強いひと2
今日の活動予定は無し。だけどつい足を運んでいる。
心が先に来ていて、図書室にいる三十半ばくらいの男の先生と楽し気に話しをしていた。
軽く会釈し、回転椅子に座る。へたれたスクールバッグからノートを取り出してノート作りに勤しむ。
提出日は明日。馬鹿校だし出さない奴も多いけど、俺は折角あるノートだもの、何だか出さないと気持ち悪い。
隣の席の奴に借りたノートを見ながらシャーペンを走らせる。白一面に黒鉛が刻まれていくのは自分の字だからこそ気持ち良い。
字は書くのも読むのも好きだ。俺は丸きり文系なのに、どうして皆嘘だろって言うんだ?鼻ピのせいか?
「タキさん」
お、昼間俺を殴ろうとした奴が来たぞ。
黙ったままノート作りに集中する。作業中に声をかけられ煩わしいのと、昼間のお返し二つ合わせて無視。
「タキさん」
これも素知らぬふりをして、さらりと次のページを繰る。…あ、あいつ絶対ここ寝てたな。
「先輩」
かわいそうかもだけど、まだ腹の中が収まらないから無視してやる。心は小さな声で「本取ってよ…」とぼそぼそ吐いて隣から気配を消して行った。
そっか、本を取って欲しかったのか。これはちょっと悪い事をしたかもしれない。
ただ絡みたいだけだと思ったんだ。
かわいそうにはなるけど、妥協はしないぞ。
心、男らしくなりたいなら俺を頼らないで本くらい自分で取りなさい。
高速の右手がノートを二ページ目に突入させる。
あ、誤字発見。
と、離れた本棚から、どさどさと物凄い音が聞こえ、続けて誰かの呻く声。
大方見当はつくし、落ちた本は図書委員だからちゃんと拾ってあげないと。
気乗りしないまま腰を上げ本棚の裏を覗きに行くと案の定そこにいたのは腰をさする心。散乱した本が彼の周りになぜか円を描いて落ちている。
本に取り囲まれる様子はさながら文学少年。
表情を無視して顔だけ見ればね。
眉を寄せて、何事もなかったかのように本を片付ける様子に噴出しそうになるのを堪え、にやついて棚から観察しているといきなり彼が振り向いた。
「何笑ってんだよ!」
あ…気付いてたんだね。
「ごめん、心かわいくて」
一生懸命な様子が、という意味だったのだけど、今の心には通じなかったみたいで。俺を一睨みして散乱した本を元の場所に戻し始める。
だけどほら、届かないから本棚に足をかけて落ちたんだろ?
同じことしちゃまた落ちちゃうよ?
「うわ…っ」
心の床に引き込まれる体を後ろから支えたのは俺。
というか抱きしめたのか。
棚によじ登っていたせいで心の頭が俺より高くにある。髪がくすぐったい。
「ちゃんと男らしくなるから。無理しなくていいよ」
先輩らしい事言って、心の本を持ってる方の手を掴み、一緒に元の位置に戻す。
背面のラベルは113だから伝記だな。
「タキさんうるさい…落ちた時笑ってたくせに」
「はいはい。ごめんね」
心の体は子供みたいに体温が高い。見た目もまんま童顔なんだけど…怒るから言わないでおく。
棚から心を降ろして初めて気付いた。
「頬っぺ…」
「え?ああ、切れてる」
心の頬に小さな傷ができていた。
人の痛みに弱い俺じゃあこんなんでも体の力が抜けてしまう。赤い三日月形の小さな傷が俺から生気を奪う。
「タキさん…やっぱダメなんだ」
元気の無くなる俺を見て心が目を輝かせる。
心の耳に穴を開けたのは俺だから、あの時の様子でもう俺が痛みに弱いって事わかったみたい。
「うう…」
「傷、痛いよー、かすり傷の方がチッ、てなるもん」
「うるさい心」
「前に穴あけてもらった時も」「黙れ」
ぐしゃぐしゃ心の頭を掻き回すのは俺の身がもたなくなりそうだから。
やめて心、人の痛いのは聞くだけでマジ力抜けるから。
心に弱点を発見され、それをネタにいじめられ、そうしているうちに心の機嫌は直ってしまった。
「そういえば何で男らしくなりたかったの?」
きれいに本棚に収めた後はまた二人して仲良く棚に背中をもたせてジベタリアン。
「タキさんみたく…なりたかった」
「ええ?」
なんだか素直な心はほんのり頬を上気させてる。
「友達が…廊下でタキさん見てワイルドだって、んで僕見て…」
「あー、はいはい」
大方予想はついた。
友達は何の気無しに言ったんだろうけど心はコンプレックスだもんな。
「だからタキさんライバルにしてみた」
“してみた”って、それでもさ、彼氏をライバルにしないでくれよ。
「でもさー心」
「なんですか?」
「男らしくなんなくても心は俺より強いよ」
「意味が…」
わかんなくていいよ、と遮って心の手を握る。
意味が分かられたら、それこそ俺は心に殺される。
かわいいのは男らしいのより強いんだよ。