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図書室ピアス  作者: 羽野トラ
リョコー
40/57

誕生日1

「鼻赤い」


「…ん」


 すする音を聞き付けたその人にはい、とティッシュを渡され鼻をかむ。かじかむ手でなんとかティッシュペーパーを丸めて渡した。


「…プレゼント」

「はいはい」


 鼻かみティッシュがプレゼント。嘘、だけど自分でも可愛いげがないなあと思う。それでもタキさんは苦笑してちゃんと受け取って自分のジャケットのポケットに入れてる。

 照れ隠しを見透かされてるんだろう。鼻かみティッシュが僕の照れをそのまんまにしてポケットに収められてるみたいだ。

 だって、恥ずかしいじゃん。

 目の前に広がるのは、星が絡み付く大きな並木がトンネルを作るクリスマスの名所。雑誌のイルミネーションの有名所特集に絶対取り上げられるような場所で、つまりはカップルの聖地ってことで。

 家族連れはいるよ、うん。

 だけどさ、男の二人組みってあんま見ないしあまりにもあからさまっていうか…。

 僕が気にしいなのかな。周りの人たちは二人の世界をつくってるから誰も注目なんてしてないけど。


「心」

「…あ」


 呼ばれてハッとなった。タキさんが歩みの止まった僕を見ている。

ダメじゃん。世間体ばっか気にして楽しめてない。タキさんといるのに、特別な日なのに。

 せっかく連れてきてくれた、のに。

 ごめんなさいも言えなくて、視線を泳がせていると肩を叩かれた。


「行こっか」

「え?あ…、え?!」


『行こっか』はイルミネーショントンネルの向こうに、じゃなくて帰ろうかって意味だったらしい。

 すぐに体を翻してしまったからその表情は読み取れないけど。

――多分、怒ってる。


 早足で背中を追い掛けて人の波を逆に進む。目がチカチカしてくる。イルミネーションの下で他の人達は手を繋いで、すごく幸せそうだった。目頭が熱くなって、それを目の端に留めて雰囲気をぶち壊してしまったのを後悔しタキさんに心の中で謝る。


 こんなときくらい素直になればいいのに。

 人目なんか気にしないで、手とか繋げたら。ご飯もカップルらしく外の、ちょっとだけイイとこで食べれたら(あの人そういうの好きそうだ)。


 人ごみがやっと緩和された通りに出て。話しかけるのも出来ずただ後ろをついて歩いていたらいきなし壁が現れた。ごん、と鼻をぶつけてバカみたいに悶えてたらぶつかったそれは怒らせた恋人の背中で。

 急に立ち止まりゆっくり振り返る様が少し怖くて、まだ言葉を発っせずにいた。

 緊張して黙っていると顔が見れない。


「心」

「はい」

「帰ろ」


 口調は穏やかだからきっと怒ったんじゃなく呆れられたんだ。


 謝るなら今だと顔を上げたらそこにあったのはいつもと変わりない目付きの悪い犬みたいな表情。

 不思議に思っていると腕を掴まれた。


「人いっぱいいるしな。疲れたろ。家でいい?…っていつも通りだけど。な、帰りツリー買おうよ。まだ家に無かったし」


 頷いて、それからはちゃんと隣を歩いた。これだけで嬉しくてぐっとくるものがあったのは、タキさんはわかってたって知ったから。

 僕が人目を気にするのもこうやってうだうだ考えてるのも。


 ちゃんとわかってた。

 そんで、僕も知ったけど。

 タキさんは僕を不安にさせていじめる時がある。


 バカ野郎。



 夕食を終え(結局家じゃなくファミレスで食べた)小さめのホールのチーズケーキが入った箱とその他諸々を手に持ち髪が揺れる程度にゆるく風の吹くマンションの屋上に出た。

 本当なら屋上には出れないんだけどタキさんはなんでか鍵を借りてきてた。


「初めて来た」

 フェンスに張り付いてライトアップされたブリッジや街の明かりを見下ろした。

 キレーだって感動する反面、電力の無駄だ…なんて思ったり。今この瞬間からこの明かり全部消したらどんくらい地球に優しいのかな?


