誕生日2
部屋に入り、心を見下ろすと寒さに真っ赤になった耳がちらりと見えた。
俺のあげたピアス、してる。
耳の形かわいいなー、なんて見つめてたら視線に気付いたんだろう。暖房をつけていた彼が振り返る。
「タキさん、テレビつけていー?」
「おう、どうぞ」
ちょっと自意識過剰だったみたいだ。この後輩を見る目が日が落ちるにつれてどんどん怪しくなっていってるのが自分でもわかるから。
心は、友達で後輩で弟みたいな存在で恋人だから。こういう感覚に慣れてない。
なんだろう?罪悪感ていうのかな、やましい目で後ろ姿を眺めてる自分を心ん中で戒めてる。
余裕ぶいて、先輩面して。これってもしかして結果的に自分の首を絞めてる? 皮がはがれたら幻滅されるだけじゃん。
はあ、と息をつきマフラーを取ってソファに座る。チャンネルを回してた心が選んだのは映画。テレビの前から戻ってきて、隣に座るかと思えば横になる。俺の膝に頭をのっけて、脚を少し曲げて。
どうしたんだ。今日はやけに素直。やっぱ一週間全く会わないから?それだけじゃないよな。
な、心。保てよ俺。
……なんて、葛藤をしていたのは最初だけで。
俺はバカだから。観始めた映画に集中してしまえばどんどんそっちにのめり込んでいた。
――映画もクライマックスに近付き、サンタクロースが画面に出てくる頃。
俺は何歳までサンタクロース信じてたっけ、と疑問に思い心にも聞いてみようと膝の重みに視線を落としたら瞼を落としすやすやと就寝中。
夢の世界に飛んで行ってた。
あまりにも気持ち良さそうなので起こすのは気がひけて、眠っているから重くなった体をゆっくり抱き上げてベッドまで運ぶ。
俺は親か。本格的に家族化してる。
「重…」
本気で鍛えておいてよかった。
寝てるこってなんでこんなに重いんだ。
なんだかなあ、クリスマスっていってもいつもと変わらない気がする。心が楽しそうだからいいんだけど。
いつもと変わらないと、そう感じるまで当たり前は当たり前じゃなかったんだからこれは大きな変化だろう。
確か去年はマンションに一人も嫌で外に食べにいったんだっけ。街のイルミネーションが綺麗で、一人ぶらぶらして歩いた。
小さい時はクリスマスの朝に枕元にプレゼントが置いてあったことを思い出して。ドキドキして包みを破いて――成長すれば親父に連れられて家族同伴のパーティーでクリスマスを過ごすのも多かった。
だから去年の今頃、一人で過ごすのは初めてで。賑わう街に埋もれていると俺が俺じゃなくなったみたいだった。一人ってのが、ダメなのかな。
リビングにテレビの電源を落としに行き、棚から隠してあった小さな紙袋を取り出す。
クリスマスは一日遅れだけど。目覚めたらこんなのあったら嬉しいかなって。
誕生日プレゼントとして。
心に布団をかけ、シャワーを浴びに寝室を出た。
夢を見た。
タキさんがトナカイになる夢。一匹だけでズルズル荷物を引っ張ってる。絵本に出てきそうな綿菓子みたいな雪が降る町を、一匹で。
恋人はサンタクロース?
違う違う。似合わなそうだ(子供が泣きそう)。してくれたら嬉しいけど。
四本足で頑張って荷物を引きずる。夢なら僕も手伝いたいのにそうはいかない。夢の中では客観的にそれを物語のように見つめるしかない。
ふわっと脳みそが遠くに吸い込まれる感覚にそれ以上を追及することは出来なかった。
「ん…」
頭が重い、とぼんやり天井を眺めて違和感をたぐりはっとした。
やばい。もしかして寝てた?しかも寝室って。あの人運んでくれたんだよな? うわあ、子供じゃん完ぺき子供。
布団をはいで起き上がる。部屋の電気をつける気分にはなれなかった。なんでこういう日に限ってこんなミスすんだよ。ムード無いって、タキさんなじってるけど僕こそそうだろ。
自分をおとしめて頭を抱えていると陰影しかない部屋の入口に光が射した。逆光で浮かび上がる人形がXファイルの宇宙人みたいだ、なんてのが脳裏をよぎる。
「起きた?シャワー浴びれば」
未知との遭遇は一瞬。
急な明るさに目を細め狭まる視界に見えたその人の半裸に僕はまた、寝ぼけの延長と共に恥ずかしい勘違いを起こしていたのだ。
「…い、今!」
ベッドから下りたとき、枕元にかする手に何かが当たった気がした。
シャワーの湯でシャンプーもつけずただぐるぐる頭を掻き回した。意味の無い動きで平常心は保てるのかわかんないけど。
すんのかな。また恥ずかしい勘違い?
でもほら、これは約束したし。
性の汚れた一面を知ってるのに夢みてる部分もある。そんなわけないのに、小さな頃にイメージしてたセックスってなんだかふわふわしてるから。生々しさなんて皆無だって、柔らかな雰囲気だけで繋がるんだって。
タキさんはホントに紳士だ。女扱いされてる気もするけど乱暴に扱われると僕は不安になるのでそっちよりかは断然いい。
――今日は絶対泣かない。
泣いたらいろんなのぶちまけそうだし、そんなの知られたくない。
これ乗り越えたら、きっと嫌な思い出も薄まる。
決心して風呂場を上がるのはすぐだったのに、寝室までの足どりは軽やかとは言い難かった。
「おかえりー」
寝室に戻るとあの人は拍子抜けするくらい普通でいた(むしろふざけてた)。
「なにそれ」
緊張なんてちょっとの瞬間でほどけて。
かわいい。なにこの人、やばいよかなりツボだ。
「心もつける?あ…こら髪乾かせって」
「めんどくせーもん。それはタキさんつけてて」
どういう意図でトナカイのカチューシャなんて買ったんだ。茶色い角が狼みたいなタキさんの灰色の頭からのびてる様はファンタジー映画に出てくるケンタウルスとかそういう類の種族みたいだ。
いつの間に持ってきたのか、小さな人工ツリーが足元でテカテカ規則的な色の順に光っていた。




