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図書室ピアス  作者: 羽野トラ
図書委員
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会えない日

一ヶ月に二、三回、学校でタキさんに会えない日がある。毎日会ってるし、別にいーじゃんかって思うんだけど。ちょい寂しい。


僕の病院通いとか、タキさんのジム通いで時間が合わなくなった時。

そんな時、僕はわざと連絡を取らない。


我慢すればした分だけ愛情を深く向けてくれる気がするから。

メールより、会って話したいから。


顔が見たいって気持ち、どんどん膨らむ。

あの場所で、あの人の笑顔が見たい。


幸せな気持ちが倍になるから。だから我慢する。



心電図の吸盤がぺたぺたしてくすぐったい。

味気なく黄ばんだ天井を見つめる。



―――右脚不完全ブロック。


意味を聞いたらどうやら脳から心臓に“動け”って命令が上手くいかなくなるらしい。らしい、ってのはまだなった事無いから。

心停止した事ないし。


タキさんに心肺蘇生法でも覚えさせよう。

そしたらキス…。

いや、あの人テンパりそうだ。怪我とかダメな人だし。あ、でも心停止は傷じゃないから大丈夫か。


なんて事を悶々と思っていると心電図はすぐに終わった。


だるー、とか思いながらスタバに行く。親に昼食代を貰ったから、今日はリッチ。余った金でホットココアを頼む。


店内を見回すと、僕の目がおかしい……?



「た、タキさん?」

「おーう、心」


ゆったりした革の椅子から振り返るのは他人の空似なんかじゃない、その鼻の際についた豆みたいな銀のピアスはタキさん以外いない。


「何で?学校はどうしたんですか?」

「今日は午前なのよ。ほんで静かなトコ来たかったから。なあ心座れば」


ああ、そういえば今日は午前授業だって先生が言ってたようないないような。

タキさんと同じテーブルにつきラテを飲む姿を眺める。


不思議な光景。

ラテを飲み、傍らには紀伊國屋の紙カバーのついた文庫本。

男子高校生と掛け離れた組合わせ。

そしてヤンキーの代名詞と言っていいタキさんの姿。ミスマッチ。

坊主頭の耳からの生え際には小さな蜘蛛の巣を形どった剃りをいれ、眉毛は無くて、目はハスキー犬みたいで(この目が一番好きだ)。

制服は馬鹿の代名詞な私立校。


そんな人がスタバにいる。


「ん?どした」


失礼な事を考えて眺める僕にタキさん気付き本から顔を上げて笑顔を見せる。


「なんでも無いです」

「そうか。あ、なんか食べたい物ある?」

「ええ?」

「買ってやるよ」


いいです、と止める前にタキさんは腰を上げてさっと注文しに行ってしまった。


タキさんは何をしてるのか知らないけれど、いつも金を持っている。

タキさんと外に出ると食事代も映画代も勝手に払ってしまうし、耳にあるピアスだって付き合う前に、ただの後輩だった時にタキさんが買ってくれた物だ。


割り勘がいい。対等が。


この金が、タキさんが汗水垂らして働いた末のお金だとしたら僕は奢られたくない。


「はい」


目の前に置かれたのはシナモンスコーン。


「あ…タキさんお金」

「いらない」


いつもこれ。

物貰うのは嬉しいけれど、最近じゃ申し訳無い気持ちの方が先行する。素直じゃないね。


「ねータキさん」

「ん?」

「僕いっつもおごって貰ってる…」

「俺が好きでやってんの」


スコーンのかけらをぽろぽろ零しているとタキさんがつまんで皿に戻す。几帳面だ、お母さんみたい。


「ほらーそうやっていつも」

「いいじゃん」


適当に流すタキさん。買って貰って文句言う僕がおかしいんだろうか。文句たれ流しの女みたいで嫌。

ふと、タキさんの傍らにある本に目が止まる。伏せっていた文庫本を手に取り作者を見る。


「パウロ・コエーリョ」

「"ベロニカは死ぬことにした"、読んだことある?」

「途中までなら」

「どこまで?」

「精神病棟入って…ていうか全然まだ読んでない」

「そっか」


タキさんはそれだけ聞くと僕から本を取り、それに目を落とした。学校にいるわけじゃないのに、図書室いるわけじゃないじゃん。


相手して。

それだけだから馬鹿な事聞く。


「タキさんその人みたいに…その人自殺失敗したけど、僕急に死んだらどうすんの」

「え?」


この心臓の欠陥はたいした事じゃない。心停止の発作だって全然未知だし0パーセントに近いけど。不安じゃないけど。


「これ半分食べて」


スコーンをタキさんの口の前に突き出す。


「え?え?」


「おごってくれるなら一緒に味、覚えておいてよ。いつ死ぬか分かんないんだから」


「心」


不安じゃないけど。

構って貰うために聞いといて泣きそうだよ。


「せっかく外で会ったんだから話して下さいよ。本ならガッコで充分じゃん、だから友達いないんだよ」


敬語とタメ口目茶苦茶だ。正しい日本語使えませんタキさんごめんなさい。


「…うん」


申し訳なさそうに僕の手からスコーンが離れた。タキさんが口にくわえてる。ほんのり指に触れただけの唇はやわらかい。


皿に残ったスコーンが何だか情けなく見えてきた。

タキさんがくれたのに。





「泣き虫」

「うるさい」


スタバから出て駅に向かう。店を出る時スタバのお姉さんにちらちら見られていた気がするけど気にしない。


タキさんは僕が急にあんな事を言った理由は聞かなかった。

タキさんは余計だと思ったら深くまで踏み込んでこない。



「じゃあ、明日ね」

「はい、さようなら」



会えない日は我慢する

メールもしない

顔が見たいから


だけど我慢した分愛情を深く向けてくれるってのは違ったみたい。


会えない日が続けば顔を見た時嬉しさは倍増する、嬉しいけど、それだけ。


いつ会ってもタキさんは変わらない。

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