「うん、キレーな。食お」

「あ、はい」


 振り向くと、タキさんが持ってきた毛布をフェンス近くに敷いていた。毛布の真ん中には細いろうそくの刺さったケーキ。

 夜なのに手元まで見えるのは環境によくないネオンのおかけで。

 それでもぼんやりと暗い中に優しい火が灯ると何だかいつもと違う日なんだと浮足立つ気になる。ケーキを挟んで向かい合わせにタキさんを見るとライターに指をあぶられたらしい、空気を切るように手を振ってた。


「あちー」

「大丈夫?冷やす?」

「いーよいーよ寒いし冷えるでしょ」

「えー、あとで痛くなりますよ」

「いいって。ほら消して」


 確かにタキさんの言う通りにとにかく寒い。身を切られるような寒さに屋上までケーキ持ってきて僕らは何してんだって、端から見たらそう思われそうだ。

 だけど、タキさんが雰囲気なんて考えてこんな風にしてくれたのかなって想像を巡らすと文句なんてつけられない。だって、ムードなんてそんなのに頭の廻らないタキさんがだ。僕が人目を気にしたばかりに家に帰ってきて。そんで咄嗟に頑張ってくれたんだろうなあ。

 ありがとう。

 帰ってきたけどさ。形式にこだわんないでこうしてる方が、人込みにいるよりいい。

 ありがとう。

 16歳になって、こうしてタキさんと過ごせてよかった。


 息を吹き掛けると視界が真っ暗になり蝋の臭いがする白い煙が冬の空に溶けていった。


「おめでとう」

「…へへ」


 照れ臭くてはにかんだまま時が止まる。食べようと言われようやくケーキについてきたフォークを掴み手を伸ばした。

 寒くて味の感覚が鈍くなる。冷たいケーキを口に入れ、ネオンだけが目に入る冷たい屋上にだんだんとタキさんの輪郭が見えてきた。



 甘さ控えめというのもあり男二人でもケーキを完食できた。耳まで冷えるのに屋上まで来たのはこれより上は無いから。空の点みたいな星は地上を埋める人工の光に負けそうだ。

その中間にいる俺ら。二人きりで、なんかさ銀河鉄道の夜…みたいだ。


「心寒くない?」

「…寒いっすよ」

「俺も寒い。こっちきて」


 ちょっと不安になってきた。濃密な藍の混じった黒色の空が、ザネリが落ちた河を想像したから。じわじわ迫ってくる言いようのない不安と不思議な感覚、死んだ人が乗る、二度と会えなくなる。

 銀河鉄道ってこんな感じかな。遠くて少し近い。

 そんな風に心と離れたらって、想像したら。


「タキさん…?」


 心を呼んでジャケットの中にうずめたら首あたりにファーが当たってくすぐったそうにしてた。なんも言わない俺に不思議そうにしたので言葉代わりに柔らかい髪を掻き回した。


「心あったかいなーおまえ」

「も、なんなんですか」

「大人になったんだよね」

「え?まあ16にはなりましたよ」

「そうかそうか」


 ジジくさく孫にするみたいに頭を撫で回したら強めに腕をはじかれた。そっか、頭撫でられんの嫌いだったっけ。

 意味をなさない会話は俺の無駄な想像力を掻き消してくれる。

 ジャケットん中に心いれていつもみたいなおしゃべりをして暖をとってたら唐突にとんでもない発言がそのあったかい塊から飛び出してくる。


「タキさん」

「んー?」

「タチって、なに?」

「……。さあ」


 今の間は何だよ、なんて訝しがられたけど、…答えにくい。普段だったらいいんだ。

 俺らにそういう意識はまるで皆無だし、今までだってどこか別次元のこととして捉えてたから。

 ただの知識としてお互い飲み込んでた…はず。

 けど今日は違う。だろ?

 つうか心、どこで聞いてきたんだよ。


「じゃあネコは?」


 駄目押し。心、俺は何て言えばいい?


「…そのうちわかるんじゃないの」


 投げやりに吐いて星の少ない空を仰いだ。

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