。

 ベッドから下りて服を集めるタキさんの均整の取れた体を横目で見ているとベッドの上と違って(恥ずかしい言い方だ)集中してない分つい観察している。背中の筋肉のラインが動き、僕を振り返る。

「何見てんの」

「や、いや。行ってらっしゃい」

「うん。シャワーしてから行くけどね。一緒に入る?」

「い、いいです」

 早く行け、とぱちんとタキさんの尻を叩くとハイハイと言いながら部屋を出て行った。

 シャワーの水音が微妙に聞こえてくる。そうしてしばらくし、扉の閉まる固い音。僕も、と思い体を起こしたら何がいけなかったのか。


「ん…ッ」


 意思と反して、体は反乱を起こす。いきなりだ、予告は無いからそんなの当たり前なんだけど。

苦しい。苦しいけど、一番嫌なのはこれをタキさんに見られること。ぼんやり頭に浮かぶのはさっきまでの穏やかな時。

全然無理なんてしなかった。してない、のに。

あの人、「俺のせいだ」って言うの目に見えてるし、それで勝手に落ち込まれたらすごく迷惑。


大丈夫。すぐ、終わるから。


ちょっと我慢すれば心臓、元に戻ってるよ。





(昼、なにがいいかな…)


 そんなこと思いながらスーパーの中をうろうろと巡る。

卵はあったからオムライスとか。米は余ったのを冷凍してた気がする。じゃあ具材だ、と今度は中に入れるものを探しに移動する。


 一人だとどうしても変なことを考える。頭が煮出っていた。

さっきまで、俺は心と。

……うん。思い出さないようにしよう。こんな店ん中で何考えてんだ。深くは思い返さないぞ、……でもなあ。

 経験は今までにだってそれなりにあった。だけどあんなに初々しいのは俺自身始めてで、自然体で行った行為は性を現すと言うよりかは愛情表現の手段のようなあれは経験したことのない種類のものだ。

気持ちいいってのはきっと大半は精神的なものからくるんだろう。


 それが少し怖いのは、大切なものを知り、失う仮定があるからで。波のように途端にその恐怖に煽られた時は心に「離れるな」と強く気持ちを押し付けて困らせた。


 フラッシュバックにぐらつく様子が無い、それも嬉しくて。無理させてないかなって思ったから。

“更正”なんてしない。

 家に帰るな、なんて言われたらそれでいい。マンションも、生活費も、いらない。それでもし、学校も辞めろと、親父が俺を投げ出すなら働くから。

あの親父だ。生半可に伝えようモンなら一喝されて終り。目に見えてる。ごく、と唾を飲み込み脳内の重りを振り払う。


 カゴの中を気が付けばいっぱいにしていて、また怒られるかなあなんて思いながらレジに通した。


「ただいまー」


 重い袋を玄関に一旦置き靴を脱ぐ。リビングに向けて呼びかけると返事はなかった。シャワーの音はしないからまだ寝室にいるのかもしれない。すっからかんの冷蔵庫に昼用以外の食材を詰め昼食の準備をする。

解凍した米をフライパンで炒めケチャップと肉を投入。チキンライスにする。フライパンにひいた油が跳ねてパチパチいってた。


「お昼?」


 いつの間に来たのか。服を着替えて(つっても替えは俺のなんだけど)心がフライパンの中を覗きこんでいた。

 ……あ、つむじ左巻きなんだ。

 上から見ないとわかんないから知らないだろうな。


「皿出して」

「はい」


 後ろの食器棚から二人分を出し、それに分けたチキンライスを乗せる。卵を割りかきまぜて、ようやく心の顔を見た。


「なんか顔青くない?」

「え?」

「戻って座んな」


 立ってんの辛くないか、とキッチンから追い出してダイニングテーブルにつかせた。

ケチャップを心のにだけかけて(描いて?)出来た品を持ってキッチンを出る。テーブルの上に二人分皿を乗せてやっと俺も席に着いた。


「いただきます」

「いただきます」


 微妙にずれつつ重なった音で、飯にありつき、目の前の人は不思議そうな顔をしていた。


「タキさん、これなに」


 崩す前の卵の上には赤い渦巻き。


「つむじです」

「なんでつむじ…」

「心のつむじ」


 にやついてたら、タキさん何やってんの…って、案の定呆れられ、でも心だってつむじライスとか意味わかんないことぼやいてんだからお互い様だ。

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