誕生日3
しばらくふざけていたらカチューシャをはずしたタキさんが部屋の電気を消した。
男同士で電気は消すものなのか疑問に思ったけどいよいよかな、と構えていたら隣の人から発っせられたのは。
「おやすみ」
……おやすみ?って、なに。
「おやすみ?」
「うん、明日ね」
このパターン、前もだろあんた。
怒る気はもう失せてる。だからこそ問い詰めるんだ。
だって、約束したじゃん。タキさんわかってんだろ、覚えてなかったら呆れるぞ。
心の準備っていうかさ、そういうの考えてたの僕だけ?色ボケしすぎ?
むなしいんだってば。前の泊まりもさ。寝てるし。
ぐちぐち言うのはやだよ。けどさ。
僕に興味ないの?
……とは、恥ずかしい奴みたいで言えなかったけど。
「なんでいっつもそうなんだよ」
前とおんなじ。腹の上に乗ってやる。困らせてやる。
「重…」
「しないの?」
「え、…あー…」
なんのことだかわかったんだろう、視線が泳いでいた。
「したいわけじゃないんだよ。けどタキさんやなの?覚えてないんですか」
ああ、なんでこうなんだろ。
どんどん尻窄みになって言いたい言葉が空中に消えてくんだ。
涙腺弱いのはなんとかなんないのか。涙袋が震える。
タキさんは何も言わない。
毎度ながらこんな日に文句たれる僕に呆れたのかもしれない。無表情のまま僕の手を握る。ぐっと力を篭めたその熱の種類がいつものものと違うからびっくりしていたらタキさんの上に寝そべるみたいにして引っ張られてた。
「あ…、ちょ」
顔が見えない。首筋あたりにかかる息でしか感情を読み取れなさそうだ。
「なんも考えてないと思った?」
わ、どうしよ。声、落ち着いてんのに怖い。首に口が触れそうなのに触れない。
「わ」
ぐるりと体が反転。視界いっぱいをその人に覆われていた。
「我慢してたんだけど」
「ま、待っ…て」
こういうの、僕らじゃ無い。理屈じゃないって本能だって、誰かが言ってた。けどこれ、お互いムキんなってないか。
一旦動きを止めて一言。
「するよ?」
自分から言い出したのにいまさら嫌だとは言えず、小さく頷いた。
*
こわい。優しい、けど怖い。
大丈夫?って聞かれて大丈夫だけど不安で答え方に迷っていたら次に進んでた。
触れ合う素肌が気持ち良くて筋肉のラインがわかる背中に手を回し撫でると、しばらくそうしたかったのに下に手をかけられる。
あ…いやだ。やなこと、思い出した。また。
今のと違うのに。相手、タキさんなのに。
我慢しよう。絶対泣かないって決めたし。
やばい、かも。堪え性はある。箍が外れるまではな。
心とこんなこと、全部初めてだ。
服の上じゃなく直接肌に触ったり、意味の篭った熱の移し方、とか。背中や腹の目に触れることの無かった部分とか。
我慢させてたのには全く気付かなくて、俺は一人で先を行き過ぎていた。
――心は急いでシャワーを浴びに行ったから枕元のプレゼントには気付いていなかったみたいだ。シャワーしている間に寝室の棚に隠して寝るのを待とうと思った。雰囲気的にそんな流れではないなと考えていたらあんな風になじられて。そしたら…俺も男なんで。
煩悩ってやつはどうしてこう周りが目に入らなくなるのか。自分に都合のいいよう解釈するんだから。
「大丈夫か?」
「ん…」
順調だ、一方的にそう信じてた。いい、というサインだと認識してゆっくり体を移動させる。
心は震えてた。
「う…」
言葉少なになり、後ろ向きだから表情は見えない。ちょっとだけ繋がった。腰から胸、脳天にかけて熱いものが走る。小さな背中がいっそうびくん、と苦しそうにしているのに止められないでいた。
やばいよな……。
大切にしないといけないのに、理性をぶっ飛ばしてこのまま続けたくもあり。
背中に汗が伝う。苦しそうに心は枕に顔をつっこんでいた。
駄目だ。
薄い背中がもう俺を受け止め切れないと訴えている。
はっとなったのは涙腺の弱い彼が俺の前で泣く時みたいに小さくその音を押し殺してるのが僅かに聞こえたから。
「ん…!」
繋がったのはちょっとだけだった。だけど心への負担は俺が思った以上、らしく。
「心」
もう止めだ。
「こっち向いて」
嫌だと首を振る心を少し乱暴に肩を掴み仰向けにさせると涙…なんだろう、顔をぐしゃぐしゃにさせていた。
どんどん体が冷めていく。
理性を取り戻し始めた脳内ではやり切れなさだけが渦を巻いていた。
「痛かったか?」
「ち……がう」
腕を引き寄せ起き上がらせる。ベッドの上に二人で座り互いに向き合う形にさせた。
俺は言えば止めた。
妙な苛立ちが言葉の裏側に見えない刺を含ませる。
「言わないとわかんないだろ」
「だ…から、違っ…」
違う、しか言わない心。
俺自身も落ち着けようと息を吐ききり嫌がる彼を正面から抱きしめた。人慣れしていない猫みたいに、最初は逆毛をたてるよう拒んでいたけれど。そのうちに観念したのか腕の中で力が抜けていくのがわかった。
「ごめんなさい」
肩口のあたりに心が頭を押し付けてくる。
謝るのは見当違いだと口を開こうとしたら心は首を振る。
「痛いとか、そういうんで泣いたんじゃないんです」
理由がわからない。じゃあそれ以外に何があるんだって、それは酷な話だった。
ベッドの近くのツリーは変わりない光の動きを続けている。いつまでも変わりないもの、不変のもの。そうなれたらいい。
小学校中学年の頃に心はいたずらされた。
詳細までは知らなかったけど、何かの拍子でぽろりと零したのを聞いたから。
向き直り改めて聞かされて後悔した。
俺がしたことと被ったんだ、フラッシュバックさせてしまった。
幼い頃に性的被害を受けた子供がそのうちに同性を好きになる、というのもよく聞く話だ。そこらへんの葛藤も心にはあったんだろう。
「夜、お花見で親とはぐれて…で最後までは、なかったけど…」
「言わなくていいよ」
遮るのに心は続ける。
「体触られて…今タキさん相手なのに、展開早くてやなこと思い出して…そしたら泣かないって決めたんだ、なのに」
「…うん」
もう少しゆっくり。
俺は心をしっかり見ていなかったみたいだ。互いに繋がりたいと感じるのは事実だけど。真意が行き違ってしまえばどうにも上手に取り戻せない。
「ごめんな」
「タキさん謝んなくていい」
おこがましいかなとも思ったけどそっと耳元に手をやりピアスに口付ける。
ようやく少し、笑ってくれた。




