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図書室ピアス  作者: 羽野トラ
リョコー
38/57

出張4


朝焼けが眩しかった。

 眠らない街にも朝は来る。地平線から半月のような形に白、紅、黄色とビル群が色彩に包まれている。

 早く目覚めてしまった。光を浴びたのがいけないらしい、二度寝は到底出来そうにない。


 窓脇に寄り地上を見下ろすと、既にせわしなく現地の人達は活動を始めている。


 俺らも早く出ればいいのに。


 そんなことを思いながら時々、間宮のいびきが耳につき、感傷もなくなって。




 修学旅行は楽しかった。

 まあ、それなりに。

 お土産たくさん買って(なぜか安くしてくれた)、観光地を巡って。


 だけど。

 たかが一週間されど一週間。


 毎週俺んちに泊まっていたし(つっても数にすればちょっとなんだけど)、委員会の仕事はペアを組んでいるから週番のときは(そうじゃなくても図書室で一緒だが)すぐ隣にいて。充分満たされていたからちょっとくらい離れても、なんて思っていたけど。

 補給し足りない以前に、離れれば余計に燃費が悪くなるのだと知らされた。

 ガス欠寸前だ、心。

 メールも電話も出来ないって、キツいぞ(端末を通じたやり取りは好きじゃないけどこんな時は例外だ)。

どっちが負けるか意固地になってるんだ、それは判ってる。

勝負をする気は無い、だけど今日帰るからこそ連絡はなかったから最後の最後まで我を突き通そう…なんて意味なく誓う。


 うーん…怒るかな?

 寂しがってたら本望。

 意地悪は、お土産買って来たから許せよ。俺にもリスクある意地悪だし。



 日本まで繋がる空を見て一人ごちる。


 上海の街が、ゆっくりと朝から抜けていく。 





上海から空港まで数時間のフライト。そして成田から学校までまた3時間。

夜の8時に学校に着き、体育館でセンセーが今後の日程を説明する。そうして疲れた体を休めに、各々が迎えに来た親の車に乗り自宅へと帰って行った。

 荷物は郵送してもらったので手元にはお土産類を入れたバッグだけ。俺を迎えに来る人はいないので夜道を一人で帰る。真ん丸の月が出ていた。


 明日学校に出たら、放課後まで待てるだろうか。心に早くお土産渡したいな。

 どんな顔してる?久しぶりすぎて何だかくすぐったい。はにかんだ顔を思い出すと、喉を撫でられる猫みたいに背中がすぼまった。


 帰ってきた、と電話くらいはいれようと思い海外ではほぼただのカメラとして使っていた携帯を取り出す。会って話すのが好きだからほとんど携帯でのやり取りはしない。数える程度のコールだから今だ慣れなくて、軽く深呼吸をして指をずらした。


 ゼロ、キュウ、ゼロ…。


 脇を車が排気ガスを吐き出して次々と擦り抜けていく。過ぎ去って行く余韻、歩道を通り過ぎる人々に俺自身まぎれているのに、そうして数字をなぞり耳にあてると、まるで舞台の真ん中にいて、スポットライトが自分に当たったような気分になる。主人公として、重要な場面にいるような。


 まだ、出ない。


 すっかり季節は冬。格子柄の茶色いマフラーを巻いた女子高生が二人側を通り、クリスマスどうしようか、なんて騒いでいるのが耳に入ってきて。


 ああ…そういえば。

 心と…。


 タイミングがいいのか悪いのか。些細なきっかけで約束を思い出した瞬間に、気を緩めた時に聞き慣れた声に鼓膜が響く。


「…もしもし」


 なんだか眠そうな声。誰からの電話かも判っていなそうだ。


「もしもし、心?俺だけど」


 名前を言わないから詐欺師みたいだと内心ほくそ笑む。


「え?あ…?」

「日本、帰ってきました」

「あ!た、タキさん?」


 電話の向こうが目に浮かぶ。今時こんなに反応が素直な人も珍しいと思うけど、上がり気味のトーンに気が緩む。


「はい、そうですよ」


 笑って答えると俺の軽い調子に「ふざけるな」と怒られた。

 耳がくすぐったいので適当に謝る。


 寒い帰り道だけど、家路に着くまで血が針みたいに刺して熱が集まり。

 体は冷え切っているのに、耳だけはあたたかった。


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