出張3
嫌な緊張感だ。
陽一はそんなの、微塵も感じてなさそうだけど。
「座れば」
「あ…うん」
部屋を出ると誰もいないところで話したい、と言われ。陽一はカラオケBOXの空いている部屋を見つけ辺りを慎重に見回してから体を滑りこませた。
ソファの前で立ちっぱなしの僕にそう言い手を引いて腰かけさせる。
暗いトーンの部屋がそうさせるのか知らないけれど、陽一が騒がしさから離れ落ち着きを見せるのとは真逆で、僕は言いようの無い不安が膨らんでいく。
陽一がそんなことするヤツじゃないってのは判ってるんだけど、すりこみと同じなんだろう。暗い場所で、しかもあんな台詞を吐いた人と二人きりってのは体が自然と距離を取ろうとするもので。
陽一は薄く笑い、それは見透かされている印だと気付いたら顔が見れなくなった。
「あのさー、心」
「う、うん?!」
「そんな警戒しなくていいから」
困った声に気が抜けて、友達をそんなふうに疑った自分が恥ずかしくなった。
そうだよな、うん。
緊張はしても、こんな警戒するのは信じてないってことだよ。
たぶん。
ごめん、と笑うと陽一も僕が態度を崩したのを見て雰囲気をホッと緩めた。
……だからって、この質問はあまりに急過ぎたんだ。
「心さあ、あの先輩と付き合ってんの?」
「えっ?」
ものすごく真面目に聞くから反応が変になってしまった。「えっ」てなんだ、否定しろよ馬鹿。ばれたらやばいんだぞ。
「いいよオレ知ってるもん」
「え!あの、陽一?」
陽一は何が言いたいんだろう。黙ってて欲しかったら…ってヤツ?
それとも最初思った通りに告白?
でもこの雰囲気、何かが違うんだよな。なんだろう。
「でさ!心!」
一人暴走し始めた陽一。滞った先程の会話に僕の沈黙を肯定と取ったらしい。何故だかそれに嬉々としている。
なんだこいつ。
ズイッと前のめりになり僕の肩を掴む。自然にソファに体が沈み、体の上に陽一がいた。
「教えて欲しいんだけど」
*
「…最初からそう言えよ」
「いや、だってさあやっぱ切り出しって重要じゃん?」
霧が晴れた、とばかりに嬉しそうな陽一を小突き皆の元に戻ると僕が予約した曲のイントロが流れていた。暗い部屋に射す店内からの明かりに何人か振り向く。
「これお前らじゃねえの?」
「おう、わりい」
頭をかく陽一の横でダチからマイクを取った。
陽一の話しがしたい、は恋愛相談だった。それも、僕らみたいな男同士ってやつの。
それでカラオケついでにタキさんと怪しい(陽一いわく見る人が見たらバレバレらしい)僕と話したい、と。
恥ずかしい勘違いを自分の中で飲み込んで(どうせ後で思い返してまた滅入るんだ)。
今はカラオケに集中。
運命のヒト。
なんて、同じ立場の陽一と歌ってるのがおかしくて。
タキさんが帰ってくるまで、あと二日。
*
同い年の男の恋人持ちってことで、陽一とは話しが弾み、日曜も会おうという話になり。
翌日、僕んちで泊まりということが急遽決まりその日の夜はお互い誰にも言えなかった鬱憤を晴らすように語りまくっていた。
「陽一の彼氏ってどんなんなの?リバ?だっけ」
陽一から得た知識だと、僕はどうやら“ネコ”と言うらしい。
猫?
聞き慣れない単語に首を傾げているうちに彼の口からはぽんぽん似た言葉が吐き出されていたから、深くまでは聞いていなかった。
「ん~、かっこかわいいな…心とこは完璧カッコイイ派だろ?つうか恐い派?」
いきなり話を振られ、恐いなんて誤解だと言うのを忘れた。
「いやいや、僕もあの人かわいいって思う時あるし」
ていうか、カッコイイより多いかもな。
「マジで?普段どんな会話してんだよ。タチだろ?そんでオレオレ系だと思ってたんだけど」
「オレオレ系って…」
誰がだろう。
本当の性格を知ってしまえばそんなこと二度と言えなくなるに違いない。
あまり人には見せたくないけど(これは絶対独占欲なんかじゃない)。
そしてまた一つ、聞き慣れない単語を耳が捕えていたから。
「陽一」
「ん?」
「タチってなに?」
性?タチ?質?
首を傾げる僕に陽一は一瞬表情を無くした後、一言。
「聞いてみたら」
にやにや笑いに、嫌な予感がした。
……明日帰って来たら、聞いてみる?




